第855話 互角?

 魔王の頭部が露わになり、その頭部に僕は剣を振り下ろした。


「これでも……くらえぇぇ!!」


 僕の剣は魔王の兜を切り飛ばす。兜の下は素顔では無く、口元と目を隠す黒いマスクを装着しており、素顔は分からなかったが、レイはトドメを刺そうと魔王の顔に剣を叩き込む。

 

 ……だが。


 ―――ガキンッ!!


『甘いな』

「!?」


 僕の放った斬撃は魔王の手であっさり片手で受け止められてしまう。僕の剣を握りしめた魔王の手の平は黒い血のようなものが流れておりその肉体を確実に斬り裂いていたのだが、魔王は構わず僕の剣をそのまま拳で握りしめる。


「―――っ!!」


 このままでは蒼い星が握り潰されてしまう。

 そう思った僕は全力で魔王の手の平から剣をこちらに引き抜く。


『ぐっ……!!』


 引き抜くと同時に魔王の手の平から黒い血が飛び散り、それと同時に魔王の背後からルナとレベッカの魔法と矢の波状攻撃が襲い掛かる。


『ちぃっ……!!』


 流石の魔王も焦っていたのか、僕に背を向けて二人の波状攻撃を手に持った剣から放たれる魔力の波動で打ち消す。そして、二人の攻撃を凌ぐと同時に魔王は、巨体に見合わないほどの身軽な跳躍を見せて、そのままマグマの海の向こう側の瓦礫の山へと飛び移っていった。


「……くそ、逃げられた!!」


 あと一歩の所まで追い込んだことで勝機を焦っていた僕は、魔王を取り逃がしたことに思わず悪態をついてしまう。


 すると、上空で魔王を抑えていた筈のアカメ、それにノルンがこちらに走ってくる。


「レイ、落ち着いて」

「怪我はない? ベルフラウ、治療をしてあげて」

「分かったわ」


 ノルンに言われて姉さんもこちらに降りてくる。そして姉さんは僕の身体に鎧越しに触れて回復魔法を唱える。姉さんの回復魔法を受けたことで、最初の一撃で痺れかかっていた両腕の痛みが徐々に消えていく。


「……ありがと姉さん。それにしても、魔王はアカメとノルンの魔法で抑えられていた筈なのに……」


 僕がトドメを刺しに行く直前、魔王はノルンの”眠りの魔眼”によって意識を一瞬奪われていたように見えた。その後、詳細は分からないけどアカメの何らかの魔法によって魔王の動きを更に抑え込んでいた筈だ。


 だが、僕が攻撃を仕掛けた瞬間には、それらの負荷が完全になくなっているように思えた。


「ごめんなさい……私の力が及ばなかったわ……」


 アカメはそう言って僕に謝罪をする。謝罪と同時に悪魔の翼がしゅんと萎れるのが妙に可愛い。


「私もアカメと同じね……。これでも全力で魔眼を使ったつもりなんだけど、意識を持っていけたのは一瞬だけだったわ」


 ノルンもそう言って申し訳なさそうな顔をする。


「いや、良いよ。僕がちょっと焦ってただけだし……」


 流石、魔王というべきだろうか。あれだけ優勢だったというのに、こうも簡単に拮抗状態に戻されてしまうとは。最初に囲んで一気にボコる作戦だったのだが、これは一度作戦を考え直す必要があるかもしれない。


「皆、一旦こっちに戻って!!」


 僕がそう叫ぶと、他の仲間達が気付いてこちらに戻ってくる。


「みんな無事だった?」


 僕が皆にそう声を掛けると仲間達は頷く。


「……しかし、作戦失敗してしまいましたね、レイ様」


「開幕で囲んでフルボッコにして相手に何もさせずに全部終わらせる作戦、最初聞いた時は血も涙もないなと思いましたが……」


「えっ、いや……血も涙もないって程じゃないと思うんだけど……」


 エミリアのあんまりな言い方に僕は狼狽える。何気に酷いこと言われてないだろうか?


