第842話 ベルフラウの告白

 ―――同時刻。


 レイ達がベルフラウ達の行方を捜している時、ベルフラウは仲間と共にアカメと向き合っていた。


「……聞かせてちょうだい、ベルウラウさん。貴女は一体、コイツに何をしたっていうの?」


 傷が癒えたベルウラウと片膝を付いて弱り切った状態のアカメが対峙して数十秒。静まり返って緊迫した雰囲気を最初に打ち破ったのはカレンだった。


 すると、ベルフラウはピクリと肩を震わせ、止まった時が動き出したかのように語り始める。


「……ごめんなさい……少し考え事をしてたわ……ええと、まず何から話せばいいのかしらね……」

「……」


「……そうね。まず、誰が貴女をこの世界に転移させたのかって事の説明をすべきね」

「転移……」


 ベルフラウの言葉に真っ先に反応したのは、アカメだった。


 そんなアカメを憐憫の籠った眼で見ながらレベッカはベルフラウに質問する。


「ベルフラウ様……彼女が言っていた話は全部本当なのでしょうか」


「……本当よ。彼女は異なる世界……レイくんやルナちゃんが元々暮らしていた世界から、ここに転移してきた……肉体が作り替わっているから転生と言った方が正しいのかもしれないけどね」


「……っ!」


 ベルフラウの言葉に、アカメは痛みとは別の理由で表情を険しくする。


「……私とサクライくんが暮らしてた場所に、この子が……?」


「魂だけで転移してきたってこと……? ベルフラウさん、そんなことが出来るの?」


「可能といえば可能よ。とはいっても彼女は例外的な転生の仕方をしているから特殊ではあるのだけどね。

 桜井鈴……レイくんを例に出すと、彼は十五歳の誕生日に、自動車という鉄の乗り物に撥ねられて命を落としてしまった。

 彼はまずそこで一度死に、その後魂だけ私の元へ呼び寄せて転生が決まった後は別の肉体に魂を移し替えてこの世界に転移してきた。ここまでの工程を辿って初めて『転生』ということになるのよ。

 だけど彼女は元の世界では『生まれてすらいない』状態でこの世界に来ることになってしまった。だから転生という言葉が正しいかは微妙ね。むしろ”生まれ直した”という方が正しいかも」


 ベルフラウは仲間達にそこまで説明してから、俯いて肩を震わせていたアカメに視線を戻す。


「最初に言っておくわ。貴女の想像通り、貴女をこの世界に転移させたのは私よ」


「……やはりお前だったのか……!! お前が……私をお兄ちゃん達から引き離したのかっ!!!!」


 アカメは怒りに染まった表情で、ベルフラウに掴み掛かろうとする。だが、その腕はカレンによって掴まれて止められる。


「落ち着きなさい、アカメ!」


「放せ! 私は……この女を……!!」


「いいから落ち着きなさい、まだ彼女は話している最中でしょうが……! ……ああもう、ノルン、手伝ってくれる?」


「……構わないけど、私の場合、魔法できつく拘束することになるわよ。それだけの怪我を負った状態でそこまで念入りに拘束する必要あるの?」


「今のコイツは怒りで何をするか分からないのよ……。あまり力づくで抑えると怪我が悪化してしまいそうだし、お願い」


「……そうね。アカメと言ったかしら、ちょっとだけ拘束させてもらうわ……」


「っ! 放せ、放せぇぇぇ!!」


 ノルンの魔法で手足を拘束されたアカメは、そのまま地面に組み伏せられる。そんなアカメの元にベルフラウは歩み寄り、組み伏せられた彼女の頭部を軽く撫でる。


「……<応急処置>ファーストエイド


「ちょっ、ベルウラウさん!?」


「……何のつもりだ」


 ベルフラウの突然のアカメに対しての回復魔法にカレンは驚愕し、アカメは疑いの目でベルフラウを睨みつける。だが、ベルフラウはその怒りの籠った眼光で睨まれても涼しい顔をして彼女に回復魔法を掛け続ける。


