第583話 プレゼント大作戦

 僕がリリエルちゃんに連れられて大広間に入るとすぐに魔法学校の子供達の姿が目に入った。


「皆、久しぶりー」

「あっ、レイ先生!!」


 僕がそう言うと、子供達がこちらに集まってくる。


「お久しぶりです、レイお兄さん」

 コレットちゃんだ。リリエルちゃんと仲良しで一緒によく遊んでいるらしい。

 優等生で礼儀正しい子で、僕をお兄さんと呼んでくれる子だ。


「先生、こんにちはー♪」

 この子はセラちゃんだ。彼女自身は良い子なんだけど、僕としてはちょっと嫌な思い出が……。


「あ、レイ先生!久しぶり!」

 この子はフゥリ君。やんちゃなイジメっ子だったけど、改心して優しい子になった。


「先生、元気だった?また剣を教えてくれよ!」

 騎士を目指しているグラット君だ。向上心があって中々の逸材だと思っている。


「レイお兄ちゃん……お久しぶり……」

 最後の一人はメアリーちゃん。この中で最年少の少女だ。

 この子は僕を『お兄ちゃん』と呼んでくれる貴重な……いや、良い子だ。


 僕の周りに子供達が皆集まってくる。

 この子達は、僕が魔法学校で臨時講師をしてた時の生徒たちだ。


「(……ああ、皆、以前と同じように接してくれる……)」

 僕は心の中で涙を流して感動していた。


「先生、泣いてるの?」

「えっ……僕、マジで泣いてたの!?」


 自分の頬を軽く撫でると確かに濡れていた。

 僕は慌てて涙を拭い、笑顔を作る。


「な、なんでもないよ!ちょっと皆とまた会えて感動しちゃってて……」

 僕がそういうと、子供達は顔を見合わせて笑い出す。


「もー先生ってば、大げさだなぁ」


「俺たちはまた先生に学校で色々教えてもらえるのを待ってるんだからさ」


「そうそう、先生、早く『きょういんめんきょ』……だっけ……それを貰って来てくださいよねー」


「あはは、そうだね。まだまだ今の僕じゃ難しそうだけどね……」


 僕は苦笑しながら答える。


「それよりも、今日の主役はリリエルちゃんだよ。

 リリエルちゃんお誕生日おめでとう。今日で10歳になるんだっけ?」


「はい!」

 リリエルちゃんは嬉しそうに返事をした。


「リリエルちゃん、おめでとうー」

「おめでとう、リリエル」

 他の生徒達が彼女に声を掛けていく。


「みんな、ありがとー!! ところで、皆、プレゼント用意してくれた?」

 リリエルちゃんは両手を胸の前で組んで嬉しそうに言った。


「ふふ、リリエルちゃんってば……」

「そういうと思ってボク達はもう準備してあるよ」


 彼女と仲良しのメアリーちゃんとコレットちゃんは、それぞれ手に抱えている包みを見せる。


「えへへ、二人とも大好き―♪」

 リリエルちゃんは二人を抱きしめる。その後、リリエルちゃんは一人一人にプレゼントを渡され、その度に表情を輝かせながら喜んでいた。


「……ところで、レイお兄さん?」

「ん?」


 僕の隣に歩いてきたコレットちゃんが小さな声で僕に話しかけてきた。


「お兄さんはどんなプレゼント用意したんですか?リリエルってば、レイお兄さんが誕生日会に来てくれるって聞いて凄く喜んでましたから、プレゼントも期待してますよ」


「そんなに?」


「うん、『レイお兄様ならきっと素敵な物をくれるはず♪』って張り切ってたから……もしかしたら、本人は『お兄様にエンゲージリングを貰えるかも!?』って思ってたりして」


