第790話 愛情を厳しさに変えて

 一方、エミリアとルナの戦いは……。


「「凍てつく氷の槍よ。雨のように降り注げ……<氷槍雨霰>フリーズランサー


 常に空に浮かんでルナに視野で有利を取るエミリアは、空から数多の氷の槍を降り注がせてルナの動きを制限する。一方、ルナはエミリアの戦い方に圧され気味で、彼女の強みである一撃の威力をまるで生かせずにいた。


 だが、攻撃をまともに受ければ戦いに慣れていないルナは即座に敗北に繋がる。ルナはレイの足手まといにならない様に必死に魔法を唱えて食らいついていた。


「炎の渦よ、敵を飲み込め……! <中級火炎魔法>ファイアストーム!!」


 エミリアの氷の槍の雨に対抗する為に、広範囲に広げた炎の渦を生み出して相殺を試みる。単純な詠唱速度や手数で言えばルナはエミリアよりも遥かに劣るものの、攻撃魔法の一点だけならばルナはエミリアを凌駕する。


 エミリアの放つ氷の槍と炎の渦が衝突し、空中に水蒸気が発生して周囲が霧に包まれ相殺される。


「……ふぅふぅ……え、エミリアちゃん……強すぎるよ……」


 魔法を唱え終えたルナは息を切らして弱音を吐いてしまう。だが、その様子を静かに見ていたエミリアは彼女に聴こえない程度の声でそっと呟く。


「習い始めてそう時間は経っていないというのに、見事ですね」


 これはエミリアがルナに対して想う最大限の称賛だ。彼女はエミリアが魔法の師事をしてからまだ少ししか経っていないというのに、ルナの魔法の力量は目に見えて成長し続けている。


 最初の頃は魔法を唱える度に魔法が霧散してしまい、唱えた魔法の威力も安定しなかったのだが、それも先日のルナの強化によって補われ既に自分の魔法の威力を上回っている。


 エミリアから見ても彼女の魔法の素質は破格だ。それこそエミリアが嫉妬するほどだが、それ以上に彼女がここまで強くなってくれたことへの嬉しさが勝っていた。

   

 今のこの子がこれからどれだけ成長するのか。あと数日後に向かえる魔王軍との戦いまでにどれだけ私が彼女を導いてあげられるのか。そう考えると、エミリアはワクワクして仕方が無かった。


 だが褒め過ぎるだけでは人は成長しない。レイは子供達をほめて伸ばす方針のようだが、自分はそれとは少し違う。


 勿論、彼のように優しく親身になって指導する姿を否定するつもりはない。しかし、その甘い指導は時に人の成長を遅らせるものだ。


 エミリアは、魔法使いの家系に生まれた割に他の子供達よりも魔法の習熟が遅れていた。それは今は亡き彼女の両親の育成方針に多少問題があったのが起因する。


 彼女の両親は一言で言えば、エミリアの事を溺愛し過ぎていた。エミリアの姉のセレナはクールでやや人当たりが強い性格なのもあって、両親は生まれてずっと愛らしかったエミリアの事が可愛くて仕方がなかったのだろう。


 故にエミリアに魔法の師事をした事が殆ど無く、勉強などもエミリアや嫌がればすぐに止めて彼女を愛でていた。結果、エミリアが魔法学校に入る前の入試試験の成績が悪くて、親の七光りでギリギリ合格したという有様だった。


 当然、そんな状態で入学したものだからエミリアは他の生徒たちと比べて魔法の勉強も足りておらず、余りにも溺愛するものだから家の外にも出さずにコミュニケーションを学べなかったエミリアは孤立してしまったのだ。


 そんなエミリアを不憫に思った姉のセレナは、親に隠れてエミリアに魔法の指導を行って、それで何とか座学の方は追いつくことが出来た。


 あまりにも優し過ぎる教育というものは、時折子供に毒となってしまう。自分の経験談を元に嫌というほど理解していたエミリアは、自分が人に指導をする時はそうならないように心がけていた。


 ――人を育てるということは、共に成長を分かち合うということ。魔法の指導もその内の一つだとエミリアは思っている。


 だからエミリアはレイのように甘やかし過ぎず、ルナがどこまで成長してくれるのか、彼女に多少難しい課題を何度も与えて成長を促す方針を取っている。今回の自分との実戦はその教育の一環だ。


「(……さぁ、ルナ。見せてください……貴女のその有り余る才能を……!)」


 そして、エミリアはこの実戦においては、今までよりも厳しく指導を行うつもりでいる。数日後に行われる作戦は、ルナはおろか自分やレイですら生きて帰れないかもしれない戦場に旅立つことになる。


 そんな厳しい戦場で彼女が生き残るには、まず何より彼女自身が強くならなければならない。そのためには厳しい指導が必要なのだ。


 如何にルナの魔法の威力が高くとも、魔法使いとして超一流まで成長したエミリアにとっては所詮個性の一つでしかない。本気で戦えばルナを完封して勝利することも造作も無かった。


 だが、この戦いで彼女には更なる成長をしてもらわないといけない。その為には敢えてこの戦いを長引かせ、彼女をギリギリまで追い込んでその潜在能力を開花させるつもりでいる。


 端的に換言すれば、今の彼女はスパルタだった。


「……ルナ、その程度の魔法で私に勝てると思いますか?」


「……うぅ……」


 弱気なルナは厳しい言葉を言われるとすぐに涙目になってしまう。そんな彼女の表情を見ると心苦しいが、今はそれでも厳しくしなければならない。


 今のルナは、レイへの告白を済ませたことで少々浮かれていて以前よりも魔法の勉強に身が入っていない傾向にある。


 それは今後の事を考えると好ましくない。だからこそ、エミリアは厳しい言葉を使ってでも彼女を奮い立たせる必要があるのだ。


「エミリアちゃん……私、もう……」


「降参は許しませんよ。あなたはレイの足手まといになりたくないのでしょう? こんなところですぐに根を上げていては、私達のパーティメンバーとして力不足と言わざるおえません」


「……う」


「もし、あなたが力不足と判断したら、あなたを置いていくことになりますね」


「……」


「その時は、あなたが大好きなレイと一緒に居られる時間も減るでしょうね……もしかしたら、あなたが居ない間にレイが他の誰かと恋仲になってる可能性も……」


「……!!!」


「そんなのは嫌でしょう?」


「うぅ……ぐすっ……」


「……泣いても駄目ですよ、ルナ。今私に必要なのは強くなることです。もっと強くなりたいのなら、不必要に私に負けてはいけません」


「……うん」


「では続きをしましょう。まだ終わりませんよ」


「うん!!」


 涙を拭いてルナは再び声を上げてエミリアと対峙する。そして、再びルナとエミリアの魔法による戦闘が始まった。

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