第64話 地下八階その4

<暗黒の槍>ダークスピア

 魔法の直撃を受けた僕は奴の漆黒の槍が深々と腹に突き刺さってしまう。


「――――っ!」「レイくん!!!」


 凄まじい腹部の一撃を受け、意識が飛びかけるが、

 姉さんの声で何とか意識を取り戻し、そのまま奴に斬撃を浴びせた。

 その抵抗が予想外だったのか、今まで無防備だったロードコープスは腕で自分の体を庇い、

 そのまま腕が切断されて飛んでいった。


『ヌアァ!?』

 腕からは血が出て、今度は奴は大きく怯んだ。

 しかし、僕もダメージが大きくそのまま受け身も取れずに落下し、床に叩きつけられる。


「レイ!」「レイさま!!」

 体が動かない…お腹に大きな穴が開いてしまっている。

「待ってて<完全回復>フルリカバリー!!」

 姉さんの最上級の回復魔法が僕に発動する。

 腹部の大穴が時間を巻戻したかのように塞がっていく。


「………はぁはぁ、やった、かな?」

 回復魔法でなんとか動けるようになった僕はロードコープスに目を向ける。

「いいえ、まだ浅いです!」


『小賢しい真似を……だが、貴様らの攻撃など私には無意味!』

 そう言いながら腕を再生させる。

「嘘……!」

 必死の想いで与えたダメージがこれほど簡単に回復されるなんて…。


「アンデッドなので回復魔法ではありませんね…

 おそらく死霊術で自分の体を操って腕を戻したのでしょう。レイさま、動けますか?」


「う、うん……大丈夫」

 しかし、今ので分かったことがある。

 奴は一定以下の物理攻撃はほぼ無効化するが、それ以上ならダメージが通る。


『クク……無駄なことをしたな。私の力を侮ったな?さて、次は何をしてくる?』

「じゃあこれはどうですか?<上級電撃魔法>ギガスパーク!!」

 エミリアが詠唱していた上級魔法が発動する。強力な電撃が敵に直撃するが効いていない。


 しかし――

(今、攻撃食らった瞬間、奴が身構えた気がする)

 さっきの氷魔法は結果的に効かなかったが、まともに受けていたのも気になる。

 魔法を防ぐのは確かなようだが、もしかしたら自身で任意に発動させる能力だろうか。


 つまり、想定外の不意打ちならば通じる可能性が―――

 あるいは、魔法に意識が向いていない状態ならば―――


「はっ!」

 レベッカの弓のから放たれた五連射がロードコープスに命中する。

 しかし先程同様傷はついていなかった。

「これもダメですか……」

『無駄だ、その程度の威力では私には通用しない』


 その程度…ね。


 さっきの魔力食いの一撃は確実に効いていた。

 ここで推察できることは、奴の防御を突破するだけの物理攻撃は通用するということだ。

 レベッカの銀の矢でダメージが通らないなら生半可な防御力ではないだろうが…。


「レベッカ、エミリア、連射重視の魔法で攻めてみてほしい」

「「分かりました!」」

 僕はさっきより強い魔力を剣に込めて、再び飛び上がる。


 そして、敵を見据えたまま声をかける。

「姉さん、合図を出したら魔法をお願い」

「任せて!」

「エミリア、レベッカ!行くよ!」

「はい!」「承知しました!」

「3・2・1……<閃光>フラッシュ!!」

 姉さんの放った光が辺り一面を照らす。

 奴は突然の光魔法で一瞬視界を遮られる。目くらまし成功だ!


「はぁああ!!」

 落下しながら僕は全力を込めて剣を振るう。

 今度は単なる物理攻撃では無い。


「<剣技ソード雷魔法Ⅱ雷光斬>!!」

 剣に雷撃の力を込めて斬りかかる。魔法と物理の同時攻撃、更に魔力で威力を底上げしている。

 ドガンと雷撃に撃たれた衝撃と強力な斬撃で奴は大きなダメージを受けて、

 礼拝堂の祭壇に叩き落とした。


『ガァアッ!!くそ……!なんだこの力は!』

 確実に効いている!このまま畳みかける!

「はぁああっ!!」


 僕は更に斬撃を浴びせ続けるが、

 一撃一撃の魔力が小さいせいかさほど威力が出ていない。

(くそっ!防御を突破出来てない!)


