第387話 罪の意識
【視点:カレン】
王都に侵入した魔物達。私達はそれを分担して討伐を行っていた。しかし、途中で爆音が聞こえたので、私達は自分達の管轄に魔物がもう居ないことを確認してから、爆音があった場所で向かう。
私達が駆けつけると、アルフォンス団長が沢山の魔物達相手に大剣を構えて睨みあっており、その後ろでベルフラウさんが彼のサポートに徹しながら、魔法で遠距離攻撃を行っていた。
「団長さん、平気? 怪我があったら言ってね?」
「ははは、この程度! 俺に掛かれば寝てればすぐ治りますよ。
……とはいえ、この数は少し面倒ですな」
アルフォンス団長は目の前の魔物達を睨みつけて威圧する。
魔物の数は大体十匹ほど。うち七匹程度は、翼を持った魔物だ。
アークデーモンやグリフォンなど、それなりに上位の魔物ではあるけど、正面から戦えば彼の敵では無い。だが、数が多い上に、飛行能力を持つ敵は大剣で戦う彼にとっては天敵だろう。だからこそ、後ろでベルフラウさんが魔法で空を飛ぶ魔物を打ち落としてサポートしている。
対して、魔物達も攻撃魔法を駆使して、隙を見て団長に飛び掛かるが剣で軽くいなされる。しかし団長が仕留めようとすると、別の魔物が襲ってきて、それを防ぐと別の魔物を仕留めそこない射程範囲から離脱される。
どちらもやりにくい状況に陥っており、大局的に見れば戦況は互角だ。
私達は建物の影に隠れて顔だけ出して、状況を見計らう。
「加勢します?」
「そうね。ちゃっちゃと片付けましょう」
私は剣を一旦仕舞って、両手に魔法の印を組む。印を組む魔法など滅多にないけど、簡単に言えば、掌から魔法陣を形成している状態だ。
魔力が極端に多い私だけど、その分制御が難しい。
それを補う形で魔法を展開するのが、印を組んで自身から魔法陣を形成し魔力をダイレクトで調整するやり方だ。この方法は、少々手順が変わるため普段よりどうしても展開時間が伸びてしまう。
だけど、別の仲間が注意を引きつけている今の状況なら問題ない。
準備が整ったところで詠唱を開始する。
「――地を這う穢れし魂達を包み込む
天を貫き、天界を門を開く、清浄なる閃光にて彼の者を光の剣にて打ち砕け」
久しぶりの大魔法を詠唱し、私は発動の準備を整える。
「え、先輩、その魔法って……」
サクラが何か言ってるけど、今は魔法の発動に集中。
「――光よ、今解き放て!
呪文の詠唱を終えると、私の周囲に白い光が溢れ出し、
団長たちと睨みあっている魔物の中心から光り輝く魔法陣が形成される。
「……ん?」
「な、なんだ?」
魔物達は、自身の足元から出現し困惑するが……。
そしてそこから天へと一直線に光が伸び始め、上空の雲を貫き、その光の柱の範囲に居た魔物達は光に飲み込まれ分子分解されて天へ消え去っていった。
「……ふぅ、終わりっと……」
私が気分よく魔法を終わらせると、サクラが言った。
「あわわ……光属性の極大魔法じゃないですか……! 何もこんな相手に使わなくても……」
「だって、さっさと終わらせて、援軍に向かわないといけないし……。大丈夫よ、エミリアの謎の薬のお陰で、私のMPが限界突破してるから」
「そ、そういう問題でも無いんですが……とにかく、私達は団長さん達の所へ行きましょう」
「えぇ」
私達が物陰から出て、アルフォンス団長とベルフラウさんの所へ向かうと、 二人は疲れた様子でしゃがみこんでいた。
「お疲れ、手助けのつもりだったけど要らなかった?」
私とサクラは二人に労いの言葉を掛ける。
すると、こちらを見て団長とベルフラウさんは疲れた様子で返事をした。
「おつかれ~」
「カレン副団長……やっぱお前か……」
団長は、私の魔法を見てすぐに救援に来たことに気付いていたようだ。
「今の魔法ってカレンさん? 普段はあんまり魔法使わないけど、こんなに威力ある魔法が使えたんだね。びっくりだよ」
ベルフラウさんは、安心したのかリラックスした様子で言った。
「私も久々に使ったので加減が分からなかったんです。すみません」
普段からこんな強力な魔法を使うことはあまり無い。
大体の場合、聖剣を使えば解決するからだ。今回は流石に纏めて聖剣技で薙ぎ払うことは出来なかったので、普段使わない極大魔法を使わせてもらった。
他の極大魔法と比較すると範囲は狭いが消耗が少ない。
習得は困難だったけど使い勝手は比較的良い魔法だと思う。
「ああ、いや……正直助かった。
負ける気はしなかったが、睨み合いするのも疲れるからな」
