第718話 イラッとする
門番を撃破し、頂の塔へ無事に入ることが出来たレイ達。
しかし、そこに待っていたのはウィンドの元師匠である男だった。
「コーリン先生……」
ウィンドさんにコーリンと呼ばれた男性は、見た目は二十代後半程度の若い男性に見える。丸眼鏡を掛けており、整った顔立ちの優男という印象だ。
「ウィンドさん、お知合いですか……?」
「ええ……こんな所で再会するとは思いませんでしたが……」
ウィンドさんは彼から視線を外さずに僕の質問に答える。彼は僕達の事をチラッと見て、目元の丸眼鏡を指先で動かしてふむと頷く。
「キミ達は……彼女が連れてきたということは、それなりに重要な人物と見ていいのかな。ここは魔法都市の中枢施設、そんな重要な拠点に聡明な彼女が凡人を連れてくるわけないものね」
コーリンと呼ばれた男性は僕達を値踏みするような目線で言った。
「……何よ、感じの悪い人ね」
カレンさんは目の前の男性をそう評する。彼は物腰も丁寧で笑顔も絶やさない。しかし、彼の言葉の所々に茨のようにチクチクとした棘がある。こうして彼と向かい合った瞬間から、彼の敵意を肌で感じている。
「侵入者に懇切丁寧に自己紹介してあげる義理は無いが、初対面だから一応名乗っておこう。私は、コーリン・アロガンス。
この都市では『賢者』と呼ばれている者の一人だ。彼女とは生徒と教え子という関係といえば、キミ達には理解しやすいだろうか」
彼はやや上から目線だが、お辞儀して僕達に自己紹介してくる。
「賢者……ということは、あなたが『長老』ですか?」
僕は彼にそう質問する。すると、コーリンと呼ばれた男性は一瞬、ポカンとした間の抜けた表情を浮かべてる。
「私が長老? ……ははは、彼女はキミ達に何も教えていないようだね。
長老様は私達とは隔絶した存在だ。地上の人間で例えるならば、『国王』か『皇帝』……またはそれ以上の存在だ。こんなところにノコノコ歩いてきて、侵入者を追い返しに来たりしないよ。
……しかし、その程度の事も教えてないとは、自己完結して他人に語らない性格は相変わらずなようだね、ウィンド?」
「……」
ウィンドさんは苦々しい表情を作って男性を睨む。彼の発言から察するに、ウィンドさんの言っていた『長老』と呼ばれる人物は彼ではないようだ。
「あなたの立場は今の話で少し理解したわ。それで質問なのだけど――」
カレンさんは動こうとしない仲間達に視線を移して、「あれはあなたの仕業?」と再びコーリンと名乗った男性に視線を戻して言った。
「……ふむ、彼女が連れてきただけあって最低限の洞察力は持ち合わせているようだ」
コーリンと呼ばれた男性はそう言ってパチパチと手を叩くが、どうみても僕達を小馬鹿にしているようにしか思えない態度だった。そんな彼を目にして、ウィンドさんは苦々しい表情を浮かべて彼にこう言った。
「相変わらずですね、コーリン先生。
意味なく表情をコロコロ変えて、他人をそうやって煽る。それに、わざわざ若い頃の姿に変身して私達の前に出てくるのはどういった了見ですか」
「なんだ、喜んでくれないのかい? キミが私に恋い焦がれていた時の容貌を再現してみたのだけど」
「……っ、そうやって人を馬鹿にして……!」
彼女は怒りに満ちた声で彼を睨む。どうやら、彼女の中では目の前のコーリンと呼ばれる男性は、何らかの魔法で姿を変化させてるようだ。
「(ウィンドさんの実年齢を考えたら当然か……)」
確か四十歳くらいって聞いたような……口にすると睨まれるから言わないけど、彼女の師匠であるなら最低でも彼女よりは年上だろう。
「そう怒らないでくれよ。久しぶりに師と弟子の再会じゃないか。キミこそ、二十五年も月日が経ったのに姿が大して変わらないね。若作りでもしているのかい?」
「……私は自前です。 先生、彼女達を早く解放してください。私達は『長老』に合わないといけないのです」
