第325話 この想いを……

 二人の戦いはもう終盤だ。

 レベッカは、自身の槍を手に持ち、エミリアに向かって行く。

 その速度は序盤と比較してかなり落ちており、体力の消耗を伺わせる。


 しかし、そんな状態のレベッカ相手だが、

 エミリアは序盤と違って、レベッカ相手に距離を取るのに精一杯になっていた。


【視点:エミリア】


「はぁぁぁぁ!!」

「うっ――!!」


 レベッカの槍がエミリアの僅か数センチ横を掠める。手加減はほぼ無い。並の攻撃であれば、姉さんの掛けた防御魔法が機能し、ある程度の直撃は防いでくれる。だが、それでも今のエミリアが槍の直撃を受ければおそらく数発で倒されてしまう。


 それだけエミリアとレベッカには身体能力に大きな差がある。

 エミリアは窮地に立たされていた。


<飛翔>まいあがれ!」


 エミリアは上空へ飛び上がることでレベッカの槍を避ける。

 そして、そのまま空中で詠唱を始める。


<中級火炎魔法>ファイアストーム!!!」

 エミリアは即座に詠唱し、レベッカに対して炎の渦の攻撃で対抗する。


 しかし、レベッカは手に持つ槍を両手で空に向けて回転させる。そして、最後に勢いよく振り上げる。すると槍から凄まじい風の刃がエミリアの炎を切り裂き、炎が完全に霧散する。


「――っ!!」

 エミリアは絶体絶命だ。

 上空であればレベッカの攻撃は簡単には届かない。

 今のレベッカは制限により弓を使用することが出来ず、強力な時魔法も使用が出来ないことが分かっている。レベッカの得意属性の地属性魔法は上空にいれば無力のはず。


 だが、現実は圧倒的な劣勢だ。

 レベッカの槍一つでここまで窮地に追い込まれてしまっている。


「(中級魔法では太刀打ちできない。上級魔法が使えれば……!!)」

 ここに来て、自身に掛かっていた制約が重く圧し掛かる。

 飛翔で飛べる時間もあと僅かだ。


 だが、私にはもう考えている余裕は無さそうだった。


「エミリア様、作戦は終わりましたか?」

「!?」

 自分のすぐ真横からレベッカの可愛らしい声が聞こえた。

 そちらを見ると、純粋な跳躍力で空を飛翔している自分を飛び越えて、


「はあああっ!!」

 レベッカは私に向かって槍を振り上げる。

 私は咄嗟に杖を犠牲にしてその攻撃をどうにか防ぐ。

 

 しかし、その勢いを殺しきれず――


 ――ドスンッ


 八メートルほどの高さから、私は地上に勢いよく叩き落とされる。


「ぐううぅぅ――!!」

 直撃こそ防いだものの、地上に叩き落とされた時に足を挫いてしまった。

 が、それでも必死に立ち上がる。


 そして、レベッカの詠唱が聞こえてきた。


「大地の精霊よ。我が声に耳を傾けたまえ。

 地よ、我が声に応じて、その大自然の力を解放せよ———!!」


 そのレベッカの声の意味に気付いた私は、

 咄嗟にその場から再び<飛翔>で浮き上がろうとする。


 地上はマズい。

 地上に居るかぎりレベッカの地属性魔法の餌食になってしまう!!


 私は何とか発動寸前で飛び上がる。が、


<大地震>アースクエイク!!」

「きゃああぁぁ――!!」


 レベッカの放った魔法によって、

 空間が激しく脈動し、私は再び地面に叩きつけられる。

 今度は足ではなく、全身を地面と激突する。


「か、身体が……」

 もしかしたら何か所か骨が折れてしまったのかもしれない。

 所々激痛が走り、まともに動かすことすら出来ない。


 周囲は、レベッカの魔法により地面に亀裂が走っている。

 そして私が倒れている場所も、亀裂が入り―――


「あ―――」

 私を支えていた地面が遂に陥没し始める。

 そして、私の身体が底なしの底に沈もうとした時―――


「エミリア様!!!」


 ――絶体絶命の状況を覚悟した瞬間

 ――レベッカの小さい手が私の前に差し出される。


 私は、その手を迷わず掴んだ――


 ◆


 そして、二人の勝負は終わった。


 結果はレベッカの逆転勝ち。

 エミリアも前半は圧倒的な物量と隙の無さで、レベッカを完封していたが、

 レベッカの逆転の一手により、完全に優劣が逆転した。最後は大地震の魔法でエミリアが地割れによって落ちる寸前だったところをレベッカに助け出された。


「……やっぱり、レベッカは強いですね……。私の、負けです」

 最後はレベッカに抱きかかえられながら、エミリアの降参負けだった。


 ◆


「もう、二人とも無茶し過ぎよ!!」

 姉さんはエミリアとレベッカに回復魔法で治療しながら説教をする。


「め、面目ありません」

「つい、熱が入ってしまいまして……」


 二人は反省しているが、まあ、確かに今回は少しやりすぎ感はある。

 姉さんの言う通り、二人共ちょっと冷静さを欠いていたと思う。


 元々、姉さんに戦い方を見せるためだけに二人に手合わせしてもらったのだけど、ここまで手に汗握る真剣勝負になってしまうとは予想だにしなかった。頼んだ僕自身も少し責任を感じている。


「姉さん、その辺で……二人に頼んだのは僕だし」


「でもぉ……二人とも、防御魔法使ってたとしても手加減なんて殆どしてなかったんだよ?

