第327話 よわよわレイくん

 そして、大会時間になった。


 大会の参加登録者は直接王都に行くわけではない。

 この時の為に用意される<移送転移魔法陣>を通じて闘技場に向かう。


 観客の方は王都の中央広場に集められ、そちらは王宮へ向かうことになる。闘技場を直に見学する人達は相応にお金持ちばかりらしく、参加者よりも待遇が良いようだ。


 しかし、お金を出さないと見れないわけでは無い。

 王宮前の広場など、一部の場所には映像魔法によって闘技場の映像が投射されており、そこから見ることも可能になっている。


 移送転移魔法陣を抜けて、急いで会場へ向かう。


「参加参加者はコロシアムに集まってくださーい!

 あと3分で締め切りですよー!!」


 運営の人が大声で叫んでいる。慌てて向かう。

 

「すっ、すいません。

 登録済みのサクライ・レイです! まだ間に合いますか!?」


「はい、大丈夫ですよ。……。

 えっと、レイさんですね? それではこのまま会場に入ってください」


「分かりました!!」

 僕は会場に急ぎ足で向かった。


「……あれ? あの人………なんか違ったような?」


 受付さんは頭を悩ませるが、

 その違ったことに気付いたのはしばらく後の事だった。


 ◆


 会場に向かうと既に多くの人がコロシアムの前に集まっていた。

 どうやら開会式はまだ始まっていないようで、ホッと一息ついた。


 観客席を見ると、満員とまではいかないがそれなりに人は入っている。

 身なりの良さを見るに、富裕層の人ばかりだと思う。


 今のところ、1,000人くらいの人が既に入っているだろうか。

 きっと、始まればもっと人が増えるだろう。


「(そして、こっちは……出場者だよね、多分)」

 再びコロシアムの前に向き直る。観客にしては皆武器や鎧を装備している。間違いなく闘技大会の参加者だろう。皆強そうなオーラを放っており、かなりの迫力だ。


 今から戦争でも始まるのかと見紛う剣呑さまである。

 正直、見てるだけで震えが奔るくらいだ。


 そしてむさ苦しい。

 参加者の殆どが男性でやたら筋肉質だからだろう。

 筋肉自慢したい人が多いからかもしれないが、露出が多い。

 肌色成分が多いという事だけど、特に嬉しくはない。


「(な、何か怖い……)」

 普段ならここまで気圧されることは無かったと思う。

 ただ、今は色々事情が変わっている。


 オロオロとしていると、後ろから声を掛けられた。


「おいっ、ガキがうろちょろしてんじゃねえよ」

「ヒイッ!?」


 いかにも強そうなコワモテの男の人だ!

 スキンヘッドであっちの世界なら反社会的な雰囲気のアレに似てる!


「ん……? おめぇ……」

 男はこちらの姿を見て怪訝な表情を浮かべ、今度は二ヤつきはじめた。


「へへへ……これは随分可愛らしいじゃねえか」

「!?」

 その言葉を聞いては男から離れる。


 すると、周りからも下卑た笑い声が聞こえてきた。


「おいおい、逃げることは無いじゃないか。

 せっかくのお祭りなんだ。楽しまないと損ってもんだぜ?」


「は、離してくださいっ!」


 男が腕を掴んでくる。

 振り払おうとするが、ではやっぱり振り払えない。


「(こ、こうなったら魔法で……!!)」

 ボクが本気で抵抗すると決めたところで、後ろから凛とした声が響く。


「――ゲスな男ですね。乱暴なのはコロシアムの上だけにしてくださいよ」

「あ゛ぁ゛!?」


 男は掛けられた声に機嫌を損ねて、乱暴な声を出しながら振り向く。


 ――そこには、見覚えのある女の子が立っていた。


「え、エミリア……」


 そこに居たのはトレードマークのとんがり帽子と、

 魔導師の衣装に身を包んだ、黒髪の美少女。エミリアだった。


「……おい、今俺に失礼な事を言ったのはてめぇか?」


「失礼な事? 女性に向かってセクハラ決めようとしたあなたの存在の方がよっぽど失礼じゃないですかね。……いえ、違いますね、あなたのオーク顔が既に失礼です。猥褻物陳列罪ってやつです」

