第296話 守護者
「―――この神聖な場所で淫らな行為を行う者が出てくるとは」
「!?」「ひえっ!?」
誰もいなかったと思ってた場所で、第三者の固い声が周囲に響いた。
僕たちが声のした方を見ると、そこには武装した一人の男性が立っていた。
「ぼ、冒険者さん!?」
「わわ、私達の今やってたことを覗いてたんですか!?」
僕たちが動揺して、彼を非難すると、
「違う!! 覗いてなどおらぬわ!!」
彼はクールな見た目に反して激怒した。
それに怯んだ僕たちを見て、男の人はコホンと咳ばらいをし……。
「……ここは霧の塔、そして我はこの塔の守護者である」
と、そう名乗った。
「え……霧の塔の……?」
「塔の……?」
僕たちは彼の言葉に困惑する。
霧の塔の守護者と名乗った男性は、僕たちの反応に満足したようにフッと鼻を鳴らした。
「そうだ。霧の塔に入るものに私は毎回テストを行っている。
我の名はミッド。この塔の管理者代行であり、選定する者でもある」
そう言いながらミッドと名乗った彼は僕たちと一定の距離を取り、鞘から剣を構えた。
「あなたが女神イリスティリア……というわけでは無いですよね?」
エミリアは疑問を口にした。当然そんなわけはない。
ただ、この塔の管理者という言葉を聞いて関連性を疑ったのだろう。
しかし、男はその言葉を聞いて目を見開いた。
まさかそんなことを訊かれるとは思わなかったのだろう。
多少動揺があるようだが、彼はあくまで冷静に言った。
「……我が女神に見えるか?」
男の言葉に、僕たちは即座に首を横に振る。
「見えません」
「どうみても男の人だもんね……」
だけどこの塔の創設者が女神であるとするなら、
『管理者代行』という肩書きを持つ彼と女神は関わりがあってもおかしくない。
「しかし、この塔でその名を呟くとは何か知っているのか?」
知っているといえば知っている。
この塔はサクラちゃんが女神から啓示を受けたことは既に聞いているのだ。だからこそ、目の前の彼が管理人だと聞いて女神に通ずる存在だと予想した。
「まぁ……知っている、かな?
僕も似たようなダンジョンで話を聞いたことがあるし」
思い出すのはエニーサイドのダンジョン。そこでは、通常では考えられない構造の迷宮と、その奥にはこの世界の女神様が待ち受けていた。ここも似た雰囲気がある。
「……まさか」
ミッドと名乗った男は何かに勘付いたのか。
彼は僕に剣を向けて言った。
「普通の冒険者だろうと思い、
軽く手ほどきをしてやろうと思っていたが気が変わった」
彼の言葉で、その場の空気が冷える。
物理的には何も起きていない。
これは彼が放つ殺気のような感覚か、あるいは何かの技能なのだろう。
全身の毛が逆立つような感覚を受けて思わずエミリアは後ずさる。
エミリアを守らなければいけない。
僕は彼女を庇うように、彼女の前に立ち同じく鞘から剣を抜く。
僕の魔力に呼応して、聖剣は青い光を放つ。
「……聖剣。それに、貴様からはやはり人外の存在の気配を感じる。
間違いない。貴様、もう一人の勇者か」
隠してたわけでは無いけど、正体がバレてしまった。
彼はやる気満々だ。
だけど、僕からすれば今のところ戦う理由はない。
剣を抜いたのはあくまでエミリアを守るためだ。
「剣を納めてくれませんか? 僕達はあなたと敵対する意思はありません」
明確な殺意を向けられるまでは手を出すつもりはない。彼は
「だろうな。だが、我はここで何の罪もない者達を傷つけるつもりはない。
しかし……お前は別だ。……我が主君とは違う女神が選んだ勇者の力、この目で確かめたい」
「……っ!!」
彼から感じる威圧感に僕達は圧倒される。
おそらくだけど人間では無い。かといって魔物や悪魔と言った類では無い。
それこそ神に属する存在か、それに近い存在だ。
「レイ……こいつ、強敵ですよ!」
「エミリア、下がって……本気で打ち合わないと勝ち目が無い。
全力で聖剣や魔法を使うことになるからエミリアを巻き込んでしまう」
僕達の様子を見て、ミッドはニヤリと笑みを浮かべた。
「良い覚悟だ。ならば見せてもらおう……『魔軍将』を倒したと言われる、勇者の力を」
次の瞬間、彼は地面を蹴ってこちらへと駆け出した。
速い!!
