第517話 魔王の前で思考停止する勇者

「ヒィィィロォォォォォーーーはーーーーーー!!!」

 突然、僕達の頭上から気の抜けた女の子の大きな声が響いてきた。


「……ん?」

「え?」

「……おや?」


「……この声は」

 聞き覚えのあるその声に、僕は呆然としながら空を見上げる。


 そこには――


「……あれは……?」

 真っ白な翼を広げ、宙に浮かんでいる二人の女の姿があった。


 それはまるで天使のようで……と、思ったのだが……。


「……サクラちゃん……?」

「……と、ルビーちゃん?」


 僕の呆然とした声に続いて、姉さんがもう一人の名前を呼ぶ。そこにいたのは、いつの間にか別の任務で王都から離れていたサクラちゃんと、何故か一緒にいるルビーの姿だった。


 そしてサクラちゃんは僕達に向かって叫んだ。


「ヒーローは諦めてはいけません、レイさん!!!!!」

「……っ!!」


 何が何だかわからないけど、彼女達は僕達を助けに来てくれたようだ。

 そういえばサクラちゃんはヒーローに憧れていたんだったっけ……。


 その声にホッとしたのは僕だけじゃないようで、後ろの三人も……。


「……何故、翼を生やしてるんでしょう」

「……さぁ……?」


 と、エミリアの言葉にレベッカは首を傾げていた。

 姉さんは、疲れ果ててるのかぼーっとした目で彼女達を見つめていた。


「……なんだ、アレは?」

 変身途中の魔王ナイアーラすら突然の二人の出現に驚いていている。

 そのお陰か、途中で変身が止まっていた。


 二人は魔王の反応を無視して、そのまま僕達の所に降りてくる。

 そして着地と同時に翼が消えた。


「間に合いました!!!」

「……ええと、レイ……さっきぶりだな」


 サクラちゃんは間に合ったことに安堵する様に、

 ルビーさんは、若干気まずそうに僕に声を掛けた。


「二人とも……なんで、ここに……?」

「ヒーローはピンチに駆けつけるものなのでっ!!!!」

「おい、答えになってないぞ」


 僕の質問に胸を張って答えるサクラちゃんだったが、すぐに隣にいたルビーさんに注意される。


「実はイリスティリア様にレイさん達がピンチだと聞いて駆けつけました」

「そうだったんだ……。じゃあ、ルビーは?」


 僕がそう彼女に聞くと、ルビーは僕から顔を逸らして言った。


「か、勘違いしないで……王都に急いで向かおうとしてたところで、こいつに絡まれて仕方なくよ。別に、助けようとかじゃなくて散々私を馬鹿にしたこいつに仕返しをしたくて……」


「あ、ちゃんと王都に行こうとしてくれたんだね、ありがとう」

「~~~!!」


 お礼を言うと、彼女は恥ずかしいのか、頬を染めながら睨んできた。

 ……照れ隠しなのかな?


「それでレイさん、この気持ち悪いのが魔王ですか?」

 サクラちゃんはピシッと、変態途中の魔王を指差して僕に質問した。


「うん、その気持ち悪いのだよ」


 触手と膨れ上がった体で本当に気持ち悪い。

 もしここにリリエルちゃん達が居たら泣き出していただろう。


「貴様……一体、何者だ!?

