第651話 悪あがき

【三人称視点:レイ、セレナ、ノルン】


 ベルフラウ達が火龍との激闘を制した頃。

 レイは敵の黒幕である魔軍将ロドク相手に戦い、圧倒していた。


「はぁぁぁぁぁぁ!!!」

『ぐ……ぬぅ……!!』


 最初はレイの攻撃を魔法で弾きながら互角に戦っていたロドクであったが、レイが聖剣の能力を解放しながら剣閃を飛ばすようになってからは一方的に攻められ、完全に防戦一方となっていた。


 理由はいくつかある。

 まず、レイが以前と比べて聖剣を明らかに使いこなしていることだ。


『(ぐぬ……っ!!)』

 焦ったロドクは彼に少しでも一矢報いようと、アンデッドを即座に召喚し彼に向けて数体解き放つ。が、レイが軽く聖剣を一閃するだけで、彼の召喚したアンデッド達が一瞬で消滅する。


『くっ……!!』


「どうした魔軍将ロドク、この期に及んでまだ温存か?

 でも、使い捨てのアンデッドを作り出しても時間稼ぎにならないのは分かってるだろ。召喚魔法を使って以前のようなゴーレムやドラゴンを呼び出さないのか?

 ……まぁ、元より使わせる時間を与える気なんてないけど……ね!」


 レイは、話しながら一瞬でロドクに詰め寄る。次の瞬間、ロドクの右腕の骨が彼の聖剣により貫かれて宙を舞い、そのまま煙をあげて消失する。


『ぐぉぉぉ!!???』

 ロドクは一瞬で自分の腕が奪われたことで、そのショックで叫び声を上げながら残った腕で魔法を連射して後退する。


 レイはその攻撃を聖剣で軽く振り払いながら後ろに下がり、すぐに油断なく構え直す。


『……ふ、ふふ……』

 ロドクは余裕の無さを誤魔化すように笑う。


 本来、アンデッドである彼に痛覚は無い。だが、明らかな劣勢により肉体も魔力も精神も追い込まれたロドクは、近い未来に実現しかねない自身の消滅という敗北を想像してしまい、本来無いはずのの痛覚を水から呼び起こしてしまう。


 此度の戦いで自身の骨を砕かれたのはこれで十二度目。その度に、何度も部下のスケルトンを使って再生しているがその度にロドクは魔力を消耗させていく。


 無尽蔵な程の魔力を用いるロドクであっても、目の前の敵が相手ではその魔力は無尽蔵と言い難い。奴の振う聖剣はロドクの身のみならず根源すら削り取る。ロドクの得意とする闇のオーラのバリアも、今のレイにはまるで通用しなかった。


 ロドクの取り繕った笑いを涼しい目で見ながらレイはロドクに問う。


「随分辛そうだね。アンデッドは痛みを感じないんじゃなかった?」


『……ぐふふ、少々過去を思い出して高揚しているだけよ。これほどの力を持った相手とは久方ぶりというもの』


 ロドクは失った腕を再生させながら、カタカタと顎を震わせて笑う。しかし、その笑みは余裕や嘲笑などとは程遠い。


 だが、レイはその笑みに惑わされることもなく冷静に言い放つ。


「よく言う、これまで何度も戦ってたじゃないか。こっちとしてはアンタがどれだけ奥の手を隠し持ってるのか、底が見えないから戦ってて不気味なんだけど」


 ロドクはレイの言葉にピクリと反応する。


『……流石に勘が良い。これだけ圧倒しておいて、まだこちらが能力を隠し持っていると思うか』


「思うよ。まだ、アンタは本気じゃない」


 これまで戦ってきた経験から、ロドクの底が見えない実力にレイは強い警戒心を抱いている。その判断が間違っていない事を証明するかのように、ロドクは再び魔法を行使してアンデッドを呼び出した。


『カッカッカ……』

 またしても現れたアンデッドを見て、レイは再び剣を構えた。しかし……。


『(今までの自分の行いが窮地を招いてしまうとは……)』

 ロドクは心の中で苦笑する。確かに、レイの言う通りロドクはまだ力を残している。いざとなれば召喚魔法を行使して、これまでかき集めた魔物達を一斉に召喚し彼らを追い詰めることも可能だ。


 他にも、禁忌の術を使用して、自身の肉体を再現して以前の力を行使するなど奥の手もある。


 だが、ロドクはそれを容易に行うことが出来ない。


 そのどちらも、リスクを伴うもの。一度使用してしまえば余力が殆ど残らず、仮に目の前の強敵を打倒したとしても彼らの仲間が残っている。


 そうなれば本来の目的である神依木本体を連れ去るという目的の達成が困難だ。最悪、上空に残した『門』を使って逃げおおせるのが限度だろう。


 否……それ以前の問題として、目の前の勇者がその余裕を与えてくれない。


 どちらの切り札も膨大な魔力と詠唱を必要とする大魔術だ。彼がその大魔術を使うためには、詠唱を行う時間と魔力の溜めの時間が必要になる。目の前の勇者の攻撃が自分に及ぶ前に、そんな時間を与えてはくれないだろう。


