第971話 タイトルはまだ未定
それから一週間、僕達はヒストリアの村での生活を楽しんだ。
姉さんとカレンさん(+リーサさん)は毎日ラティマーさんのいる神殿に足を運んで色々と話をしているらしい。今では一緒にお茶会を開くほど仲が良くなった。
ラティマーさんと一体何の話で盛り上がってるのか姉さんに聞いてみたのだけど……。
「え、えーっと……その、色々と……ね?」
「姉さん、目が泳いでるよ」
とまぁこんな感じにはぐらかされてしまったので、僕はそれ以上追及するのをやめた。夕食でラティマーさんの料理に感銘を受けていた様子だったので料理でも教わってるのかと思っていたのだけど、この様子だとそれだけではないようだ。
ラティマーさんとウィンターさんは時々長老様のお屋敷に立ち寄ってレベッカに会いに来て、僕達にも丁寧に挨拶をしてくれる。
やっぱり自分の娘だから様子が気になるのだろう。どうも二人は神殿の仕事で忙しいらしく、幼少の頃からレベッカと一緒に過ごす時間が短くなっており、引退した長老様にいつもレベッカの面倒をお願いしていたらしい。
だから普段はレベッカの相手をしてやれずに申し訳ないと思っているようだ。
しかし、旅立ったレベッカから送られてくる手紙はいつも欠かさず読んでいるらしく、そこでいつも登場する僕達の名前を見て、レベッカに友達が出来たと喜ぶと同時に、僕達に対しても感謝していたようだ。
その手紙の中で最も登場回数が多いのは僕の名前らしく、二人が僕の事を強く信頼してくれているのはそれが理由だと分かった。
二人は長老様の家に立ち寄ると必ずレベッカに会いに来るためレベッカはすごく喜んでいた。
良いお父さんとお母さんだなと僕は和んでいたのだけど、二人は僕に会うたびにレベッカがどのように過ごしているか、旅先でどういう事があったのか熱心に質問してくる。娘の事だから気になるのは当然だと思うのだけど、何故か他の皆じゃなくて僕だけに聞いてくるのは何でだろう?
あと、レベッカの自作の恋愛小説がようやく完成を迎えた事をここに報告しておく。
以前の約束通り、最初にその小説を読むのは僕と決まっていて、僕が小説を読んでいる間はレベッカが僕の隣にちょこんと座っていて、「どうですか?」と感想を求めて来る。その表情は不安と期待の混じった複雑なものだった。
内容は恋愛ファンタジー小説といえばいいのだろうか?
世界観はこの世界なのでファンタジーと呼ぶのは変かもしれないが、いわゆる異世界ファンタジー小説に該当すると思う。
内容は村を救うために不安いっぱいで外の世界を旅する幼い少女の話だ。
旅をする間、幼い少女は様々な困難と別れを繰り返していたのだが、路銀が足りなくなって旅を続けるのが難しくなった。
そこで少女は通りかかった馬車に頼み込んで、町まで連れていってほしいと懇願するのが、馬車の主は渋い顔をする。
そして断られそうになったところで、幼い少女は運命の出会いを果たすことになる。
彼女の目の前に現れたのは、その馬車に乗っていた自分よりも年上の少年だった。
少年は中性的な外見をしており、少年に助けられた少女は彼と一緒に旅をすることになる。
道中、彼の姉を名乗る謎の女性や、とんがり帽子を被った頼りになる魔法使いの少女。
聖剣を手にした女騎士様に彼女の従妹である冒険者の少女など、様々な出会いを繰り返す中、二人は心身ともに成長を遂げて、互いに惹かれあっていき、やがて二人は結ばれる。
とまぁこんな感じの内容だ。
なおそのページ数は1千枚以上と膨大で文庫本書籍換算すれば約5冊分に相当。
その幼い少女のモデルがどう考えてもレベッカ自身であり、彼女と運命の出会いを果たした少年は僕がモデルだったりと、身内からすれば一瞬で把握できるのはもはや突っ込む気にもならなかった。他の登場人物のモデルも言うまでもない。
正直、読んでて顔から火が出そうなほど恥ずかしくて、時折レベッカの心情を描写するポエムが挟まるため、一読するだけで精神がガリガリ削れる内容だった。読んでいる時はエミリアに配合してもらった死ぬほど苦いコーヒーを飲んで精神を落ち着かせた。
僕に感想を求めているレベッカは顔を赤くしながらも瞳を輝かせていたのが印象的だった。
彼女の小説に対して僕は「面白かった」とか「このシーンが印象的だった」という無難な感想ばかり言ってしまったが、レベッカはとても嬉しそうだった。
なお、その後に読んだノルンは「ホールケーキ3つくらい食べた気分」と言って620ページ目でリタイアした。
ノルンはそういうの好きそうなイメージだったが、意外と恋愛小説に耐性が無かったらしい。
次に読んだアカメは最初嫌そうだったが、結局2日かけて無言で読破した。感想は「よかった」と死ぬほど簡素だったが、途中で挫折せずに読んだ辺り結構気に入ったんじゃないか疑惑がある。
次に姉さんとエミリアが同時に挑戦したのだが、姉さんは218ページ目の少女と少年が洞窟で遭難した時に添い寝してお互いの事を語り合うシーンのトークで、エミリアは284ページ目で意識を失った少女に少年が人工呼吸を行っで目覚めるシーンで、二人とも「尊い……」と言って気絶した。
カレンさんに至って79ページ目の少女と少年が初めて夜を共にする宿のシーンで「もう無理……!」と言って涙を流しながらリーサさんに小説を渡して逃げていった。その後、村の人達と狩りに出かけて大物を獲ってきた。何かの当てつけかもしれない。
ルナに読ませたらなんと序盤でギブアップしてしまった。最初のポエムで精神力が尽きてしまったらしい。
結局、僕とアカメ以外は全員ギブアップと悲しい結果になったレベッカの恋愛小説だが、彼女は「皆様に喜んでもらえて良かったです!」と嬉しそうにしていた。
しかし両親に読ませるにはまだ未熟なので修正を入れるつもりらしい。あとどれだけ時間が掛かるやら……。
まぁそんな感じで僕達はヒストリアの村で平和な日々を過ごしていた。
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