第367話 内心ヒヤヒヤしてた
何とかネルソンの侵食された腕を切断したレイ。
腕を斬られたネルソンは、意識を失ったのかそのまま倒れた。
「……っと」
聖剣も一時的な力の開放だったのか、
再び光ったと思ったら、元々の長剣の姿に戻ってしまった。
「はあはあ……」
僕は肩で息をしながら、倒れたネルソン選手の様子を伺う。
「………」
彼は地面に倒れたまま動く気配が無い。
大量に出血してしまっており、放っておくと危険だ。
「ネルソンさん」
僕は彼を抱き起こして右腕の切断部に回復魔法を使用する。
魔法を掛け続けて出血はある程度止まったようだ。念のため、彼の胸元に手を当てると、トクントクンと心臓も動いている。どうやら命に別状はなさそう。
顔色は悪いが、さっきまで感じた邪悪な気配は彼にはもう無い。
「ふう……」
とりあえず、一安心かな……。
そう思って僕は大きく息を吐いた。
すると――
『レイ、よく頑張った』
「蒼い星?」
突然聞こえてきた声に少し驚くが、それが聖剣の声だと気付いて安心する。
だが、彼女の言葉で再び、気を引き締めることになる。
『……彼の右腕が動いてる』
「え、でも」
もう、切断したはず、と言い掛けたところで、驚愕する。
切断した彼の右腕が、まるで意思を持つように動いているのだ。
ネルソンさんの方は特に変わった様子はない。
「蒼い星、もしかして、あれって」
『右腕が意思を持って動いてる。魔王の影の成れの果て』
「じゃあ、あの黒い腕が、今までネルソンさんを操ってたって事?」
『そうなる。でも動けるって事は影はまだ力を残してる。戦いは終わっていない』
「分かった、ありがとう」
僕は蒼い星の忠告を聞き入れ、警戒を強める。
そして、右腕は僕達から少し離れた所で、何かを探すかのように手を動かしている。
しばらくすると、彼の右腕から黒い影が飛び出してきた。
それは人型の姿となり、こちらに歩いてくる。
「魔王の影!!」
僕がそう叫ぶと同時に、魔王の影が飛び掛かってくる。
しかし、魔王の影を僕の横をすり抜け―――
「―――しまった、ネルソンさん!!」
魔王の影は僕ではなく、倒れているネルソンさんに再び潜り込もうとする。
だけど、そうはならなかった。
「光よ―――!!」
突如、女性の声と共にネルソンさんの身体が光に包まれ、宙に浮かび上がる。
魔王の影は、その光に怯えたのか、後ずさりをして光から逃れようとする。
そして、光が収まるとそこには――
「レイくん、無事!?」
そこには、女神様……姉のベルフラウが彼を庇うように立っていた。
「姉さんっ! 助かった!!」
僕は姉さんの傍に駆け寄って、魔王の影を睨みつける。
影はどうやらネルソンさんを狙っているようだ。
「姉さん、あっちの状況は?」
「観客席の方も大パニックだよぉ……。でも、戦える人達が頑張って観客の人達を守ってくれてるお陰で何とかなってるかな」
姉さんの言葉通り、観客席を見るとかなりの数の魔物が暴れていた。
だけど、参加者の人達が団結して戦って観客達を避難させてるお陰で今のところ何とかなっているようだ。
その中で率先して戦ってるのは、アルフォンス団長と、エミリアとレベッカだった。彼ら三人はそれぞれ一騎当千と言えるほどに奮闘している。
