第323話 過保護なレイと容赦ないヒロイン二人組

 エミリアとレベッカの距離は大体十五メートル程度。

 闘技場で行われるルールに基づいた戦い方をするなら、丁度いい間合だ。


「ルールはどうする?」

「触れれば勝ちってルールだと面白くありません。

 折角だから実戦形式でいきましょう。出来るだけ闘技場ルールに近い方が参考になると思います」

 エミリアは自信があるのか、そんな事を言った。


「なら降参か戦闘不能状態になったら負けって事になるかな」

「それで構いませんよ」


 ただ、それだとお互い大怪我を負ってしまう可能性がある。


 闘技場では何かの措置があるらしいけど、ここにそんなものは無い。僕と姉さんは上級の回復魔法が使用できるから大事には至らないだろうけど、二人に万一のことがあったらいけない。


 なので、僕は二人に提案をする。


「なら、お互いに制限を課すよ。

 エミリアは、上級魔法と極大魔法の使用禁止。

 レベッカは、弓の使用、それと時魔法の使用禁止」


 僕の提案にエミリアとレベッカは頷く。


「それと、防御魔法を事前に掛けた状態でスタートしてもらうよ。

 姉さん、二人に物理抵抗バリア魔法抵抗レジスト自動回復リジェネイトを掛けてあげて。それと極光の護りオーロラバリア聖なる護りエンジェルブレスも。重複させられる魔法は出来るだけ多重掛けで」


「多くないかな!?」

 僕の指示に、姉さんが驚く。


「だって、そうじゃないと二人が危ないし」

「わ、分かったよ……もう」


 姉さんは諦めて二人に多重に魔法を掛ける。


「過保護ですね……大事に想ってくれるのは嬉しいですけど……」

「ふふっ……それがレイ様の尊敬できるところでございますよ。エミリア様」


 二人の戦いは相当激しいものとなることが予想出来たため、僕達二人は少し離れたところから観戦する。


「それでは、レベッカ。よろしくお願いしますね」

「はい、お互い頑張りましょう」



 ……さて、どうなることやら……。



「じゃあ……始め!!」

 審判の僕の言葉で、ようやく模擬戦がスタートする。


 まず、動いたのはレベッカ。

 レベッカは無手の状態からスタートし、姿勢を低くする。


 その瞬間、レベッカの姿が瞬く間に掻き消える。


「き、消えたっ!?」

「……」


 僕にはレベッカの動きが辛うじて見えるけど、姉さんにはほぼ見えてないみたいだ。あれだけ素早い動きだと流石に姉さんでは無理だろう。


 レベッカの高速移動は僕と同様<初速>という技能のものだ。

 あの技能で最初の一歩から最高速に近い動きが出来る。ただ、レベッカは僕よりも早く技能を習得しており、より熟練度が高い。


 レベッカはほぼ視認できないレベルの高速移動を駆使して、最短でエミリアの元へと駆けていく。そして残り三メートルの距離という所で、<限定転移>の能力で自身の得物である槍を取り出して構える。


 そして、レベッカが槍を放とうと構えた瞬間、

 ようやく姉さんにも姿が捉えることが出来るようになった。


 しかし、視認できるようになった瞬間に、エミリアは静かに動いた。


 エミリアの動きは、本当に些細なものだ。

 自身が持っていた杖を、地面に、「コンッ」と音を響かせただけ。

 が、それがエミリアの魔法だった。


「つっ!!」


 レベッカが槍の一突きを放とうとした瞬間、エミリアの周囲から強烈な炎が噴き上がる。まるで火山のように燃え盛る火炎は一瞬にしてレベッカを飲み込んだように見えた。


 しかし、レベッカはギリギリのところで身を翻して難を逃れる。

 だが、そこでエミリアの攻撃は終わらない。


<中級爆風魔法>ブラスト


 レベッカを今の魔法で仕留めきれなかったことを確認すると、詠唱など微塵も感じさせない速度で魔法を発動させる。使用する魔法は風属性のもの。効果は、前方に爆風を起こすというものだ。


