第722話 VSクロード1

 頂の塔の頂上を目指す、レイ、サクラ、カレン、ウィンドの四人。

 しかし、頂上まであと一歩という所で、残る四賢者たちの妨害を受けてしまう。そして彼らの挑戦を受けて立ったレイ達であったが……。


【視点:レイ】


「……ここは?」


 三人の賢者と対峙していたと思ったら、僕は突然、闘技場のような場所転移させられてしまった。そして目の前には、賢者の一人であるクロード・インテリシアが左手に剣を構えて僕と対峙している。


「これで、二人きりだ。さぁ、戦おうか……」


 彼はそう言って涼し気な表情で、剣を構える。表情こそ冷静だがその威圧感は本物だ。賢者を名乗っているが、コーリン・アロガンスと違って戦闘の経験も豊富なのだろう。


 僕がそう考えていると、クロードは意外そうな表情をして言った。


「こんな場所に連れて来られて少しは動揺すると思ったんだが……キミ、中々肝が据わってるね」


「こういうシチュエーションは何度か経験してるので」


 気を抜いているように見せるために、僕はなるべく軽い口調で返事をする。これで多少油断してくれれば……と思ったのだが。


「なるほど。なら、こういう経験は?」


 クロードは僕に質問をすると同時に、凄まじい速度で僕の目の前まで詰め寄り剣を振るう。


 ――速い!


 僕は聖剣でその攻撃を受け止めると、キンッ!と甲高い金属音が響き渡った。彼は左手一本で持った剣を高速で振りかざして僕を攻め立てる。彼はかなり素早い動きで身のこなしも軽い。



「……っ!」


 僕は相手の力量を把握する為に、敢えて防戦して攻撃を受け続ける。彼の剣技は独学のようで、決まった型は持たない我流のようだ。しかし、その分、次の動きが読みにくい。


 数合打ち合った後で、僕の方から後ろに下がり、クロードはすぐに攻めて来ずにその場にとどまり、僕達は膠着状態になる。


 そして、クロードは軽く息を吐いてから僕に言った。


「軽い小手調べのつもりだったんだが……僕の攻撃に防戦一方だったようだね」


「……ええ、動きが素早くてとても見切れませんでした。賢者って名乗ってるのに、武器戦闘もお手の物なんですね」


 僕はクロードの言葉を肯定する様に言った。だが……。


「……嘘を付かないで貰えるかな。今のキミがまだ本気でやってないことくらい気付いてる」


 クロードは端正な顔で僕を睨みつける。手を抜いたわけではないのだけど、本気じゃない事は見抜かれていたらしい。


「どうして本気じゃないと思ったんですか?」


「今の戦い、最初の数合以外キミは防戦に回っていただろう。実力差があればそうなるのは当然だが表情に焦りが見られない。

 それに今の台詞は、考えようによっては、『魔法使いにしては大したものですね』とも取れてしまうよ」


「(……なるほど)」


 正解だ。確かに、僕の発言の意図は彼の要約とさほど離れていない。今の打ち合いで彼が本気を出したかどうかは置いといて、今の彼の剣の技量は僕には少し届いていない。


 だが、僕はそんな自分の本心を隠して言った。


「それは僕を過大評価しすぎですよ。『これほどの剣の技量で、更に魔法まで使われては勝ち目がない』……という意味で言ったかもしれませんよ?」


「はは、それだったら拍子抜けだけどね……。だが本気でそう思ってるなら、わざわざ口にしないだろう………なぁ?」


「……!?」


 次の瞬間、彼は僕の目の前まで一瞬で間合いを詰めて来た。先程よりも動きが相当早い。僕ですら一瞬視界から消えたような速度に感じてしまう。


 これは数ヶ月前に手合わせした時のレベッカと見劣りしないレベルだ。


 振りかぶられた彼の剣が僕に振り下ろされる。僕はそれを聖剣で受け流そうとしたのだが……。


「くっ!?」


 受けた瞬間、腕に想像を絶する負荷がかかる。骨がミシミシと軋むような音がして僕は慌てて後方に飛んで距離を取る。


 クロードは涼し気な表情で追撃してくる事は無くその場で立ち止まっている。

 そこで、僕は思い違いに気付いた。


「なるほど、既に魔法は使っているわけですね。気付きませんでした」

「正解」


 クロードは僕の言葉に口元で笑みを浮かべてそう答えた。そうだ、彼は魔法を使って速度や筋力を強化していたんだ。


 彼が使ったのは<付与強化魔法>という能力強化を行う魔法だ、


 これはレベッカが得意としているものでもある。だが彼女が付与強化魔法を使用する際は、必ず詠唱があったのだけど、彼は詠唱していたように思えなかった。


「(<無詠唱>? それとも<詠唱>の技能で詠唱時間を極限まで高めている……?)」


 おそらくどちらかが正解だろう。<無詠唱>は人外の悪魔系の魔物なら珍しくないようだが、人間が使うのは相当希少と聞いている。しかし、賢者と言われる彼らであれば習得していても何の不思議もない。


