第234話 痛み分け
―――カレン視点―――
「れ、レイさまぁぁぁ!!」
「―――――!!」
エミリアとレベッカちゃんの驚愕と悲痛な声が響き渡る。
信じられない光景を見てしまった。
ベルフラウさんが男の人質に取られてしまって、レイ君は男に言われた通りに自分の首を―――。
その光景を見て、私は茫然としてしまっていた。
「あはははははははははははは!!!!」
男の狂った笑みと、レイ君から血が迸る音だけが周囲から響き渡る。
「……う、嘘」
レイ君が、自分で自らを―――?
いくら姉さんを助けるためだからってそこまでするなんて……!
頭の中がグチャグチャになって私は何も考えられなくなった。
腕に構えていた剣に力も入らなくなり、私は杖で支えるように剣を床にして体を支える。
だめ、ここで私が諦めてしまったら、全て終わってしまう。
だけど、彼が……あの子が……!!
「いやいや……面白い見世物が見れたよ。
さて、彼も死んじゃったし、この女どうしようか……」
男はこちらに視線を向ける。
……こいつ!!
最初からレイ君の約束を守る気なんて無いのね!! 許さない―――!!
そう、心では思うのに、体が動かない。
きっと、私自身、彼が死んでしまって、ショックで立ち直れなくなってしまっているのだ。
そんな私の様子を、男はいやらしい笑みを浮かべ――
――次の瞬間、奴の左腕が何者かに切断され、左腕が宙を舞った。
◆
「ぐぁあああっ!!!」
男が悲鳴を上げて倒れる。
そして、男が人質にしていたベルフラウ姉さんはその場で膝を崩し、それをカレンさんが慌てて駆け寄り抱き起こす。
男も、それにエミリアもレベッカも、カレンさんすらその場で起きたことを理解できていない。何が起こったのか正確に理解してるのは、僕と男の腕を切断した『彼女』だけだ。
「―――お見事ですね。よく奴の注意を引き付けてくれました」
僕の首元に小さく、柔らかい手が当てられる。そして、そこから光が溢れ、僕の傷が治っていく。彼女の手が離れて、僕は体を起こして自分の首元に手を当てる。血は流れたけど、傷は完璧に治っている。流石だ。
「ありがとうございます。ウィンドさん」
僕は、男の左腕を斬り飛ばし、傷を治してくれたウィンドさんに礼を言った。
「いえ、お気になさらず」
そこにいたのは、姿を隠していて存在感を消していたウィンドさんだった。
「レイーーー!!」「レイ様ーーー!!!」
「うわっ! ちょ……二人とも、落ち着いて……!!」
エミリアとレベッカが僕に急に僕の腕に抱き付いてきた。最初ビックリしたが、二人とも泣きながら声を震わせている。二人の頭を撫でて落ち着かせようとするが、泣いたまま離れてくれない。
流石に、芝居といえども実際に首を斬るのはやり過ぎたか……。
かなり二人にはショックなものを見せてしまったかもしれない。そう思いながら二人が落ち着くまで二人の背中を撫でる。
そんな僕達を見て、カレンさんはホッと一息付いた。
カレンさんは意識を失っている姉さんを抱きかかえたまま言った。
「アンタ、帰ったんじゃなかったの?」
「はい、帰るフリをしました」
「はぁ!?」
カレンさんがマジ切れし掛けてる!!
