第233話 最後の手段

「姉さん?」

「レイくん、あそこを見て」


 姉さんが指差す方向を見ると、

 柱の傍にここに居ないはずの人物が立っていた。


「……えっ?」

「……クラウンさん?」

 姉さんの言葉通り、指を差す方向には、街で僕達の帰りを待っているはずのギルドマスターのクラウンさんが壁を背に立っていた。


「やぁ、元気そうで何よりです」

 クラウンさんは、この場には似つかわしくない笑顔を見せて言った。


 ……おかしい、この人はどうやってここに来たんだ。


 この階層の通路は侵入者用のトラップのせいで完全に壁になってしまっており、現状僕達は閉じ込められている状態だ。


 魔法による脱出ならともかく、こんな地下にある密室空間へ入る魔法など聞いたことが無い。


 そして、疑問に思ったのは僕だけではなく仲間たち全員だった。


「……クラウンさん、どうやってここに」


「ところで、キミ達は呪いの解呪に成功したのかい?」

 クラウンさんはこちらの質問に一切答える気がなく、質問を質問で返した。


「……ええ、もう大丈夫です」


「そうか、それは良かった」

 僕が答えても、彼はまるで興味がないかのように話を切った。

 何だ、この淡泊すぎる反応は……。


 この人は街の事を想って、

 僕達に頭を下げて呪いを解いてくれと頼んでくれた筈なのに。

 それなのに、まるでどうでも良いことのように返した。


 街で会った時のクラウンさんと違い、

 まるで無機質なロボットのような反応に違和感を覚える。


「それで、あなたは何をしに現れたのですか? まさか本当に私達の様子を確認する為だけにここへ?」


 姉さんも何かを感じ取ったのか、警戒しながら訊ねる。


「ああ、その通りだよ。君達が解呪に失敗した場合に備えて、万が一にね」


 万一……?


 僕達が失敗したら今度呪いが掛かるのは僕達だ。

 この人はそれを想定に入れていたという事か?

 下手に手を出せば今度は自分が呪われるというのに?

 いくらなんでも無謀過ぎる。


「……」

 流石に、不審に思った僕達はクラウンさんと距離を取る。

 冒険者ギルドで会った時の誠実な印象だったクラウンさんと目の前の人物はまるで別人だ。


 僕とカレンさんとレベッカは武器に手を掛ける。

 過剰かもしれないが、今の彼はそれほどまでに奇妙な行動を取っている。


「……おや、随分物騒ではありませんか。危ない物は下ろしてもらえませんか」

 こちらが武器を構えたというのに、クラウンさんは驚いた様子もなく怯えてすらいない。


「……クラウンさん。

 もう一度答えてくれませんか? あなたはどうやってここに入ったんです?」


 僕が知る限り、この場所に来れる手段などほぼ存在しない。


 可能性があるとするなら、姉さんが使用できる<空間転移>だが、この魔法は普通の人間が使えるようなものでは無い。


 冒険者ギルドのギルドマスターを務めている以上、名うての冒険者だった可能性もあるが、それでもカレンさんよりも強いとは考えにくい。


 例えそうであっても<空間転移>を使える筈がないのだ。

 なのに、当のクラウンさんは当たり前のように、こう答えた。


「そんなに難しい話じゃないよ。

 不可能だろうけど、僕達のような魔王の眷属ならこれくらい出来て当然だからね」


 ―――!


「あなた、まさか―――!!」

 カレンさんは剣を振り上げて、クラウンさん目掛けて<聖剣技>を放つ。

 しかし、クラウンさんはどういう原理か、手を構えて、その攻撃を無力化してしまった。


「おっと……危ないね。全力の攻撃だったらとても防げなかったよ」

「くっ……」


 あり得ない。今カレンさんが放ったのは聖剣技の<聖爆裂破>ホーリーブラストだ。

 本気で無かったとしても、放てば地面の表面を軽く削り取るだけの破壊力があるはず。並の魔物ならば光を浴びた瞬間消滅したっておかしくない。


「はぁ……はぁ……!」

 技を放ったカレンさんは息切れしており、かなり消耗しているようだ。

 まさか、技を使いすぎたせいで聖剣技の威力が下がっている……?


