第63話 地下八階その3

 そして僕たちは小屋を出る。

 防御結界のおかげで突破されることは無かったが、周囲にはかなりの数のゾンビが徘徊していた。

「結界の周りでウロウロされるよりマシですが、どうやって出ていきましょうかね…」

 僕は地図である程度の位置を把握して指を差して方向を指示する。

「例の印の場所はこっちだと思う。敵の数が少なくなったら強引に突破しよう」

「了解です」

 そして数分後、僕たちは一気に走ってその場から離脱する。

「追われてない?」

「大丈夫です、何体かは気付かれましたがすぐに倒しました」

 ひとまず数十体のゾンビに襲われる危険は去ったが…

「レイさま、あまり一か所に待機しない方が良いと思います」

「そうだね…」

 理由は分からないが、ゾンビ達は僕達の居る場所が分かっているような動きをする。

 このまま待機しているとさっきのゾンビ達もいずれここに近づいてくるだろう。


「レイくん、先に進もう!」

 姉さんの意見に賛成し、僕たちは更に奥地へと進んでいく。

 それから一時間ほど歩いただろうか。

 散発的にアンデッドと何度か戦ったが、前半と違って今回は僕とエミリアを中心として戦っている。

 目的は姉さんの魔法力温存の為だ。

 おそらく今回の敵は死霊術使いの魔物だと思われる。

 そうなると戦闘中複数のアンデッドを何度も再生される可能性があるだろう。

 それまで<浄化>は出来るだけ温存だ。


「そろそろ地図の×の場所が近いと思う」

「そうですね、私も同意見です」


 周囲は既に夜となっているが、昼と比べて霧は薄い。

 明かりが全く無いわけではなく、空は不気味な赤い月が出ている。

「気味の悪い場所ですね…」

 地図の×の場所は見たところ何かの廃墟だった。

「――みんな気を付けて」


 廃墟の中から強烈な気配を感じる。間違いなく死霊術使いはここに居る。


「レベッカ、姉さん、強化魔法と防御魔法をお願い」

 僕達は入る前に戦闘準備を整えておく。


 僕を先頭に廃墟の中に入っていく。

 中は……礼拝堂のような場所だった。


 天井はガラス張りになっており、中からでも不気味な赤い月の光で照らされている。

 朽ちた祭壇があり、その周りにはボロ布をまとった死体達が転がっていた。


「うぅ……これは酷いな……」

「レイ、ここで間違いないようですね」

 レベッカが僕の横に立つ。

「ああ、そうみたいだ。姉さん、エミリア!注意して進んでいこう」

 僕たちが中に踏み込むと同時に建物の入り口が閉じる。

「閉じ込められた!?」

 入り口は完全に閉まりきっており、開かないようだ。

「レイ様、この扉は恐らく魔道具でしょう。破壊は不可能です」

 ……どうやら簡単には脱出させてくれないらしい。


『ようやく来たか…人の領域に入り込んできおって』

 ――――!礼拝堂の何処からか声が聞こえる。

「どこだ!?」「レイさま、上です!」

 僕達は上を見上げると、そこには黒いマントとローブを付けたアンデッドの魔法使いが居た。

「あれは…ロードコープスですか……?」

「ロードコープス……?」

「領主の死体、という意味ですが…つまるところ、今まで戦ったゾンビ達は…」

『その通り、数百年前に滅びた私の領土の民だよ。

 ―――お前たち、一体何処から来たのだ?

