第295話 理性の境界

「レイが男であるということを私がわからせてあげます」

 エミリアは顔を真っ赤にして仁王立ちしながらそんな意味不明な事を言った。


「……はい?」

「……聞こえませんでしたか? レイの事を男にしてあげると言ってるんです」

 エミリアはそう言うと杖を片手に持ち替えて帽子を床に置き、もう片方の手で自分の服に手を掛け始めた。


「え……ええぇぇ……!!」

 突然服を脱ぎ始めたエミリアの奇行にボクは驚き、見る見るうちに上着とスカートを脱いで……。


「ど、どうですか……?」

 エミリアは今までに見たことないくらい顔を真っ赤にして、今まで見せたことの無かったような色っぽい上下の黒いレースの布地を身に纏っている。

 ボクは、初めて見た女性のあられもない姿に思わず目を奪われてしまう。


 彼女はボクよりも年下でまだ15歳にも関わらず、胸も平均以上に大きく下半身も程よく肉が付いており、女性である今の自分から見ても十分に魅力的な身体に思えた。


 しかし、性的な興奮という意味ではそこまででは無かった。

 やはり今のボクは女の子だという事なのだろうか。


「なんでそんな格好を……」

 ボクが戸惑いながら聞くと、

 エミリアは恥ずかしそうに俯きながらも答えてくれた。


「……レイは、女の姿になってから私の事以前ほど好意を持ってくれて無さそうに見えて……って、違う。そうじゃないんです!!」

 エミリアは本音らしき言葉を漏らしたが、次の瞬間に強く否定して言った。


「と、とにかく、覚悟しててくださいね!!」

「ええ!? そ、それってどういう……」

 エミリアは有無を言わさず、身動きの取れないボクの肩を掴み、そのまま軽鎧を外していく。そして、薄着になったボクの布の服を剥ぎ取り、ボクも同じような姿に晒されてしまった。


「わ、私と同じくらい大きいじゃないですか!! どういう事ですか!!」


「いや、そんなこと言われても……」

 少なくとも、女の子になったばかりの頃は今より胸が薄かったと思う。だけど、時間が経つごとに女性っぽい身体に変化していき、今ではそれなりの大きさになっていた。

 大きさのサイズで言えば年齢化から考えても平均以上なのは間違いない。エミリアもほぼ同じか、ボクよりも若干程度小さいかもしれない。


「く……女のとしての威厳が……。

 いや、負けるなエミリア、頑張れエミリア、私は可愛い、私は美少女、私はテクニシャン……!!」


「え、エミリア?」

 どうやらエミリアもこの状況にテンパっているらしい。

 後半何を言ってるのかもう分からない。というかキャラ崩壊してる。


「よし、大丈夫。きっと何とかなります」

 何となく不安になるエミリアの呟きだったが、何かを決意したようで真剣な表情を浮かべると、


「レイ、失礼しますね」

「う、うん」

 エミリアは、顔をボクの顔の僅か5センチくらいの距離まで近づかせ、


「……っ!」「!?!?」


 そのままエミリアの方から口づけをされてしまった。

 数秒の間、唇が重なり合い、今度はエミリアがボクに覆いかぶさり、ボクの身体にエミリアの柔らかい部分とハリのある太ももが当たる。

 ボクの下腹部にエミリアの柔らかで少し大きなお尻が当たり、ボクは今は無いはずのモノが隆起してくるような錯覚に襲われる。


 そしてお互い色々限界が来たところで顔と顔が離れる。

 そこでようやくボクとエミリアは満足に息が出来るようになった。


「……え、エミリア……や、ヤバいよ……や、やめよ?」

 必死で理性を保とうとするが、それでも限界が近い。

 体の中の何かが熱く滾っている。このままだと自分がどうなるか分からない。


「ダメです……私だって、覚悟を決めてやってるんですから……」

 エミリアは真っ赤にしながらも、その様子はまるで戦場で戦う猛者のような強い目をしている。彼女が何を想ってこのような行動に出たのか分からないけど、今のボクはその勢いに抗えない。


