第844話 アカメちゃん

 前回までのあらすじ。


 最後の魔軍将のアカメの正体がレイの妹だということが判明し、彼女をこの世界に転移させたのはベルフラウだということを仲間達は知ることになる。


 ベルウラウは彼女の母を助けるために、苦渋の決断でアカメをこの世界に転移させたのだが、彼女から本当の家族を奪ってしまった事を自覚してしまい自害を決意する。


 彼女は自身が生成した魔力の刃を喉に当て、仲間の静止を振り切って自らの命を絶とうとする。


 だが、間一髪のところでレイが彼女の元に駆け付け、彼女が自害しようとするのを止める。そしてレイはアカメが彼の妹であることを知り、抱擁で彼女を受け入れるのだった……。


 ◆◇◆


「……アカメ、今まで苦労させてごめんね……」


「……うん、大丈夫……私こそ、本当の事を言えなくてごめんなさい……」


 兄妹としての邂逅を果たしたレイとアカメ。しかし、レイの仲間達はこの二人の複雑な関係の変化に少々戸惑いを受けていた。


「……驚きましたね。アカメがレイの妹だったとは……」


「……うー。今度会ったら絶対許さないボッコボコにしてやるぞー! ……って、わたし思ってたんですけどぉ……レイさんの妹にそんな事出来ないですよねぇ……」


 エミリアの呟きに、サクラは何とも言えない味のある表情で心境を語る。そして、サクラは尊敬する冒険者の先輩であるカレンに声を掛ける。


「ね、先輩」


「んー? ……そうね、私も彼女には手痛い目に遭わされてるから気持ちは分かるけど……ねぇ」


「でしょ? だよねぇ……」


 先程まで殺し合い寸前まで争っていたカレンからすれば、今のこの状況は予想斜め上の展開だった。


 彼女達は複雑な心境だがレイとアカメの兄妹は今まで離れ離れになっていた。その二人を無理に引き離しても何の意味もない。今は敵であったことを忘れて二人の再会を祝福するしかなかったのである。


 彼女達が話をしている横で、ノルンとルナは今も落ち込んだ様子のベルフラウに小さく声を掛ける。


「……ベルフラウ」

「……」


「あ、あの……あんまり落ち込まないでください……」

「……」


「……いつまでそんな落ち込んでるの。レイに怒られたのがそんなにショックだったの……? ……それとも、貴女、本当に死にたかったの?」

「……」


「……何とか言いなさいよ」

「……」


「っ!!」


 ノルンはいつまでも黙り込むベルフラウを見て彼女の傍まで足を進める。そして自身の掌を伸ばして彼女の頬目掛けてふりおろ―――


「―――待って、ノルン!!」

「っ!」


 その時、ベルフラウを庇うようにレイがノルンに静止を掛ける。


「……ノルン、僕に任せて」

「……分かったわ」


 ノルンはレイの言葉を聞いてゆっくりと手を下ろす。そして、ベルフラウはハッとした表情でレイを見る。


 レイは悲し気な目で自身を見つめており、彼の隣には先程までレイに抱擁されていたアカメがこちらを赤い目で見つめていた。


「……姉さん」


「……なに、レイくん」


「……僕は姉さんのやったことは間違いじゃないと思う」


「……」


「姉さんはお母さんを助けようとしてアカメを転移させたんだよね。結果、アカメとはこうして離れ離れになってしまったけど、お母さんは今でも無事に健康で生きている。姉さんのお陰でお母さんの命が助かってるんだから、僕は姉さんのしたことを感謝してるよ」


「……レイくん」


「だから、そんな顔しないで? それに、時間こそ掛かったけどこうして大切な妹と再会できたんだ……だから、姉さんが命を捨てるようなことなんて何もないんだよ」


「……ありがとうレイくん……。その気持ちは嬉しい……だけどね……」


 ベルフラウの視線がレイからアカメに移る。


「……私はね、あなた達全員の命を救うために貴女一人を不幸にしてしまう選択をした。そんな選択をした私を貴女は許してくれる?」


「姉さん、その言い方は……」


「事実よ、レイくん。実際、彼女は私が転移させたせいで酷い目に遭ってしまった。私はその事実を聞いて酷く後悔しているの。自身のこれまでの価値観が全て間違いだったんじゃないか、こんな私が今まで通り生きていても良いのかって思うくらい」


「姉さん……」


 ベルフラウはそう言うとアカメに向かって頭を下げる。


「ごめんなさい、アカメさん……。私は貴女にとても酷いことをしてしまったわ……本当にごめんなさい……」


「……今更謝罪されても遅い」


 アカメは小さく息を吐いてベルフラウに返事をする。だが、先ほどまでと違い怒っているような感じではなく呆れた様子だった。


「……私はお前をしばらく許す気にはならない。……しかし偶然とはいえお前が、おにい……」


「おに……い?」


 変な所で言葉を詰まらせたアカメの言葉にレイが首を傾げて反応する。


「……あ、……いや………コホン………」


 アカメは咳払いをして改めて口を開く。


「……お前が、レイをこの世界に連れてきてくれた事は、一応……感謝している。もし、お前が連れてこなければ、私は召喚魔法を使って、無理矢理次元の門を開いて会いに行くつもりでいた」


「え、そんな事できたの?」


 アカメのその告白に思わずレイが言葉を挟む。


「……理論上可能……というレベルの話……もっとも、神々の妨害を退けながら進むことになるから成功率は限りなく低かった……だけど、その分の悪い賭けに頼らなくて済んだ……ということで、納得する」


