第843話 兄妹
「――ごめんね、レイくん。私、最期まで貴方のお姉ちゃんで居たかったよ」
緊迫した空気の中、彼女の悲壮な言葉と共に、彼女の喉元に刃物が突き付けられていた。
「ベルフラウさん!? 冗談でしょ!?」
「……ベルフラウ様」
「っ!! 止めて、ベルフラウ!!」
彼女達はそれを止めようと駆け出す。だが、彼女は仲間達にこの場に似つかわしくない女神のような笑みを浮かべ――最後に、自分の間違った判断で、運命を狂わせてしまった少女に視線を向ける。
「――ごめんなさい、桜井凛ちゃん。私の代わりにあの子の傍に居てあげて」
彼女がそう言った瞬間、刃物が彼女の喉元に突き刺さり、彼女の喉元から絵の具のような真っ赤な鮮血が溢れ……。
―――次の瞬間、突然彼女の真横から放たれた蒼い剣閃にて、彼女の手に持ったナイフだけが弾き飛ばされた。
「……え……?」
ベルフラウは突然の出来事に呆けた表情でナイフを弾いた張本人に視線を向ける。
そこには、ベルフラウにとってこの世で一番大事な存在―――
私の女神としての立場と引き替えに、この世界で家族として過ごした――――
そして、目の前の少女の本当の兄である少年の姿があった。
「レイ、くん……」
「……間に合った」
彼はそう言いながら心底安心した様子でそう言いながら、ベルフラウに優しく声を掛けてベルフラウの首元に手を当てる。
「どうして……ここに……?」
「姉さん達を探し回ってる時にエミリアが強い魔力が沢山集まる場所を感知して……それでこの場所に姉さん達が居ると思って急いできたんだよ……」
そう言いながら彼は手から温かい光を放つ。すると、自傷したベルウラウの傷が徐々に塞がっていく。
「……と、これでもう安心かな………。それで、姉さん……?」
レイはそう言いながら優しくベルフラウに微笑む。そして、その直後に―――
「人が居ないところで何やってんのさ、バカー!!!!」
レイはそう言いながらベルフラウの両頬を片手で掴んで引っ張る。
「いたたた!? ごめん、ごめんなひゃい……!」
「僕が急いで来たらアカメが居るし、姉さんは何故か死のうとしてるし、何がどうなってるのかさっぱりなんだけど!!とりあえず姉さんは皆に心配を掛けたことを皆に謝って!! ほら、ごめんなさいって!!」
「あ、あのね、レイくん……? 今、私……自分のやったことで責任を感じて、これしかもう方法が……」
「良いから、謝罪!!」
「は、はいぃ!!」
レイの迫力に圧され、ベルフラウは仲間達に謝罪する。
「ご、ごめんなさい……皆……」
ベルフラウは仲間達の方を向いて言われた通りに素直に謝罪する。その様子を見てさっきまで緊迫していた空気が一気に弛緩し、仲間達は安堵の息を付く。
だが唯一、アカメだけは不安そうな表情で現れたレイを見つめていた。
「詳しい事情は後で聞くとして……ノルン」
「……何?」
「アカメの束縛を解いてあげて」
「分かったわ」
「!」
レイの要望を即座に受け入れたノルンは彼女の束縛を一瞬で解除する。
急に自由になったアカメは驚きつつもすぐに起き上がろうとするのだが、出血が酷すぎて上手く身動きが取れなかった。
「……く」
そんな彼女の様子を見ていたレイは彼女に近付いて回復魔法を使用する。
「動かないで……今、治してあげるから……
レイがアカメの右肩に回復魔法を使うと、彼女の怪我が瞬時に癒えていく。
そして、傷が完全に治り切ったタイミングでアカメはレイから距離を取ろうとするが、それまでの出血が多かったせいで身体がフラついてバランスを崩してしまう。
危うく倒れそうになるところをレイが彼女の身体を支えて、そのままゆっくりと地面に座らせる。
「……あ」
「久しぶり……会えて良かったよ。前に会った時は夜の港町の時だったね……。もう一度ゆっくり話し合いたいんだけど、ちょっとだけ待ってて……」
レイはそう言いながら彼女の頭を軽く撫でて立ち上がる。そして、レイはカレン達の方を見て言った。
「ただいま、皆。合流が遅れてごめんね。僕一人だけ急いで来ちゃったけど、すぐにエミリアとサクラちゃんも来ると思う。その前にこうなった事情を聞かせてくれるかな……姉さんは落ち込んでるみたいだし……」
「……ええ、事情を説明するわ。……ベルフラウさん、構わないかしら?」
「……うん」
レイの質問に対して、カレンは頷いてベルフラウに声を掛ける。ベルフラウは放心した様子だったが、カレンに声を掛けられて小さく頷く。
「……サクライくん。あのね……」
「……レイ様、これからお話することは、レイ様にとってかなりの衝撃的な話になるかと思われます。どうか気を強くお持ちくださいまし」
「……分かった」
レイはルナとレベッカに言われて気を引き締め、カレンから何があったのか全ての話を聞くことになった。
◆◇◆
話を聞いている間にエミリアとサクラも合流し全員が一堂に会した。そしてカレンの話を聞いたレイは、しばし目を瞑り無言になって何かを考えていた。
仲間達はそんなレイの様子を黙って見つめていた。そして、しばらく経ったところで、レイは目を瞑ったままで口を開く。
「……そっか、あの時の夢で聞いた声は……アカメだったんだね」
「……夢?」
レイの意外な言葉に仲間達は首を傾げる。そして、レイは目を開けて地面に座り込んでいるアカメの元へと歩み寄る。彼女の目の前に立つと、レイはアカメの手を取って頭を下げて謝った。
「気付いてあげられなくてゴメン……アカメ」
「……え?」
「僕はキミのこれまでの苦悩に気付いてあげられなかった……。キミが僕の妹だったことに、もっと早く気付いてあげていれば良かった……本当にごめん」
レイはそう言って顔を上げると、申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
そんな彼の謝罪に対して、アカメは呆然としていた。
「どうして……謝る……? こちらが意図的に言葉を濁していた……貴方は何も知らなくて当然……」
そんなアカメの疑問に対して、レイは首を振って答える。
「……例えそうであっても、キミは僕の妹だよ。今まで辛い思いをさせてごめんね……アカメ……」
レイはそう言いながら、自身の手を彼女の背に回して強く抱きしめる。
「……ぁ」
「キミの事、これからなんて呼ぼうか……リンって呼んだ方がいい……?」
「……ううん……今まで通り、アカメ……でいい………その名前は、今の私には……眩し過ぎるから……」
アカメはそう言いながら、顔を見られたくないのかレイの胸に頭を埋めていた。
レイとアカメ。
運命によって引き裂かれた悲劇の兄妹の邂逅はここで果たされた。
仲間達は複雑な心境を抱きながらも、真の家族である二人の間に入る事はとても出来ずに、二人の事を静かに見守っていた。
だが悪意は無かったとはいえ、結果的に二人を引き裂いてしまったベルフラウは、二人のその邂逅を直視できずに俯いたままだった。
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