第584話 約束
色々トラブルこそあったが、リリエルちゃんのお誕生日会は無事終了した。リリエルちゃんはすぐに放心状態から気を取り戻し、クラスメイトの子供達と楽しそうにはしゃぎまわっていた。
「レイお兄様、今日は本当にありがとうございました♪」
子供達を先に馬車で送った後、その後、僕達も帰宅することになった。そして帰り際、馬車に乗り込もうとした直前に、リリエルちゃんが僕に向かって頭を下げて言った。
「うん、こちらこそ楽しかったよ。また機会があったら誘ってくれると嬉しいな」
「はい♪」
リリエルちゃんが可愛らしく返事をすると、隣で微笑んでいた彼女の
お母さんのララさんが言った。
「本当にありがとうございます。娘の誕生日会に来ていただいて」
「い……いえ、そんな……」
「お礼と言っては何ですがいつでも遊びに来て下さいね。
レイ先生は娘の命の恩人ですし、私個人としてもレイ先生の事を―――」
ララさんはそう言って、頬を軽く赤らめて照れた表情をする。
「(え、ちょっと待って? これ、どういう意味の反応なの!?)」
僕は突然の事で混乱してしまう。
――え、何この反応!? もしかして僕、告白されちゃうの!?
「(いやいやいや、落ち着け! まだそういう展開だと決まった訳じゃないし、そもそも相手はリリエルちゃんのお母さんだよ!?
そんな、いくら綺麗で色っぽい大人の女性だとしても―――)」
「――レイ先生の事を、頼りになる息子のように思っています。ですから、遠慮しないくださいね」
………あれ?
「む、息子……?」
「あら……もしかしてご不快でしたか? 私のようなおばさんに、いきなり息子だなんて言われたら……すみません、忘れてくださいまし」
「い、いや、別に嫌とかじゃなくて……ただびっくりしただけです。是非、また来させていただきます」
「ふふっ、それなら良かったです」
そう言いながら、嬉しそうに笑うララさん。
「……」
僕はララさんのその様子を見て……。
「(…………息子……かぁ………)」
嬉しいような、物凄く残念なような、自分でも複雑な気持ちを感じていた。
「…………」
「…………」
そして、僕の様子を見ていたエミリアとカレンさんが、無言で僕をジト目で見つめている。
「(いやいや、これは違うんだよ。ただちょっと勘違いしただけだよ!?)」
「カレン、レイは放っておいて帰りましょうか」
「ええ、随分とリリエルちゃんのお母さんにご執心なようだし、置いていきましょ」
「ちょ、ちょっと二人とも!?」
僕が慌てて声を上げるが、二人は無視して先に馬車に乗ってしまう。
「そ、それじゃあ僕も行きますね。リリエルちゃん、それにリリエルのお母さん、また会いに行きますね」
「元気でね、お兄様♪」
「はい、お待ちしております。それと……私の事は『ララ』と呼び捨てで構いませんよ。レイ先生?」
ララさんは、再び顔を朱に染めながら意味深な蠱惑的な笑みを浮かべる。
「わ、分かりました……ら……ララ……さん」
「ふふ……では、また今度……」
「は…はい……それじゃ……」
僕はそう言って、僕は複雑な感情を振り払うように馬車に乗り込んだ。
◆◆◆
「―――はぁ………」
馬車に乗り込んで、馬車がようやく動き出してから僕は、ため込んでいた息を吐く。
「(……まさか……リリエルちゃんのお母さんに変な感情を持ってしまいそうになるとは……)」
僕は先程のララさんとのやり取りを思い出して、思わず苦笑する。
「(でも、確かにあの人は魅力的で、しかも若く見えるけどとても落ち着いていて……大人の魅力の持った素敵な女性だったなぁ……)」
僕はララさんの姿を思い浮かべる。リリエルちゃんに似た金髪で、リリエルちゃんがそのまま成長したような美しい容姿の女性だった。
スタイルもカレンさんや姉さんに見劣りしないくらい女性らしさが出てて、あの人が魅力的に感じない男なんて存在しないだろう。
「あんな可愛くて綺麗な人に迫られたら、誤解しても仕方ないよね……うん……」
僕は、自分にそう言い聞かせる。
「……じー」
「ふむ………じぃー……」
「じー……じぃぃぃぃぃー♪」
「……ふーん、レイくんって子持ちの女性も守備範囲なのね」
「……ああいう人が好みなのね、レイ君」
「!?」
僕が一人納得していると、いつの間にか馬車の女の子達の視線が僕に集中していた。
「レイ様、あまり大きな声でおっしゃらない方がよろしいかと……」
「え?」
「最後の方は完全に言葉に出しちゃってましたよ、レイ」
「!?」
レベッカとエミリアに指摘されて僕は口を噤む。
「き、聞かなかったことに……」
「じぃー……」
「じぃー……」
「ふぅ~ん♪」
「(あ、これダメだ)」
結局、女の子達にからかわれまくったのは言うまでもない。
―――その後、馬車の中での会話にて。
「レイ、質問なのですが……」
「待ってエミリア、これ以上僕の何を弄る気なの? そろそろ泣くよ?」
エミリアに質問されて僕は事前に自分を盾にして予防線を張っておく。こうしないと宿に着くまで延々とネタにされかねない。