「断るよ。『長老』の許可なしにこの塔に入ろうとしたものは相応の処罰が下る。キミも知っているだろう?」
「許可は取ろうとしました。ですが―――」
「申請は却下されたと言いたいのだろう? 以前は通してあげたが、今回は私の方で取り下げておいたよ。どうせキミなら強引な手段を使ってくると思ってね。だからこうやって私がここで待っていたわけだ」
コーリンさんはそう言って、彼女を見下ろす。
「……先生、私達は長老にお会いしないといけないのです。一度は滅ぼしたはずの魔王は再び復活し、魔王軍を率いて再び地上を侵攻しようとしています。今度こそ戦いに勝利する為に、この魔法都市の方々の協力が必要なのです」
「……ほぉ、魔王討伐とは大きく出たね。我が弟子ながら、大層な言葉を口にするじゃないか。しかし、それはエアリアルの人間には関係の無い話だ」
コーリンと呼ばれた男性はそう言ってウィンドさんのお願いを却下する。
しかし、彼女と話す彼の態度は尊大で、どこか彼女を責めるような態度に思えて聞いてて不快だ。だからつい僕も口を挟んでしまう。
「あの」「ん?」
僕は一歩前に出て男性に声を掛ける。男性は、僕の声掛けに反応してこちらを見る。
「なんだい? 自己紹介でもしたいのかい?」
……一応、上の人に対して挨拶はしておくべきか。
「失礼しました、僕はサクライ・レイです。
……お聞きしたいのですが、魔王軍の侵攻がこの国と関係ないとはどういうことでしょうか? 仮に魔王軍は地上の人間を滅ぼした後は、間違いなくこの魔法都市に攻め入ると思うのですが」
僕は感情を抑えて、なるべく冷静な態度で目の前の男に質問をする。
「そうだね、完全に無関係とは言えないかもしれない。
だが、キミ達は入ってきたから分かるだろう? この魔法都市は常時<天候操作>によって雲の中に身を隠して敵から身を隠している。
仮に魔王軍が侵攻しようにも捜索そのものが困難だ。仮に場所が分かったとしても、一度二度であればこの魔法都市は膨大な魔力を放出することで丸ごと別の場所に転移させられる。そもそも、私達と戦うことすら出来ないというわけさ」
「……それは、魔王軍から逃げるということですか?」
「逃げるとは人聞きが悪いね。仮に攻めてきても私達は容易く魔王軍など撃退出来るだけの力がある。しかし、この魔法都市に何かされては困る。
私達のような賢者は、人命よりも今まで築き上げてきたこの魔法都市と、そこに集められた知恵と技術の方が大事なのさ。私達の目的はあくまで『魔法技術の探求』、その為には魔法都市という拠点を維持することが先決だ。だからこそ、無用な争いは避けるに越したことはない。違うかい?」
「それは、その通りだと思いますが……」
そもそも戦争はなにも生まない不毛な行為だ。死人や怪我人を出してしまえば、その分だけ労力が掛かるし技術だって失われてしまう。しかし……。
カレンさんも僕と同じ考えに至ったのか、前に出て話し始める。
「争いを避けたいのは結構だけど、争いの元凶を残したままにしておけば、あなた達もいずれ戦うことになるだけよ。それとも、あなた達が見下している私達地上の人間に戦いは任せて、あなた達は文字通り高みの見物ってわけ?」
「あまり私達を舐めないでもらいたいね。前に出て馬鹿みたいに剣で斬り掛かるだけが戦いじゃない。我々は今、魔法技術を結集して――」
……と、コーリンと呼ばれた男性はカレンさんに反論しようとするが、何故かそこで言葉を途切れさせて口を手で押える。
「……おっと、危ない。これ以上余計な発言を外部の者にしてしまって情報漏えいされても困るからね。それに、そろそろ時間稼ぎは終わりらしい」
「……時間稼ぎ?」
「そう、私はただ単にキミ達を待っていたわけじゃない。……ほら、塔の外から規則正しい兵隊達のの足音が聞こえてくるだろう?」