僕よりも遥かに早く、そして強い一撃が襲い掛かる。
彼の剣の一撃を受け止めるが、見た目以上の力を感じる。
「くっ……!!」
「……押し切れないか……」
剣と剣がぶつかり合い、単純な力勝負になる。
このままじゃマズイ……。
「聖剣、力を貸して!!」
僕は聖剣に自身の魔力を送り込む。
手から伝わる聖剣の波動が強まっていき、まばゆい光に包まれる。
しかし、それ以上は何も起きない。
「無駄だ。聖剣は神に属する存在やその眷属に対して効果を発揮しない。
聖剣は魔物に対して絶大な効力を発揮するが、我にとってはただの剣と同じだっ!!」
僕達の様子を見て、ミッドは叫ぶ。
そして、更に強い力で僕を剣ごと吹き飛ばす。
僕は何とか剣を手放さずに済んだが、態勢を整えて再び向かい合う。
「つ、強い……」
「……ふ、武器に頼る戦い方では我には勝てないぞ」
ミッドさんの言葉に、つい反論したくなるが事実だ。聖剣は彼との戦いにおいて優位になる点が無い。むしろ、聖剣を展開することで僕のマナがどんどん消耗していってしまっている。
加えて単純な運動能力や力で言えば、明らかに彼の方が上回る。
「今からでも遅くない。そちらの魔法使いの力を借りたらどうだ?」
「それは、断る」
僕は即座に否定する。確かにエミリアは強力な魔法の使い手だし、心強い仲間だけど、この場では彼女には戦わせたくない。
これは、僕の意地だ。
「……レイ」
エミリアの僕を心配する声が後ろから漏れる。
「……大丈夫、すぐに終わらせるから」
「ほう、言ったな?」
僕の言葉を挑発と受け取ったのか、ミッドは楽しそうに笑う。
とはいえ、実力差は明白だ。
「(カエデの力は借りられない。強化魔法の使い手のレベッカもいない)」
普段頼りにしている彼女たちを思い浮かべる。
こうして単独で強敵と対峙するとよく分かる。
僕自身、勇者の役目を与えられてるが、僕は全然弱い存在だ。
だけど、それでも想いの強さには誰も負けない。
「ミッドさん……あなたは好きな人はいますか?」
「……はぁ? 何を言っているんだ、貴様は」
僕の唐突な質問に、彼は困惑の表情を見せる。
「僕にはいます。大切な仲間、それに家族、そして、今見守ってくれる人が」
「それがどうしたというのだ」
「……僕は、その人達の為に戦っています。
僕が、この世界を救う勇者だからじゃない……僕は、皆を守りたいから戦う。
だからこそ……だからこそ、こんなところで負けるわけにはいかない!!
