第721話 四賢者

 僕達は頂の塔の螺旋階段を登り続ける。

 塔内は何階層もあるようだが、僕達の目的地は『長老』の居座る頂上。

 その為、途中で出会った警備の兵を全て無視して僕達は進んでいく。


 途中、洗脳を掛けている賢者たちを探すべきじゃないのか?とカレンさんはウィンドさんに質問したのだが、最終的に『長老』を説得することが出来れば解決すると考え、僕達の目的は『長老と会うこと』という一点に絞られることになった。


 そして、その途中―――


「頂上まであとどれくらいっ!?」


「……ここまで、20階層程度まで走り続けましたから、中腹を抜けた辺りだと思います……」


「どれだけ長いんだよ、この階段!?」


 魔法都市とか名前が付いているんだから、魔道具式のエスカレーターかエレベーターくらい用意しておいてほしい。もう1時間近く走り続けてきていい加減足にガタが来てしまいそうだ。


「……はぁ、はぁ……」

 特にウィンドさんはコーリンとの戦いで消耗しきっている。その上、ここまで全力疾走に近い速度で階段を上り続けていて彼女は息が乱れていた。


 自分の師匠が辛そうにしているのを見て、サクラちゃんがウィンドさんの傍まで寄って話しかける。


「師匠、少しだけ休憩します?」


「……私は平気です。それよりも彼女達が心配です。早く『長老』の元へ行かないと……」


「でも……」


 本来彼女は動き回るのは得意じゃない。しかし先程の事もあってか、今回の彼女は妙に必死さを感じる。普段の彼女であれば、追っ手を撒く為に何らかの対策を講じたりするところだ。


 普段の冷静さを欠いている彼女に対してサクラはピンと来た。


「……師匠、何かわたし達に隠し事してます?」


 サクラは直感的に、彼女が何か事情を伏せていることを察する。


「……」


 ウィンドは黙り込んでしまうが違うなら彼女ならすぐに否定する。

 つまり沈黙は肯定と変わらない。


「師匠、失礼しますっ」「え、何を」


 サクラは彼女の返事を聞く前に、彼女の正面に回って彼女を抱きかかえる。


「ちょっ」


「うわ、師匠結構軽いですっ! もしかして魔法で体重を減らしてるんですか?」


「違いますよっ、というか何のつもりです!?」


「ここからはわたしが師匠を背負って走ります、任せてくださいっ!! ……たぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 サクラはウィンドを背負ったまま階段の斜面を全力疾走し、前を走るレイとカレンを一気に追い抜いていった。


「サクラちゃん、早過ぎっ!!」

「あの子、元気ね……もうスタミナならもう全然敵いそうにないわ……」


 レイとカレンは彼女の気迫と速度に驚愕し、呆然としながら彼女の背中を見送った。


 ◆◆◆


 サクラが全力で階段を駆け上っていくと、途中で何も無い広間に出た。


「はぁはぁ………や、やっと着いた……かな……!?」


 流石のサクラちゃんもウィンドさんを背負って階段を全力疾走は辛かったらしく、珍しく息切れを起こしていた。僕達も彼女から少し遅れて辿り着く。


「ここは……!?」

「階段が無いけど、頂上って雰囲気じゃないわね……誰も居ないし……」


 僕とカレンさんは周囲を見渡す。床は真っ白な何も無い部屋だった。


 周囲は円形の透明なガラス張りになっており、ここから魔法都市の全貌が見渡せるようだ。所謂、展望室のような場所なのだろう。


 カレンさんの言うように、この先に上がる階段も見当たらない。しかし、目的の『長老』という人の姿も無い。何処かに隠れているのだろうか?


