第661話 ノルンちゃん大胆
【視点:レイ】
それから三日後、僕達は予定の日程で通りに帰国することが出来た。
「送って頂いてありがとうございました」
「とても乗り心地が良くて快適な旅でしたわ。食事も美味しくて何度でも食べたくなるくらい」
僕達は、船と一緒にフォレス王国から送ってくれた船員の方々に礼を言う。彼らは、仕事だからと謙遜したが、それでも僕達は感謝の気持ちを伝えた。彼らはこの後、しばらくこっちで休暇を楽しみながら帰国するという。
「じゃあ、またいつか」
「今度は観光でフォレス王国に行ってみたいわねー」
僕達は船員さん達に手を振って別れる。彼らは元気よく返事をして去っていった。そして、僕達は改めて港から見える街を眺める。
「ここがレイ達の住む土地なのね……」
小さな体のノルンは興味深そうに街を見ている。
「私にとっては久しぶりかしらね」
エミリアの姉セレナさんは、国を出てから1年以上経過しており1度も帰っていないらしく、懐かしそうにその光景を見つめる。
僕達は、そんな二人の様子を横目で見ながら今後の相談をする。
「エミリア様。この後、イディアルシークに戻るわけでございますが、迎えの方は?」
レベッカは、エミリアにこの後の事を尋ねる。
「私達が帰るということは通信魔法で連絡済みです。帰国したら食事でも摂って待っていてほしいと彼女は言ってました」
彼女とは、グラン陛下のお付き王宮魔道士のウィンドさんの事だ。
「なら、折角の港町ですし、海鮮料理でも食べにいく?」
「あ、わたしもお腹空いちゃいましたー」
「サクライくん、ここの料理店って美味しいデザートとか出るかな?」
「うん、あると思うよ」
以前に寄った時に、それらしいメニューがあったはず。僕がそう答えるとルナは、嬉しそうな表情をして、再び女の子の会話に加わる。
「楽しそうだなぁ……」
僕は食事の事でキャッキャする女の子達を横目で見て呟く。特に、ルナは最近まで人間に変身出来なかったから、人として食事が出来るのが嬉しいのだろう。
僕としてはすぐにでも帰ってノルンにカレンさんを治してほしいところだけど、あまり切羽詰まった様子を彼女達に見せるわけにはいかない。ウィンドさんはまだこっちに到着してないようだし、ここは彼女達の行きたい場所に付き合ってあげよう。
「……じゃ、疲れてるだろうし、何処かに食べに行こうか」
僕がそう言うと、彼女達は喜んで賛同する。こうして僕達は、ウィンドさんが到着するまで港町で食事を採りながら時間を潰すことにした。
◆
それから1時間半ほど経過し、僕達は港の海鮮料理に舌鼓を打つ。そして食事を終えると女の子達は、デザートを注文してからお喋りを始めて時間を過ごす。
「……?」
僕は軽く胸を抑える。気のせいだろうか……微かに胸が……。
「レイくんも何か食べる?」
「……いや、僕は良いよ。姉さん達はゆっくりしてて。僕はちょっと風に当たってくるから」
そう言って、僕は席を立つ。
と、そこでセレナさんとノルンの姿が無いことに気付いた。
「あれ、セレナさんは?」
僕は座っていたエミリアに質問する。
「ああ、セレナ姉なら、副業がどうの言って外に出ていきましたよ」
「副業? 占いかな?」
「さぁ?」
どうやら妹のエミリアもよく知らないようだ。船内でよく分からない事をしてたみたいだし、何か変な問題を起こさなければいいんだけど……。
「じゃあノルンは?」
「ノルンは……」
と、エミリアが言い掛けると、店の入り口の隣のお手洗いからノルンがこっちに歩いてくるのが見えた。
「私に何か用?」
僕とエミリアがそちらを見てると、こっちに気付いたノルンが早足で向かってきた。
「ノルンの姿が見えないと思って」と僕が答えると、「ああ、そういうこと」と、ノルンは納得したように頷く。
「それじゃあ安心したところで、僕は外に行くよ」
「何処かに行くの?」
「ちょっと外で風に当たってくるだけだよ」
「じゃあ、お供させてもらうわ」
ノルンは僕の誘いに頷いて、空いている僕の左手を握る。
「ノルン……」
「何よ、私と行くのは嫌なの?」
ノルンはジト目で僕を睨む。
「……分かったよ。じゃあ皆、ちょっと行ってくるね」