「魔法使いが素直に武器だけで戦うわけがないだろう。勿論魔法使うまでも無い相手なら別だろうけど……今の所、キミは使うまでも無かったかなって感じだけどね。これはハズレを引いたかな?」


「……」

 僕は彼の挑発を気にせずに剣を構える。今の攻防で彼が使ってる魔法は看破出来た。<筋力強化>と<速度強化>だ。どちらもレベッカが得意とする魔法なのでその性質は理解している。


 強化幅はおそらくレベッカと同程度。彼自身、素の筋力がレベッカより上だから単純なパワーに関しては彼の方がやや上らしい。


「……全然喋らないね、キミ。まるで独り言を言ってるみたいだよ」


「それはごめんなさい」


「……まぁいいさ、口ほどにも無いのならこのまま終わらせてしまおう」


 彼はそう言いながら数歩下がって、姿勢を低くして剣を構える。


「……」


 どうやら、こちらの挑発ブラフは十分に効いていたようだ。僕は剣を構えて、クロードが間合いに入って来るのを待つ。


「っ!」


 次の瞬間、クロードが一気に距離を詰めて斬りかかって来た。先程よりも速い速度だ。強化魔法の効果だろう。


 だが、彼の攻めはこれで三度目。

 既に何度も見たから初撃のパターンもある程度見切っている。

 つまり、不意の一撃は対処可能だし、それどころか反撃すら可能だ。


「秘技――<三連斬>」

「何っ!?」


 クロードの一撃に合わせて、僕はカウンター気味に技を使用する。使用する技は<三連斬>、ほぼ同時に相手に三度の刺突を放つ必殺技だ。それぞれ、右肩、左肩、そして喉よりやや下の胸の中心を狙い、鋭い三撃を放つ。


「くっ……っ!!」


 クロードはどうにか致命傷を避けるために真ん中の一撃を剣で受け止めるが、その代償として両肩を貫かれて、そこから血が迸る。


 僕は技が決まったことを確認してすぐにその場から二歩引いて油断なく構える。


「やっぱり……手を抜いていたじゃないか……」


 クロードはそう言いながら、震える手で剣を鞘に納めて左肩を右の手で押さえて回復魔法を使用する。その間、右肩から多量の血が出ており、顔も青ざめていた。


 僕はその様子を見ながら彼の質問に答える。


「単に一番攻撃を当てやすい瞬間を狙っただけです。最初から最後まで手は抜いてませんよ」


「……」


 クロードは僕の言葉に返答しない。代わりに彼は僕はジロリと睨みつける。どうやら今はそれどころじゃないようだ。彼は全力で回復魔法を使用してその左肩の血が止まると今度は右肩の治療を始めた。


「(……正直、今襲い掛かれば勝負が付きそうだけど……)」


 決闘や一騎討ちにおいて、相手が手を出せない状況で攻撃を仕掛けるのは騎士として褒められたものじゃない。


 僕はもう騎士は引退してるけど、その代わりに今は魔法学校の先生見習いだ。子供達のお手本になる事を考えるなら卑怯な行為はしたくない。


 ……それに、理由は他にもある。


「……仕掛けて来ないのかい?」


 クロードは青い顔をして僕に質問をする。


「魔法使いはこういう時、大体自分の周囲に罠を張っているものなので」

「……ち、バレているか」


 クロードはそう言って舌打ちする。

 次の瞬間、彼の周囲の地面から突然氷のつららが出現する。


「(……やっぱりか)」


 僕は心の中で安堵し、飛び出すのを我慢していた自分を心の中で褒める。


「飛び込んでくればこっちのものだったのに」


「仲間内に、優秀な魔法使いが居まして。そういうのには気を付けるように言われていたんです」


「へぇ……そうかい」


 クロードはそう言って、残った右肩の治療を済ませる。


「キミの力は分かった。なるほど、かなりの実力者らしい。キミに合わせて戦うと勝ち目は無さそうだ」


「それはどうも」


「……気に入らないな、その態度。冷静に見えて、実はキミの方こそ僕にキレてるんじゃないのかい?」


 クロードは回復が終わったのか、剣を抜いて僕に向ける。


「さぁ……どうだと思います?」


 僕はわざと答えをはぐらかして質問に質問で返す。もう僕の挑発にイラっときているようだ。思った以上に彼は冷静じゃないみたいだ。


「(前から思ってたけど、僕って意外と挑発が上手いのかな?)」


 僕は声に出さずに蒼い星ブルースフィアに心で問いかける。すると、蒼い星の声が僕の頭の中に響いた。


『挑発が上手いってそれ、人としてどうなの?』

「(……確かに)」


 蒼い星のコメントに僕は同意せざるおえなかった。


「まぁいいさ。ここからが本当の勝負だよ」


 クロードはそう言いながら、再び僕の方に向かってきた。

 僕はそれに応えるべく飛び出す。

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