第324話 ライバルだからこそ

【視点:レベッカ】


「くっ――!!」

 レベッカは、迫りくる氷の槍に対し、

 筋力強化と射程強化の魔法を併用して槍の一突きで破壊していく。


 しかし、その数は膨大。

 レベッカが十の氷の槍を防いだとしても、彼女の背後の魔法陣が更に展開されていく。どれだけ凌いでも、無限と錯覚するほどに展開される彼女の魔法には戦慄を覚える。


 目の前の氷の槍の一つ一つは、彼女が槍を振るうかぎりは脅威では無い。

 だが、レベッカの体力が消耗してしまえばその状況は一気に瓦解する。


 きっと、それは彼女もそれは分かっている。レベッカが一瞬でも隙を晒した瞬間、次に用意した更に高威力な魔法によって勝負を決めに来るつもりなのだろう。


 レベッカが焦って無理に攻撃しようとしても、氷の槍が被弾してダメージを受けてしまう。彼女のMP切れを待つという手もあるが、先にレベッカの体力が切れてしまう方がおそらく早い。


「(流石、エミリア様。

 私などよりも遥かに魔法使いとして格上でございます)」


 レベッカの魔力は彼女に遠く及ばない。

 彼女は自身の過小評価しているが、彼女はそれ故に常に高潔な精神で己の能力を磨き上げ、比類ないほどの膨大な魔力と、その魔力を活かすための魔法の研究を怠らない。


 それは、わたくしには到底成し得ない技能だ。

 初めて会った時から、彼女には尊敬以外の感情が浮かばない。


 だからこそ、こうやって相対した時の圧倒的な力差を感じてしまう。


「(――ここは、賭けに出る必要がありますね)」


 このままでは彼女に勝てない。

 真っ当な手段ではこの状況を逆転させる方法が無い。

 レベッカは既に詰んでいる状態だ。


 だからこそ、真っ当でない手段でこの状況を打開する策を講じる。


「(上手くいくかどうか――)」

 レベッカは目を瞑る。そして、自身の精神の中に意識を埋没させる。しかし、目を瞑りながらも槍を正確に振るい続け、彼女の攻撃を捌いていく。


 ――しかし、


「ぐっ!!」

 少しずつ体が動かなくなっていく。

 この冷気による氷の槍はわたくしの身体の熱を奪い確実に追い込んでくる。

 体力の限界も近い。血も流し過ぎている。


「(まだ……まだ、耐えなければ―――!!)」


 体力はもう限界に近い。

 だが、彼女はまだ切り札を残しているはず。


 その時こそ、唯一の勝機―――!


【視点:レイ】


「やっぱり……!!」

 予想した通りだ。エミリアは時間の掛かる上級魔法を封じられたことで、物量に特化した魔法のみで戦わなくてはいけなくなった。だけど、これはエミリアにとっては好都合。


 何故なら、上級魔法に比べて初級魔法や中級魔法は詠唱時間がほぼ皆無であり、魔法術式の展開も非常にシンプルな為だ。


 むしろ、スピードに優れるレベッカは、上級魔法など容易く回避出来てしまったはず。だが、ここまで下級の魔法を連発されてしまうと、彼女であっても凌ぎきるのは難しい。更に、彼女の装甲は薄いため、このレベルの魔法でも被弾してしまえばダメージを受けてしまうのだ。


「ま、まさかの展開だね……」

「うん。最初レベッカ有利かと思ったけど、

 蓋を開けてみればエミリアが完全に場を掌握してる」


 このままだと、レベッカはエミリアに完封されて負ける。

 少なくともこの時点では僕達はそう思っていた。


 ◆


【視点:エミリア】


 展開は、今は私が優勢のように見える。

 だが彼女は私の魔法をもろともせずに確実に防ぎきる。


 彼女が氷の槍を十砕く間に、こちらは五の魔法陣を追加で作り出す。見た目の魔法陣の数は減っていないように見えるが、最初に膨大なストックを作っただけで、用意した氷の槍は枯渇しつつある。