「いや、気が早すぎでしょ!?」


「エンゲージリングは流石に大げさですけど、ボク達よりも期待されてるのは間違いないんじゃないかな……」


「う、うーん……」

 僕は自分が用意したプレゼントの事を考える。


「(一応、女の子への贈り物だから……それなりに気を使ったつもりなんだけど……)」

 僕はプレゼントの入った包みをポケットから取り出す。


「それがプレゼントですか?」


「うん、僕が用意したのは髪留めの赤いリボンなんだけどね……」

 これは王都の露店で売られていたもので、上質な素材で作られた品だった。これならばリリエルちゃんが普段使いできるだろうと思い購入したつもりだったのだけど……。


「(お値段そこそこ張る高級品だけど、それでも期待に添えるかどうか……)」

 僕があげたプレゼントを見て、リリエルちゃんがガッカリする姿は見たくない。


「なるほど……なら、こういうのはどうでしょうか?」

 そう言ってコレットちゃんは、僕に耳打ちする。


 ―――そして、僕がプレゼントを渡す番になった。


「レイお兄様、お願いします♪」


 リリエルちゃんは僕に期待の眼差しを浮かべて両手を広げる。

 傍から見るとまるでハグを求めているような仕草だが誤解してはいけない。


「……」

 僕は若干緊張しながら彼女と向き合って歩き出す。

 僕はさっきコレットちゃんから言われたアドバイスを思い出す。


『良いですか? リリエルはレイお兄さんの事を童話の王子様のように思っています。

 なので、お兄さんはリリエルに甘い言葉を掛けながら、おもむろにそのリボンを取り出して彼女の髪に結んであげるのです。そうすれば彼女は感激して喜ぶと思います』


『な、なるほど……』


『そして最後に彼女の髪を撫でながら、気の利いた一言を彼女に言ってあげてください』


『分かった、試してみるよ』


 ……という流れなのだが。


「(本当にこれでいいのかな……?)」

 僕は若干の不安を覚えながらも、リリエルちゃんの前に立つ。


「……お誕生日おめでとう、リリエル」


「ありがとうございます、レイお兄様!」


 満面の笑みで応えるリリエルちゃん。


「(―――ええい、疑っても仕方ない!)」

 僕は覚悟を決めて、包みに入ったリボンを素早く取り出す。

 そして、軽くリリエルちゃんをこちらに抱き寄せて、彼女の後ろに手を回す。


「!?」

 突然抱き寄せられたリリエルちゃんは若干戸惑いながら僕を上目遣いで見つめる。


 ――よし、このタイミングだ!


 僕はそう確信し、考えていた台詞を言った。


「キミの綺麗な金髪に似合う赤色のリボンを選んだんだ。気に入ってもらえると嬉しいな」

 僕はそう言いながらリリエルちゃんの髪にそっと触れて、そのまま彼女の髪にリボンを通す。


「!?」

 リリエルちゃんの顔がどんどん真っ赤に染まっていく。


 ―――お、これは好感触では?


 そう思い、僕は彼女の長い髪を掬いながら、彼女の髪にリボンを通して結びつける。

 そして、トドメの一言として顔を近づけて囁く。


「ほら、出来たよ。とっても可愛いよ、リリエル……」


「…………ひゃ、はい……」

 リリエルちゃんは顔を茹で蛸みたいにして、僕の腕の中で固まってしまった。


「(よし、完璧!!)」

 僕は心の中で最大級の演技を披露できたと確信する……が、


「………」

 その様子を見ていた子供達が静まり返ってる事に気付いた。


「……あ、あれ、皆、どうしたの?」

 僕が尋ねると皆、顔を見合わせて顔を赤らめた。


「せ、先生素敵……」


「レイお兄ちゃん、かっこいい……」


「うわぁ……先生、相変わらず平然と恥ずかしい事してるよ……」


「……大人の男性が子供にやる行動じゃないよな」


「……え」

 皆の言葉に、僕は自分が何か失敗したのかと焦る。そこに、僕にアドバイスをくれたコレットちゃんが困った笑みを浮かべながら言った。


「あの……先生、誰もそこまでやれとは言ってないです。抱きしめてるリリエルの様子を見てください」

「……へ?」

 言われて僕はリリエルちゃんを見る。すると、リリエルちゃんは僕に抱かれたまま目を回していた。


「……リリエルちゃん?」


「……お、お兄様に、こ、こんな………はうぅ………」


「完全に放心しちゃいましたね……まぁ、結果的に成功かな……?」


「リリエルちゃん、幸せそう……」


 僕に抱きかかえられた放心中のリリエルちゃんを見ながら、コレットちゃんと近くに寄ってきたメアリーちゃんは言った。


 ―――こうして、僕のプレゼント大作戦は成功?に終わったのだった。


 僕は放心したリリエルちゃんをお姫様だっこで抱えて彼女を椅子に座らせる。


「ちょっとやり過ぎたかもだけど……成功して良かった……」

 僕は放心した彼女を撫でながら、そう呟いた。


「ええ、成功です」

「流石レイ様でございますね」


 が、独り言のつもりで言った言葉に聞き慣れた声で二人分の返事が返ってきた。


「!?」

 僕は全力で後ろを振り向くと、そこにはエミリアとレベッカ、それに姉さんが立っていた。


「ま、まさか三人とも……さっきの見てたの……?」

 僕は恐る恐る三人に聞いた。すると、三人は何も言わなかったが、満面の笑みを浮かべた。


 ――それはもう、これ以上ないくらい『見てました』と肯定する笑顔で……。


 その時、僕は気付いてしまった。僕がリリエルちゃんにやった行為は、誰が見ても『幼い女の子にやって良い行為』ではなかった事に……。


 その後、三人にこれでもかというくらいに『幼女』と『ロリコン』という言葉でからかわれたのは言うまでもない。

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