第822話 庭園魔法
前回のあらすじ。
あまり面識のない四賢者の紅一点のミントさんにお願い事をされる。
「頼みたい事ですか?」
「な、なんでしょうか……私でも手伝えることなら……」
「正確には、ルナちゃんに頼みたい事で、もう一人の方は貴方じゃなくても、良いんだけどね」
ミントさんは「ふふふ」と怪しく微笑みながら言う。
「……そうですか」
「ねぇなんでガッカリしてるのサクライくん。もしかしてミントさんが年上の綺麗なお姉さんだから何か期待してたの?」
「ルナ、そういう下世話な勘繰りは止めよう。僕はそんなこと考えてないよ」
「……本当に?」
「……本当」
下心は特にない。が、僕は今まで姉さんやカレンさんのように年上のお姉さんにお願いをされて僕が引き受けると喜んだ表情をしてくれた。
なのでちょっとだけその点を期待しただけの話。自分じゃなくてもいいと言われると微妙にテンションが下がったのもある。
「そ、それで私達は何をすればいいんですか?」
「ルナちゃんは、大きなトカゲさんに、変身、できるのよね? その力を貸してほしいの?」
「僕の方は?」
「貴方は、私の護衛。今回使う魔法は、私が完全に無防備になってしまうから、万一敵に囲まれても切り抜けられるだけの戦力が必要なの。だから、貴方じゃなくても貴方と同等の戦力なら別の人でも良い」
なるほど。ルナは代打の効かない能力だから必須で、僕の役割は実力があれば誰も良いポジションなのか。
「どうするのレイ君。貴方が行く? それとも私達の誰かから貴方が指名する? 何なら私やそこで正座して遠い目をしてるサクラを指名しても構わないわよ」
カレンさんはそう言って放心状態で正座してるサクラちゃんを指差す。
「指名された以上、僕が行こうと思うんだけど……そうだね……」
そう言いながら、もしかしたらサクラちゃんが行きたいと言い出すかもしれないので、僕はサクラちゃんの方に近付く。
「どうする、サクラちゃん」
「……うー」
「……サクラちゃん?」
何か様子が変だ。さっきから滅茶苦茶大人しいし何故か身体がプルプルしてる。
「……もしかして、足が痺れてる?」
コクコクコク。と、サクラちゃんは無言で頷く。
「はぁ、だらしないわねぇ……たかが正座程度で」
「うう、足がビリビリするよぉ……」
正座止めればいいのに……ともかく、この様子だとサクラちゃんは戦えそうにない。
「ミントさん、やっぱり僕が行きます」
「そう、じゃあお願いするわ……ね?」
ミントさんはそう言いながら微笑み、僕の手をそっと握ってきた。
「よ、喜んで……」
「ふふ……」
顔が近い。顔が近い。顔が近い。顔が違い。
以前から思っていたのだけど、僕はどうやらロリコンじゃなくて守備範囲が広いだけらしい。こうやって年上の女の人に迫られるとドキドキするし、身体が熱くなる。
ミントさんの手のぬくもりを感じていると、後ろからカレンさんにグイッと首を軽く摘まれて距離を離されてしまう。
「あの、ミントさん。レイ君をあまり揶揄わないでもらえるかしら?」
「……嫉妬、かしら?」
「違います! 彼はまだ思春期だから貴女のそういう思わせぶりな態度が教育に良くないの。……ベルフラウさんもそう思うでしょ?」
「え、私? ……そ、そうね。レイくん、私以外の年上のお姉さんとイチャイチャしちゃダメよ」
「(むしろ姉さんが一番思春期の教育に悪いことしてると思うんだよね)」
「もはや何の話なのか分からなくなってきましたね……」
「皆様、論点がおかしくなっております。今は真面目な作戦会議の途中だったはずでございますよ」
「「「「う」」」」
この中で一番年下のレベッカに窘められてしまった。
◆◇◆
場面は変わって、僕とミントさんは竜化したルナの背に乗って空を飛んでいた。
「それでミントさん、具体的にどうするんですか?」
「私の魔法で、周りのトカゲさん達の精神に干渉してみる。人間にやるのとはちょっとワケが違うから、時間が掛かると思うの」
『せ、精神に干渉?』
「そんな事が出来るんですか?」
「ええ……これを」
そう言いながら、ミントさんは胸の谷間から一本の小さな花を取り出す。その仕草と彼女の胸元に思わず凝視してしまった。
「……? どうしたの?」
「いいいい、いや、なんでもないです!」
『(サクライくんがまた鼻の下を伸ばしてる……)』
ルナに呆れられた気がするけど、これは男の性なので許してほしい。
「私の”庭園魔法”は花粉に含まれる特殊な成分で、他の生物の脳に作用して、精神に干渉して眠らせたり簡単な暗示を掛けたりできる……の。