「儀式を行っている最中、私の索敵で何かが接近してくるのを感知しました。
そして、少しの間姿を隠していたのです。何かあった時、伏兵として隠れていた方が都合が良いと思いまして」
「へぇ……」
カレンさんは納得したように見えたが、すぐに怒りを爆発させた。
「――って! 何かが近づいてくるなら私達にも言いなさいよ!! 何で私達にも隠してるわけ!?」
「『敵を騙すにはまず味方から』ということですよ、カレン」
「こ、こいつ……!!」
カレンさんは言い返そうとするが、
結果的にウィンドさんに救われたのでそれ以上何も言えなかった。
そして、カレンさんは僕に視線を合わせて、すぐに視線を逸らした。
……目元から涙が零れていたように見えた。
僕の思い上がりかもしれないけど、心配してくれたんだね。
「ありがとう、カレンお姉ちゃん」
「―――!!」
カレンさんは、顔を赤らめて後ろを振り向いて黙り込んだ。
そんな様子に、僕とウィンドさんはクスッと笑った。
ウィンドさんは、男が現れるまでずっとこの広間の中で姿を隠していた。
風魔法の中には、姿を消す魔法もあると以前カレンさんに聞いたことがある。
風魔法が得意なウィンドさんは、おそらく、それを使ったんだろう。
そして、男に隙が出来るまで隠れ、直前に僕に存在を知らせてくれた。
この完全な密閉された空間、誰も動けなかった状態で風など吹くわけがない。
その状況を利用して、僕だけに存在を気付かせたのだ。
後は簡単だ。男に隙を突くためにあえて僕は挑発に乗った。
流石に本当に死ぬわけにはいかないので、喉から横にズラし首元を代わりに裂いた。
そのまま倒れ込んでしまえば、致命傷かどうか判別なんて付かない。
案の定、男は盛大に油断してくれた。
その結果、ウィンドさんの
ウィンドさんに左腕を切断された男は、大量に紫の血を流しながら後ろに下がる。
「ぐうぅ……き、貴様らぁ!!」
男は切断面から血を吹き出しながら、僕達に向かって叫ぶ。
男は無事な右腕で何とか、立ち上がって憎悪の目でこちらを睨みつける。
「よくもこの私の腕を……!」
男は残った右腕から魔力を迸らせ、こちらに攻撃しようとしてくる。その前に、僕は、正面に駆け出し、床に転がっていた<龍殺しの剣>を拾い上げて投げ飛ばす。
「な、何……?」
僕の思わぬ行動に動揺した男は、
自分に飛んできた剣を避けきれず、その腹に剣が思いっきり突き刺さった。
「ぐああっ!!」
男は苦痛の声を上げる。
すかさず、カレンさんとウィンドさんは動き、カレンさんは即座に斬りかかり、ウィンドさんは風の刃を複数飛ばすが、男はその攻撃をギリギリで躱し飛行魔法で空中に逃れた。
男は突き刺さった剣を残った腕で抜き取り、投げ捨てる。
そして、血走った眼で叫んだ。
「覚えていろ、人間ども!! いつか貴様らを皆殺しにしてくれる!!」
捨て台詞を残して、その場から消失した。
「逃がさないわよ!!」
カレンさんはその後を追おうとするが、ウィンドさんがそれを止める。
「今のは
「……分かったわ。でも、次に会った時は必ず仕留めるわ。あんな奴を生かしておいたらろくなことにならない!!」
「それは私も同感ですね。私ですら隙を見つけるのに苦労しましたから……」
カレンさんの言葉にウィンドさんは同意する。確かに、あの男がこのまま大人しく引き下がるとは思えない。
今度こそ、確実に倒さないと……。
「レイ、怪我は大丈夫ですか?」
エミリアが心配そうに聞いてくる。ようやく泣き止んでくれたみたいだ。
「うん、もう傷は完全に治ってるよ。ごめん、二人に心配掛けたね」
「……良かった」
「それにしても、あの<リディア・クラウン>という男。あまりにも卑劣で、残酷な男でした。……わたくし達はずっと、あの男に騙されていたのですね……!!」
レベッカは、今度は怒りを露わにした。
「……そうだね」
僕達は騙されていたのだろう。
違和感は感じていたけど、それに気付くことが出来なかった。
自分のバカさ加減に嫌気が差す。
そんな風に自分を責めていたのが理由だろうか。
体の力が抜けて、その場で膝を崩してしまう。
「れ、レイ!」
「レイ様!!」
エミリアとレベッカが倒れた僕に寄り添い、体を支えてくれる。
「だ、大丈夫……さっき、血を流しちゃったから力が抜けちゃって……」
流石に自分でも無理をしたと思う。
だけど、ああでもしなければ隙を付けなかったし、
それほどにあの男は強敵だった。
「……そうだ、姉さんは?」
姉さんは、男に首を絞められてから意識を失ったままだ。
それ以前にも血を抜かれて体調を崩していた姉さんの事が心配でならない。
「ベルフラウさんは大丈夫よ。意識は失ってるけど、ちゃんと呼吸はしてる」
カレンさんは、意識の無い姉さんを膝枕しながら言った。
「……良かった」
安心したら一気に力が抜けて、そのまま僕は眠りについた。
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