「……大丈夫よ、カレンさん。彼女が私に殺意を向けてるの知ってるから最低限の治療を施してるだけ。あんまり暴れると話が終わる前に意識を失ってしまいそうだからね……」


「同情のつもりか……私と家族を引き裂いたくせに……!」


「……そうね。確かに貴女からしたら、私は彼と貴女の絆を引き裂く憎い敵なんでしょうね……」


「当たり前だ! お前が……お前が私達に何をしたと……!」


「―――凛」


 ベルフラウは怒りを露わにするアカメに対して静かに声を掛ける。だが、ベルフラウが突然言ったその単語に仲間達は首を傾げる。


「……リン?」


「……桜井凛さくらいりん……この子の本来の名前よ。もしこの子が何の問題も無く生まれることが出来たら、この子の両親はそう名付けるはずだった……」


「この子の両親って……レイ君のご両親って事よね。ご両親の名は……以前にレイ君が独り言で呟いていたような……?」


「お母さんの名前は『桜井美鈴』さん。お父さんの方は『桜井正義』さんね。

 正義さんは仕事熱心だけど家族サービスを決して怠らない優しい男性で、今年でも四十歳になるかしらね。母の美鈴さんは今年で三十八歳だったかしら。彼女は年齢の割に童顔で身長も低くて、とても可愛らしい人だったわ」


「……美鈴……正義……」


「……そうよ、桜井凛ちゃん……その二人が貴女の本当のご両親……貴女は美鈴さんの胎内で命を宿し……そして、そのまま生まれることなくこの世界に転移することになった」


「何を偉そうに……お前がやったんだろう!!」


「……そうね、私が転移させた。だけど、貴女を転移された理由はちゃんとあるの」


「理由、だと……!」


「……そう。貴女のお母さん……美鈴さんを助けるために、それしか方法が無かったのよ」


「……」


 ベルフラウの言葉にアカメは眉を顰める。その表情は理解できないという困惑のものだ。


「どういうことなの、ベルウラウさん?」


「サクライくんのお母さんに……何かあったの……?」


 カレンとルナがベルフラウにそう尋ねる。ベルフラウは、すぐに口を開かずに立ち上がり、周囲を見渡していた。だが周囲には彼女達以外誰も居ない。


「……レイくんは……来てないか……」


 ベルフラウは下を俯いてそうポツリと呟く。


「……これはレイくんも知らない事よ。……彼のお母さんはね……貴女とレイくん二人両方を生んだ後、死んでしまう運命だったの」


「……え……?」


「は……?」


「……」


 ベルフラウの告白に、カレン達は言葉を失った。そして、その告白はアカメも驚いていたようで表情が固まったまま困惑していた。


「美鈴さんは身体がとても弱くてね……彼女自身、身体が小さいのあって出産とあれば彼女への負担が大きい。しかも何の因果か彼女に宿った命は双子だった……。

 お医者様も、彼女の身体ではどちらか片方しか産めないと言っていたわ。……だけど、美鈴さんはどちらも産むと言い切ったの。レイくんと貴女をどちらの命も絶対に諦めないと。……おそらく、その想いが彼女を蝕んでしまったのかもしれないわね……」


「そんな……」


「……じゃあ、レイ君のお父さんのマサヨシさんは……?」


「彼は美鈴さんの夫であり、彼女の幼馴染でもあったわ。付き合いが長いせいかすぐに彼女が何を考えてるのか気が付いて、美鈴さんの意志を尊重して出産に付き添うことにしたの……。

 ……だけど、自分が死ぬと分かっていて子供を産もうとした美鈴さん……本当は、泣き付いてでも止めたかった正義さん……二人の気持ちが、彼らの願いによって私にも痛いほど伝わってきた……だから―――」