 攻撃力は殆ど無いが、途轍もない勢いの風を起こし、着地の隙を狙われたレベッカはエミリアの風魔法によって十メートルほど吹き飛ばされる。


 吹き飛ばされたレベッカに怪我はない。が、今の魔法のせいで二人の距離は、最初のスタートの時点とほぼ同じ状態に仕切り直されてしまった。


「――やりますね」

「そちらこそ――」


 二人は、お互いが相手を認めたような発言をすると再び構え直す。


 しかし、距離が離れたことで今度はエミリアが先制して動く。エミリアは素早く腕を動かし、杖を掲げる。そして、レベッカはその動きをジッと観察しながらエミリアの行動を予測する。


<火球>ファイアボール

 エミリアが魔法を発動させる。彼女が使用した魔法は杖からやや上空に発射され、大体150cmくらいの大きさの炎球がレベッカに向かって飛んでいく。


 火球の魔法そのものは僕でも使用できるレベルの魔法だ。ただ、その大きさと熱量は僕が使用する火球とは比べ物にならない。


 普通の人間が喰らえば骨すら残らずに蒸発してしまうだろう。

 どころか、爆発すれば家一軒を灰にしてしまうかもしれない。


 が、レベッカは落ち着いて対処する。


 火球の速度はそこまで早くない。レベッカは、自身に迫る火球に対し、最小限の動作でかわそうとする。しかし、エミリアの火球は、レベッカの動きに反応し、彼女の動きに合わせて追尾していく。


「あ、あれ、エミリアちゃんが動かしてるの!?」

「……多分、自動追尾かな」


 姉さんは見てないようだけど今のエミリアにそんな余裕はない。

 おそらく大雑把に相手に向かって行くように設定されてるのだと思う。


「えぇー!そんな魔法あるんだ!」


 姉さんの質問に僕は答えながら二人の戦いを見守る。


 レベッカの回避行動に合わせるように動きを変えるエミリアの火球だったが、レベッカは急停止し、後方に二回バックステップを行う。そして、迫りくる火球に対して身構える。


「――はぁ!!」


 自身から約五メートル程度離れた位置から一突きする。

 レベッカの槍は剣よりはリーチが長いとはいえ、それでも助走を駆使しても普通に届く距離は二、三メートルだ。


 明らかに攻撃を当てるには距離が足りてない。が、


 レベッカの一突きは、前方にまるで射程を伸ばしたかのように火球に直撃し、レベッカから離れた位置で大爆発を引き起こす。


 当然、距離を離していたレベッカは爆発に巻き込まれることは無い。

 軽く下がるだけで爆発の余波を避けてしまう。


「えっ!? な、なんで今届いたの!?」

「多分、レベッカの強化魔法の<射程強化>かな」


 レベッカの得意とする系統に<付与強化魔法>というものがある。

 味方一人に対して、能力強化、または特殊な状態を付与する魔法だ。


 今回使った射程強化は、射程を一瞬だけ伸ばすというもの。

 槍の射程を伸ばして一見不可能な距離から槍を直撃させたのだろう。


「あんなのレベッカちゃんに近付けないじゃない」

「そうだね。近距離戦ならレベッカが圧倒的に有利だと思う」

「でも、レベッカちゃん。いつ魔法使ったの? 特に詠唱も魔法発動もしてないように見えたけど」


 <詠唱>は、魔法を使用する際の詠唱文、または詠唱時間の事。

 <魔法発動>というのは、魔法を使う際に「<初級炎魔法>ファイア」など、

 魔法名などのワードを口にすることを指す。


 前者はともかく、後者は基本的には必須だ。

 だけど、案外抜け道がある。


「声に出さなくても口を動かすだけでも良かったり、

 心の中でトリガーを引くようにイメージで切っ掛けを起こすだけで魔法の発動は出来るんだよ」


「そうなの?」


「うん。ただ、かなり明確なイメージが無いと難しいけどね」

 僕も基本的に、魔法の発動は口にしないと出来ない。ただ、エミリアの最初の魔法もそうだったけど、かなり熟練した術者であれば今回みたいに悟られずに魔法を使う事が可能だ。