「……まさか」
僕とカレンさんはハッとして入り口の方を見る。入口の方からガチャガチャと鉄の鎧が軋む様な音と重い足取りが多数聞こえてくる。おそらく、この都市の軍隊だろう。
僕とカレンさんは、すぐに腰に下げている剣に手を掛けて戦闘体勢を取るが……。
「おっと、やめた方が良い」
コーリンさんはすぐにカレンさんの行動を止めるように言う。
「彼らはこの塔を囲んでいる兵士だ。キミ達は部外者だから下手に抵抗すれば魔法都市の者達は容赦しない。もし抵抗すれば捕まった後は極刑だろうね……さぁ、どうする?」
「くっ……!」
カレンさんは悔しそうに表情を歪めて手にした剣を鞘に納める。それを見たコーリンという男性は勝ち誇ったように今までとは違う邪悪な笑みを浮かべた。
――しかし。
「コーリン先生、今ようやく笑いましたね」
「……何?」
今まで黙っていたウィンドさんが突然口を開く。その言葉に、コーリンと呼ばれた男性は一瞬だけ目を見開く。
「(どういうこと……? この人は今までずっと笑っていたように見えたけど……)」
「……ウィンド君、今の言葉はどういう意味かな?」
「言葉通りの意味ですよ、先生。あなたは普段は猫を被って優し気な笑みを浮かべていますが、本性を露わにした時だけ今のように少しだけ口角が上がるんですよ。私はそのあなたの表情が大嫌いでした」
ウィンドさんの辛辣な発言に、コーリンと呼ばれた男性は言葉を詰まらせる。だが、彼は今までの笑顔を消して真顔で彼女に言い放つ
「……それがどうした。ここで私の癖を指摘してもキミ達が追い詰められているのは何も変わらないだろう。私の言葉に何一つ反論出来ずに黙っていたキミが最後に出来るのは僕の悪癖を指摘する事かい?」
彼の言う通り僕達は追い詰められている。仲間達は彼の魔法によって足を止められて、外には兵隊が詰め寄ってきてどんどん近付いてきている。
……だが、コーリンと呼ばれた男性とは反対に、今はウィンドさんが笑みを浮かべていた。
「先生、私はあなたがずっと時間稼ぎの為に彼らとの会話を引き伸ばしていたことに気付いていました。つまり、それがどういう意味か分かりますか?」
ウィンドさんは笑みを浮かべながら魔力を全身に発生させる。
一瞬で出す魔力としては明らかに規格外に見えた。おそらく、僕達に気付かれない様に静かに魔力を溜め続けていたのだろう。
「なっ……!?」
次の瞬間、ウィンドさんの周囲から魔法陣が形成される。
「さぁ、行きなさい……私の魔法!」
ウィンドさんは叫びながら左手首を軽く上に振り上げる。
同時に魔法陣の赤い光が、頂の塔の入り口の方に飛んでいく。その光は入り口の扉を何事もなく通過し、次の瞬間にはバチンと音がしてそれきりだった。
「な、なにをした……まさか兵士を手に掛けたのか!?」
「そんな事はしませんよ。外の兵士達には少し眠ってもらいました。それと魔法操作で入り口の鍵を掛けておいたので、もう誰も入ってきませんよ」
「くっ……!!」
「……というわけで増援はもう期待できません、先生。大人しく彼女達の魔法を解いて、そこを通してくれませんか」
「……仕方ない」
ウィンドさんの言葉を理解したのか、コーリンと呼ばれた男性はため息を吐いて、飛行魔法を解除して石の階段に降りてくる。
「……降参したのかしら?」
カレンさんは彼を睨みつけながらそう質問する。しかし、男性は半笑いを止めて真顔の表情で言った。
「まさか、仮にも賢者を名乗る人間が降参などするわけないだろう」
「……やる気というわけですか」
カレンさんはそう言うと、すぐに剣を抜いて構えを取る。
そして僕も腰に下げた剣を鞘から抜いて構える。
「キミ達に、本物の魔法使いというものを見せてやろう」
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