だけど、ただの花の花粉では到底足りない。それを私の魔法で疑似的に量産して作り出して、周りのドラゴンさん達に振り掛けるわ」
ミントさんはそう言って目を瞑って手をかざす。
「―――花の世界へ―――」
彼女がキーワードを口にすると、僕達の周囲の空間が急に歪み始めた。なんと、それまで空の真っ只中だった光景が、一瞬にして無数の花が咲き乱れる花畑へと変貌した。
「こ、これは……」
「……私の世界へようこそ……と、言っても、これはあくまでそう見えるだけ……外は相変わらず空の上だから絶対に落っこちちゃ駄目……よ?」
ミントさんはそう言って下を指差す。下には彼女が作り出した花畑の光景だが、よく見るとその中に透けてドラゴン達の群れが翼を大きく動かしながら飛んでいる光景があった。
『一体、こんな魔法どうやって……?』
「魔法の中には時間と空間を制御する高次元の魔法があるの。これはその応用、ね。自身が思い描いたイメージを具現化しそれを重ね合わせることで一時的に現実を侵食する。これが私の固有魔法」
「……空間を侵食して疑似的な空間を作り出す、ということですか? ……とんでもない魔法ですね」
「……だけど欠点があるの……イメージの侵食には時間は掛からないけど、常に私の魔力を放出し続ける関係上長くは持たない。
そしてもう一つの欠点として、この"庭園魔法"を全力で使用している間、私はそれ以外の魔法が一切使えない。魔法障壁などの防衛手段も初級クラスの攻撃魔法すら使用不可能になる」
「……つまり、今のミントさんは」
「私の戦闘力はゼロの状態ということ。だから、貴方とルナちゃんが必要だったの。ルナちゃんの背に乗っていないと空を飛ぶことも出来ない。
無防備で戦える状態では無くなるから、貴方のように強力な護衛が居ないと万が一の時に何も出来ない。だから、本当に危険な時は、私を守って、ね?」
ミントさんはそう言って僕に微笑んだ。
「任せてください。僕はこれでも結構強いですよ」
そう言って僕は笑みで応えて、聖剣を取り出す。
「……では、始めるわね……。トカゲさん達に花の花粉を飛ばして眠りに誘うわ」
ミントさんはそう言うと、両手で周囲に舞い散る花びらを掴んで、それを竜化したルナの身体から飛び立った僕達の周辺へと降らせる。
「
再びミントさんが魔法を発動すると、彼女の周りで舞い散っているだけだった花びらが群れを成してドラゴン達に飛んでいく。
その光景は、まるで美しい花園に雪が降るような幻想的な光景だった。その花びらに触れたドラゴン達は、初めは何も起こらなかったが、徐々に動きが鈍くなり高度が下がっていく。
『……ドラゴン達の様子がおかしい』
「意識が朦朧としてるんだと思う。翼の制御が上手くいってない。このまましばらく時間を掛けていけば……多分……」
まだ少し時間は掛かりそうだが、この調子ならこちらは一切手を出さずにドラゴン達の動きを完全に止めることが出来そうだ。
翼が動かなくなればドラゴン達は当然地上に落下する。あの巨体で地上に落下すれば仮に死ななかったとしても確実に戦闘不能に追い込めるだろう。
―――だが。
「ダメね」
ポツリとミントさんが呟く。
『何がダメなんです?』
「……あれを見て」
ミントさんは目を開けて下を指差す。すると先程まで動きが鈍くなっていたドラゴン達が徐々に活発になり始めて高度を上げ始めた。どころか、こちらに迫ってきている。
「距離が離れすぎた弊害。トカゲさんの中枢神経まで麻痺させることが出来なくなった。おまけに、あの子達は私達に攻撃されたことを正しく認識している。そう時間が掛からないうちに抵抗されてこっちに攻撃を仕掛けてくる」
『え!?』
「どうするんです? もし襲い掛かってきたら僕が対応しますけど、流石にあの数に襲われたら逃げ一択ですよ?」
「……これは作戦を切り替えるしかないわ、ね。
「一応、飛行魔法が使えますから逃げ回るくらいなら……」
「お願いして良い?」
……あのドラゴン達に追いかけっこするのか……。中体クラスならまだしも成体クラスの攻撃が被弾すれば一発アウトになりそうだ……。
『サクライくん、大丈夫? 結構大変そうだけど……』
「うん。まあ何とか。ルナ、ちょっと不安だから応援してくれるかな」
『応援? ……ふ、ふれー!ふれー! がんばれがんばれ、さくらいくーーーん!!』
「……お、思ったのと違うけど、ありがとうルナ……ちょっと元気出てきたかも……行ってくる!」
