第720話 洗脳に勝る苦手意識

 ウィンドさんの元先生の賢者コーリン・アロガンスを撃退したレイ達。


「……コーリン先生を倒したことで、彼女達に掛かった洗脳の魔法もおそらく解けたと思います」


「よし、それじゃあ一度皆の所に戻ろう」


 僕は二人にそう言って階段を降りて1階のホールへ戻っていく。これでようやく本来の目的を果たすことが出来ると僕達は安心していた。


 しかし―――


 エミリア、レベッカ、ルナ、ノルン、サクラの5人は相変わらず本を片手に無言で本を読み耽っていた。僕達が声を掛けてもロクに反応が無く、僕達は途方に暮れていた。


「……どういう事? 洗脳の魔法は解けたんじゃないの?」


「おかしいですね……この魔法はあの男の仕業だと思っていたのですが……」


「実は逃げたふりして近くで魔法を掛け続けてるとか?」


「いえ……命までは取りませんでしたが、既に満身創痍のはず……彼女達の魔法を維持するだけの魔力も体力も底を付いているはずです」


「なら、なんで……?」


 僕はそう言いながら改めて洗脳の掛かってる仲間達の様子を見る。


「……なるほど、この術式は……」

 エミリアは魔導書らしきものを真剣な目で熟読している。彼女の被っているとんがり帽子を脱がせて声を掛けてみても何の反応も示さない。


「………」 

 レベッカも何らかの小説を呼んでいるようだが、時折本の文章をブツブツ読み上げているくらいでやはり反応が無い。


「……うんうん……」

 ルナは、イラスト付きの本を観ているようで、何かのキャラクターのイラストが描かれていた。これは、漫画本だろうか……?


「………すやぁ……」

 そしてノルンだが、彼女は分厚い歴史の本をテーブルに置いて、自身はその上に顔を乗せて眠っている。……おい。


「読んでないじゃん!? ほら、ノルン起きてっ!!」

「んー……」


 僕が軽く肩を揺すると、彼女は小さな唸り声と共に目を覚ます。そして眠そうに目を擦って僕の方を見る。


「………眠い」

 ノルンは僕をジッと見た後に一言呟いて、再び本を枕にして眠り始めた。


「……ダメだ、こりゃ」

 仮に彼女の洗脳が解けていたとしても、これだと彼女は働いてくれないだろう。僕は思わず額に手を当ててため息を吐いた。


 そして、最後の一人のサクラちゃんだが――


「うぐぐぐ…………!!」


「お、サクラちゃんの様子が………!?」


「が、頑張ってサクラ!」


「サクラ、早く目覚めなさい!」


 サクラちゃんは本から目を離さないが、ページを捲ることもなく歯を食いしばって何かに抗おうとしていた。カレンさんとウィンドさんは彼女の洗脳が浅いと気付いて必死に呼びかける。そして……。


「――もう駄目、わたしは本読むの苦手なんですよぉぉぉぉ!!!」


 サクラちゃんは突然そう叫びながら手に持った本を投げ飛ばした。


「あれ? わたしは一体何を……?」


「サクラちゃん、大丈夫!?」


「……レイさん。カレン先輩。それに師匠。一体これは……?」

 

どうやら洗脳が解けて正気に戻ったようだ。サクラちゃんは僕達を見て首を傾げる。僕は彼女の洗脳が解けたことに安堵して説明した。すると彼女はすぐに状況を理解したようだ。


「なるほどぉ……何故か読みたくもない難解な本を読まされていたのはそういう事だったんですね」


「でも、なんでサクラちゃんだけ洗脳が解けたんだろう?」


 僕は不思議に思ってウィンドさんに質問してみると、彼女が投げ飛ばした本を回収してきたウィンドさんは言った。


「ふむ……ああ、なるほど……この本はサクラが大嫌いな本のようですね」


「大嫌い?」


「ええ、私は以前サクラの為に参考書を作ってあげた事があるのですが、その参考元の書籍がこれなんですよね」


 ウィンドさんはそう言って僕に本の表紙を見せる。


「えっと……『魔法理論、基礎編 ―第四章― 』……?」


 僕はその本の題名を口にする。どうやらこれは魔法の教本らしい。


 中身をパラパラと捲ってみると、細かな計算式や小難しい解説などが何百ページに渡って記載されており、見ているだけでも頭が痛くなる。


「なるほどね……サクラが読んでて辛かったから洗脳が解けちゃったのね……運が良かったわね、サクラ」


「え、わたしにとって地獄でしたけど……?」


「まぁ、洗脳が解けたんだし……結果オーライって事で」


 僕は苦笑いを浮かべながら皆にそう言った。しかし、その後色々試してみたのだが、サクラちゃん以外の洗脳が解けることは無かった。


「……別の誰かが洗脳の魔法を引き継いだのでしょうね。おそらく、あの男と同格の四賢者の誰かが……」


 ウィンドさんはそう言って、杖を握りしめた。


「……となると、そいつを倒さないとこの子達はこのままってこと?」


「……こうなると、今は彼女達を置いて先に進むしかないでしょうね」


「心配だけど……そうするしかないのかな……」


 僕はコクコクと眠るノルンの頭を撫でて、皆の方を見た。


「……皆、僕達は先に進むよ。しばらく待ってて」


 僕は皆に声を掛けてからサクラちゃん達三人の顔を見ると頷いた。僕達四人は頂の塔の螺旋階段を登って先に進むことにした。

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