しかし、その中に陛下の姿は見られなかった。
「陛下は?」
「サクラちゃんとカレンさんが頑張って死守してるみたい。詳しい状況は分かんないけど……」
「分かった。姉さんは怪我をしたネルソンさんを連れて傷を治してあげて」
「レイくんはどうする?」
「僕は、あの影の魔物に止めを刺すよ」
と、僕は言いながら前に出る。
そんな僕に姉さんは心配そうに言った。
「一人で大丈夫? あの魔物は、一度は私達を全滅に追い込んだ相手だよ?」
「……大丈夫、あの時と僕達は違うから」
僕は聖剣を構えて、胸の鼓動を抑えながら静かに言う。
「それに……」
『――私もいる』
蒼い星が僕の頭に話しかけてくる。
「うん……」
僕は、そんな聖剣を頼もしく思いながら返事をする。
「むー……分かった。私はネルソンさんを連れて、少し離れた場所にいるわ。もしピンチになったら呼んでね、飛んでくるから」
姉さんはネルソンさんを背中に背負って、女神パワーで空を飛んでいった。
『レイ、来る!!』
「うん、分かってる!!」
僕は蒼い星の声を聞いて気を引き締める。
そして、魔王の影を見据える。
影はゆらゆらと漂うように動いていたが、
ネルソンさんがこの場から立ち去ったことが分かると目の部分を赤く光らせる。
そして――――
「グルァアアッ!!」
と叫び声を上げながら襲い掛かってきた。
「いくよっ!!」
同時に僕も動き、影に斬り掛かる。
まずはあの魔物が本体かどうかを確かめる必要がある。
魔王の影とは今まで幾度も戦っている。
それぞれ戦い方も弱点も違っており、共通しているのは異常なほど高い魔力としぶとさだ。最初に戦った個体は、どれだけ攻撃しようにもまるでダメージが与えられなかった。
それもそのはず、僕達は幻覚と戦わされていたのだ。
だから、まず目の前の敵が幻覚がどうか確かめる必要がある。
「てやああっ!!」
影に向かって剣を何度も振りかぶる。
しかし、影はその攻撃をスルリとかわし、僕に掴み掛かろうとしてくる。
触れられたらおそらくネルソンさんのように取り込まれてしまう。
なので、聖剣の力を借りてけん制しながら立ち回る。
何度も剣で斬り掛かりながら、一つの結論に達する。
「(駄目だ、攻撃が効いている様子が無い)」
僕は魔王の影の攻撃を避けながら、内心でそう思った。
相手は避けているように見えるが、何度も攻撃はヒットしている。
それなのに、ダメージを受けている様子が無い。
一旦、影から距離を離し、僕は左手で魔法を発動させる。
「
僕の手のひらから火の玉が出現し、それが影に向かって放たれる。
だが、その炎は影に届く前に霧散してしまった。
「これもダメか……」
この魔物は普通の方法ではダメージを与える事が出来ないようだ。
でも、一応の手応えを感じた。幻覚では無いのかもしれない。
しかし、影も黙ってはいない。
周囲の空間が揺らぎ、マナを身体に取り込みだした。
そして、影から魔法の発動の気配を察知し僕は剣を持って構える。
『
「上級魔法か!」
こちらが炎の魔法を使ったと思えば、それの上位の魔法を放ってきた。
「氷よ―――!!」
敵の炎を薙ぎ払うように、僕は氷の魔法剣で敵の炎を切り裂いて対抗する。
そして、そのまま影に向かって氷の槍の魔法を放つ。
これで、凍らせれば―—――!
