第366話 ブルースフィアちゃん、再び

 ネルソン選手の黒の剣から漆黒のオーラが濁流のように勢いよく放たれる。

 明らかに通常の魔法では無い。


「くっ!!」

 アレの直撃はマズい。

 威力とかそういうものでは無い。食らってしまえば致命的な何かを失う。

 生物としての本能がそれを察知し、ボクは全力横に跳んで躱す。


 その闇の波動はボクの横を通り過ぎ、

 そのままコロシアムの外まで勢いよく流れていき、壁にぶつかる。


 すると、まるで高熱に熱したかのような蒸発するような音が響き、

 壁は焼け焦げて一部が溶解していた。


「うわっ、何だ!!!」

「今の魔法……!?」


 観客達は突然のことに混乱する。

 ボクも冷や汗を流しながら、目の前の光景に唖然としてしまう。


「なんて威力……」

 あの攻撃を食らってしまった場合どうなっていたのか。

 下手をすれば一撃で殺されていた可能性がある。


「それに……」

 さっきの彼の言葉、ボクを殺そうとしているように聞こえた。

 今の彼は正気を失っている。このままだと観客や仲間を巻き込んでしまう。


「ネルソン選手!! 今の攻撃は明らかに殺意を感じました!!

 よってルール上、この試合、ネルソン選手の失格と―――」


「黙れ、女!!!」

「うえっ!?」

 審判のサクラちゃん言葉の途中で、彼は叫び声を上げる。


「もう遊びは止めだ!!! 出て来い、貴様ら!!!」

 彼は観客席目掛けて叫ぶ。


「な、何……?」

「おい、あいつ何を言ってるんだ」

「なんか様子がおかしいぞ」

 観客達がざわつき始める。


「全員皆殺しだぁ!!」

 彼は血走った眼をしながらそう叫ぶ。

 彼の様子に観客達は恐怖を感じて逃げ出そうと席を離れ始める。


 しかし、一部の別の観客達が出口の前に陣取り、彼らの逃げ道を塞ぐような動きをする。


「おい、邪魔だ、退け!!」

「そうよ、あんなイカレた奴の試合に付き合うなんて御免だわ、私達は帰るのよ!!」


 どうやら観客同士で揉め事が起こっているようだ。

 しかし、出口の前に居座ってる観客の様子がおかしい。

 その人達は、ボクとネルソン選手の試合前に騒いでいた人達だった。


「………」

「黙ってないで、さっさと退け!!」

「どけ!!」

 彼らは必死の形相で、他の観客達を押し退けんとする。


 しかし、彼ら観客の言葉を無視して、

 出口を塞いでいた男は言った。


「あの人間あんなこと言ってるが、計画に移ってもいいのか? まだあの方の指示が出ていないが」


 その言葉に、隣に居た男が応える。


「……まぁ、頃合いではあるな」


「仕方ねえ……命令は出てないが、やるか」


 そう言うと、彼らのうちの一人が懐に手を入れる。


「お前ら、何を―――ッ!?」


 次の瞬間、彼らの身体が一斉に変異し始めた。

 その姿は、先程までの人の姿ではなく、異形の怪物だった。体中が筋肉で覆われ、腕は肥大化し血管が浮き出ている。背中からは巨大な翼が生え、顔は獣のような表情を浮かべている。


 その姿は、まさに魔物と呼ぶに相応しい姿であった。


「うわあああああああああああああ!!! ば、化け物!!!!!」

「きゃあああああああああああ!! 助けてぇぇぇぇ!!!」


 その姿を見て、観客達は悲鳴を上げて逃げ出す。


「くっ……まだ、魔物があんなに居たのか!!」

 やはり相当数の魔物が観客に紛れて潜んでいたようだ。


 観客達は逃げ惑い、観客席に残っていた参加者たちは、

 彼ら観客を守るように武器を持って立ち向かう。


 そして、ボク達の戦いを見守っていた仲間たちも動き出す。


「団長さん、私達も行きますよ」

「静観してる場合じゃねえな。レイ、そいつの相手は任せたぞ!!」


 団長はボクに向かって喝を飛ばして、エミリアと一緒に観客席へと上がっていく。観客席は大パニックになっており、姉さんやレベッカも魔物達と既に戦いを繰り広げているようだ。