『……調子に乗るなぁ!!』

 僕に向けて<暗闇>が襲いかかってくる。しかし避けなくても大丈夫だ。

 姉さんがさっきから魔法を維持したまま構えている。


<閃光>フラッシュ!!」

 再び姉さんの魔法が発動する。

 姉さんの魔法があれば少なくともこの攻撃は無効化出来る。


「はっ!」

 レベッカが再びを矢を放つがやはり効いてはいない。

 しかしおかげで剣に魔力を込める余裕が生まれた。


「食らえ!」

 一気に剣に込めた魔力を解放して威力と底上げする。

 敵の胸に突き立て、そこから剣を伸ばして礼拝堂の祭壇へ串刺しにする。

『ガッ……!う、動けん!』


「レベッカ、エミリア!!」

「はい!<氷の槍アイスランス>!!」

「行きます!<礫岩投射>ストーンブラスト!」

 エミリアの計15本にも及ぶ氷の槍と、

 レベッカの八方からの至近距離から飛来する石の散弾が奴に向かっていく。


 魔力食いの剣で奴は身動きが出来ない。故に全ての魔法攻撃が奴に命中する。

『グアアアアアアアアアアアッ!!!』

 効いている!やはり奴が魔法攻撃を防ぐには条件があるようだ。


 更にそれだけでは終わらない。

「光よ―――悪に集え――!!!」

 姉さんの最大級の<浄化>が発動する。

 僕の魔力食いの効果もあり、ロードコープスの動きが完全に止まる。


『グゥウウッ……貴様らァアアアアアア!!!』

「これで終わりだよ……お前はもう、死ぬんだ」

『ふざけるな……こんなところで死んでたまるか!!』

「っ!」


 自棄だろうか、奴はボロボロの手をこちらに向けて魔力そのものを僕に放ってきた。

 咄嗟に僕はその場から離れ何とか攻撃を躱すが、

 その際に『魔力食いの剣』を抜いたため奴の拘束が離れてしまう。


『遊びは終いだ!出でよ、わが愛する領民どもよ!』

 奴がとてつもない闇を放出し、僕たちは闇に包まれる。

「くっ…<閃光>フラッシュ!」

 姉さんの魔法により奴の闇は再びかき消される。しかし―――

『どうだ、この数は!愛する領民たちをこの場に呼び寄せてやったぞ』

 そこには夥しい数のゾンビとスケルトンたちがロードコープスの壁になるように立ち塞がっていた。


 しかし、一見は圧倒的な戦力差に見えるが―――


「数にして多分百体は余裕で超えているね…」

「そうですね、まぁこれだけ倒せば私たちもハクが付くのではないでしょうか」

「このような狭いところでよくこれだけの数を…」


 ここは礼拝堂だ、広いとはいえこの人数を固めるのは中々に壮観だろう。

 しかし、ここに来て仲間を呼び出すということは相当追い詰められてるという事だ。


「姉さん、あいつにトドメを刺せる?」


「……そうね、使うのは控えてたけど、

 切り札みたいな魔法があるからそれで倒せると思う」


「切り札?」


「うん、前は問題なく使えてたけど…」

 そう言って姉さんの周囲から光が溢れだす、これは――――


「……人の状態で使えるかどうかは分からないけどね。

 以前女神の時の能力権能を試してみようかな!」


 姉さんの周囲の大気が震え始める。

 通常の魔法では無い、それとは別に何か神聖な力がベルフラウから放出される。


「べ、ベルフラウ…?」「ベルフラウさま…!?」

 エミリアとレベッカは突然の姉さんの異質な力に戸惑っている。


「今は姉さんを信じて」

「………ふふ、そんなこと今更ですよ」

「言われずとも、わたくしは皆さまを信じておりますよ!」


 僕達は姉さんを庇うように前に出る。

 敵は凡そ一〇〇体以上、あるいは二〇〇を超えるかもしれない大軍だ。

 しかし、この状況なら脅威ではない。


『ふはははは!!死ねぇええ!!』


 百を優に超える軍勢が一斉に僕らに迫ってくる。

「行くよ!」


 ゾンビの恐ろしいのは圧倒的な不死性だ。

 その再生力の源は今はロードコープスの独力で補っている。

 そしてこの状況、完全に敵は全てロードコープスの近くに固まっている。これが僕たちの足元から出現して囲まれていたら厄介だったかもしれないが、追い込まれて冷静な判断が出来ていない。