そう思ったのだが、僕の氷の槍は奴を素通りして、背後に着弾してしまう。
『
「ちょっ!?」
今度はこちらの氷魔法に反応して、上級の氷魔法で反撃してきた。魔法で防御すると、また魔法を使ってきそうだったので、聖剣で敵の魔法を切り裂いて防御を行う。
「くそっ、このままじゃキリが無いね」
なんとか聖剣の力を借りて分厚い氷を断ち切る。今のところ致命的な攻撃は受けてないけど、こちらの攻撃が全く通じないのでは話にならない。
「蒼い星、何かいいアイデア無い?」
僕は相棒の聖剣にアドバイスを求める。
『―――あの魔物は、次元がズレた場所からこの世界に顕現している』
「うん」
『だから単純な攻撃は当たらない。
……少し難しいけど、空間丸ごと一気に斬り裂けば倒せるかもしれない』
「空間ごと?」
『要するに点や線の攻撃じゃなくて面の攻撃、広範囲を一気に薙ぎ払えばいい。だけど普通の魔法じゃ難しい。手段が限られる』
「なるほど! なら良い手があるよ」
僕は蒼い星の言わんとしている事を理解し、再び魔王の影へと駆け出す。
「ちょっと気合い入れて攻撃するよ、蒼い星!!」
僕は聖剣に宣言しながら向かっていく。
『良いけど、どうする? 魔法を使えばまた―――』
彼女の言う通り、魔法を使えば、また同種の魔法でカウンターを行ってくる。だけど単純な物理攻撃は、自身に効かないと分かっているからか魔法では反撃してこない。
どちらも通用しないけど、まだ試してない攻撃がある。
なら、後はそれを実践するだけだ。
「僕が使うのは、キミの力だよ」
『え?』
僕は聖剣を構えて、魔力を込める。
イメージするのはカレンさんの技だ。
カレンさんは本気で戦う時だけ周囲の空間を歪ませながら戦う。
あれはマナを爆発させて空間を一瞬砕いているように見えた。
「行くよ!!」
僕は、息を吐いて叫ぶ。
同時に、聖剣のため込んだ力を一気に解放し影に向かってぶつける。
一気に解放された力は、カレンさんの聖剣技に近い質量を持って放たれる。その一撃は、空間を消し飛ばすほどの破壊的な光をもたらし、魔王の影を瞬時に吹き飛ばした。
「やった!!」
そして、その威力は凄まじく、コロシアムの床にクレーターが出来るほどだった。
「これで倒したかな……」
僕はこの時、完全に油断していた。
『―――っ! レイ、後ろっ!!』
「え?」
僕は蒼い星の声に反応するも、もう遅かった。
「グルァアアッ!!」
突如として現れた影が、僕の背後に現れて呪いの言葉を呟く。
『終焉を迎えよ――
その魔法は、あらゆる生物を死に至らしめる呪いだった。
言葉を聞いた瞬間、僕の全身がまるで凍結したように動かなくなり――
―――パリンッ!
何かが割れる音がした瞬間、再び僕の身体が動くようになった。
「これで終わりっ!!!」
自由になった瞬間、再び聖剣の力を解放し、
先ほどと同じように影に向かって全力で叩きつけた。
「消えろぉおおおっ!!」
僕の叫びと共に、さっきよりも遥かに巨大な光の斬撃が放たれた。
その一撃は影を飲み込み、跡形も無く消滅させた。
「はあっ……はあ……倒せた……」
『………危なかった。あなたのお姉さんの魔法が守ってくれなかったら死んでたかも』
僕は胸を手で押さえながら、その彼女の言葉に頷く。
「……うん。姉さんに掛けてもらった魔法のおかげだよ」
ネルソン選手と戦う前に、姉さんは僕に魔法を発動させていた。
あれは聖なる護りという、危険な効果を一度だけ無効化する防御魔法。
「あの影は……」
『……気配が完全に消えてる。完全に消滅したと思っていい』
「そっか……ふぅ……」
僕はその場で片膝を付いて、息を整える。
『大丈夫?』
「……ちょっと魔力を使い過ぎたかも。少しの間、鞘に戻していい?」
『――残念。鞘に入ってる間は会話出来ないから、また後で』
「分かった、ごめんね」
聖剣は解放している間、魔力を消費し続ける。そのため、長時間の戦闘には向かないのだ。僕は蒼い星に謝りながら剣を鞘に納める。同時に、僕から聖剣に流れていた魔力の供給が断ち切られる。
それにしても、ここまで聖剣と話が出来るとは思わなかった。
最初はちょっと驚いたけど、意外と話しやすい性格で助かったのは幸いだ。
もし、すごく我儘な子だったらどうしようかと……。
「さて、観客席に戻らないと」
魔王の影は倒したけど、まだ戦いは終わってない。むしろこれからが本番だ。ネルソン選手と影を倒したことで、魔王軍が本腰を入れてくる可能性が高い。
僕はエミリア達が奮戦してる観客席に向かう事にした。
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