 それに、ボクは今エミリアの魔法が掛かっている。

 だから動けなくても仕方ない……。そう、自分を騙して言い訳を考える。


 ――が、


「(だ、駄目だ……でも、エミリアの魔法でボクの身体は……って)」


 いつの間にか影縛りシャドウバインドの魔法が解けていたことに気付く。

 どうやら、エミリアも行為に夢中で流石に魔法に意識を向ける余裕が無かったようだ。


「(あ、あれ、動ける……?)」

 これなら、その気になればエミリアを押し倒して逃げ出すことが出来る。

 いくら女の子になってるとはいえ、戦士であるボクと魔法使いのエミリアでは力の差がある。

 そう、出来る。……のだけど、ボクはその行動を取ることが出来なかった。


 あまりにもエミリアが愛おしく感じた。

 さっきまで薄れていた感情が唐突に戻ってきたようだ。


 ボクが感じた瞬間に、それ以外にも変化があった。


 ――不思議と、胸のつかえが無くなった気がする。


 ――頭が少し軽くなって、身体に力が漲ってきたように思えた。


 ――以前よりも、何故かエミリアが小さく見えた。


「レイ……」

 エミリアは僕の名前を呼ぶと、再び顔を近づけて来る。

 はそれを拒もうと思えば拒めたのに、は受け入れ再びキスをする。エミリアの黒い布地の上から彼女の柔らかな双丘を風で吹くように優しく撫でる。


「ちょ、ちょっ……あっ……! って、なんで動けるんですか……!!」

 僕の思わぬ反撃にエミリアは声を上げながらも、ハッとして我に返ったように慌てて僕から離れようとする。僕は離れようとする彼女の腕を掴みこちらに引き寄せ、今度は僕がエミリアを押し倒す。


「エミリア……好きだよ……」

 それだけ言って彼女を抱きしめる。


「レイ……」

 エミリアの蕩けたような表情と潤んだ眼がボクを見つめる。

 その様子にますます興奮してしまった僕は、そのままエミリアの双丘の布地に手を掛けようとしたところで、


「……いい加減にしやがれです!!!」

 エミリアの目がカッと見開かれ、エミリアの右足が弾かれたかのように僕の足と足の間の又を目掛けて飛んでくる。


「ぐふぉっ!?」

 ボクは咄嵯に手でガードしようとしたが間に合わず、そのまま又の間に蹴りが入り悶絶する。


「な……なんで……」

 ボクは下腹部のあまりの痛みにそのまま後ろに倒れ、無様にも股間を抑えながらうずくまってしまった。その間に、エミリアは立ち上がり自分の乱れた服装を正した。


 エミリアは床に置かれていたとんがり帽子を被る。

 そして、こちらに歩いてきた。僕が股間を抑えて涙目になっている姿をクスッと笑い、僕の頭のすぐ傍にしゃがみ込んだ。しゃがみ込んだエミリアは今でも顔を紅潮させて目に涙を溜めていたが、怒ってはいなかった。


「すいません、咄嗟だったので……大丈夫ですか?」

 心配そうな表情でエミリアが僕を見つめる。


「ひ、酷いよ、エミリア……あんなに強く蹴らなくても……」

「酷いのはレイですよ。私、そこまでさせるつもりなかったんですからね。だけど、上手くいって良かったです」


「う、上手く……?」

「ええ……。レイ、私はそんなに力を入れて蹴ったつもりはありませんよ。

 レイが女の子だったら痛みはあったとしてもそこまで悶絶するほどではないです。つまり?」

「つ、つまり……?」


 エミリアは何が言いたいのか分からない。

 強く蹴ろうが蹴るまいが、男の下腹部にはほぼ剥き出しになってる内臓の器官があるのだ。

 そこを蹴られたら多分屈強な人でもこうなってしまうだろう。


 ……?


 男の、下腹部には?

