第841話 彼女にとっての僕、僕にとっての彼女
【三人称視点:レイ、エミリア、サクラ】
ベルフラウが語り始めたその頃、レイ達は―――
「………」
レイ達はベルフラウ達を探すために魔王城内を片っ端から走り回っていた。その途中で魔王城内に居た魔王軍の魔物達と何度か衝突もした。だが、襲い掛かってきた敵は難なく撃退し、城内の探索を続行する。
「……見つかりませんね。もしかして先に進むのを優先したのでしょうか?」
「えぇ~!? 私達置いていかれたんですかぁー!?」
「いや、あくまでその可能性があると言っただけですが……どうします、レイ? さっきから連続で戦闘が続いてますし、これ以上探し回るのは時間と体力の浪費になるかもしれません。
もしかしたらベルフラウ達も態勢を立て直して魔王城の外で出た可能性もあります。私達も一度出直した方がいいのかも……と提案しますが……」
「……」
「レイさん……?」
レイが先ほどから何度も周囲を見渡しては、急に何か考え事をするように俯いている。そんな様子を心配するようにサクラが声を掛けると、彼はふと顔を上げた。
「……なんか変な気がする」
「変? 何がですか?」
彼の曖昧な言葉にサクラは首を傾げて質問する。だが、レイ自身もよく分かっていないのかサクラと同じように首を傾げる。
「いや、なんか分からないけど……何か変な感じがして……?」
「わたし的にはレイさんがいっちばん変です!」
「私もそれは激しく同意します」
「変人扱いやめて! 僕、この中だと一番普通だからね!」
三人はそんな軽口を交わしながらも、探索の手は緩めない。だが、時折レイは天井を見上げて漠然とした違和感を感じていた。
「(……なんか妙にソワソワする……なんだろう、これ……)」
彼が違和感を感じているのは、魔王城の構造や城内の装飾などではなく別の事だ。彼はその違和感の正体が分からずに頭を悩ませていた。
まるで家に大切な物を置き忘れて出ていってしまったのに、それを思い出せずにいるようなモヤモヤ感だった。
「……? レイ、どうしましたか?」
ふと足を止めて俯くレイを不審に思ったエミリアが声を掛けると、彼はゆっくりと顔を上げて口を開いた。
「……二人にちょっと聞きたいんだけど」
「はい?」
「なんですかー?」
レイの質問にエミリアとサクラは声を揃えて反応する。
「……例えばの話だけどさ、自分の家に大切な物を忘れてきてそれを思い出そうとしてるのに、その肝心の物が何なのかが分からない。そんな状況になったときどうする?」
レイは二人に対して抽象的な質問をぶつけるが、エミリアとサクラはその意図が読めず互いに顔を見合わせる。
「……なんですか、その例え……。んー、私なら自分の荷物を一度確認してから、その後に自分の取った行動を回想して何を忘れていたかを考え直す……とかですかね?」
「サクラちゃんはどう思う?」
「忘れたなら仕方ないので忘れた事を忘れます!!」
「……その潔さ嫌いじゃないよ。ありがとう」
「えへへ~」
レイはサクラの答えに苦笑しながらも、礼を述べる。
「……で、結局この質問はなんですか? 魔王城内で最後の敵との世界の命運を賭けた戦いの前の最後の問いにしては、随分と平凡ですが……」
「そういう時は、『皆、これまで僕に付いて来てくれてありがとう。キミ達のお陰で僕達はここまで来れた。……もしかしたら僕は戦いで死んでしまうかもしれない。だからここで最後に皆に自分の気持ちを話しておきたいんだ……』って、言った方がいいですよ!」
「(二人は僕に何を期待をしてたんだよ……)」
二人の発言にレイは呆れたように溜息を吐く。だが、こういう時にこんな風に茶化してくれるのが仲間というものなのだろう。
二人はきっと僕が最終決戦の前で不安になって心境を吐露していると思っているのかもしれない。実際、こんな土壇場で突然こんなことを言い始めたらそう思われても仕方ない。
多分、これは二人にとって励ましの言葉でもあるのだろう。……そして、それはレイ自身も心の何処かで望んでいたことでもあるのかもしれない。
「(……心の何処かで……か……)」
レイは考える。自分は今、何に悩んでいるのだろうか。魔王との戦いが怖くて無意識に現実逃避しようとしている……? いや、違う気がする。
確かに魔王との戦いは恐ろしい。一度勝てたからといって次も絶対勝てるなんて保証は全く無い。だが僕自身は頼りになり過ぎる仲間達のお陰でそこまで不安視はしていない。
では他に何がある?
