第823話 ドラゴン使いレイくん

 レイがドラゴンを何とか操って他のドラゴン達の注意を引き付けてる時――


『す、凄い……サクライくん、敵の筈の竜に乗ってドラゴンから逃げ出しちゃってる……』


 驚きだ。まさかサクライくんがあんな風に竜を従えたり出来るなんて……。


「……あんなこと、私達、四賢者でも不可能……。彼、凄いのね……」


『うん……私だってあんなことが出来るなんて初耳――』


 ―――と、ルナはそこで思い出した。


 以前、ずっと前の話。この世界で初めてレイと自身が再会した時、自分の声が唯一届いたのは他でもない彼だけでは無かったか?


 あの時、ルナは愛の力だとかそんな感じで無理矢理納得したが、それと同じ事を今彼が行っているのではないだろうか?


「……あなた達が、頂の塔に攻め込んできた後、サクラちゃんに”勇者”っていう固有名詞を聞いて、長老様に尋ねてみたことがあるの」


『……?』


 ルナが頭の中で考えを巡らせていると、自身の背に乗っているミントが自分に話しかけていることに気付く。


「あの時、初めて知ったのだけど……”勇者”というのは、特別な試練を受けた人間が、この世界を守護する神様に力を貰った存在だと聞いた、の。

 その中の歴代の”勇者”の中には、動物や魔獣と心を交わすことが出来た人も居たって話……もしかしたら、彼自身も気付かないだけでその力を持っていたのかもしれないわね……」


『……そう、なのかもしれませんね』


 ルナはミントの話を聞き、自身が抱いた疑問を解決したかもしれない。雷龍だった頃の私と会話を交わせたのは、愛の力などでは無く彼の勇者としての資質だったのか……。


『(……ちょっとショック、運命的な何かだと思ったのに……)』


 元の世界ではそこまで大した接点は無かったかもしれないけど、この世界で再会した時、彼女は彼との出会いを運命だと思っていた。


 醜い姿に変貌してしまった自分の言葉を唯一理解してくれた彼は、やはり自分にとって特別なのではないかと。だけど、ミントの言葉でそれが間違いだと気付かされてしまった。


 端的に換言すればルナは、ちょっとだけ落ち込んでいた。


 しかし―――


「―――だけどね、ルナちゃん」


『え?』


「仮に、特別だと思っていたものが、特別じゃなかったとしても……貴女と彼の関係が変わることは無い……わ」


『!! ……わ、私の心の声が聞こえていたんですか!?』


「ううん、読んでいないわ。でも、何となく分かるの。貴女が今、何を考えていたのか」


『……』


 ルナは内心ドキリとする。この人に隠し事が出来ないのではないか?とさえ思ってしまった。


 以前、私は彼に想いを告げるか悩んでいたが、その時にこの女性に相談したことがあった。


 あの時は当然話しかけられて驚いたのだけど、もしかしたらこの人は私の気持ちを全部知ってて現れたんじゃ……?


「……そんな事は無いわ。あの時は、本当に偶然居合わせただけ、よ」


 ――やっぱり心の声を聞かれてる!?


『うぅ……』


「あらあら……ごめんなさいね……そういうつもりじゃなかったんだけど……」


 ミントさんは困ったような表情をしてから笑い、そして私から視線を外して、今もドラゴンを操って他のドラゴン達から逃げ回ってるサクライくんに視線を戻した。


「彼が上手くやってくれたお陰で、トカゲさん達がこっちに向かってくる事は無さそうね……引き付けてくれてるお陰で距離も近い……これなら上手くやれそう」


『どうするんですか、もう一回眠らせてみるんですか?』


「いえ、それは多分、無理。人間なら<庭園魔法>で眠らせることは造作ないけど、あれだけ生命力の強い生物を私の能力だけで完全に意識を奪うのはあまりにも困難みたいなの……なら」


 ミントはそう言いながら胸の谷間から赤いバラのような花の一輪を取り出す。


「――なら意識は奪わない。トカゲさん達の認識だけを狂わせる………さぁ、誘惑の赤い花……貴女の出番よ……」


 そう言ってミントさんは、その赤い花を空に放り投げる。


「――<庭園魔法・狂惑>フラワーガーデン


 さっきと全く同じ魔法を発動するミント。だが、先ほどと違い、バラは空中で静止してそこから赤いバラの花が数枚零れ落ちる。そして、次の瞬間に異変が起きた。


『グワァァァォ!!』


『ギィィ!!』


『ガァウゥ!!』


 レイを追い回していたドラゴン達が突然あらぬ方向に咆哮する。そして、いきなり反対方向を向いてドラゴン同士が同士討ちをし始めた。


『な、何が起こってるの!?』


「簡単……よ。今のトカゲさん達には、周りの全てが、レイと同じに見えているの。彼らの攻撃対象は、私達人間……だけど自分達が人間に見えてしまうから今は自分以外全てが敵に見える……ということ、ね」