 …ここに生きた人間が来なくなって、我らも平穏に過ごしていたのだがな』

 平穏?…薄々勘付いていたが、ここはダンジョンではないのか。


「あなたは何者です?何故こんなことを?」

『何故だと?人の領地を土足で踏み込んで偉そうに―――!』


 次の瞬間、奴の身体が宙に浮かび上がる。

 同時に周囲の空気が変わったのを感じた。

「これは……レイくん、気を付けて!」

「分かってる、全員警戒を怠らないでくれ!!」


 僕とエミリアは同時に魔法を放つ。

「「<炎球>ファイアボール!」」

 炎と風の複合魔法がロードコープス目掛けて飛んでいく。

 本来はエミリアの複合魔法だが、僕も使えるようになった強力な魔法だ。

 ――しかし、放った炎は目標に到達する前に消えてしまう。


「なにっ!?」

『無駄だ、その程度の攻撃魔法は私には通じない』


「エミリア、奴に<能力透視>を!」

「了解です<能力透視Lv8>アナライズ

 今度はエミリアが対象の能力を確認する。

「……駄目です、解析出来ません!」

「どういうことなんだ?」

『お前達ごときが私を覗こうなどと不遜な考えだ。

 私の能力は【闇】。あらゆるものを飲み込み、侵食する闇の魔力を操ることが出来る。

 つまり、今の私は不死の王と同等ということだ』


「魔法が一切効かないってことか……!?」

「いえ、奴のいう事が本当だとしても相反する属性までは防げないはずです」


「相反する属性……それって姉さんの…?」

「そういうことです。アンデッドはいかに強大でも【光】の魔法を克服できない」

「なるほど…でも…」


 僕達の使用できる魔法には制限がある。

 僕とエミリアは干渉魔法の【炎】【氷】【雷】【風】レベッカは【地】の属性、

 姉さんは<浄化>を筆頭に【光】の魔法を使用できるが魔法力は万全ではない。


 仮に【光】以外の魔法が全く効かないのであれば

 エミリアは実質戦えないことと同じで、レベッカや僕も攻撃手段が制限されてしまう。

 かと言ってロードコープスが姉さんの<浄化>だけで倒せるとは思えない。


「レイくん、ここは私が……」

 姉さんの申し出に対して首を横に振る。

「ううん、今は僕が行く。エミリアとレベッカは援護をお願い」

 奴が言ったことが本当とは限らない。

 初撃は何らかの手段で防いで、魔法自体を使わせないようにする策略の可能性もある。

 それに物理攻撃に関して、奴は何も言及していない。

「了解しました」「ご武運を」

 姉さんの魔法力はなるべく温存したいところだ。

 恐らく奴はこちらの動向を見ており、ある程度戦略を知られている可能性がある。

 が、それでも全ての手の内は見せていない。そこに勝機がある。

「来ます!」

 空中にいたロードコープスがゆっくりと床に降りてくる。

 そして、右手を僕らに向けてきた。

『さぁ、絶望を味わえ <暗闇>ブラックアウト

 その言葉と同時に周囲が黒く染まる。

 直接的に暗闇に触れてもダメージがあるわけではない。しかし、

「ぐっ……」

 暗闇で視界が完全に塞がれてしまっている。そういう魔法なのだろう。


『フハハハッ!これぞ我が力の一端! どうだ!』

 確かに、これでは前が見えない……ただ、この程度なら問題ない。

「姉さん、あれを使って」

「ええ!<閃光>フラッシュ!」

 姉さんの光の魔法が敵の闇をかき消す。

 この魔法はあくまで光を放つだけの魔法だ。しかしそれで十分。

 奴の小細工なら十分打ち払える。

『グッ…!眩しい!』

 やはり、奴は光に弱いようだ。

「レベッカ、浮いている奴に矢を撃ち続けて!」

「はい!」

 レベッカはロードコープスに向けて矢を複数連射する。

 目が眩んでる奴は飛翔しながら躱すものの、俊敏な動きは出来ずに矢が何本か突き刺さった。

 しかし、あまりダメージがあるように見えない。


「エミリア、魔法は効かないとか言ってるけど、この際全部試してみて!」

「了解です!」

 エミリアの足元に補助結界が展開される。以前使った炎の魔法陣だ。

「さぁ、全部と言われたので試してみましょうか」

【炎】【氷】【雷】【風】、それぞれの初級魔法がエミリアから同時展開される。

 エミリアの特殊技能【マルチタスク】の効果だ。

 複数の魔法を同時に展開させ、保持して一斉発動させる能力。