 例えそうであっても、クラウンさん。いや、目の前の男は脅威だ。

 僕たち全員武器を取り出して、いつでも男に斬りかかれるように構える。



 そして、男は僕達を一瞥し、

 やれやれと言いながら、僕から横に視線を逸らして男は言った。


「僕に意識を向けているようだが、キミ達気付いているのかい? そこの女性は随分辛そうにしているが」


「えっ……?」


 僕らが男の視線の先を辿ると、

 そこにはしゃがみ込んで辛そうにしている姉さんの姿があった。


「姉さん!!」

「ベルフラウ!!」

「ベルフラウ様、しっかり!!」

 僕、エミリア、レベッカはすぐに姉さんに駆け寄ろうと男から視線を逸らす、それがいけなかった。


「遅い」 

 いつの間にか背後にいた男が僕達に声を掛けてきた。


 ……速い!! 気配を完全に消していたのか、まったく気付くことが出来なかった。


「ぐぁああっ!?」

 僕の身体に激痛が走り、そのまま僕達三人は壁に吹き飛ばされてしまう。


 ――な、何をしたんだ……今のは?


 男はいつの間にか僕達の背後に回り、手をこちらに構えた。

 だが、それだけだ。


 一瞬で背後を取られたのは驚いたが、攻撃を加えるような動きはしてない。

 それなのに、僕達三人は一瞬にして吹き飛ばされてしまった。


「……随分あっけないな。封印の悪魔共を叩きのめしたという話を聞いた時は驚いたものだが、マグレだったのかい?」

 男は好き勝手に言ってる。

 言い返してやりたいけど、こちらはそんな余裕はない。


「ぐぅ……」

 僕は痛みに耐えながらも何とか立ち上がる。

 しかし、エミリアもレベッカも同じ状態だ。


「レイ君!! エミリア! レベッカちゃん!!」

 カレンさんは、男に剣を振るうが、

 男は一瞬で瞬間移動のように距離を取り、姉さんのいる場所まで移動した。


「―――っと、さすが<蒼の剣姫>だね。

 かなり弱っているというのに、鋭い一撃だ。やっぱり、例の悪魔共もキミが倒したのかい?」


 そう言いながら、男は自分の頬を拭う。

 頬は、カレンさんの一撃が掠っており、一文字に傷が出来ていた。

 しかし、男はニタリと笑った。


「でも、ここまでだ」

 男は、倒れ込んでいる姉さんの首を片手で掴み言った。


「カレン・ルミナリア、この女を死なせたくなければ、その聖剣で自害しろ」

「……ッ!」


 男は姉さんの首を掴み、喉元に親指を押し当てる。

 カレンさんが動こうとしたら即座に喉を潰して窒息させるつもりなのだろう。

 このままでは姉さんが危ない……!!


「や、止めてくれ!! 姉さんを離してくれ!!」


「おや、キミは確かこの女の弟だったかな? なら、キミにもチャンスをあげようじゃないか」

 男は僕に向かって手を差し出す。


「ほら、キミがその刃で即座に自害してくれたら、私も気が変わってこの女を助ける気になるかもしれないよ」


 男は薄ら笑いを浮かべながらそんなことを言った。

 ギルドマスターとして会話したクラウンとは似ても似つかない表情だった。

 だが、男はこちらに声を掛けながらもカレンさんから目を離さない。隙が出来たら即座にカレンさんに斬られると判断してるからだろう。



「……く」

 仮に、僕が自害したとしても姉さんを助ける保証なんて無い。

 いや万に一つでも姉さんを助けることは無いだろう。この男は。


「どうしたんだい? 早くしないと、私の指はこの女の喉を潰し殺してしまうぞ」

 男は更に指に力を込める。


「……ぅ」

 姉さんの苦悶の表情を見て、僕は咄嗟に男に飛びかかりたくなった。

 しかし、それをグッと抑えて、足に力を込める。


 ……どうする!?

 この場で奴に飛びかかっても隙は無い。

 おそらく、僕の攻撃を軽くいなして僕を殺した後に姉さんを殺すだろう。


「や、やめてくれ、僕の命で良ければ――」


 ―――その時、一瞬風が吹いた気がする。


「(……風、一体何処から―――!?)」


 その瞬間――気付いた。


「……わかった」


「レイ君!?」

「大丈夫です。カレンさんはそこで待っていてください」

 僕は、手に持った<龍殺しの剣>を下に落として、もう一本の<魔法の剣>を自分の喉に向ける。


「れ、レイ……いけません!」

「レイ様!!」

 壁伝いに何とか立ち上がったエミリアとレベッカは必死に僕を止めようとする。


「二人とも、止めないで……大丈夫だから」

 僕はゆっくり、ゆっくりと喉に剣先を向けて、切っ先が僕の喉元に当たり血が流れ始めた。

 そして、僕は一気に自分の『首横』に突き立てた。

 その瞬間、僕の首から血が飛び散り、その場に倒れ伏した。

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