第236話 元凶

 食事を済ませた後、僕は再び横になった。

 レベッカは、足りなくなった僕のお薬を病院に取りに行ってくれている。


「……さっきより顔色が良くなってますね」

 エミリアが僕の顔を覗き込んでくる。


「ん……そんなに顔色悪かった?」


「食事しているときはマシでしたが、最初見た時はかなり青ざめてましたよ。首からの出血が思ったよりかなり酷かったみたいですね。そのせいでベルフラウより目覚めるのが遅かったです」


 姉さんは一日で目覚めたとエミリアは言った。

 出血の量は僕の方が全然酷くて、結構危ない状態だったらしい。


「それで、今は大丈夫なのかな」


「はい、少なくとももう命に別状はないはずです。

 お医者さんに診てもらって、足りない血の量を調合した薬で補ってもらいました。後は自然治癒に任せれば大丈夫ですよ」


 エミリアは僕の眠っているベッドに腰かける。

 こんな風に寄り添って近くに居てくれると僕も安心する。


「そっか……じゃあ、しばらくはあんまり動けないかな」

 緊急の依頼があと一つ残ってたけど、しばらくは無理そうかな。

 

「あと数日安静にしてれば大丈夫ですよ。

 もしレイが不安に感じたなら、病院の方にお世話になっても良いですが、どうします?」


「大丈夫だよ」

 僕はみんなの近くに居たいし、病院に行って独りぼっちは嫌だ。

 そして、病院という言葉で思い出したことがある。


「……そうだ、呪いはどうなったの?」


「その件ですか。大丈夫ですよ、この街に蔓延していた呪いは収まりました」


「良かった……」

 色々体を張った甲斐があったというものだ。


「今はもう大半の患者さんは病院から退院して、冒険者として復帰してます。

 これで事実上機能停止していた冒険者ギルドも問題なく活動できるそうですよ。私達の報酬もたんまり頂きました」


 冒険者ギルド、何か忘れてるような……?


「あ、思い出した! クラウンさん……ギルドはどうなったの?」

 僕がその事を訊くと、エミリアは難しい顔をした。


「あー……それなんですけどね」

 エミリアは既にカレンさんと一緒に、その件について報告していたようだ。

 そして、その時驚くべき事実を聞かされた。



「―――存在しない?」


 僕がエミリアに伝えられたのは、<リディア・クラウン>などという人物は、初めからこの街に存在しなかったという話だった。


「それってどういうことなの?」


「この街のギルドマスターというのは、別の名前の人物だったらしいです。

 ですが、とある時期から、<リディア・クラウン>という名前に書き換えられていて、それを誰も疑わなかったらしいです」


「疑わなかった?」


「どうも……記憶の改ざんがあったようです。

 あの男は、何食わぬ顔でギルドに入り込み、以前のギルドマスターを殺し、周囲を洗脳し、記録を自身の都合のいいように書き換えていたみたいです。今は記憶が戻っているようですが」


「なるほど……それはまた厄介だったね」


「そして、今回の呪いの一件も元々あいつが仕組んだことのようでした。

 記録を辿ってみると、そもそも遺跡の調査依頼書を書いたのはあの男で、この街に呪いを蔓延らせるために、わざと冒険者に危険性を伝えず、呪いのアイテムを持ち帰らせたようですね」


 僕達はずっとあの男の掌で踊らされていたという事か。


「でも、何故そこまでして……」

 あの男が普通の人間で無いことは分かってる。

 目的は一体何なのだろう。


「……どうやら、今回蔓延した呪いに理由があったようです。

 今回の呪いですが、単純に体調が悪くなり、マナが回復しないというだけでないようです。

 レイは、あの遺跡の奥で見た、正体不明の化け物を覚えていますか?」


 遺跡の奥で見た化け物?

 あの、人間の形をしているけど、何処かしら異常な存在だった……。


「え、まさか………」

「それです……呪いが最大まで悪化すると、人間はあのような状態に変化してしまうようです。実際、この街で治療が間に合わなかった患者がああいった状態になっていたようで、止む終えず殺すしかなかったとお医者様は言っていました」


「そんなことが……」


「あの男の目的は、この街の人間を全て化け物に変えることだったようです。

 魔王復活の邪魔になりそうな冒険者達を一掃し、同時にその冒険者達を化け物にすることで自軍の戦力を底上げするのが目的……と私は予想しています」


 今の話はどうやらエミリアの推測混じりの話だったようだ。


「だとすると、何故あいつは僕達に遺跡の封印の依頼をしたんだろうか?」

 今の話を考えると、僕達に調査されて封印を施されると困るはずだ。


「これも予想になりますけど、聞きますか?」


「うん、聞かせて欲しいな」


「……恐らくですが、奴は封印させる気なんて無かったと思います。

 思い出してください。そもそも封印すると切り出したのは私達ですよね。あの男はそれを渋々了承していたに過ぎない」


「言われてみれば、確かに……」

 最後こそ、頭を下げて『お願いします』と言われたけど、元はこちらから切り出した話だ。


「そして、黄金像を封印されていた場所もおかしかった。

 通常の風景に擬態させていましたが、あれは意図的に隠さないとできないはず。最初は呪いを漏らさないようにという配慮かと思いましたが、下手に誰かが呪いのアイテムを持ち出して効力を下げられてしまうことを恐れていたのでしょう。