こんなところで負けたら誰も守れない!!」
僕の心に呼応するかの如く、聖剣の力が増幅される。
光はさらに強くなり、ミッドは思わず目を背ける。
「聖剣に魔力を込めたところで我には通用しないと言っただろう。武器を頼りにしているなら貴様は二流だ」
ミッドさんがこちらに剣を構えて向かってくる。
最初の一撃を受けた時よりも更に早い。おそらくさっきは加減していたのだろう。
だけど、今の僕なら……この剣で受け止められる。
「――うおおおぉっ!!」
雄叫びを上げながら、僕はミッドさんの攻撃を受け止める。
金属が激しくぶつかる音が響き渡り、互いの剣から強い衝撃が放たれる。
「何だと……!?」
ミッドさんは驚愕している。
単純な力では明らかに彼の方が勝るにも関わらず、僕の剣は彼の剣を少しずつ押している。彼の喉元近くまで自身の刃が迫ったところで、彼は姿勢を低くし、力の行き場を失った僕と僕の剣は彼の後ろを通過してしまう。
僕は剣を構えて後ろに反転し、追撃してきたミッドさんの斬撃を弾く。
そして、もう一度剣がぶつかり合い、今度は拮抗する。
「……やるじゃないか、勇者」
ミッドは称賛の声を上げると、今度は彼の方から距離を取る。
今度は先程のように押し切られることなく耐えきる事が出来た。
「しかし、不思議なものだ。
単純な技量はいざ知らず、身体能力では我の方が勝っていた。武器の性能に関しても、今この場においては大差ないはず。どうして貴様は急に強くなった」
「僕は、大切な仲間がいるから。
ここに居るのはエミリアだけだけど、僕を支えてくれる仲間が何人もいます。彼女たちを身近に想うだけで、僕はきっとどんな相手にも勇気をもって戦える……そう思ってる。
だから、力が及ばない相手でも……僕は、怖気づいたりしません」
「…………」
僕の言葉に、ミッドは黙って耳を傾けている。
「……なるほど、これが勇者の力か。面白い」
彼はニヤリと笑みを浮かべると、再び僕に剣を向ける。
「次は本気だ。全力でお前を殺しに行く。
死にたくなければ、お前の全てを我に向けて来い―――!!」
「――受けて立ちます」
自身のマナを魔力として変換して魔法を発動させる。
使用する魔法は、
それに加えて物理的破壊力を持つ
全ての攻撃魔法を聖剣に付与させ、更に聖剣の力を発動させる。
僕の魔力を受け入れた名もなき聖剣は、魔法を全て吸収し、深い蒼い輝きを放つ。
「君の名前、ここで決めさせてもらうよ。キミの新たな名前は
僕の言葉に反応するように、聖剣の輝きが強くなる。
そして、次の瞬間には、僕の身体から一気に魔力が吸い取られていく感覚を覚える。
「……くぅッ!」
その勢いに耐えきれず、僕は膝をつきかけるが何とか踏ん張る。
僕の魔力を最大限に吸収した
その一撃は、僕自身すら見当が付かないほど凝縮されている。
この威力なら、一撃で勝負が決まる。
ミッドはそれを察したのか、その表情を硬くする。
――そして、互いの言葉と刃が交差する。
「――来い!!」
「――行きます!!!!」
ミッドの叫び声に呼応するかのように、僕と彼は同時に駆け出す。
そして、僕の振るった渾身の一閃と、ミッドの剣が衝突する。
「うおぉおおっ!!」
「はああぁああっ!!」
互いに雄たけびを上げながら、最後の攻防を繰り広げる。
僕の剣とミッドの剣が触れ合った瞬間、僕の剣が激しい炎と強烈な風が周囲に放たれる。同時に、僕の剣からも炎と風が迸り、それらを飲み込んだ聖剣の光がさらに増幅される。
ピキッ……!
「ぐっ……うおおぉおおおっ!!」
ミッドは必死の形相で、その攻撃を受け止めようとするが、彼の持つ剣がその衝撃に耐えきれずヒビが入っていく。
そして、僕の剣が彼の一撃を完全に上回る。
彼の持つ剣も並の剣では無いだろうが、力負けして刃が完全に砕け散った。
「うおおおおおおおおっ!!!」
そのまま、ミッドは攻撃を凌ぎきれず、壁に大きく吹き飛ばされ叩きつけられる。僕の解き放った聖剣の一撃は、ミッドのみならず塔全体を激しく揺るがし、彼と共に壁に巨大な亀裂を走らせた。
「……見事だ、勇者」
ミッドが静かに呟くと同時に、彼はその場に倒れ伏した。
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