「いえ、そうではなくて……もう少しプライド持ちましょうよ……。リリエルの誕生会で思い出したのですが、もうすぐレイの誕生日じゃなかったですか?」
「え、そうだっけ?」
僕は自分の頭の中で考える。
ここしばらく魔王討伐とか臨時講師とか色々あったせいで完全に忘れていた。
「そうねぇ……こっちに転生してから異世界換算だと、あと一ヶ月くらいで丁度レイくんの誕生日じゃないかな?」
姉さんは口元に指を当てながら言った。
「そんなに経ってたんだ……そうなるとこっちに来てもう二年かな……」
僕が異世界に転生した日は誕生日の次の日だ。
その日に両親と喧嘩して道に飛び出して死んじゃったわけだけど……。
「じゃあ、僕はもうすぐ17歳か」
「レイさん17歳なんですね、私より全然年上って感じです!」
「あはは、実際年上だけどね」
サクラちゃんの言葉に思わず笑みがこぼれる。
「レイくんもいよいよ大人の仲間入りって感じかしらね。思えば冒険者になって、騎士になって、先生になって……あっという間に時間が過ぎていったわね」
姉さんは懐かしそうに目を細める。この世界に転生してまだ二年という短い歳月だというのに本当に色々な事があった。今となっては、元の世界より濃密な時間を過ごしていたとさえ感じている。
それでも、お父さんとお母さんの事を忘れることは無いけど……。
「……そうだ、それならレイ君、一ヶ月後に、私の家で誕生日パーティしましょう!」
カレンさんは、パァーっと明るい笑顔で提案した。
「カレンさんの家って王都の?」
「ううん、実家の方よ。お父様とお母様に頼んでみるわ。知り合いの貴族の人達を呼んで、『勇者レイ』の誕生日会として盛大に祝ってもらうの。楽しそうでしょ?」
「おお、それは派手ですね……」
「ふむ、レイ様の名が貴族社会にも轟くわけでございますね……」
「カレン先輩にしては珍しい提案ですねー」
「ふふ、こういう時こそ親の力を借りないとね♪」
カレンさんはサクラちゃんの言葉に機嫌良さそうに返す。
ただ、僕としてはちょっと勘弁してほしいと思う気持ちがある。
「嬉しいけど、そこまでやらなくても……」
「なによ……私の実家じゃ駄目なの……?」
カレンさんは僕の否定的な態度に頬を膨らませて不満げな表情をする。
「そんなことはないよ。僕は、皆に祝ってくれるだけで凄く嬉しい。だけど、その……そんな派手になると恥ずかしいから……それに、その日は僕にとって特別な日だから……家族水入らずで過ごしたいっていうか……」
「…………」
僕が照れくさそうに答えると、カレンさんは一瞬ポカンとした顔になり――
「……ふふ、分かったわ。レイ君。それなら、私達5人とリーサだけでレイ君の誕生日を祝ってあげるわ。そうね、場所は私の
カレンさんはそう言いながら僕にウィンクする。
「うん、ありがとうカレンさん!」
「ふふ、どういたしまして………それなら色々準備しなくちゃね……! えっとケーキの準備でしょ、プレゼントの準備、あとは飾りつけと……」
カレンさんは自分の右手の指折り数えながら呟いている。僕の誕生日の事を考えてくれているカレンさんの表情は、普段の大人びた表情と打って変わって、まるで、楽しい事を思い付いたような子供のような可愛らしい笑顔だった。
―――僕はその時、平穏な日々を過ごして誕生日を迎えられる。
―――そう、思っていたんだ……。
――――その日の深夜。
「……」
僕は、ベッドの上で眠れずに寝返りを打っている。
「……」
僕は、部屋の天井を見つめる。
「……眠れない……」
普段なら、すぐに寝つける僕だったのに、今日は何故か中々眠りに付けなかった。
僕はベッドから身体を起こして部屋の外の窓を開ける。
外を見ると、空には大きな満月が浮かんでいた。静かで綺麗な満月だった。
「……?」
だけど、何故だろう……その綺麗な満月の色が……。
―――今の僕には、一瞬、赤い血の色に見えた。
「―――ッ!?」
僕は咄嵯に自分の顔を手で覆う。
「(なんだ……? 僕は疲れてるのか……? 最近忙しかったから……)」
僕は自分にそう言い聞かせるが、胸の中の不安感が消えなかった。
―――そして、その日の夜明け前。
朝、カレンさんのお付きのメイドさんのリーサさんとサクラちゃんが慌てて宿に駆けこんできた。
「レイ様、カレンお嬢様が!!」
「か、カレン先輩が―――――!!!」
僕は二人の言葉を聞いて、宿を飛び出して、そのまま全速力でカレンさんの屋敷へと走った。
「はぁ……はぁ……はぁ……!」
僕は、息を切らせながら、カレンさんの家にたどり着く。
「……」
鍵は開いており、僕はノックもせず部屋に土足で入る。
そして、音一つしない家の中を歩き、カレンさんの部屋に入る。
そこには――
「……カレン……お姉ちゃん」
……そこには、まるで眠り姫のように、目を瞑って動かなくなったカレンさんの姿があった。
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