団長は、こちらに礼を言いながら立ち上がる。
「……さて、そっちも終わったんだろ?」
「そうね。大体の魔物は討伐出来たと思うわ。
あとは、陛下が外に出て来なければ危険はないでしょう」
私達は、そう話し合いながら4人で王都の外へ向かおうとする。
しかし、途中でサクラの足が止まった。
「……どうしたの?」
「……なんか、あっちから人の声が聞こえません?」
サクラは、一人立ち止まり耳を澄ませる。
「……やっぱり、誰か居ますっ!」
と、言いながらサクラは走っていく。
「あっ……もう、仕方ないわね」
あの子の性格上止めても聞かないだろうと私達もついていく事にした。
それからサクラの後を追って、1分程走ったところで――
「団長、こっちです!!」
「ん?」
途中で、団長に呼び掛ける男性の声が聞こえ、私達は足を止める。そこには、非常用地下通路を通ってきた自由騎士の団員達と、闘技場で活躍した猛者たちの姿があった。
「おう、ようやく来たか……」
「は! 団長の指示通り、彼らをここまで連れてきました」
「よし、じゃあ王都の外だ。既にこの街の外は魔物だらけだ。今は王宮騎士の連中が前線基地に気張ってるが、長くは持たねえ、手を貸してくれ。……お前らもそれでいいか?」
団長は、後ろの闘技大会の参加者にも声を掛ける。
「おう、任せろ!」
「予選で落ちちまったが……ここで活躍すれば、俺達も少しは名が上がるかもな……」
「よっしゃ! 暴れまくろうぜ」
と、口々に皆やる気を見せている。
「んじゃ、行くぞ」
「「おおー!!!」」
猛者たちは一致団結しながら王都の外へ走っていった。
「……元気ねぇ。それにしても団長? 相変わらず、ああいう連中には大人気ね」
「まぁ俺は元々冒険者で顔見知りが多いからな……。
でも俺としては、もっと可愛い女冒険者さんたちとお友達に……」
「そんな事言ってるから、女に化けた魔物にボコボコにされるのよ」
「ぐっ……!! その話は忘れろ!!」
「はいはい、とりあえず私達も行きましょう。……あら?」
私は先に王都の外に向かっていく猛者の一人に目を留めた。正確には自由騎士の一人と、それに覆いかぶさるように背負われてる男性だが、何処かで見た覚えがある人だ。
「先輩、どうしました?」
「いえ、あの人……」
私は、王都に向かう冒険者達の中の一人を指差す。
その人物は、自由騎士団員の一人に支えられて歩いていく。
よく見ると、その冒険者は右腕が無かった。
「え、あの人、まさか……」
ベルフラウさんが大声を出して、彼に駆け寄っていく。
「ダメですよ!! アナタは大怪我してるんですから、戦える状態じゃないでしょう!?」
「……ん、アンタは……?」
彼はベルフラウさんの言葉に、気怠そうな表情と声で反応する。
何事かと思い、私達も彼女の所で走っていって立ち止まる。
「お、お前は……」
「ネルソン………アナタ、大丈夫なの!?」
その人物は、闘技大会準決勝にて、魔物に身体を乗っ取られて大暴れし、レイ君によって魔物が憑りついた右腕を切除されて気絶していたネルソン選手だった。
ネルソンは血の気の引いた顔をしてこちらを見る。
「……アルフォンス、それに隣の青い髪の女は実況解説をしてた……」
「カレンよ……。貴方、意識戻っていたのね」
「あ、私も解説してたサクラですよ。よろしくですー」
私の横に来て、ペコリとお辞儀をするサクラ。
「そうか……じゃあ、この人は?」
ネルソンは、残った左腕でベルフラウさんは指差す。
私は言った。
「その人は、アナタの傷を治してくれた人よ」
「俺を……? ……アンタ、名前は?」
ネルソンさんの質問に、ベルフラウさんは静かに答えた。
「……私は、ベルフラウ。
貴方が、準決勝で戦ったレイくん……彼の姉よ」
「………っ! そう、か………すまなかった」
ネルソンは、顔を伏せて悔いるように言った。
彼は準決勝で、右腕が魔物に支配されてしまい、どうやっても魔物と引き剥がすことが不可能な状況に陥っていた。
もし、レイ君が聖剣を使って彼の腕を切断しなければ、彼の精神すら乗っ取り今頃は完全に魔物と化していただろう。
「……自分が何をしたのか、覚えているようだな」
「……ああ」
団長は、厳しい目つきで彼を見ながら言う。
「……お前がやった事は許されない行為だ。お前は魔物に魅入られてその力に頼り、結果、完全に乗っ取られて多くの民間人や参加者を命の危険に晒した」
「……」
ネルソンは、顔を伏せたまま、団長の言葉を黙って聞いていた。
その様子を見て、団長はため息を吐いて言った。
