第326話 出会うとロクな事が起こらない人

 そして、闘技大会当日―――


 その日の朝、僕と姉さんの泊まる部屋にお客さんが訪ねてきた。


 トントン。

 扉をノックする音が聞こえる。


 闘技大会の準備中だった僕は、誰かが訪ねて来たことに気付き対応する。

 扉の前に立ち、施錠を解いて扉を開ける。


 ガチャ――


「はい、何でしょう――って、あれ?」

「どうも、レイさん。お久しぶりですね」

 訪ねてきたのは、数日前まで行動を共にしていた緑の魔道士さんだった。


「ウィンドさん、お久しぶりです」


 僕の姿を見たウィンドさんは「無事に戻ったのですね」と言いながら微笑み、言葉を続ける。


「あなた達が王都までやってきた事は知っていたのですが、私の方は少し忙しくて、顔を見せるのが少し遅くなってしまいました。ごめんなさい」


 普段少し意地悪だった彼女だったが、

 久しぶりに会うウィンドさんは柔らかい態度だった。


「いえ。こっちこそ、会いに来てくれと言われてたのに行けなくてごめんなさい。ところで、こんな朝早くからどうしたんですか?」


「はい、レイさん達が闘技大会に参加すると耳に挟みまして、私なりの激励と、そして大事が要件があったので今のうちに済ましてしまおうかと」


「要件?」


「えぇ、前に村を出立する前日の私の言葉を覚えていますか?」

「えっと……」


 僕は、以前に彼女に言われたことを思い出す。


『以前から水面下で計画されていた『敵地襲撃作戦』の実行が決まったんです。その為に私達も招集されました』


『他人ごとのように言ってますが、状況次第でレイさんにも参加してもらうかもしれませんよ』


 ……まさか。


「まさか僕達も一緒に行くことになったんですか!?」

 もしそうなら、闘技大会なんかに出てる場合じゃない。


 しかし、僕の焦った顔を見て、ウィンドさんは首を傾げる。


「??? ……あ、いえ、そっちでは無くてですね」

「へっ?」


「前に言ったじゃありませんか。

『無事、聖剣を入手出来たなら私に会いに来てくださいね。その時に力を貸しますから』……と」


 あ、そっちか。


「な、なんだ。ヤバそうな任務に巻き込まれるのか思っちゃいました」

 やだなぁ。

 ウィンドさんってば意味深な事ばっかり言うから勘違いしてたよ。


「ふふ、まぁそちらの話は良いとして、聖剣は無事に入手できたのですよね。なら今から私の私室まで来てもらえますか。<名付け>をしたいと思います」


 ウィンドさんの言っている<名付け>とは、

 聖剣に新たな名前を授けて、その能力を引き出す事を言うらしい。


「分かりました。それなら今から持っていきますね!」


「おや? 名付けの説明はまだしてなかったと思うのですがご存知でしたか。

 それなら話が早い。ところで、ベルフラウさんは? 一緒に王都に来ていると思ったのですが」


 言い終えてからウィンドさんは僕の部屋の中を覗き込む。

 が、今ここに姉さんは居ない。


「姉さんなら今ちょっとイメトレ中ですよ」


「イメトレ?」


「はい、なんかお風呂の中でイメージトレーニングしてくるって言ってました」


「……? それはまたどうして……」


「今日の闘技大会に1勝でも出来るようにって事みたいです」


「え、あの人、今日の大会に出るんですか?」

 ウィンドさんにしては珍しく驚いた表情を浮かべる。


「僕達、陛下の頼みで全員強制参加なんです」


「そうでしたか……。それはお気の毒でしたね。彼女にも名付けの儀式を手伝ってもらいたいので、何処にいるか教えてもらいますか?」


 何故か憐れみの視線を向けられたが、僕は姉さんの居場所を告げる。


「姉さんを呼びに行くつもりだったし一緒に行きましょう」


 そして、姉さんと合流してからウィンドさんの私室に連れていかれた。


 ◆


「それでは入ってください」


 ウィンドさんの私室に案内された僕と姉さんは、彼女の言葉に従って部屋に入る。

 しかし、そこは部屋というか――


「って、ここ図書館じゃないですか!」

「そうですよ。私はここの司書もしてますからね」


 今、僕達が訪れているのは、王都にある大きめの図書館だった。


「ここで儀式をするんですか?」

「正確には、この図書館の地下ですね。そっちが私の私室になっています」


 話しながら僕達は図書館の奥へ向かう。

 まだ朝早いせいか人はあまり来ていないようだ。


「ねぇ、ウィンドさん。ここの本はどういうのが置いてあるの?」


 周囲を見回しながら姉さんが質問する。


「そうですね。ここに置いてあるのは、歴史に関する書籍や子供向けの童話の本、それに巷で流行っている小説などです。誰でも入れる場所なので、魔導書など悪用される恐れのあるものはここには置いてないんですよ」


