第235話 一時の安らぎ

「……ここは……?」

 目が覚めると、そここ最近泊まっていた宿の天井が視界に入った。


「あっ!?」

 僕のすぐそばで、驚いた声を上げる女性の声が聞こえた。


「レイくん、やっと目を覚ましたんだね!?」

 その声は姉さんだった。


「姉さん……そっか、僕達……」

 なんとか、あの窮地を乗り越えられたのか。


「よかったぁ~! レイくん死んじゃったらどうしようかと思ったんだよ!!」

 姉さんは涙目になりながら僕の手を握ってくる。


「僕は大丈夫、それより姉さんこそ体は平気?

 遺跡で姉さん調子悪そうだったし、あの男に捕まえられて意識を失ってたから、僕は姉さんが心配だったよ」


「今は何ともないよ。あの時は魔法陣に使用するために自分の血をいっぱい使っちゃったから……。それに、あの人……クラウンさんに捕まえられてから、私は意識が殆ど無かったせいであんまり覚えてないんだよね……」


「そっか……無事で良かったよ」


 姉さんが元気で本当に良かった。

 それだけで命を懸けた甲斐があったと思う。


「それより」

「えっ」

 僕の両肩を姉さんにガシッと掴まれる。

 結果的に、僕はベッドに横たわったまま、姉さんはその上に覆いかぶさる形になる。


「エミリアちゃんから聞いたよ!! お姉ちゃんが人質に取られた時、レイくんってばあの男の人の言いなりになって自分の首切ろうとしたって話じゃない!!」


「い、いや、それは……間違っていないけども」


「もしそれで私が助かったとしても、私はレイくんが居ないと不幸になるんだからね!? 分かってる!?」


「分かってるよ。あの時はああしないとどうしようもなかったんだってば」

 姉さんを助けるだけじゃない。

 あの行動をしなければ男の隙を突いて倒すことも出来なかっただろう。

 というか揺するのを止めてほしい。血が足りないせいかすごく気持ち悪い。


「でも、もうそんな無茶しないで……。お願いだから……」

 姉さんは目元から涙を流す。


「うん……。ごめんなさい」

 僕は素直に謝る。姉さんを泣かせてしまったのは本当に申し訳ない。

 僕はそのまま姉さんの顔を両手で抱きしめて、僕達はベッドで抱き合ったまま寝転がる形になった。


「レイくぅん」

「ごめんね、姉さん……」

 姉さん、何だか子犬みたいで可愛い。

 元女神とかの威厳が完全にすっ飛んでるけどそれでも可愛い。


「ううん、いいの。

 私だってレイくんを責めたいわけじゃ無いから……

 ありがとう、私の為に頑張ってくれて……」


「うん……」

 そう言って、僕達はしばらく抱きしめ合っていると……。


 ―――コンコン、ガチャッ。


「あら、やっぱり起きていましたか」

 ドアを開けて入ってきたのはエミリアだった。


「え、エミリアちゃん!?」

 姉さんは咄嗟に僕から離れる。


「あ、あの、これは違うの。別にそういうことをしてたとかじゃなくて、ただちょっとハグをしていただけで……」


 姉さんは何とか誤魔化そうとするが、エミリアはそれを軽く受け流す。


「はいはい、分かってますよ。それよりレイ、お腹空いてませんか? おかゆをすぐ作りますよ」


 エミリアに言われて、自分がものすごく空腹になっていることに気付いた。


「そうだね、頼むよ」


「任せてください。すぐに作ってきますから」

 そう言うと、彼女は部屋から出て行った。


「ふー、びっくりしたよ……」

 姉さんは胸をなでおろしている。


「まぁビックリはしたけど……」


「危うく、私達が姉弟で変なことしてると思われるところだったねー」


「いや、多分そうは思われないよ」


「え、なんで?」


「だって、僕と姉さんだし」


「……は?」

 姉さんはぽかんとした表情を浮かべる。


「えっと、それどういう意味かな」

「どうも何もそのままの意味だけど」


 数秒間、僕と姉さんの間に沈黙が流れる。


「……えっと、姉弟だから問題ないって事?」

 姉さんは、ちょっと遠慮気味に言った。


「うん。そういう対象じゃないってエミリア知ってるし。

 だから、こうやってしていても変に思われないから気にしなくていいと思う」


「…………えっ」

 僕の言葉を聞いた途端、姉さんの体が小刻みに震えだす。

 これは、地雷踏んでしまったかもしれない。


「ど、どうかしたの姉さん?……顔色悪いけど」

 姉さんの顔色は真っ青になっていた。

 まるで貧血を起こしたように……ってまさか!?


「姉さん、もしかしてまた体調崩して……」


「ちがーう!! レイくんのバカーーーー!!!!」

 姉さんは大声を出して、部屋から出て行った。

 そのままドタバタ足音を立てて廊下を走っていく。


「えぇ……?……何なんだ一体」

 姉さんの奇行に呆気にとられていると、

 部屋の扉が開いて、今度はレベッカが入ってきた。


「おはようございます、やはりお目覚めでしたか、レイ様」


「あ、レベッカ、おはよう」


「さきほど、ベルフラウ様が元気よくレイ様の部屋から出て行くところを目撃しましたので……やはりレイ様の意識が戻られていたのですね」


「……なんか、僕のせいで姉さんが出ていったみたいなんだけど」

 もしかして、とんでもない大型地雷を踏んでしまったかもしれない。


「そうなのですか? 確かに、ベルフラウ様は泣きながら『レイくんのバカー』とか言いながら廊下を走り、階段を転げ落ちていかれておりましたが……」


 え、階段を転げ落ちていったの!?