 だが、エミリアの言い方にカレンさんが異を唱える。


「エミリア、その言い方は酷いわ」


「そ、そうだよねカレンさん!」


「ええ、分かってるわよレイ君。そもそも命を賭けた戦いにおいて相手を気遣う方がおかしいのよ」


「う、うん……?」


「だから、相手を雁字搦めに縛ってから躊躇なく首を撥ねようとしたレイ君の戦術は大正解よ。大丈夫、私はちゃんと理解してるわ」


「……」


 自分がやろうとしたことをこうやってカレンさんに纏められると、自分が酷い作戦を思い付いたように思えてしまう。だけど、僕としてはそんな恐ろしいこと微塵も考えていなかったので心外だ。

「止めて皆、優しいレイくんが地味に傷付いてるわ!!」


 姉さんは僕の表情を見て察してくれたのか、そう言って皆から僕を庇ってくれた。


「あのー、皆さん? 今は魔王さんとの戦闘中ですよっ! 真面目にやりましょう!!」


「「「「………」」」」


 普段おちゃらけていたサクラちゃんの呆れたような一言で僕達は静まり返って、マグマの海の対岸にいる魔王に視線を向ける。


 すると兜をかぶり直していた魔王はこちらに視線を向けて言った。


『……流石だな勇者一行。勇者二人のみならず、他の仲間も高い戦闘力を有している。如何に我が強大な存在であっても、これだけの強者と同時に相手をするのは流石に骨が折れる』


 魔王はそう言いながら、僕達を見渡す。


『……流石、先代の魔王を撃破しただけの事はあるな』


 ……そうか、前に倒した魔王はコイツにとっては先代の魔王という事になるのか。


「大人しく降参して私達に投降しなさい。これ以上、無駄に苦しまなくても良くなるわよ」


「ですですー!!」


 魔王の言葉に挑発する様にカレンさんは言い、それに同意する様にサクラちゃんも叫ぶ。だが、魔王はクククとこちらを馬鹿にするように笑う。


『くくく……この我に、貴様ら人間の軍門に降れと言うのか?

 貴様らは魔王の存在を正しく理解していないようだな……魔王は何があっても”人間”の貴様らと和解する事も話し合いに応じることも無い』


 ……そう言えば、以前にイリスティリア様が言っていた気がする。


『魔王とは一言で言えば亡霊のようなものよ。

 過去、良くも悪くも偉業を為したものの、しかし、世界に否定されてしまった存在よ。それが死してなお世界を恨み、その負の念が現世に蘇った存在といえる。

 蘇ったその存在は、もはや全くの別の存在に成り代わっておる。故に魔王とまともな対話は通じぬ、奴と会話など交わしてはならぬ』と……。


「なるほど……亡霊ね」


 僕がイリスティリア様に聞いた話を仲間に告げると、姉さんは「なるほど」と言いながら魔王を睨みつける。


「ということは、あの人は元々人間だったということ?」


 ルナは僕にそう質問するが、それに答えたのは僕では無く魔王自身だった。


『我はこの身になった時点で人間の記憶など無くなっている。故に答えることは出来んが、貴様ら人間の価値観で我の行動を判断する事はやめてもらおう。貴様らが我をどう認識しようと自由だが、貴様らは我が魔王である限り戦う運命にある』


 魔王のその言葉を聞いた僕は少し考えてからこう問う。


「……一体、お前達魔王軍は何の目的で人間を襲っているんだ? 人間を支配して世界征服でも企んでいるのか?」


『この期に及んでそんな事を聞いてどうする? 答えるとでも思っているのか?神に聞いたのだろう?”魔王とまともな対話は通じぬ、奴と対話など交わしてはならぬ”と』


 そう言いながら魔王は再び剣を構えて叫ぶ。


『それほど我の事が知りたいのであれば貴様らを全員皆殺しにしてあの世に送ってやる。天界で待つ主神にでも質問すると良い!!』


 魔王はそう叫びながら自身の持つ大剣に魔力を込め始める。


『さぁ……第二幕の始まりだ!!』


 魔王のその言葉に、僕達も武器を構えて戦闘態勢を取る。

 この戦い、絶対に負けられない……!

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