第662話 フライング帰宅

 無事にファストゲート大陸に帰国したレイ達。迎えが来るまで港町で休息していたレイ達だったが、突然レイが苦しみだした。


 彼と傍にいたノルンはすぐに彼の異常に気付く。レイの身体を診察すると、皮膚の上から彼の心臓が腫れ上がっていた。


 これは異常だと判断し、すぐさまレイに何があったのかノルンは彼に質問をする。しかし、レイは答えようとするが、胸を抑えて苦しそうにするばかりだ。


 ノルンはレイの心臓部にある赤い腫れを手で触って確認すると、彼が言った「覚悟して受けた」という言葉に疑問を抱く……。


「無理に話さなくていいわ……待ってて」


 ノルンは彼にそう言いながら自身の小さな両手を彼の胸に当てる。そして、「はぁー」と息を整えて呟く。彼女の手から淡い小さな光が灯り、そこから温かい気が彼に注がれていく。


 すると、彼の胸の中にあった痛みに薄らぎ、腫れも引いていく。


「……」

「……治った」


 彼女は自身の両手をレイの胸から離し、その両手を見る。彼女の両手は、小さく火傷の痕のようなものが出来ておりうっすらと赤く腫れていた。


「ノルン、今、何をしたの?」


「貴方の感じてた痛みの原因を一時的に私に移した。……でも変な感じね、もし呪いそのものなら移し替えた私にもダメージが行くはずなのだけど……」


 ノルンは自身の赤く染まった手を見つめて不思議そうに首を傾げる。

 その赤く染まった手も、数秒後に消えていった。


「……これは、痛みの大元は貴方自身じゃないわね」

 ノルンはレイに真剣な目を向ける。


「貴方は何か、重大な隠し事をしているのね?」

「……うん」


 彼女は真剣な顔で聞いてくるが、僕は俯きながら頷くことしか出来なかった。


「……話してよ。私は貴方の事なら何でも手助けしてあげる」


 ノルンはそう言って僕の両手を握ってくれる。そんな彼女の優しさに甘えるように……僕はポツリポツリと言葉を出す。


「カレンさんの呪いを解くために旅をしてるってのは前に言ったよね」

「ええ、それらしいことは言ってたわね」


 僕は乱れた服を正しながら彼女の問いに答える。


「その呪いはずっと前からカレンさんの身体を蝕んでたんだ。一度カレンさんが目覚めてからはエミリアが作った薬のお陰で症状を抑えていたんだけどそれも効かなくなって……。だから、僕はある人に彼女の呪いを分散する方法を教えてもらったんだ」


「分散……ってまさか、貴方、その人の呪いを自分の中に移したの!?」

 

 ノルンは目を丸くして僕に詰め寄る。


「うん、でも全部じゃない。呪いの大元は彼女に掛かったまま。あくまで僕がやった方法は一時凌ぎだ」


「……無茶な事をするわね」


「そうしないと、カレンさんの命が危なかったから。でも僕一人だけで抑えてるわけじゃなくて、ウィンドとリーサって人にも受け持ってもらってる。なにより、ミリク様のお陰で緩和されてるから今まで保ててたんだと思う」


「……ミリク? ……確か、そんな名前、何処かで聞いたような……」

 ノルンは首を傾げて思い出そうとする。すると、ノルンの目がカッと見開いて僕を凝視する。


「まさか、二大女神の……!?」


「うん……大地の女神ミリク様……そういえば言ってなかったね」


「なるほど……あなたが【勇者】だという時点で、神様と関わりがあることに気付くべきだったわ」


 ノルンはその考えに至れなかった自分を恥じるように、自身の頭を小さく叩く。


「理由は分かったわ。今の貴方の苦しみようから察するに、あまり時間が無さそうね。すぐにでもここを出て王都に帰りましょう」


「でも、迎えがまだ来ないみたいだし……」


「それを待ってる時間もないわ。すぐに仲間の所に戻って、王都に向かうわよ」


 ノルンは僕の返事を聞かずに立ち上がって僕の手を取って皆の所に歩き出す。僕は、心配する彼女に感謝しながら早足で彼女に付いていくのだった。


 そして、僕達は事情を伏せて仲間に急いで王都に向かうことを伝える。


「……分かりました。カレンの事も心配ですし、早く行きましょう」


「ですです、大好きな先輩の所へ行って身体を拭いてあげないとですねー。あ、レイさんは脱がしてる所見ちゃダメですよ♪」

「うん、分かった」


 僕が急に急ぎ始めた事に、仲間達は不思議そうにしていたが全員受け入れてくれた。しかし、姉さんだけは僕をじっと見つめて何も言わなかった。以前に事情を話していたこともあり、もしかしたら察してくれたのかもしれない。