<四属性複合>クワドマジック

 四つの初級魔法がロードコープスに襲い掛かる。

【炎】【氷】【雷】【風】の全属性の攻撃を受けた奴はダメージを受けなくとも動きが止まる。

 そして僕は『魔力食いの剣』に魔力を込める。

 自分が圧倒的に有利だと思いこんでいるせいか、飛翔していてもさほど高く飛んでいない。

 この距離ならレベッカに強化してもらった僕の身体能力と剣の射程上昇効果で十分に届く距離だ。

「魔法が効かないって言うなら、これはどうだ!」

 僕はその場から全力で飛び上がり、更に足元に魔法を風魔法を発動する。


 それによって加速した身体で奴に向かっていく。

『愚かな!<闇の集束>ダークフォトン

 奴は再び手を前に出し黒い球体を出現させる。見たことのない魔法だ。

 しかしその程度では止められない。

「うぉおお!!」

 球体に触れた僕の体は闇に侵食されて激痛が走るが、構わず突っ込む。

 そのまま突っ込んでいき、僕は剣を振り下ろす。

『グゥッ……!!』

 剣から伝わる感触に確かな手応えを感じる。

 しかし、レベッカの時と同じだ。奴は大きなダメージを受けているはずなのに、

 何故か怯みもしないしまともな防御動作すら取らない。

 どういう能力か分からないが見た目ほどのダメージが無いようだ。


「まだまだ!」

 僕は一旦着地し、僕は剣に特大の魔力を込める。

 しかし、それよりも奴は早く魔法を発動させる。

<闇の炎>ダークファイア

 黒い闇の炎が礼拝堂全体を包み、僕たちは避けることも出来ない。

「くっ……光よ――――!」

 姉さんがたまらず浄化を発動する。


 闇の炎はそれで消え去ったが、それでも僕たちはかなりのダメージを負ってしまった。

「……くっ、回復ポーションで!」

 レベッカはポーションを呑まずに直接自分とエミリアにぶっかける。

 このアイテムは直接傷に掛けても効果があり、一時的な痛み止めになる。

 今回は火傷のため、そちらの方が速いと判断したのだろう。


 加えて、エミリアはさっきから何かの詠唱を始めて手が塞がっている。

 あまり見ない魔法の詠唱だ。少し時間が掛かっているのだろう。


「ありがとうございます……ただ、先に言ってください…」

 突然ポーションを顔にぶっ掛けられたエミリアは少なからず驚いたようだ。

 それでも動揺せずに詠唱は中断していない。

「申し訳ありません、あまり余裕が無かったので――」


 今の敵の魔法は痛かったが、

 僕の新しい盾の効果が発揮されたことだけは幸いだ。


『フォースシールド』という盾だ。

 敵の魔法を盾で受けるとその分魔法力MPが回復する。

 今の魔法で回復出来た数値は大体中級魔法二発分くらいだろうか。

(といっても回復量は微々たるものだけど…)

 せいぜい魔力を込めた一撃分程度だろう。それでも無いよりはマシだ。


 姉さんと僕はそれぞれ回復魔法で自身を回復させる。


『ほう、貴様が忌まわしき<浄化>の使い手か、ならば―――』

「不味い、レベッカ!姉さんを!」


 奴が姉さんを狙ってくると判断し、レベッカに指示を飛ばす!

「はい、<石の壁>ストーンウォール」『<暗黒の槍>ダークスピア


 レベッカとロードコープスの魔法が同時に発動する。

 奴の敵に大きな漆黒の槍が出現し、姉さん目掛けて投擲する。

 レベッカの発動した魔法は姉さんの壁になり、漆黒の槍の盾となった。


<上級氷魔法>コールドエンド

 エミリアの上級魔法が発動する。ロードコープスの周囲が急速に冷やされる。

 そしてそのまま奴を氷漬けにし、完全に動きが止まった。


「これは…行けましたか!?」

 今の魔法は初めて見る魔法だ。その威力は凄まじい。

 奴を中心に完全に凍り付き分厚い氷の壁のようになっている。


「よし、このまま…」

 まだ倒せたとは限らない。直接叩いて氷ごと砕く。

 僕は風魔法で再び大きく飛翔し、先ほど魔力を込めた剣で振りかぶる。


 これで、トドメだ、そう思ったのだが―――

『甘いわ!』

 奴の周囲の氷が完全に霧散し、僕に魔法を発動した。

<暗黒の槍>ダークスピア

 魔法の直撃を受けた僕は奴の漆黒の槍が深々と腹に突き刺さってしまう。


「――――っ!」「レイくん!!!」

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