 僕もアルフォンスさんと最初に戦った時、

 二度目以降の魔法発動は一切口にせずに魔法を使用している。あれも心の中で火を起こすような感覚を起こして顕現させた形だ。最初に一度使ったからこそ、その後のイメージを起こしやすかった。


「そうなんだ……でも、これだとエミリアちゃん絶対勝ち目なくない?

 あれだけの射程距離と、瞬間移動みたいな速度で迫られたら、魔法使いじゃ対処しようがないんじゃ……」


 姉さんの言いたいことも分かる。

 実際、レベッカの接近戦に持ち込まれればエミリアは確実に負ける。

 エミリアは、遠距離では強いが、近接戦闘に関してはほぼ素人なのだ。


「だけど、今の攻防で凄かったのは、実はエミリアだよ」

「えっ?」


 姉さんは僕の言葉に疑問を抱いて、再び二人に注視する。

 すると……。


「あれって……」

 エミリアの周囲には何十もの小さな青色の魔法陣が宙に浮かんでいる。

 彼女は軽く後ろに下がって、同時に魔法陣に指示を送るように杖を動かす。すると、魔法陣から直径二メートル近くの長さの、氷で出来た槍が一本、レベッカに向かって時速100メートルほどの速度で飛んでいく。


「ふっ!」

 しかし、レベッカはそれを槍で軽く防ぎ、

 レベッカの槍で阻止された氷の槍はあっけなく砕け散る。


 だがレベッカの表情は硬い。


「一斉起動、標的固定、<氷の槍>アイスランス投射開始」


 エミリアは敢えて魔法展開を言葉に出して、起動させる。すると、何十も宙に浮かんでいた青い魔法陣から、さっきと全く同じ大きさの槍が同じ速度でレベッカに向かって投射される。


「くぅ!?」

 レベッカは、それを先程と同じように槍で打ち払う。

 が、次の瞬間にはまた数十の魔法陣が現れ、次々と魔法が発射されていく。


「あ、あれ、どういう仕組みなの?」

「エミリアは普通に魔法を使っているだけだよ」


 やってることは氷の槍アイスランスの魔法をレベッカに飛ばしてるだけだ。

 だけど、問題はその数。


 エミリアの火球をレベッカが対処している間に、エミリアはこれだけの数の魔法術式を展開し、レベッカが火球の対処を終えるまでに用意したのだ。


 火球の速度が遅めだったのは、おそらくこのための時間稼ぎだろう。


「エミリアちゃん……こんな戦い方する子なんだ……」


「僕達とは全然違う戦い方をするよね。彼女は、魔法を使うときのイメージが強いからこそ、このやり方が出来るんだと思う」


 元々、剣術などに比べると魔法はイメージという要素が重要だ。


 本来形の無いマナを自身の魔力に転換し、そこからイメージのみで属性を付与させて形にするという工程を取る。


 エミリアはそれを自分なりに簡略化し、単純な術式展開を0.1秒にも満たない時間で複数展開出来る。普段の彼女は上級魔法や極大魔法など、派手な魔法ばかり使用するが、いざとなればこういう堅実で地道な戦い方も得意なのだ。


「もしかしたら、僕の制限したルールはエミリアにとって有利なだけだったかも」

「えっ?」


「僕がエミリアに課した条件。

 上級魔法と極大魔法の禁止は、彼女にとって制約になってないって事だよ」


「どういうこと?」

「見てれば分かると思う」


 僕達は二人の戦いに、意識を向ける。

 きっと戦いはもう中盤に突入している。

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