 最後に遅れて戻ってきたセレナさんは、何故か満足げな表情をしていた。


「セレナさん、なんか機嫌良さそうですね……」


「え、そう? ちょっと副業が上手くいってね」


「副業……?」


「あ、えーと、占いよ」


「……」


 怪しい……。何故か目が泳いでるし……。しかし、追及してる時間は無かったので、僕は彼女にも事情を話して了解を取った。


 僕達は港町を出てから数分してから、ルナに<竜化>をしてもらう。


「ごめんね、ルナ」


『ううん。気にしないで、サクライくん』


 ドラゴンになったルナは、僕の無茶な要望を聞き入れてくれた。

 僕達は七人はルナの背中に乗って王都に向かって空を翔る。


『うぐぐ……重い………』

「だ、大丈夫……?」


 流石に七人は定員オーバーだったようだ。雷龍の時と比べるとルナは以前よりも小柄なドラゴンとなっているため余計に辛いだろう。


『あ、う……うん……』


 ルナは辛そうな声を上げながらも必死に僕らを乗せて飛んでいく。


「ごめんね……」

 僕は皆を乗せた事で苦しそうにするルナに謝るしかなかった。それからスローペースで空を飛んで王都を目指すルナだったが、三十分ほど進んだ所でレベッカが何かに気付く。



「レイ様、地上で王宮の兵士と思われる方々と大きな馬車が港の方に向けて走っておられます」


 レベッカは地上を指差しながら話す。僕はレベッカの言葉で地上を見下ろす。そこには、白い鎧を身に纏った騎士の男性と複数の兵士たちが、馬に乗って馬車を引いていた。


「もしかして、私達を迎えに来てくれた人かしら?」

「そうかも」


 姉さんの推測に僕は同意する。しかし、それなら緑の魔道士のウィンドさんがいるはずなのだが、ここからは彼女の姿が見えない。馬車の中だろうか。


「ルナ、あの馬車の所に降りてくれるかな?」

『うん』


 ルナはドラゴンの首をコクンと動かし、緩やかに旋回しながら地上に降りていく。


 そして、地上に降りた僕達は馬車の所まで走って行く。

 すると兵士の中に見知った顔があった。


「おう、お前ら帰ったか!」

 白い鎧を身に纏っていた騎士は、自由騎士団の団長のアルフォンスさんだった。


「団長、お久しぶりです」


 僕は久しぶりに会った団長さんに挨拶をする。以前、御前試合で負った両腕の怪我も治ったらしく、彼はしっかり馬の手綱を引いてこちらに向かってくる。


「ウィンドさんは?」

「その事なんだが、トラブルがあった」


 アルフォンス団長は、少し焦ったような口調で言う。


「お前達に連絡を受けてアイツが迎えに来る予定だったんだが……体調崩したみてぇで、今、病院で治療を受けてる」


「!!!」

 その言葉を聞いて、僕は嫌な予感がした。


「え、師匠がですか? 団長、大丈夫なんですか?」

 ウィンドさんと関わりが強いサクラちゃんが心配そうに質問する。


「分かんねぇな……俺も詳しい事は知らねえからよ。まぁ、アイツが動けないって事で俺がお前らを代わりに迎えに来たってわけだ」


「……そうですか」

 僕達はそれを聞いて、神妙な面持ちを浮かべる。


「(……まさか、ウィンドさんまで?)」


 ウィンドさんも、僕と同じように<半身反魂術>という術で呪いの一部を負担している。先程、自分も胸が突然苦しくなったことを考えると、彼女の身にも何かあったのかもしれない。


 僕はそんな嫌な考えが頭を過る。


「随分心配そうな顔してんな?」

「……ちょっと、思い当たることが……」


 僕は団長の言葉に曖昧に答える。


「まぁ、とりあえず王都まで戻ろうぜ。お前らの帰還を祝って陛下が宴でもしようかと言ってたぞ。この後の景気付けって意図もあるらしいが」


「わー、それは楽しみですー♪」

 サクラちゃんは団長の話に嬉しそうに反応を示す。だが、僕はそんな乗り気にはなれなくて……。


「……サクラちゃん、ここから先は皆と馬車で王都に戻ってくれない?」

「えっ?」


 僕は振り向いて後ろに居る仲間達にも言った。


「ちょっと、急ぎの用事で僕だけルナと一緒に王都に急ぐよ。サクラちゃんと皆は団長の馬車に乗せて貰って先に王都に帰ってて」


「えー、何でですか!?」


「ちょっと説明に困るんだけど、お願い」


 僕は、皆にそう言って説得を試みる。すると、姉さんはため息を吐きながら言った。


「……はぁ。ま、レイくんの頼みなら仕方ないわね。サクラちゃん、ちょっと帰りが遅れるくらいなんだから我慢しましょう」


「……うー」


 サクラちゃんは不満そうに頬を膨らませる。


「ごめんね。この埋め合わせは何処かでするから……」


「んー、じゃあ今度ご飯奢りで」


「オッケー」


「あ、私も良いかしら?」


 サクラちゃんに続いて姉さんも便乗する。


「うん、勿論」


 僕がそう答えると、ノルンは僕に顔を寄せて小声で言う。


「ノルン、一緒に来て」

「私? ………あ、もしかして」


 ノルンは自分だけ指名されたことに疑問を感じたようだが、すぐに思い立ったようだ。


「じゃあ、僕はノルンと一緒に先に帰るよ。ルナ、お願い」


 僕はルナの隣まで歩いて彼女の頭を軽く撫でる。


『うん。二人だけならさっきよりも断然早く着くよ』


 そう言ってルナは羽をパタパタと動かす。僕とノルンは彼女の背中に乗って、ルナは再び羽を大きく広げて空に飛びあがる。


「皆、気を付けてね」

 後ろ髪を引かれる気持ちで、僕は皆に手を振って、そのまま王都へ向かった。

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