「ウィンドさん、ここは?」

「サクラ……降ろしてもらえますか」

「あ、はーい」


 サクラちゃんに背負ってもらっていたウィンドさんは彼女の背中から降りて自分の足で立つ。


「ここは【頂の塔――全知の間――】……重要施設ではあるのですが、頂上はこの先にあります」



「……でも階段らしいものは見当たらないようだけど……?」


「隠されているだけですよ。カレン、<魔力発動>を使ってみてください。魔力が一定以上あれば、頂上へ辿り着くことが可能です」


「……こうかしら……<魔力発動>」


 カレンさんは手の平に魔力を集めてから手を伸ばし、軽く魔力を解放する。すると、周囲の魔力に反応して、真っ白な床に文様が浮き上がり始める。


 そして、床が自動的にスライドして中から転移用の魔法陣が出現する。


「なるほど、この魔法陣の先に『長老』が居るのね……」


「その通りです……。しかし、カレンなら可能性があると思っていましたが、本当に合格ラインに届いてましたね」


「どういう事?」


「さっき、私は『魔力が一定以上あれば頂上へ辿り着ける』と言いましたが、その『一定以上』の基準は四賢者と同等の魔力が必須なのです」


「それってつまり……」


「『長老』と直談判出来るのは、本来は四賢者だけだったって事かしら?」


「ええ、『長老』は『四賢者』達以外とは直接話さない決まりになっていますからね。私も、四賢者を通じて『長老』にコンタクトを取る予定でした」


 ウィンドさんの言葉にカレンさんが驚いて聞き返すと、彼女は頷いた。


「ということは、『長老』って人と会えるのは先輩だけってこと?」

 サクラちゃんは残念そうに言う。しかし、ウィンドさんは首を横に振って彼女に言った。


「……いいえ、『扉』さえ開いてしまえば問題ないでしょう。さぁ、私達も……」


「――――勘違いしているようだな。お前たちは今の所、『長老様』と会う資格は無い」


 ―――その時、僕達の背後から声と共に気配を感じた。


「―――っ!!」

 突然、殺気に近い気配を感じた僕達は、即座に剣を引き抜いて背後を振り返り構える。

 そこには三人の人影があった。どうやらウィンドさんの言葉を遮ったのは、三人の誰かのようだ。

 一人は金髪のラフな格好をした二十代前半くらいの青年、一人は筋肉質で白い格闘技のような恰好をした赤髪の男性、もう一人は緑髪の美しい女性だ。


「……あなた達は」

 ウィンドさんは彼らから距離を取るために後ろに下がって杖を構える。そんな彼女を庇うようにサクラちゃんがウィンドさんの前に出る。


 すると、筋肉質の男性はウィンドさんにこう言った。


「……ジーニアス家の長女か。俺の事は覚えているか?」


「……いえ」


「……そうか。最後に会ったのは、今から三十年ほど前の話……俺の事を覚えていなくても仕方ないか」


 筋肉質の男は、ウィンドさんの返事を聞いて少し残念そうな顔をする。声から察するに、最初の一言を口にしたのは彼のようだ。


「……グラハム局長、私的な会話はその辺りで終わらせてほしい」

 すると、金髪の男性が静かな口調で筋肉質の男性に注意する。

「ああ、そうだな。悪かったな」

 グラハムと呼ばれた筋肉質の男性は素直に謝罪し、後ろに一歩引いた。

 その様子を見て満足した金髪の男性はこちらに一歩近づいて僕達に語り掛けるように言った。


「初めまして、僕の名前はクロード・インテリシア。これでも四賢者の一人……と言っても、まだ『賢者』の称号を得て数年しか経っていないけどね」


 金髪の男性はそう名乗って、先程会話を交わした筋肉質な男性に視線を向ける。すると、筋肉質の男性はこちらを向いて言った。


「……グラハム・アーネスト。そいつと同じ四賢者の一人だ」


 筋肉質の男性は無駄な言葉は吐かずに端的に自分の正体を明かす。


「そして私は、ミント・ブリリアント……お察しの通り、私も、四賢者の、一人よ。よろしくね」


 最後の一人の女性は、妖艶な雰囲気を纏いながら自らの名前を名乗った。


「四賢者……この人達が……?」


「最初に会った【コーリン・アロガンス】みたいな奴らかと思ってけど、【賢者】と名乗る割には随分と個性的ね……」


 カレンさんは三人の姿を見てそんな感想を述べる。


 確かに、最初に賢者と名乗った【コーリン・アロガンス】は如何にも魔法使い風の恰好をしていたが、目の前にいる四賢者達は【賢者】と名乗る割には随分と印象が違う。


 クロード・インテリシアと名乗った金髪の男性は、腰に剣を下げており、どちらかというと冒険者の戦士のような風貌だ。


 グラハム・アーネストという筋肉質の男性は、まるで格闘家のような白い道着と、腰辺りに黒い帯を巻いている。


 そしてミント・ブリリアントと名乗った女性に至っては、ウェディングドレスを身に纏っており、まるで結婚式場から抜け出してきた花嫁のような衣装だ。


 三人共、【賢者】を名乗るにしては風変わりで、最初に出会った賢者の一人の【コーリン・アロガンス】の方が幾分かまともに見えた。


「あの、質問いいですか?」


 サクラちゃんが手を挙げて質問する。


「なんだい?」


 金髪の男性は苦笑して彼女の言葉に応じる。


「賢者というより、冒険者と柔術家と花嫁さんにしか見えないんですけど!?」

「……ぷっ」


 サクラちゃんは二人を指差して、ズバっ!と本音をぶちまけた。

 それを聞いたクロードは吹き出すように笑いだす。


「はははっ、確かに見た目だけならそうかもしれないね。だけど、僕たちも一応は『賢者』なんだよね……まぁ、最近はその名前もあんまりピンと来ないけど」


 金髪の男性は自らの恰好を見て苦笑いをしながらそう言う。


「……さて、自己紹介が終わったところで本題に入ろう。キミ達は、この【頂の塔】に僕らの許可なく侵入した。合っているかい?」


「……はい」


 ウィンドさんは目の前の賢者三人を警戒しながら答える。


「素直に答えてくれて助かるよ。……本来なら、早急に無力化して相応の罰を下す所なんだが……『長老』はキミ達に興味を示している」


「興味……ですか」


「ああ。特に興味を持たれているのは、そこの銀髪の彼と、さっき僕に質問をしてくれた可愛い女の子の二人だよ。その二人には、僕達賢者とは全く違う、異質な力を感じると仰っていた」


 クロードと名乗る金髪の男性はそう言って、僕とサクラちゃんの二人に視線を送る。


 ……異質な力って、もしかして<勇者の力>の事だろうか?