僕は皆に視線を移して声を掛ける。
「いってらっしゃーい」
「外は意外と涼しいようなので、お風邪を引かぬよう気を付けてくださいまし」
「ロリっ子とデート……いえ、何でもないです」
「気を付けてね、二人とも」
僕はノルンは、仲間達に見送られて二人で店を出た。
◆◆◆
店を出た僕とノルンは、お昼の港町を歩く。この辺りに来ると港の風景が一望できる。久々に感じる港の風と潮の匂いを嗅ぎながら、僕達は街の広場に向かう。
「森の中で感じる風も気持ちいいけど、海から吹き付ける潮風も良いものね……」
ノルンは広場のベンチに座って、風に髪を靡かせる。僕も彼女の隣に座って同意した。それからしばらく、僕はノルンと一緒に港の風景を見ながら過ごす。
「……ねぇ、レイ」
「ん?」
「こうしてると恋人っぽくないかしら」
「いや、傍から見たらどうみても兄と妹だと思う」
「……」
「……」
僕の返答にノルンは無言で僕を睨み、僕はそんなノルンの視線を受け流す。
「貴方、割と雰囲気ぶち壊すわよね……」
「謝るからそんな睨まないでよ……」
僕は、ただえさえジト目で眼つきが鋭いノルンの睨み付ける攻撃を受けて冷や汗を掻く。
「……まぁ今のは冗談だけども」
しかし、ノルンの圧はすぐに消えてサラッと流す。
「冗談なんだ……」
「そうよ。あなたが不安に感じてそうだったから、ちょっと和ませてあげようかと思ったの」
「……不安そう?」
僕は胸の疼きを抑えて、彼女の言葉を聞き返す。
「ええ、食事中も心ここにあらずって感じだったわ。何か考え事してたんでしょ?」
「……よく分かるね」
僕は手で胸を抑えながら彼女の言葉を肯定する。
「……やっぱり、そのカレンって人の事かしら?」
「……うん」
僕は軽く笑みを浮かべながら頷く。
「こっちの王都に居るのよね。彼女に早く行きたいんでしょう?」
「まぁ……ね……」
僕はたどたどしく答える。
「……? もしかして、他にも何かあるの?」
「あ、いや……」
僕は彼女の言葉を否定し、誤魔化そうとするのだが――
――ドクン、ドクン
「………っ!!!」
突然感じた胸の苦しみで僕は自分の胸を手で強く抑える。
「ど、どうしたの……?」
「……なんでもない………なんでもないよ……」
僕は平静を装ってノルンに笑顔を見せる。
「……なんでもない、ように見えないけど」
「……っ」
「私に……いえ、私達には言えないこと?」
「……」
僕は何も言えず黙り込む。が、そんな僕をノルンは自分の手を僕の顔にやって彼女の方に向かせる。
「……レイ、貴方、何か隠してるわね。わざわざ外に出たのも理由があるんでしょ?」
ノルンは僕を正面に向かせて真剣な顔で言った。
「さっき胸を抑えてたでしょう? 胸が痛むの?」
「……それは」
僕は、彼女から顔から顔を背けながら答える。
「胸が痛むのね?」
彼女は、僕の目を見ながら強く言う。
「……何も言わないなら、私にも考えがあるわ」
そういいながら、ノルンは僕の身に付けている上半身の胸当てを固定しているベルトを取り外し、僕の上着を脱がし始める。
「ちょ、ノルン!?」
僕は慌てて彼女の手を止めようとするが、ノルンは止まらずに服の内側にあるシャツのボタンを外して僕の胸元をはだけさせる。そして見えた僕の胸に、彼女は一瞬顔を歪める。
「……これは」
「……」
彼女の言葉に、僕は何も答えずに自身のはだけた胸に視線を向ける。
僕の胸元……その心臓部の辺りが、赤く腫れあがっていた。
「……レイ、貴方……」
彼女の問い掛けに、僕は何も答えずに黙り込む。
「……確かカレンって人は、『魔王の呪いを受けた』って言ってたわよね。悪魔が対象に呪いを掛ける時、心臓を狙って負のオーラを注ぐと聞いたことが……まさか、貴方まで呪われて……」
「……っ。違うんだよ、ノルン。これは、僕が覚悟して………っ」
「……どういうこと?」
ノルンは、僕の胸に手を当てながら僕の言葉に疑問を抱く。
僕は胸の苦しみを手で押さえながら息を整えるのが精一杯だった。
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