 街から離れた場所に置いたのは呪いから街を守るためでは無くて、誰にも手の届かない場所に置くことが目的だったと考えられます」


 あの黄金像の件は矛盾があった。

 今思えば、呪いを抑える気が無かったからだろう。


「……ん? でも、何でそれなら僕達にその封印の場所を教えたんだろ? 言わなければ解決しなかっただろうに」


「それは、まぁ容易に予想は出来ますね。

 まず、教えないというのは不可能ですよ。虚偽きょぎであってもギルドマスターの地位に就いていたわけですし、嘘でもこの街の為に行動を起こさないと自身に疑いを向けられてしまう。

 記憶操作の魔法というものは繊細で、使用者に疑いが掛かると魔法が解けてしまうこともあるのです。それを避けたのでしょう」


「じゃあ、僕らに教えたのは奴にとって不本意だったってこと?」


「そうですね。ですが、奴は策を打った。それが遺跡での襲撃です。

 まず私達が事前に遺跡を訪れることは奴にはお見通しだった。当たり前ですよね、自分で場所を教えたのですから」


「まぁ、そうだね」


「そして私達が遺跡を訪れる前に、魔物達と化け物となった人間を集め、私達が必ず来るであろう最深部で待ち構えた」


「……つまり、魔物を集めて僕達を皆殺しにさせようと画策かくさくしたってこと?」


「その通りです。奴は、遺跡の三階で壁が迫ってくるトラップの存在を知っており、それに引っかかれば私達は大広間に入らざるおえなくなる。そうすることで私達を脱出困難な状況に追い込み、圧倒的な数の暴力で皆殺しにするつもり、でした。結果的には失敗しましたけどね」


 急に壁が迫ってくるトラップだった。

 扉を開けるのが間に合わなければそこで僕達は潰される。

 大広間に逃げ込んだとしても、そこで魔物の奇襲に合う。


 通路は長く、壁が迫ってきてから階段に戻ろうとしても間に合わないだろう。

 迷宮脱出魔法ターンエスケープの魔法陣を描く時間も無かった。

 結果的に助かったとはいえ、初見では対処しようがない。


「そして、あの男はそれの成否を確認するために、再びあの遺跡に舞い戻った。

 すると僕達はピンピンしており、かつ呪いの解除まで済ませていたため、計画が全て狂い、自ら手を下すことを決めたって感じかな」


「……最後はレイに言われてしまいましたが、そんな感じだと思います」

 エミリアは少し恥ずかしそうにしているけど、多分当たっていると思う。


「……さて、これで今回の件についての説明は全て終わりです。他に何か質問はありますか?」


 今の話で、疑問に感じた部分があるとするなら……。


「……あの最深部に居た魔物達は通常よりも強化されていたよね。多分<黒の剣>が関わってたと思うんだけど」


「そうですね。それは私も同意します」


「でも、あの場にはデウスはいなくて、代わりにあの男が居た。

 という事は、あの男とデウスは繋がりがあると考えていいんだろうか……」


 そこでエミリアは黙り込む。


「何とも言えませんが……。デウスは自分を『魔王の誕生を望む者』と称してましたし、クラウンという男は自分を『魔王の眷属』と言っていました。となれば、互いに協力関係にあってもおかしくはないでしょうね」


 魔王の眷属……か。


「魔王の眷属の目的は何なんだろう。魔王の復活なのかな」


「恐らくそうでしょうね。前にもチラッと話をしたかもしれませんが、魔王が復活すれば魔物が凶暴化して強くなる。眷属である悪魔も同じでしょう。奴らは力を得て、今度こそ人間を皆殺しにして魔物の世界に作り替えるのが目的だと思います」


 そんな世界、絶対にさせたくはない。


「とはいえ、歴史上今まで魔王が人間に勝てたことはありません。

 それもあって、眷属も必死で知恵を凝らしているのでしょう。今回のように人間を化け物に作り替えたりだとか、<黒の剣>だとかなどなどです」


「……そっか」

 僕はどうしたら良いのか分からず、ただそれだけしか返せなかった。


「……あ、話が逸れちゃいましたが、まだ聞きたいことがありますか?」


「ううん、もう大丈夫だよ。ありがとう」


「いえ、それでは話が長くなりましたが、ゆっくり休んでくださいね。レイはまだ安静にしてなきゃダメなんですから」


 それでは、とエミリアは部屋から出て行った。


「……もうちょっと居てくれてもいいのに」

 気を遣ったんだろうけど、誰も居なくなると途端に寂しくなる。

 

 残された僕は一人ベッドの上で天井を見つめていた。

 これから、どうしようかな。


 正直、僕が戦う意味なんてあるのだろうか。

 そもそも、この世界に来てからずっと誰かに助けられてばかりだ。

 いくら、勇者だと言っても、今のところ僕は普通の冒険者と変わらない。


「……はぁ」

 ……駄目だ、考えても仕方ない。

 エミリアの言った通り、また眠ることにしよう。

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