 ベルフラウはそこで一旦区切ってアカメをジッと見つめる。


「……私が独断で貴女だけをこの世界に転移させた。本来は双子である貴女とレイくんの家族の絆を斬り裂いて……貴女の存在だけを無かったことにして美鈴さんを助けたの」


「……そんな……」


 アカメはベルフラウの言葉に頭を殴られたような衝撃を感じていた。


「お母さんが……死ぬ運命だった……?」


「人間ってね……その時の行動行動で僅かながら先の未来が切り替わっていくの。特に女性は出産の有無でその後の未来が大きく変わる。

 美鈴さんは身体が弱かったこともあって出産すること自体が命取りになりかねない状態だったの。だけど、私の力でその運命を変えた。

 美鈴さんに宿っていた二つの生命の内の一つを転移させて、美鈴さんの身体を出産後も正常な状態にすることで命を落とすという事態を回避した」


「っ!!」


 ベルフラウはそこで一呼吸入れてからアカメに語り掛ける。


「……転移させた後の貴女の事は何度も考えていたわ。せめて、この世界の何処かで無事に平穏な暮らしをしてくれてると私も嬉しかったのだけど……それが、まさか名前と姿を変えて、私達に敵になっているとは思いもしなかったわ……」


「……お前が、……お前さえいなければ私は本当の家族とずっと一緒に居られたんだ……! ずっと……ずっと……!」


 アカメのその言葉にベルフラウは首を横に振る。


「……お父さんの正義さんやレイくんと一緒に過ごすことは出来たかもしれない。でも、美鈴さんの命は助からなかった……。

 ……これは私の我儘の結果よ。私が、美鈴さんの命を優先した結果、貴女を美鈴さんから奪うことになってしまった……そして、貴女の本当の家族を奪うことにもなった。

 ……弁解は出来ないわね。貴女のこれまでの人生を台無しにしたというのであれば、私は……」


 ベルフラウはそう言って、自身の所有する杖を取り出す。


「……ベルフラウ様、何を?」


 その彼女の行動に、妙な胸騒ぎを覚えたレベッカは彼女にそう尋ねる。だが、ベルフラウは杖を握り締めて、レベッカに優しい笑みを浮かべていた。

 だが、その笑みは今までと違い、今にも消えてしまいそうなくらい悲し気な笑みだった。


「………もし貴女が私を許せないというのであれば、私は、ここで自分の命を絶つわ」


「っ!!」


「……ベルフラウ様、何を仰っておられるのですか!?」


「……いつもの冗談……よね? ……本気で言ってるの……? 貴女がもし居なくなったら……彼が……! 」


「だ、ダメだよベルフラウさん。そんなのサクライくんが悲しんじゃうよ!!」


「ベルフラウ……それ、本心で言ってるの?」


 ベルフラウの突然の言葉に仲間達は困惑する。だが、彼女はそれでも笑みを崩さない。アカメはそんな彼女を睨み付けていた。


「……皆、ごめんなさい。……私が居なくなった後、レイくんには上手く誤魔化してくれると助かるわ。そうね、天界に帰ったとかそんな感じで……」


「ベルフラウさん!!」


 ベルフラウは仲間達の静止の声を聞いて、それでも微笑み、自身の杖に魔力を送る。


 彼女の膨大な魔力を吸収した彼女の杖は、その魔力に応じて形状を変えていき、刃物のような形になる。


「ベルフラウ様、何を!?」


「私は……もう、こうするしか……他に責任を取る手段が思い付かないの……」


「待って! 早まらないで!!」


 カレンはベルフラウを止めようと彼女の手を掴むが、彼女の僅かに残っていた女神の力によってカレンは弾き飛ばされてしまう。そして―――


「――――ごめんね、レイくん。私、最期まで貴方のお姉ちゃんで居たかったよ」


 ベルフラウは最後に涙を流しながら、刃物へと姿を変えた自身の武器を自分の喉元に添えた。

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