「ね、姉さん大丈夫だったの!?」


「階段から転んでそのまま宿を飛び出していきました。てっきりレイ様の意識が戻られて少々気持ちが高揚しているのかと思っていたのですが違いましたか?」


 いや、半分は合ってるかもしれないけど……。

 まぁ大怪我負ってないなら良かった。後でちゃんと謝っておこう。


「それよりもレイ様、お体の方はいかがでしょうか? もしどこか痛むようでしたらすぐにお医者様をお呼び致しますが」


「ううん、今のところは別に痛みはないから大丈夫だよ」

「……良かった。三日間眠ったままでおられたので心配でございましたよ」


 三日も!?

 確かに、凄くお腹が空いてたけど、そんなに時間が経っていたなんて……。


「そっか……。ごめんね、心配かけて」

「いえ、こうして無事に目を覚ましていただけただけで、わたくしは幸せです」


 レベッカは笑顔で言う。この子は本当に天使過ぎる。

 最近、夢でたまにレベッカがお嫁さんみたいな感じになるけど、多分普段からこんな事を考えているからだろう。


「では、レイ様。今日もマッサージ致しましょう」

「え、マッサージ?」

 一瞬、いかがわしい想像をしてしまったが、違った。


「はい、ずっとベッドに横になっておりましたから、関節が固まらないよう四人で時折交代しながらレイ様の体を揉んでおりました」


 あ、そういうことか。

 ずっと動かないと身体が固まってしまうもんね。


「そ、そうなんだ……何か、恥ずかしい……。ところで、四人って?」


「はい、ベルフラウ様、エミリア様、リーサ様、そしてわたくしです」


「リーサさんも? かなり迷惑掛けちゃったみたいだ……」


「うふふ、リーサ様がわたくし共に指導してくださったおかげで、介護のイロハを教えていただきました」


 流石メイドさん……。


「……あれ、そういえばカレンさんは?」

 カレンさんだけさっき名前が出ていなかった。


「カレン様は、普段の凛々しいお姿とは裏腹に、レイ様の身体に触れることを恥ずかしがっておりまして……。わたくし共に任せるという事です」


「そうなんだ……」

 期待してたわけじゃないけど、少し寂しい。


 そんな僕の様子を見て、レベッカは優しく微笑みながら言った。


「落ち込むことはございません、その分私がしっかりお世話致します」


 そんなレベッカの笑顔と声で癒されていると、

 ドアを叩く音が聞こえてエミリアが部屋に入ってきた。


「失礼しますよー。おや、レベッカも来ていたのですね」


「おはようございます、エミリア様」


 エミリアはトレイにお粥と水を載せて持ってきてくれた。


「はい、これ食べてくださいね。

 まだ起き上がるのは辛いでしょうから、体を起こすのは手伝いますよ」


「ありがとう、助かるよ」

 僕はゆっくりとベッドの上に座る。そしてエミリアに背中を支えてもらう。


僭越せんえつながら、わたくしレベッカがレイ様に食事を口にお運びしますね」

 そう言って、レベッカはお粥を一口分スプーンで掬いあげ、自分の口でふーふーして、僕の口元に持ってきた。


「はい、レイ様。あーん?」


「……えっと、自分で食べるからいいよ」


「何を仰いますか! レイ様はまだ病み上がりなのです。遠慮せずにレベッカをお使いください!」

 お使い下さいって……。


「でも、ほら、恥ずかしいし……エミリアも見てるし」

 エミリアを材料にして、拒否してみるが……。


「私の事は、別に気にしなくていいですよ。レベッカの過保護かほごっぷりは散々慣れています」


「エミリア様はそう仰っておりますよ。それでは、あーん?」


「……じゃ、じゃあお願いしようかな」

 結構恥ずかしいけど、レベッカが上機嫌になるから嫌では無い。


「はい♪ 喜んで」


 僕が口を開けて待っていると、レベッカが口に運んでくれる。

 

 ――うん、美味しい。


 以前にもエミリアにお粥を作ってもらったことがあるけど、

 何度食べても飽きないくらいだ。


「エミリアって料理意外と上手だよね」


「意外とは何ですか、私みたいな完璧な美少女なら出来て当然です」

 僕の背中を支えてくれながらエミリアは言った。


「え、美少女?」

「何ですその反応!? まさか私の事を美少女だと思ってないとでも言うのですか!? 酷いです、このハーレム男!!」


「いや、何その質問」

 美少女だとは思うけど、自分で言うのか……。

 あと誰がハーレム男だ。


「だって、そうじゃないですか!! こんなに可愛い女の子が側にいるというのに、どうしてレイは『ああ、エミリアは美少女だったのか、今気付いたわ』みたいな反応なんですか!!」


「そんな反応してないから」

 ちなみに僕がローテーション気味なのは貧血だからだ。


「じゃあ、今お粥を運んでもらってるレベッカの事はどう思います?」

 エミリアの言葉で、僕は隣でスプーンを持って、思わず頬が緩んでしまうような優し気な笑みを浮かべるレベッカを見つめる。


「(どうみても美少女だよね)」

 レベッカが美少女じゃなかったら、この世界に美少女なんて言葉は存在しない。

 何の根拠もないけど断言しとく。


「このロリコン!!」

「誤解だって!」


 ……そんな感じで、僕は穏やかに三日ぶりの食事を終えることが出来た。

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