 もし死んじゃってたら私の魔法でもどうしようもないんだから」


「そっか……ごめんね、二人共」

 僕は素直に謝ることにした。今回の一件は僕の軽い一言が発端だ。


「いえ、こちらこそ申し訳ありませんでした。

 まさかエミリア様にそこまで本気を出していただけるとは思わず……本当にすみません」


「わ、私も……レベッカと戦えてとても楽しかったです」

 実際、エミリアは本当に楽しそうに戦っていた。

 レベッカも冷静沈着に対応してたけど、戦闘そのものに一切妥協していない。


「ところで、エミリア様。

 戦いが終わったら話したいことがあると仰っていましたが……」


「え、あ……そ、それはちょっと二人の前では言いにくくて……」

 エミリアは顔を赤らめながら、こちらをチラチラと見る。


 こ、これは、僕達は一旦退散した方が良いな。


「姉さん、ちょっと散歩でも行こうか」

「えっ、でも」

「いいから……」


 僕は姉さんの手を掴んで、その場から離れた。


「(……頑張ってね、エミリア)」

 心中は僕としても複雑だしレベッカの返答はもっと気になるけど、

 それでも彼女が伝えたいと思うなら言うべきだ。


 ◆


【視点:エミリア】


 レイ達は気を利かせてくれたようです。

 これで、少し言いやすい環境にはなりましたね。


「(ごめんなさい、レイ。

 あなたの気持ちは分かっているのですが、それでも一度は彼女に伝えておきたくて……)」



 私が今から伝えるのは自分の勝手な想い。

 それでも、私は一度この感情をはっきりとさせなければいけなかった。

 女性同士であることは分かっています。


 ですが、彼女は私にとって大親友であり、

 超えるべきライバルであり、そして……何よりも大切な人なんです。


 レイが私と彼女どちらかを選択できないように、

 私もレイとレベッカどちらかを選ぶという事が出来ない。


 だから――


「あの、レベッカ。実は、その……わ、わたし、レベッカのことが――」

「――――」


 ◆


 それから一時間後、僕達は適当に時間を潰してから戻ってきた。


「あ、レイ様、ベルフラウ様、お帰りなさいませ」


「レイ、ちょっと遅かったですね」


「うん、まぁ……色々あってね」


 特に何かあったわけでもないけど、正直戻ってから何言おうか悩んでた。姉さんに詳しく説明するわけにもいかなかったから、軽く姉さんと手合わせしてあげてたけど。


 レベッカとエミリアの仲が悪くなったりとかそういうことは無さそうだ。少なくとも、レベッカに関してはいつもと何も変わらない。ただ、エミリアの顔がまだ赤いのが気になったけど。


 僕はエミリアの隣に移動して、こっそり内緒で声を掛ける。


「その、どうだった?」


「気になります?」


「そりゃあね……」


「ふふっ、大丈夫ですよ。ちゃんと自分の気持ちを伝えてきましたから」


「そっか……」


「はい」


 ………気になる。レベッカはなんて答えたのだろうか。


「(いや、考えるのはやめておこう)」


「大丈夫ですよ、レイ。私達の関係が壊れるなんてことはありませんから」


「えっ?」

 エミリアの言葉に思わず驚く。

 僕の考えてること分かったんだろうか。


 エミリアは僕にぴったりくっ付いて、二人に聞こえないように話す。


「彼女は私の言葉の意味を完全には理解できてなかったみたいです。

 私よりずっと大人っぽい性格してる彼女ですが、変なところで見た目通りの子供なのが笑ってしまいますよね」


「理解できてなかった、ってことは」


「私が想いを伝えたら、レベッカは首を傾げて『わたくしもエミリア様をお慕いしておりますよ?』と言われてしまいました。

 まったく……私があれほど勇気を出したのに、これなのだから拍子抜けしちゃいますよ」


「そっか……でも、良かったね」

「えぇ、本当に……」


 エミリアは嬉しそうに微笑む。色々吹っ切れたのだろう。

 僕も、そんな彼女の笑顔を見てほっとした。


「それから……。レベッカに、これからは一緒に色々なところに行って遊びましょう。と伝えました。勿論、レイと私とレベッカの三人で……です。

 こういうことに無頓着な彼女でしたが、『わたくしで良ければ、お付き合いいたしますよ』と快く返事をしてくれました」


「そっか……」

 二人きりじゃないけど、それでも次の段階にようやく……。

 

 エミリアと。

 それに、レベッカとも。


「あ……でも、レベッカに変なことしちゃダメですよ。

 あの子、まだまだ幼いんですから、いくら可愛くても誘ってるように見えても、無垢な子なんです」


「わ、分かってるよ……」

 僕はこのチャンスを逃したくない。レベッカとエミリアと、三人で過ごす日々を想像すると胸が高鳴った。


「レイ、顔真っ赤ですけど大丈夫ですか?」

「な、な、な、何でもないよっ」


 僕は慌てて顔を逸らす。

 姉さんは不思議そうな目でこっちを見ていた。


 結局、僕が二人のどちらを選ぶのかは分からない。


 でも、それは今すぐ決める必要も無いんじゃないかと思う。


 僕は今、とても幸せだ。


 だから、今はこのまま―――





「……あれ? なんか私だけ置いてきぼりな雰囲気になってない?」



 元女神で現レイのお姉ちゃんであるベルフラウは、

 周囲の雰囲気的に自分が完全に蚊帳の外にいる事に気づいてしまった。



 その後、二人の戦いを参考にした姉さんは、

 何とか闘技大会まで最低限戦えるように頑張ったのだった。






  その想いは本当に恋愛感情なのか。


  恋愛に疎い彼女はまだそれが分かっていない。


  だけど、今感じている気持ちが嘘偽りでないのも事実。


  だからこそ彼女は自分の本当の気持ちを知りたかった。


  それが恋なのか、信頼なのか、それとも友情なのか。


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