「しねえええええ!!」

「ちっ!! サクラ、もう試合実況はいいから陛下を守って!!」

「はい!!」

 カレンさんは襲い掛かってきた魔物の攻撃を剣で防ぐ。

 魔物の目的は陛下だろう。


 実況席にいるサクラちゃんとカレンさんは、陛下に襲い掛かってくる魔物達を迎撃するために必死に戦っている。は二人に守られながら後退しコロシアムから遠ざかろうとしている。


「みんな殺してやる、俺をバカにした人間は全部ぶっ殺してやる!!」

 ネルソン選手は狂気に満ちた笑い声を上げながら、こちらに向かって剣で斬り掛かってくる。


「くっ!!」

 ボクは剣でそれを受け止め、彼に向かって叫ぶ!


「ネルソンさん、正気に戻って!! このままじゃあなたまで魔物になってしまう!!!」


「どうせお前もあの観客共も俺を陰で笑っていたんだろう!!!」

 そう大きな声で叫んだと思えば、彼はいきなり声を低くする。


「……ああ、そうだよな、ネルソン。俺が代わりに全部ぶっ壊してやるよ」


 彼は、ボクでは無い誰かと話している。

 まるで二重人格のようだ。


「(駄目だ、今の彼はもう……!!)」

 今の彼にボクの言葉は届かない。


 そして、彼の黒い剣が脈動し始める。

 その剣は、剣を持つ彼の右手を侵食していき、

 彼の皮膚が黒く変色していく。


 以前に見た覚えのある光景だ。

 黒の剣に体が侵食されその右腕が真っ黒に染まり、丸太のような大きさにまで膨張していく。


「死ね」

 彼は冷淡な声でそう言い放ち、巨大化した右腕を振るう!


「く……!! 炎よ!!」

 ボクは聖剣に炎の魔力を宿して顕現させる。


 そして、彼の膨張した腕目掛けて振りかぶって攻撃する。

「ふん!」

 しかし、その攻撃は簡単に受け止められてしまい吹き飛ばされる。

 そして彼は膨張した右腕をこちらに向ける。


「今度こそ、終わりだ……」

 彼の腕から、再び闇の魔力が集まっていく。



「次はさっきのようにはいかんぞ。今度は範囲を広げて貴様の身体ごと消し去ってくれる……」

「……く」

 このままじゃだろうしようもない。

 どうやら完全に理性を失っているみたいだし、この至近距離であの魔法が発動したら回避できない。

 おまけに今の身体じゃ万全ではない。せめて、男の身体じゃないと―――


「……って、そうか」

 この状況で、周囲の目を気にしてる場合じゃない!!