やっぱり、姉さん達と分断されたことに不安を感じている?
例えば、僕達が居ない間に姉さん達が魔王自身に襲われて全滅に危機に瀕している……とか? 僕は無意識にそれが起こってると考えて気持ちがおかしくなっているとか……。
……考えたら不安になってきた。早く皆と合流した方がいいかもしれない。
「(……いや、待てよ)」
……もしかしたらそれは事実かもしれない。違うのは襲ってきた敵が全く別の相手だった時だ。
例えば、そう……。
以前、僕が一人で夜の街を散歩してた時に会いに来たあの少女……アカメだったとしたら……?
「(……いや、だからなんだっていうんだ……あっちにはカレンさんやレベッカが居るんだぞ……? 魔軍将クラスの敵に襲われたとしても負けるわけが……)」
あの二人と同時に戦って勝てる存在なんかまず考えられない。更にあちらにはサポート能力に特化した姉さんとノルンが居るし、最近急成長してエミリアと互角に戦えるようになったルナも付いているのだ。
例え、アカメが魔軍将でも最強の立ち位置だったとしても疑うことなく勝利出来るだろう。
「(……つまり、僕は”アカメ”の強さに危惧してるわけじゃない……じゃあ何を………)」
レイはアカメと名乗った少女について考えようとする。
そもそも彼女はどういう理由でわざわざ僕に何度も接触してきたのか。闘技大会の時だって陛下を暗殺するだけなら僕と接触する必要なんて全く無かった。
その後、僕にこっそりと会いに来た時もそうだ。
あの時の彼女に魔王軍の計略など無縁だった。彼女は僕を心配して自分の立場が危うくなることも覚悟して、僕達に戦いから降りるように説得しに来たのだ。
「(普通、そこまで初対面の相手に関心を持つだろうか……? 少なくとも人見知りの僕はそこまでしない……)」
レイはアカメの行動に疑問を抱く。それは彼女に違和感を感じているからではない。違和感があるのは自分自身に対してだ。何故、僕はこれほどまでに彼女の事を気にしているのだろうか……?
「……僕が知らないだけで、彼女は僕の事を初めから知っていた……? 」
レイの脳裏には、初めて出会った時にアカメが僕に向けて言った言葉が過る。
『―――あなたの、魂の輝きは綺麗――――』
彼女と初めて会った時の彼女の言葉だ。普通、敵対する相手にこんな発言をしない。
『……また、会いましょう、レイ。
約束できないならあなたの安全は保障は出来ないけど……死なないでほしい。
少なくとも、私自身の目的の為に、貴方は生きていてほしいのだから』
夜の港町で再会した時の彼女の別れ際の言葉だ。僕と彼女は敵対する関係だというのに、彼女の言葉は僕に対しての心配が滲み出ていた。
そして、僕だ。
何故、僕は今になって彼女の正体が気になり始めたのだろうか。
僕がここまで他人の事を気にすることなんてまずあり得ない。仲間達の事なら親身になることもあるだろう。家族であれば尚更だ。だが、数度会話しただけの相手に対してこれほどまで思い悩むことなんて今までなかった。
だが、この違和感の正体は……まさか……
「僕は彼女の事を知っている……?」
そんなレイの言葉に、エミリアとサクラは顔を合わせてキョトンとした表情をするのだった。
「……急ごう、二人とも。きっと姉さん達はまだこの城の何処かにいる」
二人にそう声を掛けると、レイは二人の返事を聞かずに走り出した。
「えっ……あっ……!」
「ちょ……レイさん、まってぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
レイの突然の行動に困惑しながらも、エミリアとサクラはその後を追っていった。
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