第294話 エミリア、ご乱心

 ―――そして、何やかんやで5階―――


 5階までたどり着くとそこそこの広さの大きな部屋が一つだけあった。

 行き止まりだろうか? と思ったのだが、受付さんの話を思い出しボク達は相談することにした。


「ここで間違いないはずだよね」

「ええ、多分通過儀礼的な感じで何か起こるはずですよ」

 受付さんの話では、5階まで辿り着くと人によって異なる試験内容が始まるらしい。最初にここに来ると必ず合格しないと先に進むことが出来ないと聞いている。


「では、少し待ちましょうか」

「うん」

 ボク達は壁の隅っこまで歩いて、そこで腰を下ろした。


「そういえば、さっきからずっと気になってたんだけど……」

「どうしました?」

「ここの壁、妙にツルツルしてるなーと思って。土とか岩じゃないよね?」

「違いますね」

 エミリアは杖を構えて、地面に軽く魔力を流し込む。魔力を流し込むと壁が不思議と発光し、そして何事も無かったかのように元に戻った。


「……今のは?」

「よく分かりませんが、魔力を原動力としてこの塔を形成してるみたいですね。

 明らかに人間が作れるような技術では無いと思いますが……不思議と魔法使いでも理解できそうな魔力構造な気もします。

 ……何だろ。壁の中に魔石を埋め込んで、そこに魔力を蓄えてるとか……?」


 エミリアはぶつぶつ言いながら自身の意識へ没頭し始めた。

 こうなると暫く戻ってこないので放置しておくことにする。


「……お腹空いた」

 そう言えば、朝ごはんを食べてから結構時間が経っていた。


「なんか食べたいけど、鞄の中は何も無いんだよねぇ……」

 鞄の中をゴソゴソと探っても何も出てこない。

 特にやることもないので、エミリアと一緒に座って待っているときに思い出したことがあった。


「そうだ、エミリア。ボクが元の性別に戻る方法、何か考えてなかったっけ?」

「え゛……あ、あー……そんなこともありましたね」


 思案していたエミリアはボクの質問でいきなり歯切れの悪い態度になった。

 これは、結局思いつかなかったという事なんだろうか?ボク自身も何も思いつかなったので、エミリアが何も思いつかなくても仕方ないんだけどね。


「いや、何でもない。ボク自身の問題だし人任せにするのもおかしいよね」

 それに戻りたくないってわけでは無いけど、少しずつ女の子の自分も受け入れられてきた。どういうわけか以前ほど嫌悪感を感じない。


 なので、今すぐに戻れなくても大丈夫と考えている。

 それをエミリアに伝えると、


「……そう、ですか」

 エミリアは、深刻な顔をして俯いた。


「???」

 何故だろう。こんな表情をされるとは思わなかった。ボクは心配させないように言ってるのだけど、それがかえっていけないのかもしれない。


 言い方が悪かったのかも?

 そう思い、ボクは違う言い方を考えてたのだが、

 エミリアは、俯いたまま呟くように言った。


「……実は思い付いたことはあるんですよ。

 いざ実行に移すのは私にとって勇気がいるので言えなかったのですが……」


「え? じゃあ、戻る方法を考えてくれてたんだ」

「……レイがすぐにでも戻りたいというのであれば、一肌脱ぎますよ」

 エミリアは何故かボクから視線を外すと、頬を赤く染めていた。


 今すぐどうにか戻りたいって気分ではないけど、

 ここまで言ってくれるんだから素直に受け入れてみよう。


「……やってみます?」

「う、うん」

 ボクは何故か顔を赤らめているエミリアに困惑しながらエミリアの言葉に頷く。


「……ふぅ、では行きますね」

 そう言って、ボクは期待半分、不安半分で彼女の次の言葉を待った。


 エミリアはとんがり帽子を外し、床に置く。

 すると、彼女はゆっくりと立ち上がってこちらに近付いてきた。

 そして――


「えい!」

「ひゃあっ!?」


 掛け声と共にエミリアはボクに圧し掛かってくる。

 そして、エミリアに押し倒される形でボクは、仰向けに倒れてしまった。


「ちょ、ちょっと! エミリア何を……」

 突然の出来事に驚いて声を上げると、上から覆いかぶさってきた彼女が、


「……ふふ、隙だらけですよ」

 エミリアは普段の彼女にしては妙に固い表情で耳元に囁くように言った。


「エ、エミリア?」

 感情を無理矢理抑えたような表情をしてるエミリアに戸惑うが……。


 エミリアは、ボクに向かって魔法を使用する。


「――我が影に入るものを繋ぎ止めよ……<影縛り>シャドウバインド


 言葉と同時にボクのお尻から首筋にかけてゾワリとした感覚が走った。

 まるで全身の力が抜けていくかのような不思議な感触。

 そして、徐々に身体が重くなっていく。


「え、エミリア、一体何をしたの……? 急に体が動かな――」


影縛りシャドウバインド……私が見習いの時に習得していた魔法です。

 久しぶりに使ったので上手く行くか心配でしたが、本番にここまで見事に成功するとは、流石私ですね」


 エミリアは、さっきに比べて硬い表情ではなくなっていた。

 しかし魔法は維持したままで、相変わらずボクの身体は全く動かない。

 ボクの身体を縛ってエミリアが何をしたいのかもさっぱり分からない。


「ぼ、ボクをどうするつもり?」

 目の前のエミリアは偽物でも何でもない。仲間であるエミリアだ。

 当然、突然味方に攻撃するような非道な人間では無い。故にボクは混乱して、その気になれば抵抗出来る魔法なのに抵抗することが出来なかった。


「簡単な話です。レイが男であるということを私がわからせてあげます」

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