<変化・解除>フォームキャンセル!!」


 ボクはワードを口にする。

 すると、ボクの身体が光り輝き変化が起こる。 

 それから数秒後、肉体と装備が以前の状態に戻る。


 つまり、女性の身体から男性の姿に戻ったのだ。

 ネルソン選手はその様子を見ていたが、特に驚いた様子もなく言った。


「やっと正体を現したか………久しぶりだな」

「………久しぶり?」


 彼の言葉に、僕は思い当たる節が無い。

 少なくともネルソン選手と出会ったのは数日前のはず。


「この体でお前と会うのは初めてだが、以前からお前の事は知っていた。

 丁度いい、ここで今までの借りを返させてもらおう」


「……?」

「ふ……、分からないようだな。

 だが、知る必要はない。お前は今日ここで死ぬのだからな……!!」

 そう言いながら、彼は更に右腕の魔力を増幅させる。


 彼の言葉の意味は分からないけど、今は考えてる場合じゃない。

 僕は聖剣を前に構えて、剣に語り掛ける。


蒼い星ブルースフィア、力を貸して!!!」

 そう叫んで、ありったけの魔力を聖剣に送り込む。

 僕の願いに答える様に、聖剣が眩い青い光を放ち始める。そして――――


『やっと男に戻った―――』

「え」


 剣から聞こえてきた声に、思わず反応する。

 前にも聞いたことのある女の子の声だった。

 まさか聖剣にまで、それを突っ込まれるとは思わなかった。


『レイ、貴方がいつまでも男に戻らないから、私の機嫌損ねてたことに気付いてる?』

「い、いえ、全然」

『許さない。あとで説教するから』

「ご、ごめんなさい! ……って、説教!?」


 剣との会話に夢中になっている僕を見て、ネルソン選手は首を傾げていた。


「何を一人で喋っている。

 この状況で余裕があるのか、それとも現実逃避か?

 いずれにせよ、もうお前は終わりだ。あの時とは逆に、今度は俺がお前を殺してやる」


 彼はそう言って右手を振りかざす。


「くっ……」

 僕は、一旦彼から距離をとるために大きく後ろにジャンプする。


蒼い星ブルースフィア、後で説教でも何でも聞くから今は力を貸して!!」

『―――今、何でもって言った?』

「あー、うん、なんでもいいよ!! とりあえず、あいつを倒せるだけの力を!!」

 僕は必死の形相で叫ぶ。


『―――仕方ない。じゃあ私も本気出す』

 と、彼女?が言い終わると、蒼い剣が更に眩い光を放ち始める。すると聖剣の形状が変化し、今まで細身の長剣だったのが、形を変えて大剣へと変化を遂げた。


「これは!?」

『ちょっと本気出した。あとは貴方次第、頑張って』

「……分かった」

 彼女の言う通り、力を貸してくれた以上、ここからは僕の仕事。


「覚悟は出来たようだな、では――――」

 彼が言葉を言い終える前に、剣に再び炎の魔力を込めながら肉薄する。


 そして、彼はそんな僕を見て獰猛な笑みを浮かべ―――


「死ぬがいい――――!!」

 彼の右腕から闇を解き放つ。

 最初に放った一撃よりも広範囲に、まるで荒れ狂う波のように混濁した闇の濁流が襲い掛かってくる。回避は不可能。食らえば間違いなく即死だ。


 だけど、今の僕には心強い味方がいる。


「行くよ、蒼い星ブルースフィア!!」

  剣を構え、そして、ありったけの魔力を込めて振り下ろす!!


「いっけええええええええええええええ!!」


 聖剣の力を可能な限り高めた一撃に、炎の魔力が付与される。

 その二つの力が合わさった斬撃は、目の前の敵を殲滅するために放たれ――


「なに……!?」

 彼の驚愕の言葉と共に、彼の闇の波動を一直線に斬り裂いていく。


「今だぁぁぁぁぁ!!!」

 闇を一直線に斬り裂いたことで、僕は彼に一直線に駆けていく。

 彼の技を破った今が最大のチャンスだ。


「おおお!!」

 僕は雄叫びを上げ、そのまま彼の懐に飛び込んでいく。


「ぐ……」

 彼は右腕を動かし、僕の攻撃を迎撃しようと腕を突き出す。

 腕は既に黒の剣と同化してしまっており、彼から切り離す手段はもう一つしかない。


「ネルソンさん、ごめんなさいっ!!」

 僕は、最後に彼に謝罪し、その腕目掛けて全力で剣を振り下ろす。


 聖剣は彼の侵食された右腕とまだ無事な部分の境の部分を切り裂き、そのまま腕の骨を貫通し右腕が切断される。そこから大量の血が迸り、ネルソンさんは絶叫する。


「ぐああああああああああ!!!」

「これで……終わりです!」


 僕は彼の右腕を切断した後、すぐに剣を引き抜いて距離を取る。

 右腕を失ったことで、彼はバランスを崩して倒れた。

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