 あれ? 今のボクって、女の子だったはずなのに……。


「レイ、自分が今手で押さえてる場所を見てください」

 さっきより冷静な言葉と声色になったエミリアの声に従って、エミリアの指さす場所を目で追った。

 その場所は、僕が手で押さえてた下腹部の中心だ。


 そこにはさっきまでツルツルだったのに、

 下着の上から若干膨らみのようなものが隆起していた。


「え……嘘……なんで……!?」

 ボクは恥ずかしさのあまりまた下腹部を手で覆って隠す。


 それだけじゃない。

 気が付かないうちに上半身の胸元が萎んでおり、

 身長も肩幅の広さも男の時と同じくらいに戻っていた。

 いつの間にか、僕は男の子に戻っていたようだ。


「やっぱり、予想通りですね……」

 エミリアは立ち上がると、呆然としているボクに手を差し伸べてくれた。


「レイ、脱がした服を着てください。私も今のレイを直視できません」

 エミリアは僕の着用していた衣服を手に持ち、こちらに差し出した。彼女は顔を赤らめて僕を見ないように服を持った手だけこちらに突き出している。


「ご、ごめんっ!!」

 エミリアの持ってきた僕の服を受け取り、

 すぐにエミリアの視界に入らない場所に移動してから服を着直した。


 その後、下腹部に回復魔法を使用。

 痛みが完全に消えたところでエミリアから声が掛かる。


「もう大丈夫ですか?」

「う、うん……。ご、ごめんエミリア。僕、エミリアに酷いことしようとしてしまって……」


 回復魔法を使用している間、自分は冷静に自分の行動を思い返していた。

 僕が彼女に対してやろうとしたことはあまりにも酷かった。


「謝らないでください。元はといえば、私が先に手を出した形でしたから。それに……レイなら別に嫌じゃ無かったですし……むしろ嬉しかったというか……」


 エミリアの言葉を聞いて、お互いに顔を赤らめる。


「(うぅ……エミリア、可愛い……)」

「(は、恥ずかしい……言っちゃった……)」


 お互いに恥ずかしくなって、顔を合わせずにしばらく無言の時間が続いた。それでも、時間が経てば冷静さを取り戻せるようで、僕はいくつかの疑問をエミリアにぶつけてみた。


「結局……なんで僕は男に戻れたのかな?」


「レイは魔法の薬によって、身体のホルモンが滅茶苦茶な配分になって女の子になってしまったというのは理解してますか?」


「うん……それはウィンドさんから聞いた」

「結構です。ただ、それはあくまで投与された薬で変化した部分でしかありません。本来なら1~2日あればホルモンのバランスはすぐに戻って元の姿に戻れたのですが、厄介なことにこれはウィンドさんの魔法が付与されていました。

 それにより精神の方も同じように乱されてしまい、自身の性別認識が曖昧になりかけて薬の効果が切れたにも関わらず、女の子の状態を維持していたのです」


「えっと……つまりどういう事……?」


「簡単に言えば、レイは『自分が男であること』を強く認識する状況に直面することで、自身が『男』であるという事を完全に確定させることが出来て、魔法の効果が完全に切れて戻れたわけです」

「な、なるほど?」

 僕の返事を聞いて、エミリアは深いため息を吐いた。


「はぁ……ここ最近、レイがカレンに対して妙に気安く甘えるようになったり、

 私に胸を押し当てられた時にガッカリしてたのを見た時、これはヤバいと思ったんですよ。もしかして、身体だけじゃなくて精神の方も女の子になりかけてるんじゃないかと……」


「………」

 自覚が薄れてたけど、その通りだった。


「でも、まぁそれは過ぎた話です。こうして元のレイが戻ってきてくれて私は嬉しいですよ」

「うん」

「……ですが、その」

 彼女は一度言葉を区切る。

 エミリアは頬を赤く染めたままこちらをジッと見つめてきた。


「レイ、今回の私の行動の理由が分かりますか?」

「えっ……?」

 

 エミリアの行動の理由。

 何故いきなりあんな僕を誘うような行動を起こしてきたのか?

 それは、僕の精神を男に引き戻させるためだ。

 

「……あ」

 だけど、それだけじゃない。

 それだけの為に、エミリアはここまではしないだろう。

 もっと他にやりようがあったはずだ。


 だけど敢えてあんなやり方をした理由があるとすれば、

 僕の自惚れかもしれないけど、それは……。


「……良かった。察してくれたんですね。

 それでですけど、その……えっと………男の子に戻れて良かったです」


「うん……」

 それが彼女が言いたいことじゃないのは今の僕でも分かる。


「……」

「……」

 お互い、また黙り込んでしまう。

 そして、数秒の沈黙の末に、お互いが同時に想いを口にしようとしたとき……。


「―――この神聖な場所で淫らな行為を行う者が出てくるとは」


「!?」

「ひえっ!?」


 誰もいなかったと思ってた場所で、第三者の固い声が周囲に響いた。

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