第970話 即帰宅の神様
「さて、皆様お待たせして申し訳ありませんでした。それでは食事を始めましょう」
皆が席に座り終わり、ウィンターさんが乾杯の音頭を取る。
僕達は果物のジュースで、ラティマーさん達はワインを手にしてグラスを掲げる。
そして皆で『いただきます』と言ってから料理を食べ始める。
僕は目の前にあったお肉のステーキをフォークで刺して口に入れる。
「……お、美味しい」
口にしたステーキの味が僕の好みにぴったりと合っていて、思わず声を上げてしまった。
「うふふ、レイさんのお口にあったようで何よりです」
ラティマーさんの言葉に僕は照れながらコクリと頷く。
「これ、もしかしてラティマーさんが?」
「はい♪」
「凄い……とても美味しいです」
「あらあら、ありがとうございます。お料理は昔から得意なんですよ」
ラティマーさんが嬉しそうに微笑む。その笑顔にレベッカに似た面影を感じて思わず顔を綻ばせてしまう。
「じー」
すると、僕の隣にいたアカメがジト目で僕を見ていたので、僕はお箸で肉の一切れを摘んでアカメに言った。
「アカメ、口を開けて」
「……何?ん……」
アカメは素直に口を開ける。僕はその口に肉を入れた。
「どう?」
「……もぐもぐ……美味しい」
「でしょ?」
不機嫌そうなアカメの顔が肉を食べた瞬間に綻んだ。
「ベルフラウの料理よりずっと美味しい。レベルが違う」
「ガーン!」
「アカメ、地味に姉さんに精神ダメージ与えるの止めよう?」
アカメの右隣の姉さんが涙目になってる。
「ら、ラティマーさん! 後でこの料理のレシピを!」
「はいはいうふふ。村に滞在する間なら、いくらでお教えしますよ。ベルフラウさん」
「ありがとうございます!」
姉さんはレシピを教えて貰える事を喜んでいた。
最近の姉さんは自身の料理スキルを鍛えることに余念がない。
もしかして料理人を目指したりしているのだろうか?
「(元女神様が町の一角に料理店を営むとか……)」
……想像したら、ちょっと良いなって思った。
僕が魔法学校の仕事を終えた後、姉さんの料理店に寄って姉さんの料理とお酒を楽しんで……。
その後、姉さんの仕事が終わるまで店を手伝って一緒に家に帰って、帰宅を待ってくれていた皆と改めて夕食を摂る。
「……悪くない」
そこには今まで通りエミリアやレベッカが居て、アカメやルナも一緒に暮らしてて……。
ノルンは猫みたいに眠い目を擦って僕達と一緒に暮らしてて、毎日のようにカレンさんとリーサさんが遊びに来てくれて……。
そして、たまにサクラちゃん達が押しかけてきて僕達を冒険に誘い込んでくれて……。
僕が考える理想の日常。
自分に都合のいい部分があるのは否定できない。
だけどそれは遠くない未来にきっと叶う。
「(レイ君がなんだか嬉しそうだわ……)」
「(サクライくん、表情がコロコロ変わって可愛い……)」
「(このシチュー美味しいわ)」
何だかんだで皆がこの夕食を楽しんでくれているようだ。
ちなみに、当のベルフラウはレイに美味しい料理を食べて貰いたいだけで別に自分が料理したい訳じゃない。ラティマーがレイに料理を振舞って、レイが嬉しそうなのを見て嫉妬したのは内緒だ。
――それから僕達は夕食とお酒を堪能し、1時間半ほど経った頃にようやくお開きとなった。
『うむ!! 腹も膨らんだし中々に楽しい一時であったぞ、褒めてつかわす!』
ミリク様はお腹を摩って満足そうにしている。
「ははは、”テリア”殿に満足して頂いたのであれば何よりです」
ウィンターさんは苦笑しながらもミリク様にお酌をする。
「いいですか、レベッカ? 意中の男性を虜にするのに最初に必要なのは、胃袋を摑むことです。好みの料理と味付けを完璧に把握して、継続的に振舞うことが大切です。常にそうして男性を自身に依存させていれば浮気など決してしなくなりますよ」
「はい、勉強になります。母上」
「参考になります!!」
ラティマーさんの言葉にレベッカが首を縦に振って頷く。そして何故かレベッカの隣で姉さんも物凄い勢いで首を縦に動かして同意している。
「(姉さん……)」
一体誰を想定して参考にしているのか。想像するだけで怖い。
「十中八九レイよね」
「ノルンやめて」
ノルンの容赦ない言葉に僕は慌てて首を振った。
『ふむ、儂はそろそろ行くか』
ミリク様はグラスをテーブルに置いて席を立つ。
『ウィンター、ラティマー。今宵は楽しかったぞ。これからも神への信仰を忘れず、精進するがよい』
「はい、”テリア”殿。ありがとうございます」
「うふふ、精進致します」
ウィンターさんとラティマーさんはミリク様……いや、”テリア”様に頭を下げてお礼を言う。
『うむ、ではの!』
そして、最後に笑みを残しながら光の粒子となってその場から消え去った。
「(せめて普通に帰ってよ……)」
次元転移で帰還したら普通の人間じゃないって二人に気付かれてしまうだろうに。とはいえ、ウィンターさんもラティマーさんも薄々正体に気付いてるみたいだけど……。
「やれやれ、皆さんを晩酌を誘った事で、このような奇跡に巡り合えるとは……」
「うふふ、神様が人の姿に身を変えてわたくし達を見守って下さる。とても光栄な事ですね」
ウィンターさんとラティマーさんが感慨深げにそう呟く。
「さて、”テリア”様もご帰還されたことですし今宵はお開きにしましょう」
「皆様方、お泊りはどちらに?」
「今は皆様は長老様のお屋敷に泊まらせて頂いております」
レベッカが答える。
「なるほど、長老様のお屋敷に……」
「もし何か不都合な事がありましたら私たちを頼ってくださいね、レイさん」
「ありがとうございます」
ラティマーさんの言葉に僕は礼を言う。
「長老様は破天荒なお方なので、レイ殿たちにご迷惑をお掛けしてしまうかもしれませんが」
「あの方は誰よりもこの村の事を想い、誰よりも村と村人たちの幸福を願っているお方です。どうかあの方の事をよろしくお願いします」
「はい、分かりました」
ウィンターさんの言葉に僕は頷いて返事をする。
そして二人が僕達に一礼をして言った。
「それでは皆さん、またお会いしましょう」
「娘のレベッカの事もよろしくお願いしますね。……特にレイさんは」
「は、はい!」
「母上ったら……もう……」
ラティマーさんの意味深な言葉に僕は思わず背筋を伸ばして返事をし、レベッカは恥ずかしそうに頬を赤らめた。その後僕達は二人に見送られて建物を後にしたのだった。
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