「……だが、お前自身はまだ誰も殺していなかったのは幸いだ。
もし、殺していたら、俺がこの場でお前の首を斬り落としていたところだ」
「……!!」
団長の容赦のない言葉に、ネルソンはビクリと震える。
「……魔物に憑依されていたとはいえ、 罪もない人々を傷つけた事実は消えない。それは分かっておけ」
「……ああ、分かっているさ」
「なら―――」
と、団長が言おうとしたところで、ベルフラウさんが止めに入る。
「そこまでよ、団長さん。
彼は肉体も精神も酷く衰弱している状態。
今は少しでも身体を休ませないと」
「……ふぅ、分かった」
団長はネルソンから目を離して離れていく。それを見て、ネルソンはホッとしたように息を漏らす。そして、団長の姿が見えなくなった所で、彼はベルフラウさんの方を向いて口を開いた。
「……アンタ、俺を恨んでいないのか?」
「???」
ベルフラウさんは何のことか分からず、首を傾げる。
「……俺は、アンタの妹さんを殺そうとしたんだぞ。
それだけじゃない。操られる前の時だって卑怯な手を使って、アンタの妹さん俺の女にしようとしてた。……なんで、俺を治してくれたんだ?」
ネルソンは自分の肘の辺りから消失した右腕を見ながら言った。
右腕は何重にも包帯が巻かれており、誰が見ても痛々しい姿になっていた。
「んー……確かに、色々文句を言いたいこともあるけど」
ベルフラウさんは考えながら言った。
「でも、あなたは今、酷く後悔してるでしょ?」
「……」
ネルソンは何も言わなかったが、その沈黙は肯定の意を示していた。
そんな彼に、ベルフラウさんは優しく微笑みかけた。
「だったら、もういいわ。私にとってはレイくんに手を出そうとしたことより、今こうして反省してくれていることの方が嬉しいもの」
「……すまない」
「……あ、でも一つ訂正があるわ」
「……訂正?」
「うん、貴方が言ってるレイくんの事だけど……」
ネルソンはベルフラウさんの言葉を待つ。
「あの子、男の子よ。私の弟なの」
ベルフラウさんが言葉を発した瞬間、
その場に居た者たちが全員フリーズした。
「……………は?」
理解が追いつかず、間を置いてネルソンは反応した。
「だから、私の弟なの!」
「……!?」
ネルソンは驚きの表情をして、今度はこちらを見る。私とサクラ、そして彼を支えていた自由騎士の男性は、彼から目を逸らす。ちなみに、自由騎士の男性の名前はジュンさんという。
「(まぁ、私は最初から知ってたけど)」
「(男性って気付ける人はまず居ないでしょうねぇ……)」
「(知ってなかったら、ああなるわな……)」
私を含めた三人は、密かにネルソンに同情した。
「お、男……だと?」
「あー、でもレイくんは、一時的に女の子の身体になってたし仕方ないわ。だから、アナタが言い寄ったことは不問にしてあげる。
むしろ、あの光景が観客や全国に中継されてたあなたの方がダメージ大きいと思うから、早めに忘れた方がいいわよ」
「そ、そうか……いや、待ってくれ!
本当にアイツが男なのか? どうみても女にしか見えなかったんだが……」
「う~ん……。まぁ、今はいいわ。
多分本人の本当の姿を見たら嫌でも分かるから」
「そ、そんな馬鹿な……。ぐ………」
ネルソン選手は残った左腕で頭を抱えて、よろけそうになる。
「っと……悪いな、ベルフラウさん。
そろそろこいつを連れていかせてもらいますよ」
「ええ、よろしくね。ジュンさん」
ベルフラウさんに名前を呼ばれた彼は、私達に挨拶をして彼を背負って歩いていった。
「あれ、ベルフラウさん。ジュンさんの事知ってたの?」
「ええ、ちょっとお世話になってたから」
「そ、……団長も行ったみたいだし、私達も行きましょうか。サクラ」
「はい。それじゃあ前線基地にレッツ―――」
―――どっがああああああああああん!
「ごー………え?」
……と、行こうとしたところで大きな爆発音が聞こえてきた。
私たちは慌てて音の鳴った方へ振り向く。
「何の音!?」
私達も混乱しながら周囲を見渡す。
「あっちの方角から聞こえるわ。何かしら?」
ベルフラウさんが指示した方角は王宮の方だった。
よく見ると、遠くから煙が立ち上っている。何かがあったのだろう。
「あっちは王宮じゃない!? まさか、陛下が狙われたの!?」
「すぐに行きましょう!!」
私達は急いで王宮に向かうことにした。
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