『す、凄いですね……』


「ふふ……どう致しまして……。あとはこのまま待って、トカゲさん達が弱るのを待ちましょうか……」


『あ、でもサクライくんの乗ってるドラゴンも魔法に巻き込まれてるんじゃ……? ……って、あれ……サクライくんのドラゴンだけこっちに浮上してきますよ?』


 ルナの言葉通り、レイを乗せたドラゴンだけこちらに向かってくる。


 初めはミントの魔法でレイの言う事を聞かなくなってこちらに襲い掛かってきたのかとルナは身構えるのだが―――


「びっくりしたぁ……今のはミントさんの魔法?」


 ドラゴンの背中に乗ったレイは、疲れた様子でそう言いながら、ドラゴンを上手く操りながらミント達のいる場所まで上昇して辿り着く。


「そう。あなたのドラゴンだけは対象外にしておいたわ。万一動揺させてしまうとあなたが落っことされる可能性があったから……ね」


「助かりますミントさん。この子物分かりが良いみたいで、ツノを掴んだり頭を抑えながら話しかけるとちゃんと言う事聞いてくれたんですよ。もしかして他のドラゴンもこうすれば大人しくなってくれたのかな……?」


「……ふふ、多分まだ子供のドラゴンみたいだから素直なのかも……ね。あなたの言葉は特別だからってのも……理由、かしら? ね、ルナちゃん?」


 ミントは優しく笑いながら、ルナの頭部を撫でる。


『……う』

 すると、ルナは恥ずかしそうに頬を赤くした。


「それで、この後どうします? 今なら多分一気に倒しきれると思いますけど……」


「そうね……ここで全滅させた方がこの後に攻めやすいし……」


 ミントがそう答えると、レイは頷き、再びドラゴンの背に乗った。そしてドラゴンのツノを掴んで合図する。


「ん?」


 だが、レイの乗るドラゴンは首を左右に動かして合図を拒絶する。まるで首を振ってイヤイヤと言っているようだ。


『(……あ、もしかして自分達の仲間を殺されると思ったから……)』


 ルナはそのドラゴンの感情を何となく察し、レイにそれを伝えようとする。


『あの、サクライく―――』


「……そっか、ごめんね。自分の仲間達が殺されると分かって言う事聞くわけないもんね……」


 だが、レイはルナに言われる前にドラゴンの意図を理解したようで、そう呟くとドラゴンのツノから手を離した。


『……サクライくん?』


「大丈夫、ちゃんと分かってるよ」


 そう言ってレイは優しく微笑む。そして――


「ミントさん」


「ええ……そうね………私も……無益な殺生はしたくない、わ」


 二人は頷き合う。するとミントが胸の谷間からピンクの花を取り出しながらレイの乗るドラゴンを対象とした魔法を掛ける。


<庭園魔法・誘惑>フラワーガーデン


 だが、特に変わった様子は無い。何をしたのだろうかとルナは困惑するのだが……。


「……ふふ、今回は無害な魔法よ。私達にはそう見えないけど、周りのトカゲさんはこの子を龍王級のトカゲさんの姿に見えるように錯覚させたの。龍王級には成体級すら逆らえない。この子が他のトカゲ達に指示を送れば他のトカゲ達は言う事を聞くようになる……これで安心……ね」


『……えと、つまり、どういうこと……?』


 ルナはミントの言葉の意味を察しきれずにレイに尋ねる。


「うん、つまり……こうゆう事だよ」


 レイはニコリと微笑んで、ドラゴンのツノを再び掴んだ。


「―――キミが他のドラゴン達を導いて何処かに連れてってほしい。ここじゃなくて人間が寄り付かない別の何処かの島に……頼んでもいいかな?」


『―――ギャウギャウ!』


 ドラゴンはレイの願いに力強く頷きながら答える。


「キミのお陰でこの島のドラゴン達は魔王の手から離れて救われる……。短い間だったけど、キミと一緒に空を駆けたのは楽しかったよ……ありがとう……元気でね……」


『ギャウ』


 レイは最後に優しくドラゴンの鼻を撫でてから、飛行魔法で浮き上がってドラゴンから距離を取る。ドラゴンもレイに一礼をしてから飛び立った。そして、他のドラゴン達が今だに混乱の最中、そのドラゴンが大きく咆哮を上げる。


 すると他のドラゴン達の動きがピタリと止まり、一斉にそのドラゴンの元へ集う。そして、レイを乗せていたドラゴンは他のドラゴンを引き連れて何処か遠い空へと飛んでいった。


「……これで、良かったのかしら?」


「……はい。無駄に争うこともなく、お互い最小限の被害で幕引きが出来ました。あの子達も人間が居ない島に移れば決して敵にはならないでしょう。……これで、ここに残ったのは魔王軍だけです」


『……サクライくん。あの子と本当に会話出来てたの?』


 ルナは確信を以ってそうレイに質問する。すると、彼は一瞬だけ間の抜けた表情をして笑う。


「―――まさか。でもあの子は賢くて素直な子だから、僕の言葉をちゃんと理解して行動してくれただけだよ」


 レイはそう言って、ドラゴン達が飛んでいった方向を見つめていた。

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