 我の前に立つとはいい度胸だ!! 死にたいらしいな!?」


 すると、僕達の会話を聞いてたのか、魔王が怒りの形相で叫び散らす。

 しかしサクラちゃんは特に気にすることなく言った。


「え、わたしの事知らないんですか?」

「知るわけないだろう!」

「一応、わたしも勇者なんですが……」

「知るか!! ……もう一人勇者が居ることは、ロドクから報告を聞いていたが……まさかこんな小娘だったとは」

「こ、小娘……」


 サクラちゃんはちょっと落ち込んだような顔をするが、すぐにキリッとした表情に戻った。


「ふん! だがまぁ、ちょうど良い。今ここでまとめて始末してやるわ!!」


 そう言って、魔王は再び身体中に触手を伸ばしていく。


「死ねっ!!!」

 魔王は二人に触手を伸ばして、全方位から攻撃を加えようとする。


 僕は咄嗟に叫ぶ。


「危ないっ!」

「大丈夫です!!!」

 しかし、危機的な状況にも関わらず、サクラちゃんとルビーさんは落ち着ており、サクラちゃんは腰から短剣を二つ取り出すと、それを両手に持って構えた。


 そして、魔王の攻撃が当たる寸前に、彼女はその短剣を目に留まらない速度で振るう。


 次の瞬間――

 キンッ―――――


 と、甲高い音が何度も響き、魔王の攻撃を防ぎきる。


「……チッ!!」

 魔王は舌打ちをするが、攻撃を緩めずに更に触手の数を増やす。そこに、ルビーの魔力弾がサクラちゃんの周囲をすり抜けて魔王目掛けて飛んでいく。


「ええい、雑魚の攻撃など効くものか!!!」


 魔王はそう叫んで、ルビーの魔法攻撃を別の触手で受け止める。

 そうして彼女達と魔王の戦いが始まった。


 善戦する二人を他所に、僕の後ろから姉さんが話しかけてきた。


「レイくん、大丈夫?」

「うん、二人のお陰で命拾いしたよ」


 僕はそう言うと、聖剣を握る手に力を込めて立ち上がった。

 すると、エミリアとレベッカも動けるようになったのか僕の方に歩いてきた。


「レイはどう見ますか? あの勢いならあるいは……」

「……」

 エミリアは、期待を込めた声で僕に訊いてきたが、僕は首を横に振った。


「まだわからないけど、魔王の魔力がさっきより回復してる。完全に力を取り戻されたら、いくらサクラちゃん達でも勝てないと思う」


 僕は彼女達の戦いを見守りながら考える。

 サクラちゃんとルビーは強いけど、魔王ナイアーラはそれ以上に強い。


 押し切れればエミリアのいう通り可能性はあるけどあと一押しが足りてない。

 このまま戦い続ければ消耗したサクラちゃん達が勝てるか怪しい。 


「(でも、弱った僕達じゃ無理だ……。かといって、このまま黙っている訳にはいかない。どうにかして彼女達の援護をしないと……)」


 現状、僕達の魔力は殆ど無い。

 体力は少し戻ってきてるけど、彼女達と肩を並べて戦うのは不可能だ。

 魔王が弱り切ってる今のうちになんとかしたいところだけど……。


「……エミリア、<能力透視>アナライズ使える?」


「そのくらいの魔法なら使えますが、魔王相手に通用するでしょうか?」


「普段の状態ならとても効きそうにないけど、あいつも弱ってるし、試してみる価値はあるよ」


「わかりました」

 エミリアはそう返事をすると、魔王を対象に魔法を唱え始めた。


「――我が眼前の敵を知れ。<能力透視+>アナライズ・プラス

 すると、彼女の目の前に光の輪が現れて、すぐに消え去る。


「……成功しました。データを表示しますね」


 そう言って、彼女は魔王のデータを教えてくれた。


 Lv??? <魔王ナイアーラ(エメシス)><種族:人間・魔物>

 HP1270/5000 MP960/10000

 攻撃力900 魔法攻撃力1500 素早さ550 物理防御250 魔法防御250

 所持技能:権能Lv30→Lv0 不死性Lv99→Lv0 存在秘匿Lv99→Lv5

      肉体強化Lv30 再生能力Lv40 触手Lv50 老化Lv80→20 ???Lv??

 所持魔法:全魔法Lv99(神の場合)→魔法全般Lv49(人間・魔物)

 耐性  :状態異常無効→状態異常半減 精神異常無効→精神異常半減

 弱点  :光・聖属性


 補足  :現世に転生を果たした創造神ナイアーラ

 魔王として転生しており、かつて使えた権能や不死性を失っている 

 <エメシス・アリター>という人間の身体で動いているため能力に大幅な制限が掛かっている

 素体は人間だが変態途中の為、種族が魔物へと変化と遂げている最中である

 それ以外の詳細は不明


 <権能>創造神であった時の能力。今は魔王であるため使用できない。

 <不死性>人間の身体な為、不死性が失われている。

 <存在秘匿>消滅寸前な為、一部を除いて機能していない。

 <肉体強化>魔物化したことで得た能力。Lv30の場合、人間の時より1.7倍程度の怪力を得られる。

 <再生能力>魔物化したことで得た能力。Lv40の場合、約3日程度でHPとMPが全回復する。

 <触手>魔王化で得た技能。触手を使用して攻撃や身体再生が可能。

 <老化>肉体の状態。能力低下を引き起こすが、魔力で補っている。 

 <???>解析不可能。

 <魔法全般>魔王の為、全ての魔法が使用可能。ただし、今は制限が掛かっている。

 <状態異常無効>現在は状態耐性が減少している。

 <精神異常無効>現在は精神攻撃に対する耐性が減少している。


「……やっぱり!」

 今の魔王は本来の力を出せていない。これならまだ希望がある!