 あるいは、自己回復が終わるまでの時間稼ぎか…。

『愛すべき領民』を壁にする領主か……。

 ロードコープスがどういう経緯でアンデッドになったかは分からないが、

 きっと生前と比べて精神が歪んでしまったのだろう。


「レベッカ、敵を纏めて足止めしてほしい」

「はい、いつものですね!」


「エミリア、得意の魔法で」

「よーし、やりますよぉ!」


 僕は剣に特大の魔力を籠める。

 剣で狙うのは前列に並んだスケルトンナイトとその後ろのアンデッド達だ。

 現在の魔力をほぼ全て費やし一撃で数を減らして動揺を誘う。

 念のため魔法の霊薬は忍ばせているが、残りは味方がどうにかしてくれるだろう。


「<剣技ソード炎魔法Ⅱ火炎斬>」

 魔力食いの剣で最大まで威力と射程を伸ばした魔法剣で敵を一閃する。

 前列にいるスケルトンナイトを盾ごと纏めて薙ぎ払い、更にその一撃は後ろのアンデッドにも及ぶ。

 僕の放った一撃は辺り一面を焼き尽くすほどの爆発を引き起こし、迫り来る敵の悉くを燃やし尽くしていく。

『な、何…?』

 元々ゾンビは炎に弱い。更に言えばその周囲は腐乱死体特有のガスが充満している。

 このようにまとまって炎で焼いてしまえば連鎖的に爆発が起こる。

 この場でゾンビたちをまとめて処理するには最適の攻撃だ。


『そんなバカな……だが、我が闇の魔力で何度でも復活させれば良い!』

 しかし、奴の言葉と裏腹に直ぐに再生は始まらない。


『何故だ、何故!』

 簡単な話だ。奴はさっきの戦闘で相当消耗している。

 外野から眺めているときは外の霧の魔力も使って簡単に再生できていたのだろうが、ここは室内。

 霧は殆どなく、現状は奴の自前の魔力だけで補っている。

 時間を掛ければ再生は可能だろうが、そんな時間を与えるつもりは無い。


<上級獄炎魔法>インフェルノ

 エミリアの最も得意とする上級攻撃魔法が発動する。

 礼拝堂のガラスを突き破り敵の集団を中心に赤い霧が広がり敵全体を飲み込んでいき、

 やがて内側から地獄の炎が顕現する。


『ギャアアアアアア!!!』

 断末魔のような悲鳴が響き渡る。

 地獄絵図とはまさにこのような光景を言うのかもしれない。


『あ、熱い……誰か……助けてくれ……!』

 ロードコープス自身も炎に巻き込まれて大きなダメージを受ける。

 おそらく、もう奴には魔法を無効化する力は残っていないのだろう。

 奴の周りのアンデッドは傀儡に過ぎない。奴自身が指示しなければろくに動きもしないようだ。

 それ以上に大多数のアンデッドはインフェルノに呑まれて燃え尽きてしまっている。


 そして、この状況下に更に追撃する。

<重 圧>グラビティ

 レベッカの重力魔法で奴の周囲が数十倍の重力を以って襲い掛かる。

 動くどころか、奴の体が粉々に崩れ、もはや動くことすら出来ない。

 しかし、それでもいずれ再生するだろう。


 だが、もう終わりだ。


『女神の力を以って、悪しき存在を断罪する―――――<大浄化>』

 姉さんの魔法によりロードコープス内に光が差し込み、

 全てのアンデッドは光の粒子となって消えていく。

 その光はまるで全てを癒すようにロードコープスを包み込む。


『こ、これが神の――――――――そうか―――私は―――ようやく――』

 奴の叫びと共に、奴と領民のゾンビ達は全て光の中に消え去った。

 その時、周りのゾンビ達の声が聞こえた気がした。


『ありがとう……これで眠ることが出来る』と……。

 こうして、ロードコープスに蔓延っていたゾンビ達は一掃され、領民たちは眠りにつくことが出来た。


「―――――終わった、のかな?」

「うん、これであの人達は輪廻の輪に入ることが出来るわ」

 姉さんの最後に使った魔法は、それまでの魔法と違ったような気がする。

 多分、【空間転移】と同列の権能なのだろう。


「……はぁ終わりましたねぇ」

「くすっ…お疲れ様、です。エミリアさま」


 今回エミリアは高度な魔法を連続で行使している。相当魔力を使っただろう。

 それでも倒れないのだから以前より魔力もかなり上がったのだと思う。


 僕も相当魔力を込めて戦ったのにも関わらずまだ動ける。

 新しい盾が強力なのもあるだろうが、それ以上に自分が強くなれた自覚がある。

(まだまだ装備頼みな部分も多いけどね――)


「さて、これからどうしようか」

 いつもなら宝珠や宝箱が出現して扉が現れるのだが―――

 ――しかし、その後に直ぐに変化が訪れた。

「―――これは」

 足元に魔法陣が出現した。確か、これは最初に見た―――?

 次の瞬間、僕達四人はその場から転移して消え去った。


 ◆


 気が付くと、そこは地下八階に入ってきた魔法陣の部屋だった。


「戻ってきたのか…?」

「レイくん、あっちに道が―――」

 姉さんの指差した方を見ると、最初に無かった道が出来ていた。

 その先に扉と台座があった。

「それにしても宝珠は―――」


 周りを見渡すと、魔法陣の傍に何か転がっていた。

『Ⅷ』の宝珠だった。


「今回は随分雑に置かれてましたね」

「よく考えたら、今回は宝箱も無かったです」

 今までで一番の激戦だったのに…。

「ミリクもいよいよアイテムのストックが切れたのかしら?」

 姉さんはのほほんと言ってるが、皮肉が効いていると思う。


「ひとまず、戻ろうか…」

 流石に全員満身創痍だ、これ以上戦うのは厳しいだろう。

「賛成ですね…もう魔力も殆ど空ですし…」

「私も、慣れないことをしたから休みたいわ…」

「それでは今回はレベッカが一番余力がありそうなので、脱出魔法を使いますね」


 僕達は八階を攻略して地上に戻った。

 あとは地下九階と地下十階を残すのみだ。

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