「……だが、『長老』と謁見をするには相応の力を示さねばならない。言いたいことは分かるかな?」


「……あなた達と戦えと言う事ですか? ですが、僕達は既にあなた達と同じ四賢者の―――」


 僕達が既に四賢者の一人と交戦して勝利したことを話そうとする。しかし、グラハムと名乗った筋肉質の男性が僕の言葉遮って言った。


「『コーリン・アロガンス』を退けた……と言いたいのだろう? だが、それは三対一で戦って勝利したに過ぎない」


「『長老』に、認めて、欲しければ、私達、三賢者、と一対一で勝負……分かる?」


「ああ、つまりそういう事だ」


 グラハムの言葉にミントと名乗った花嫁の女性が補足するように言う。


 どうやら僕達が『コーリン・アロガンス』と戦って勝ったという情報は彼らにも伝わっているようだ。しかし、彼らの言う通り、数の優位で戦ったのは事実。それでは強さは認められないということだろう。


「『コーリン・アロガンス』を倒したのは、そこのウィンド・ジーニアスだったね。では、他の三名が僕達とそれぞれ一騎打ちで戦ってもらうとしようか」


 クロードと名乗る金髪の男性はそう言って、鞘から剣を抜いて僕達に突きつける。すると、ウィンドさんが前に飛び出して、僕達を庇うように両手を横に広げて叫ぶ。


「待ってください、彼らは私の弟子です!! 勝負を挑むのであれば、私が……!!」


「……へぇ、彼らはキミの弟子だったのか」


「でも、貴女は、既に満身創痍、私達と戦うには、荷が、重い」


 ミントと名乗る花嫁の女性はロッドを取り出して構える。それを見たウィンドさんは息を吞み、冷や汗をかく。


 そんな彼女に、僕は後ろから彼女の肩を優しく叩く。彼女がこちらに振り向くと、僕は彼女に頷いてから、金髪の男性に視線を戻して言った。


「ウィンドさん、ここは任せてください……クロードさんと言いましたね、勝負を受けて立ちます」


「……グッド、良い気迫じゃないか」


 僕は剣を抜いて前に進み、彼らと対峙する。すると、クロードと名乗った金髪の男性は嬉しそうな笑みを浮かべて僕に向けて言う。


「さて、他の二人はどうする? 今ならまだ引き返せるが?」


 クロードは、僕の背後に立っているカレンさんとサクラちゃんに質問する。


「……ええ、受けて立つわ」


「わたしも、師匠に恩返しする為にも逃げません!!」


 カレンさんは鋭い目線で賢者三人を睨みつけて、聖剣を鞘から引き抜く。サクラちゃんも左右の鞘から剣を一本ずつ取り出して、二刀の剣を構える。


「ほぅ、あの闘気オーラ……俺は、あの青髪の女とやらせてもらおう」

 グラハムと名乗った筋肉質の男性は、前に出てカレンさんと対峙する。


「なら私は、そこの、元気そうな、女の子にするわ」

 ミントと名乗った女性は、ロッドをサクラちゃんに向けて構えた。


「……三人共」


「ウィンドさんは少し休んでてください。ここは僕達が引き受けます」


「何ならアンタ一人で『長老』とやらに会いに行っても構わないわよ。どうせ私達が勝つんだから」


「正義は必ず勝つんですよ、師匠!」


 ウィンドさんを気遣う僕の言葉に、カレンさんとサクラちゃんが続く。


「ふふ……良い、弟子を持った、わね。ウィンド・ジーニアス」


 ミントと名乗る女は微笑しながらウィンドさんにそう言った。


「……さて、盛り上がってる所悪いんだけど、ここで一斉に戦うには場所が狭すぎる。そこで―――」


 クロードと名乗る金髪の男性は、そう言いながら指をパチンと鳴らす。すると……。


 次の瞬間、僕達はそれぞれ全く別の場所に強制転移させられてしまった。


 ◆


「……ここは?」


 僕は、古代ローマの闘技場のような場所に転移させられていた。仲間の姿は何処にも居ない。そして……僕の目の前には……。


「これで二人きりだ。さぁ、戦おうか……」


 僕は闘技場のような場所の中央で、四賢者の一人、クロード・インテリシアと対峙していた。

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