「…………」

 私は無言で杖を動かし、魔法陣に指示を出す。

 彼女の体力が切れるか、それとも私のストックが切れてしまい次なる魔法を展開せざるおえないのか……。


「(出来れば、レベッカの体力をある程度削らないと……)」


 次に用意した魔法こそ私の本命。

 次の魔法さえ直撃すれば、装甲の薄い彼女を確実に倒しきれるだろう。

 だが、今の攻撃と比較すると、一撃が重い代わりに数があまり用意できない。

 もし展開しきる前に、レベッカに接近されたら私の敗北が確定する。


「(流石レベッカ、私の最大のライバル――!!)」

 彼女は私と対等な力を持ちながら決して慢心せず常に上を目指している。


 そんな彼女に、私は憧れているのだ。

 だからこそ、この戦いに勝ちたい。


「―――ん?」

 今、彼女が私の氷の槍を完全に捌ききれずに、掠めたような……。

 いや、偶然では無い。さっきから十回に一回程度だが、彼女の身体を掠めて彼女から僅かに鮮血が飛び散っている。ここまでの長期戦の末に、流石にレベッカの体力の消耗が大きかったのだろうか。


「(レベッカなら、もう少し凌ぎきるかと思っていたのですが……)」


 予想ではまだ体力は残っているはずだが、

 彼女の槍捌きが少しずつ重くなり精彩を欠きつつある。


「もしや……」

 私は考える。彼女が今どういう状態なのかを、何を考えているのかを。

 そして、私は一つ、いや二択の結論に至る。


「(――いや、レベッカがこの程度で終わるはずがない!)」

 私は出した結論の二択の内の一択を頭から削除する。


 だとするなら、もう一つの結論となる。

 

 彼女はきっと、待っているのだ。私が動くのを―――


「―――良いでしょう、レベッカ。

 私に誘いを掛けているのですね。なら、誘いに乗ってあげます!!」


 エミリアは、ここで勝負を決めることにした。

 そして、彼女は残っている氷の槍を一斉掃射させる。


「さぁ!! 今こそ、私の切り札を使わせてもらいますよ!!」

 私は、全身全霊を込めて、最後の魔法を展開する。


【視点:レイ】


 二人の戦いはもうすぐ終わる。

 エミリアの魔法が少しずつ、レベッカを追い込んでダメージを与えていく。彼女の身体と、彼女の足元は少しずつ血が滴り落ちてきて、その白い肌が赤く染まりつつあった。


「レベッカ……!!」

「……」


 僕は思わず声を上げるが、

 隣にいる姉さんは何も言わずにじっと二人の戦いを見つめていた。


 しかし、遂にエミリアが大きく動いた。

 エミリアが断続的に放っていた氷の槍は、彼女を殲滅せんと今までストックされていた分が一斉に動き出し襲い掛かる。


 そして、今まで耐え忍んでいたレベッカは、

 その光景を目の当たりにしたショックか大きく眼を見開く。


 次の瞬間、レベッカの周囲をエミリアの槍が取り囲む。

 そして、今までの激しい戦いが嘘のように、静まりかえってしまった。


「レベッカ……」

 おそらく今の一撃でレベッカが戦闘不能になったのだろう。


「お、終わったの———?」

 さっきまで食い入るように二人の戦いを見つめていた姉さんはポツリと漏らす。

 僕も、これで終わりかと思い、レベッカの治療に向かおうと思っていた。


 しかし、戦いはまだ続いていた。


<降り注ぐ火球>スターダストフレイム


 エミリアの次なる魔法が展開される。


「なっ――!!」

 勝負はもう終わったはずなのに、エミリアは更なる追撃を行おうとしている。


「エミリア、もう十分だよ!!!」

 僕は大声でエミリアを制止するが、エミリアは目の前の戦いに憑りつかれているのか、それとも魔法の術式展開に全てを注いでいるのか、こちらの声が全く聞こえていないようだ。


「くそっ……! こうなったら力づくで止めないと———!!」

 下手をすれば、エミリアがレベッカを殺してしまうかもしれない!!