「貴女はそれでいいの……?」


「……言いたいことは沢山あるが、一応お前はおにい……レイの姉代わりの立場……でしょう? 正直、気に食わないが……お前を失って悲しむレイを見たくはない。だから、これ以上お前を責めるつもりはない」


「……ありがとう、凛ちゃん」


 ベルフラウはアカメの優しさに礼を述べる。だが、ノルンは表情を曇らせて言った。


「……私は”アカメ”でいい。……その”桜井凛”という名を名乗るには、余りにも時間が経ち過ぎてしまった……」


「……そう」

「……」


 アカメはベルフラウの返事に小さく頷いて答える。そして、レイがアカメに声を掛ける。


「アカメ」

「なに?」


 そんな二人の様子を他の仲間達は見守る。

 そして、レイがアカメに話し掛ける様子を皆静かに見守っていた。


「僕達は、これから魔王の元へ向かって全部終わらせてくる。……アカメはどうする?」


「……私は……」


 アカメは彼にそう問われて表情を曇らせて言った。


「……立場上、私は魔王の配下の一人で、あなた達と敵対する身……だけど、貴方と敵対なんかしたくない……私は、このまま魔王城を出て去ることにする……もうこの城にも二度と戻ってくるつもりはない」


「……僕達と一緒に来ない?」

「……っ」


 レイの言葉にアカメは目を見開く。彼の仲間達も一瞬だけ驚いたようだがすぐに冷静な表情に戻る。


「……ゴメン、貴方の頼みでもそれは出来ない……。貴方の味方はしたい……でも、これまで散々、貴方の仲間達と敵対して傷つけあってきた。今更、仲間のように向き合うのは……」


「……無理な事を言ってゴメン……。じゃあ、アカメはこのままこの城を出て何処かに隠れてていてほしい。僕達は今から行ってくるよ」

「……」


 レイにそう言われてアカメは小さく頷き、そのまま黙り込んでしまった。


「……アカメ、全てが終わったらまた会う約束してくれる?」

「……うん」


「じゃあ、約束……指切りしよ?」

「……指切り?」


「知らないの? こうやって、お互いの指切りの約束を交わすんだよ」


 レイはそう言うと、アカメとお互いの小指を絡めて指切りをする。そしてレイが先に小指を離すとアカメも続いて小指を離した。


「約束だよ」

「……うん」


 ――こうして、レイはアカメと再会の約束を交わし、仲間達と共に魔王の待つ最深部へ足を踏み入れた。


 ……なお、その後。


「……レイ、落ち込んでますねぇ」


「そりゃ落ち込むよ……折角会えた妹だっていうのに、一緒に来てくれなかったんだもん……」


 エミリアに茶化されて、レイは少し落ち込んだ様子で前を歩く。


「多分、すぐ会えますよ。そんなに落ち込まなくても……」


「……でも、僕達が仮に魔王に負けたら二度と会えなくなるかもしれないじゃん……」


「それは……そうかもしれませんけど……」


 レイはアカメと再会の約束こそ交わしたが、やはり一緒に来てほしいという願望があった。


「ふむ……レイ様……」

「ん?」


 レベッカが改まった様子でレイに話しかけてきた。


「こっそり後ろをご覧くださいまし」

「え、後ろ?」


 レベッカに言われて、僕はそっと後ろを振り向く。だが、そこには誰もおらず、これまで通ってきた古びた城の通路でしかなかった。


「(……レイ様、柱の方をご覧くださいまし)」

「?」


 レベッカにこっそりそう言われてそちらに視線を移す。するとそこに何かの影が差しており、床から150㎝程度の高さの部分に不自然に尖った短いツノの様なモノがチラリと見えていた。


「ツノ?」

「誰かが隠れているようです……そして、あのツノに心当たりはございませんか……」


「……あ」


 レイは思い当たる。そして、その心当たりに気が付いた瞬間、レイは目を大きく見開いた。


「アカメ……!?」

「……」


 レイが声を掛けると、そのツノの生えた影はゆっくりと動き出した。

 そしてその影は柱の影から姿を現す。


「……バレた」


 アカメが顔と額のツノだけをこちらに出して、恥ずかしそうにそう言った。


「……だから言ったじゃないですか、すぐ会えるって」


「……ず、ずっと付いて来てくれてたんだね……」


 レイは顔を赤くしながらアカメにそう言った。すると、彼女は小さく頷いて答える。


「一度は言われた通り魔王城に出てちゃんと隠れてきた……。でも、おにいちゃ…………貴方が心配だったから……」


「ありがとう、アカメ」


「……うん。私は、ここでこっそり見守ってる……」


「(いや、見守ってるだけなの!?)」


 もうここまで近くに居るんだから一緒に来ればいいのに……とレイは心の中で思った。


「アカメ、やっぱり僕達と一緒に来ない? 魔王を倒したら今度は皆で旅をしようよ……?」


「……それは出来ない。私はこんな姿だから……だけど、貴方が危ないと思ったらすぐに手を貸す……」


「そ、そう……近くに居てくれるだけで嬉しいよ……」


「うん……おにいちゃ…………ずっと傍で見守ってる……」


 アカメはそう言いながら、ポッと顔を赤らめた。


 ――元・魔王軍幹部にして、レイの実妹のアカメが仲間になった!!――

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