僕は飛行魔法を発動させ、ルナの背中から飛び立つ。そして、上空から勢いよく下降し、その途中に居たドラゴンの一体を標的にして一気に迫る。
「てやぁぁぁぁぁ!!!!」
僕は垂直落下の勢いでドラゴンの背中にキックして、そのまま足場にする。
「(―――っ!!)」
落下速度のせいか自身の脚に物凄い衝撃を受ける。一瞬、そのまま膝が崩れ落ちそうになるが、なんとか気合いを入れて踏ん張ってドラゴンの首を抑えようと動く。
背中に衝撃を受けたドラゴンは突然の僕の襲来で驚いていたが、すぐに冷静さを取り戻したのか僕を振り落とそうとジタバタと翼を大きく動かしてもがく。
「こ、こらっ、大人しくしろ!!」
言葉が通じるか怪しいが、僕も必死だ。なんとかドラゴンの首元に移動してドラゴン喉元に剣を添えて大声で叫ぶ。
「う、動かないでっ!!」
『―――!!』
ドラゴンは僕にそう語りかけられて、驚いた表情になりドラゴンの身体の動きがピタリと止まる。
「お?通じた?」
前に雷龍だった頃のルナと対話出来たから試しに言葉を掛けてみたのだが……しかし確証はない。首に添えた剣での脅しが効果があっただけかもしれない。あまり安心は出来ないだろう。
「(でも、ちょっと無茶な作戦だったか……)」
飛行魔法で飛び回って逃げるのはリスクが高い。流石に翼を持つドラゴンの速度に追われてしまえば逃げ切れる自信は無い。だから、同じドラゴンを足場にする手を思い付いたのだが……。
動きを止めてくれたのは良いのだけど、この後どうするべきか……。
『レイ』
「何、
聖剣から聞こえてきた声に答える。
『弱いドラゴンは頭のツノを強く握られると力を発揮できない。上手く制御するならそこを利用して』
「ナイスだよ、蒼い星。そういうアドバイス待ってた!」
『レイ』
「なに?」
『がんばれ、レイ』
「……うん、頑張るよ」
僕は聖剣を鞘に納めて、片手でドラゴンのツノ掴んでもう片手でドラゴンの頭を抑える。すると、今までの抵抗が弱まってドラゴンが大人しくなった。
どうやら蒼い星のアドバイスは的確だったようだ。
「――ありがとう。言うこと聞いてくれたらキミを傷付けることはしない。だから大人しくしててね」
そう言いながら僕は手を離さずにドラゴンに弱めの回復魔法を発動させる。先程蹴ってしまったお詫びだ。これで許してくれると良いんだけど……。
「これで良しっと……さて……」
回復魔法の使用を終えた後もドラゴンが大人しい事に安堵した僕は周囲を見渡す。
すると他のドラゴン達が僕の乗るドラゴンの周囲に集まり始めた。だが、ドラゴン達は咆哮を上げるだけでこちらに攻撃を仕掛けてこない。僕を攻撃すれば仲間を傷付けてしまうからだろう。
「(人質を取った形になってしまったか……でも好都合だね……このままにらみ合いが続けば時間稼ぎ出来そうだ)」
と、僕がそう考えていた同時に、背後から凄まじい咆哮が轟いた。振り向くと、ひと際大きなドラゴンが鋭い眼光でこちらを睨みつけながら物凄いスピードで突進してくる。
「やば……っ! 逃げるよ!!」
ドラゴンに言葉が通じるか分からないが、僕は従えたドラゴンのツノを握って頭を抑える。すると、ドラゴンは『グルル』と僅かに声を出して一気に翼を広げて上空へ飛び上がった。
「わっ!!」
振り落とされない様に僕は両手に力を込めてドラゴンのツノを掴む。すると、そのドラゴンは一気に上昇して他のドラゴン達から距離を取るように飛んでくれた。
「ふー……なんとかなった……けど、あの一際大きいのは……」
成体クラスの竜の一体だ。ちなみに僕が乗る竜はそのドラゴンの1/4以下程度の大きさで、多分子供くらいの年齢なのだと思う。
「(ドラゴンは成長すると群れから離れて一人で狩りを行うようになる。その分、仲間意識が減るから容赦なく襲い掛かってくるわけか……)」
ある程度成長したドラゴン相手には人質を取る意味は無いということだ。
「(なんとか動き回って時間を稼ぐしかないか……)」
幸いこの子は身体が小さいから身軽な分、成体のドラゴンより速度では上回る。問題はこの子がずっと言う事を聞いてくれるかどうかだけど……。
「もうちょっと協力してくれる?」
『グルル……?』
つぶらな瞳のドラゴンがそう唸る。
何を言ってるかは分からないけど不思議な事に敵意はあまり感じない。
「(……この子を信じていいのかな……いや、やるしかないかな……)」
僕は覚悟を決める。
この子を信じてなんとかこの窮地を乗り越えてみせる。
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