第969話 何かを察した二人

 それから―――


 ミリク様に振り回され、時々姉さんに文句を言われながらも、僕達は神殿の中を見て回った。そして数時間後、ミリク様が飽きて客間に戻って休憩を取っていると、一人の神官の男性が部屋に入ってくる。


「皆様、お待たせしました。夕食の準備が整いましたので、別館のダイニングへご案内致します」


「え、もうそんな時間?」


 窓の外を見ると既に日が暮れて夜の帳が下りていた。


『おお、ようやく夕食の時間か! 儂の分もあるのじゃろうな?』


 さっきまでソファーで横になってウトウトしていたミリク様だったが、夕食の単語を聞いて一瞬で起き上がり神官に尋ねた。


「は、はい……ですが、その……」


『? どうした?』


「……どちら様でしょうか?」


 当然だが、ミリク様の存在は知らされておらず、神官は困惑した表情を浮かべる。


「あ、彼女は僕の知り合いでして……」


『ふむ、今はレイの親族と思ってくれて良いぞ!』


「は、はぁ……」


 神官は訝しげな表情でミリク様と僕を交互に見比べていた。


「では、案内いたしますので、私に付いて来て下さい」

『うむ、よしなに頼むぞ』


 ミリク様は意気揚々と神官の後をついて行く。その後ろを僕達は黙ってついていった。


 ◆◇◆


「こちらです」


 神殿から少し離れた場所にある別館に案内をされる。中に入ってみると室内は落ち着いた雰囲気であり、大人数用と思われるダイニングテーブルが用意されてあった。


「おお、皆さん。来られましたか」


 すると、後から入ってきたレベッカのお父さんのウィンターさんに声を掛けられる。


「父上」


「ウィンターさん、こんばんは」


「レイ殿、それに皆さんもようこそお越し下さいました。どうぞこちらへ」


 ウィンターさんに促されて席に座ると、他の皆も次々と席に座っていった。


『おお! これはまた美味そうな料理じゃのう!!』


 テーブルの上に並べられた料理を目の前にしてミリク様は目を輝かせていた。


「ちょっとミリ……こほん、失礼だから揃うまで大人しく待ってなさい」


『む? おお、これはすまんのぅ』


 姉さんに注意されたミリク様は周囲の呆れる様子を見て、手に持ったスプーンを下ろして素直に従う。


「もうしばらくしたら妻のラティマーも来ると思うので、それまでお待ちください」


 ウィンターはそう言って苦笑すると、ミリク様に視線を合わせる。


「……そちらの方が報告にあったレイ殿の親族の方でしたか。お初にお目に掛かります。


 わたくし、レベッカの父のウィンターと申します。もし宜しければ、貴女の事を伺っても?」


『うむ、構わんよ。ワシの名はミリクじゃ』

「ちょ」


 本名を名乗ったミリク様に思わず声を上げてしまう。


「ミリク様、それは……!?」


『よいではないか、別に隠す必要はないからのぅ』


「でも……」


「………ふむ、我らが母の大地の女神ミリク様と同じ名……ですか……」


 ウィンターさんが何か考え込んでいる。マズイ、これは非常にマズイ気がする。


 宗教などでは神と同じ名前を名乗るのはタブーであり、重罪だと聞いたことがある。


 下手をすれば、この場で処刑……。


「……なるほど、ミリク殿。貴女を歓迎しましょう」


「え?」


『おお、納得してくれたか。流石はレベッカの父じゃのぅ』


「ははは、神話に憧れて親が子に特別な名を付ける事も稀にありますので。その程度の事で目くじらを立てては、神官として失格ですからね」


「あ、あの、父上……?」


 ウィンターさんはにこやかに笑うが、その様子をレベッカは困惑していた。するとウィンターさんは手で制すようにして、レベッカを安心させる。


「大丈夫だよレベッカ。しかしミリク殿、その名を名乗ると村の者が誤解してしまう可能性がございます。大変失礼な事だと承知しております。しかし混乱を避けるために、この村に滞在する間だけは何か別の名称で呼ぶ事をお許し願いたいのですが、如何でしょうか?」


『ふむ……そうじゃのぅ』


 ウィンターさんの言葉に、ミリク様は顎に指を当てて考え込んだ。そして何か思いついたのか、指を鳴らした後に口を開く。


『……では、”テリア”とでも名乗っておこう』


「……! ……わたくしどもの我儘で偽の名を名乗らせることになり申し訳ありません」


『構わんよ。こちらも突然押しかけた身だと自覚しておる。それにこの程度の戯れであれば、丁度良いじゃろう』


「……寛大な心に感謝致します」


 ウィンターさんはそう言って頭を下げた。


「(……ほっ)」


 ミリク様が実名を名乗った時はどうなるかと心臓が跳びはねたけど、ウィンターさんをどうにか説得出来たようだ。しかしミリク様が仮の名前として名乗った”テリア”という名前は……。


 僕は自身の座る椅子を少し後ろに下げてエミリアの方に視線を向ける。僕の視線に気付いたエミリアも僕と同じように椅子を後ろに下げてこちらに視線を向けてくる。


「何ですか?」


「今、ミリク様が偽名として使った”テリア”って……」


「少し前までミリクの名が誤認されていた”ミリクテリア”という名から取ったのでしょうね。まぁ彼女なりの冗談でしょう」


「やっぱりか……」


 ウィンターさんがその言葉を聞いて一瞬焦った表情をしたのはそれが理由だろう。


 僕が納得していると扉の向こうから小さな足音が聞こえてきて、扉の前でその足音が途切れる。


 トントン。と、控えめに扉をノックする音が聞こえる。


 その直後に女性の声で「失礼いたします」という声が聞こえ、扉が開いた。


 そこに居たのは、レベッカの民族衣装に似た格好に着替えたラティマーさんだった。


「母上」


 レベッカはラティマーさんの姿を確認すると、軽く頭を下げて挨拶をする。


「あらあら、遅れてしまい申し訳ありません。少々着替えに手間取ってしまいまして……」


 ラティマーさんは自身の頬に手を当てて僕達に笑みを浮かべて会釈を行う。そしてラティマーさんとミリク様の視線が合ってしまう。


『ふむ、お主がレベッカの母のラティマーじゃな?』


「……貴女様は……」


『儂の名前はミリ……いや、失礼。この村に滞在する間は”テリア”という名前で名乗っておる。よろしく頼むぞ』


「……あらあら、”テリア”……様でございますね」


 ラティマーさんは何かに気付いたのか一瞬目を細めたが、すぐに元に笑みに戻る。そしてミリク様に近付いて手を差し出して握手を求める。


「ラティマーと申します。どうかよろしくお願いします、”テリア”様」


『うむ、よろしく頼むぞ』


 ミリク様は頷いて差し出されたラティマーさんの手を握った。

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