「へえー」


「ですが、それはあくまでここに置いてあるものの話。私達が今から向かう場所は、魔術的な儀式を行う場所でもあるので、そこには魔法に関する本を多く保存されています」


「それって、僕達でも閲覧できるものなんですか?」

 魔法の本と聞いて興味が出てきた。


「基本的には、王宮の許可が必要になりますね。

 民間人や一般の冒険者は地下に入ることもできません。

 ……さて着きましたよ」


 ウィンドさんが立ち止まった先には、この図書館にある扉だった。

 彼女は扉のカギを取り出し、開錠を行う。


 扉を開けると、部屋の中は本棚が置かれた窓のない質素な部屋だった。

 薄暗い場所で部屋に置かれたランプに彼女は魔法で火を灯す。


 周囲が少し明るくなったが、埃が溜まっていることくらいしか分からず、そこには本棚と本以外の何も見当たらなかった。


「ここに何かあるんですか?」

 階段が近くにあるのかと僕達は見回すがそれらしいものは特に見当たらない。


「覚えておいてくださいね。

 この王都にはこのような仕掛けが施された場所が数か所あるのです」


 そう僕達に言いながら、

 ウィンドさんはいくつかの本を本棚から抜き取る。すると―――


 ゴゴゴゴゴ………。


 地鳴りと共に目の前の本棚の一部が動き出す。

 すると、動き出した先に薄暗い通路が出現した。

 所謂、隠し通路というやつだ。


「王都は他の街に比べて魔法を使った技術が進んでいますから」


 そう言いながら、ウィンドさんは通路の先を進む。



 僕達も後を追って進むと、先には地下に降りる階段があった。階段を降りていくと、その先は小さな小部屋に繋がっていた。

 そして、その中には――


「これは……」

 そこは、何ともコメントに困る内装だった。


 僕達の想像だと、埃被った大量の古い本が置かれた部屋や魔術的な道具が置いてある如何にも怪しい場所じゃないかと思ってたのだけど、そこは意外にも小奇麗で、しかも生活感のある場所だった。


 具体的には、少し洒落たランプが壁にいくつか掛かっており、机や椅子、それにベッドなどが置かれている。本棚もあるのはあるが、ベッドの隣に備え付けられたごく普通の大きさの本棚だ。


「あの、ここってもしかして……」

「ウィンドさん、ここに住んでたりするの?」


 姉さんの問いに、ウィンドさんは答えた。


「司書が使う部屋というだけですよ。

 私も司書なのでその質問にはイエスと答えますが」


「じゃあ、ここで儀式をするって事ですか?」

「いえ、少しだけ待ってください」


 ウィンドは、ベッドをズルズルと押して横にズラす。ベッドの下は、他の床と少し色が違っていた。彼女はその色の違う床にちょこんと座った。すると……。


 ゴゴン!……と 鈍い音と共に、部屋全体が更に下に下がっていく。


 数秒してからガゴンと音がなり、部屋の揺れが止まる。

 すると、降りてきた階段は無くなっており、代わりに薄汚れた扉が現れた。


「(この図書館、ギミック多すぎ……)」

 感心すると共に、どれだけ秘密にしたいのかと呆れる僕だった。


「さて、ここが本命の場所です」

 彼女はそう、言いながら薄汚れた扉を開ける。


 すると、そこには、最初に見た図書館と同じくらいの広さの開けた空間と、怪しげな本が棚に沢山置かれていた。その中央で、魔法陣らしきものが点滅を繰り返している。


「魔法陣の中心に持ってきた聖剣を突き立ててください。

 名前は考えてありますか?」

「はい」


 僕はウィンドさんの質問に答え、

 言われた通りに剣を魔法陣の中心に突き立てる。


「では、私が魔法を詠唱します。

 レイさんはその後に、考えてきた聖剣の真名を剣に語り掛けるように伝えてください。

 ベルフラウさんは、魔法陣に魔力を注ぎ込んでください。聖剣の儀式は大量の魔力を込めないと成功しませんから」


「分かりました」

「了解よー」


 僕達はウィンドさんの言葉に従い、それぞれ行動を開始する。まずは姉さんが魔法陣に手を置き、魔方陣に魔力を流し込む。すると、魔法陣の光が強くなっていく。


「――いきます」

 ウィンドさんは、呪文を唱え始める。


『我、契約を取り行う者なり。汝、聖なる剣の主として、真名を剣へと告げよ』


 ウィンドさんはそう言いながら、こちらを見る。今度は僕の番という事らしい。僕は頷いて、決めてあった剣の名前を剣に語り掛ける。


 名前は既に決めてある。迷うことは無い。


「キミの名前は<蒼い星>ブルースフィアだよ。僕の力になってくれるかな」

 

 <蒼い星>ブルースフィアそれが僕がこの剣に与えた名前だ。

 僕がその名前を告げると、今まで以上に眩しい光が部屋全体を包み込んだ。


「わっ!」

「眩しいっ!」

 あまりの眩しさに目を瞑り、再び目を開けるとそこには……。


「……おお」

 聖剣は鮮やかな青い光を称えていた。


「これで、名付けは終わったんですか?」

「ええ、あとはレイさんの今ある魔力を聖剣に移せば終わりです」


 ん?


「それってすぐ終わるんですよね?」

「どうでしょう。一日くらいは掛かるかもしれません」


 ………。


「えっ」

「??」


 ウィンドさんが首を傾げる。

 まさか、その間ずっとここに居ないといけないのか。

 いや、仕方がないと言えばそれまでだけど……。


「あ、あの……この後、大会に出なきゃいけないんですけど」


 ここで離れちゃダメと言われたら困る。

 流石に、それで棄権しますとは言えないだろう。

 陛下に何言われるか分からない。


「ふむ……困りましたね……。

 使い手となる貴方は出来るだけここに留まっていただきたいのですが」


「こ、困ります……!!」


「そう言われても……」


「お願いです!!何とかならないですか!?」


「うーん……」

 ウィンドさんは顎に手を当てて考える。


「では、こうしましょう」

 彼女はそう言うと、懐から何かを取り出した。


 それは―――

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