「エミリア、あの二人の魔法を援護できるような魔法は使えないかな!?」


「初級クラスの魔法なら数発使えますが……」


「今のわたくし達の残された魔力では致命的なダメージを与えるのは難しいかと……」


 エミリアとレベッカが、そう言って難しい顔をする。


「姉さんは?」

「……正直、立ってるのがやっとって感じかしら……情けないわ……」


 姉さんはそう言って悔しそうな表情を浮かべた。

 僕はそんな姉さんを見て、歯噛みする。


「くそっ!!」

 どうすればいいんだ? 僕達が何かできないのか?

 僕が必死に頭を悩ませていると、ふとあることを思い出す。


「……エミリア、以前、カレンさんに作った薬の事覚えてる?」


「カレン……ええと、闘技大会当日の?」


「それだよ、あの時にカレンさんに飲ませた薬って、羽が生えたみたいに身体が軽くなって魔力も絶好調になるって言ってなかった?」


「ふむ、確かに、エミリア様はそのような事を仰ってましたね」


「カレンさん、風邪で弱ってたのに、その後平然と戦ってたもんねぇ」


 レベッカと姉さんも、その時のことを覚えていたようだ。


「いえ、確かにそうなのですが……。あの時は言いませんでしたけど身体に有害な物質が入っていて、それを緩和させるのに苦労しまし――」「作って」


 僕は両手でエミリアの肩をがっしり掴んで懇願した。


「今すぐその危険な成分を除去したうえで、効能を強化した薬を僕に作って欲しい」


「無茶振り過ぎませんか!?」


「でもそれしか方法無いって!!」


 僕はエミリアの肩を強くつかんで身体を揺する。


「ちょ、揺するの止めて……!!」

「お願い!!!」


「……エミリアちゃん、もしかして材料が無くて作れないとか……?」

 姉さんはエミリアに質問する。


「い、いえ……実は材料は今持っているのですが……」

「ならお願い!!」

「で、ですが、今すぐ改善しろというのは無理ですって!」

「大丈夫!! きっとなんとかなるから!!」


「なんですかその根拠の無い自信は!?

それに、調合器具も無い場所で、失敗してしまったらどうするつもりですか!?」


「それは困るけど、でも、なんとかしてくれるよね!?」


「か、勘弁してくださいって……私、普段は有能ぶってますが、こういう突拍子もない事態には弱いんですよぉ~……」


 エミリアは涙目になりながら僕の腕を振り払おうとする。

 それでも、僕は彼女を離さない。そして、レベッカもエミリアの腕を掴む。


「エミリア様、わたくしからもお願いします」

「エミリアちゃん、今はそれしか手が無いと思うわ」


 そして、二人が説得することでようやく―――


「……わ、分かりましたよ……だけど、失敗しても恨まないでくださいね」

 そう返事してくれた。


「ありがとう! さすがエミリアだよ!」


「まぁ、お世辞は良いんですが、この作業が終わったら、ちょっと休ませて下さい……」


「うん、分かった。約束する!」


 どのみち薬飲んで戦えるのは一人だけだ。エミリアには休んでもらった方がいい。


「そ、それじゃあ、ちょっと向こうで調合してきます。

 レベッカ、手伝ってもらえますか。多分、一人では手が足りないので」


「わたくしで良ければ勿論」


「なら、私も手伝うわ、エミリアちゃん」

 エミリアのお願いに姉さんの挙手する。


「あ、それなら僕も……」

 

「レイは来ない方がいいです。何を調合してるか知ったら飲めなくなりますから」

「……あ、はい」


 僕はエミリアの言葉にしょんぼりする。


「では、行きましょう。二人とも、こちらへ」

「ええ」

「はーい」


 そう言って、三人は出て行った。


「……やることがない」

 三人は何処かへ行き、救援に駆けつけてくれたサクラちゃんとルビーは魔王と戦っている。

 僕だけ完全に手持無沙汰になってしまった。


「(そうだ、せめて応援をしていよう)」

 僕は、深呼吸して息を整える。


「がんばれーーー!」

 僕は皆を応援することにした。

 ここに、指をくわえて応援に勤しむ勇者が爆誕した。

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