 彼がここまで追い詰められているのはいくつか理由がある。


 一つは、勇者レイが所持する【聖剣】の特性だ。

 聖剣は通常の武器と違い、魔物や邪悪な存在に対して絶大な能力を発揮する。ロドクが先程から何度も時間稼ぎとして使用しているスケルトンはあれでも並の冒険者では太刀打ちできないほどの攻撃力と防御力を併せ持っている。だが、聖剣の能力下では完全に無力だ。


 ロドクの攻撃魔法がレイにあまり通じなくなっているのも苦戦の要因だ。

 理由は同じく【聖剣】の力によるものだが、彼の幾多の経験値により、即座にその魔法の性質を見抜いて軽く聖剣を振るうだけであっけなく無効化されてしまう。仮に聖剣を突破しても、彼自身の魔法によって簡単に相殺されてしまいダメージを与えることが出来ない。


 レイの魔力量が以前よりも格段に上がってるため、以前のように持久戦を仕掛けるのも困難だ。時間を稼いでる間に今のように簡単に詰め寄られ、目にも留まらない速度で自身の肉体を欠損させられていくのだ。


 そして、自身が【アンデッド】であるという弱点。元は信仰の強い人間であった彼は、アンデッドと化しても【聖剣】による抵抗力は他よりも高い。


 だが、それでも弱点を完全に消せるわけではない。聖剣を完全なレベルで使いこなしているレイの一撃が振るわれるたびに、彼は少しずつその魂の根源が削られていく。


 最後に、レイ自身の強さだ。以前までならレイとロドクの能力を比較するとロドクの方が総合力が勝っていた。あくまで人間であるレイと、アンデッド化して事実上死なないロドクでは体力差や魔力量の差、再生能力などあらゆる面でロドクが優位に立てていた。


 だが、この戦いではその力量差が逆転していた。これまでの戦闘経験によるレイのセンスの向上、『蒼い星』という彼の聖剣の能力の後押し。


 そして、レイ自身の精神的な成長、それら全ての要素が今の戦いでロドクを圧倒していた。


『(……ふ、皮肉なものよ)』

 ロドクは心の中で苦笑する。これは自身の失態だ。


『この勇者は自身の敵ではない。今は泳がせておいてもいつでも止めを刺せる。』

 ……そうして、正面から戦う事を避け続けていた結果、彼ら魔王軍の王都侵攻は阻止された。

 その後、あろうことかロドクの主である魔王は彼の手によって滅ぼされた。


 そして、今現在。

 今度はロドク自身が彼の手で追い込まれてしまっている。

 そう、今のロドクは絶体絶命の状態だった。


『……勇者よ、一つ相談があるのだが』

「何?……見逃してくれって話ならこの剣で応えることになるけど」


 レイはロドクの言葉にノータイムで辛辣に返答する。

『ふ……それは勘弁してもらいたいものだ。だが、そうではない』

 ロドクは不敵に笑う。


「?」

 レイはその笑みに不穏なものを感じる。


『ただ、もう少し楽しませて欲しいと思ってな!!』

 次の瞬間、ロドクは後方に大きく飛んで、巨大な魔法陣を展開させる。


「これは……召喚魔法か!!」


『左様、止めなければ大変な事になるぞ、レイよ!!』


「言われるまでもない!」


 レイは目の前のスケルトン達を鎧袖一触で粉砕し、そのままロドクを追撃しようと踏み込む。しかし、ロドクは別の魔法陣を正面に展開し、巨大な石の壁を作り出す。


「くっ!!」

 ガキンと聖剣の一撃がその石壁に激突し、石壁は粉々に打ち砕かれる。だが、スケルトンと違い聖剣の力で消滅しない壁の残骸は彼の足元に散らばった。


「(火薬の匂い!!)」

 レイはその石の塊を見て、即座に後方に下がる。

 次の瞬間、石の塊は膨れ上がり、大爆発を引き起こす。


「―――こ、これは……!」

 レイは腕で自身の顔を庇いながら爆発が収まるのを待つ。やがて砂埃が収まり視界がクリアになる頃、レイの目の前に広がっていたのは巨大なクレーターだった。


『溶岩壁と言ってな。溶岩を急速に固めておくことで衝撃と同時に爆発する仕組みだ』


「くっ……!!」


『そして、今の間に十分時間稼ぎをさせてもらったぞ。さぁ貴様の出番だ……!!!』


 ロドクはそう叫ぶ。

 次の瞬間、巨大な魔法陣から一つの影が出現した。


「な、なに……あいつ……」

「あれは……?」


 レイとロドクの戦いを見守っていたノルンとセレナは声を漏らす。

 彼女達は目の前に出現した影を見て目を丸くする。


「……へ?」

 レイは、目の前の魔物の姿を見て間抜けな声を出した。

 その魔物の正体は――――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る