 エミリアの放った降り注ぐ火球スターダストフレイムは、エミリアが放った火球ファイアボールとほぼ同程度の大きさの火球を複数同時展開するというものだ。


 しかし、その数は実に五十を超える。


 エミリアは<飛翔>の魔法で十メートルほど宙に浮きあがり、

 レベッカが倒れていると思われる場所を狙い撃とうとする。


「これで、終わりです!!!」

 そして、エミリアの号令で、五十ある巨大な火球が天からこの辺り一帯を滅ぼさんと降り注ぐ。その全ての火球を掛け合わせた威力は中級魔法どころか、極大魔法に匹敵しかねない威力と範囲がある。


 エミリアに迷いはない。

 このままだといくら姉さんの防御魔法があるとしても、

 軽々と貫通してしまうだろう。


 僕は、それでも彼女を止めようと叫びながら走る。

「止め――――」




<漆黒の渦>ブラックホール




 その、静かな声が聞こえた瞬間、

 レベッカが倒れていると思われた場所から、

 あまりにも巨大な黒い球体が出現した。


 黒い球体は、レベッカの周囲で壁のようになっていた氷の槍を全てのみ込み、天から降り注ぐ数多の火球を飲み込んでいく。そして、エミリアの放った魔法を全て飲み込んだところで、それは消滅した。


「こ、これは……」

「……え? う、嘘……!?」


 僕と姉さんは信じられないものを見たように愕然とする。

 そして、先ほどまで氷の世界だったその場所には一人の少女が立っていた。


「れ、レベッカ……」


 そこには、身体が血で汚れていたものの、レベッカは何事もなく立っていた。



「――――最後の賭けでした。

 エミリア様がもし、あと数秒、降り注ぐ火球切り札の展開が遅かったなら、

 あるいは、私が精神の中で詠唱するだけの集中力を欠いてしまっていたなら、私は降参するしかありませんでした」


 レベッカはそう言って、エミリアに向かって深々と頭を下げる。


 エミリアは彼女の姿を呆然とした表情で見ながら、無言で<飛翔>を解除して、地上に降り立つ。


 そして、エミリアは顔を上げる。


「れ、レベッカ、良かったぁぁぁぁ!!!」

 エミリアは泣きながら喜んでいた。


「えぇ……?」

「えー……?」

 その様子に、僕と姉さんは困惑する。


 エミリアのその様子に、レベッカは首を傾げる。

「もしや、エミリア様。わたくしが死んでしまったと思ったのですか?」


「……!」

 エミリアは、自分の袖で自分の顔の涙を拭う。


「レベッカが、何かを決断しようとしてたことに私は気付いてたんです。

 でも、もし、もしそうじゃなくて、私がレベッカを見誤って、万一の事があったとしたら―――!!」


 エミリアは感情が昂って大声で叫ぶ。

 でも、レベッカはその様子を見て、その血だらけの体に似つかわしくない天使、または聖母のような優しい笑顔を浮かべる。


「エミリア様は何も見誤ってなどおりませんよ。

 わたくしは見てのとおり無事ですし、策があってダメージを負ったのです」


 結果、レベッカは僕達全員を見事に欺き、エミリアの切り札を打ち破ったのだ。

 レベッカのその強さと、覚悟の強さは誰もが認めるところだろう。


 そして、レベッカはエミリアに語り掛けるように問う。


「さて、エミリア様。戦闘はまだ続行しますか?」


 レベッカも、出血がかなり酷いはずだ。

 だけど、なんでもないかのように槍を再び<限定転移>で取り出す。


 対して、エミリアは――


「えぇ………もちろんです………」

 エミリアは、力いっぱい、自身の杖を握る。


「………」

 もう、エミリアは限界だ。

 エミリアはさっきの二つの魔法でほぼ限界までMPを消費してしまっている。対して、レベッカはスタミナこそ大きく消費してしまってるが、おそらくまだ戦える状態にある。


 ここに来て、お互いの勝勢は完全に逆転していた。

 しかし、それでもエミリアは諦めなかった。


「私だって負けられない!! それに、それに――!!」

 エミリアは手に持つ杖を強く握り、レベッカに向ける。


「私は、この戦いが終わってから、貴女に伝えたい事があるのですから!!」


 エミリアはそう、叫んだ。

 そして、エミリアの炎魔法がレベッカに襲い掛かる。


 ―――再び、火蓋が切られた。


 ◆


「ねぇ、レイくん。エミリアちゃんがレベッカちゃんに伝えたい事って何だと思う?」

「………」

 姉さんの質問に、僕は答えるのに躊躇する。


「(な、何となくわかるんだけど……)」


 この場で言う事は出来ない。

 きっとエミリアにとってそれは自分で伝えないと意味の無いことだから。

 ただ、その伝えたいことは、言っても叶わないかもしれない。


 それでも、僕は今はエミリアを応援するしかない。正直、僕の心中もかなり複雑ではあるのだけど、だからって彼女の想いを邪魔することは出来ないのだ。

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