「ッ……!! このアマァ!!!」


「(ちょ、ちょっと待って! 何でこんなに挑発するの!?)」


 ボクは慌てて二人の間に割って入る。


「やめて下さい! 喧嘩なんてしたら失格になってしまいます!」

「チィっ……!! 黙ってろっ!!」


 そう言いながら、男はボクに向かって腕を振るって突き飛ばす。


「わっ!」

 よろめいてしまうが他の冒険者の背中に当たったことで、ボクは何とか転ばずに済んだ。


「な、なんだっ?」


 背中に当たった人から抗議の声が飛ぶ。

 ボクはすかさず謝罪をする。


「ご、ごめんなさい……つい、足がもつれてしまって……」

「お、おう……」

 男性はボクを見ると何故か気まずそうな表情を浮かべた。

 ボクはその参加者の人に頭を下げて、オーク顔の男とエミリアの所に戻る。

 

 すると、男はエミリアに向かって拳を振り上げようとしていた。


「エミ―――!!」

 声を出して、ボクは静止しようとするのだけど、その瞬間―――


<影縛り>シャドウバインド


 エミリアの魔法発動で、エミリアの影が怪しく光る。


 その影が男に向かって覆いかぶさっていく。すると、男が拳を握って振り上げようとしたその姿から全く動かなくなる。いや、動こうとしているのだが、身体が全く動かないのだ。


「か、身体がうごかねぇ……! 何しやがった、このアマ………!」


「女性を突き飛ばし、私にまで暴力を振るおうとした野蛮な男にかける慈悲などありません。魔法を解く気はありませんから、このまま反省していなさい」


「クソっ……! 動け……! 動けっ……!!」


 男は必死にもがくが、全く身動きが取れていない。


「……ま、マジかよ」

「すげえ……!」

「あの女魔道士、何者だ……!?」


 周囲の参加者の男たちがどよめく。

 しかし、こちらに向かって速足で向かってくる足音が聞こえてきた。


 そして、その足音の主が近くに来ると、周囲の参加者たちは要らぬ疑いを掛けられないようにその場から逃げていく。


 割って入ってきたのは、兵士の恰好をした二人の男の人だった。

 どうやら警備兵のようだ。


「失礼!! ここで参加者同士の喧嘩があったようだが!!」

「闘技場の外での揉め事は失格扱いになるぞ! 誰だ!!!」


 二人は大きな声で、周囲を威嚇するように言う。

 そして、こっちを見る。


「(や、ヤバッ!?)」

 ボクはエミリアを庇おうとしたのだが……。


「失礼、ここで野太い男が騒いでいたようなのだが、お嬢さんたち、何か知らないか?」


 と、警備兵の人たちが聞いてきた。

 どうやらボク達を犯人だと思ったわけでは無いようだ。

 

 そしてエミリアは、

 魔法で動きが固まってるオーク顔の男を指差して、彼らに言った。


「そこの固まってる男ですよ。

 さっき女性に手を上げようとしたので私が静止したんです。

 その後、何か知りませんが勝手に固まってました」

「ち、ちが……」


 オーク顔の男は何か言おうとしたのだが、

 口の中まで上手く動かなくなったのか途切れ途切れに話す。

 しかし、兵士の人たちには聞こえなかったようだ。


「そうだったか、よし! その男をひっ捕らえるぞ!!」

「はっ!」


 警備兵の二人は、動けない豚男を縄で縛って引き摺っていった。


「……ほっ」


 ボクはなんとか失格にされずに済んだことを安堵する。

 そして、エミリアが近づいてきた。


「大丈夫でしたか。さっきの男に乱暴されていませんか?」


 エミリアは、いつもより優しい声でボクに言った。


「うん、ありがとう。エミリア」

 僕は素直にお礼を言った。しかし―――


「――ん? ……あ、あれ? あなた、まさか――――レイ!?」

 エミリアは、驚いたように言った。


「そ、そうだけど……?」


「そうだけど、じゃないですよ!

 なんで、また『女』になってるんですか!!??」



 そう、今のボクは性別が変化してまた『女』になってしまった。


 何故こうなったのかというと―――


 ◆


 少し時間が遡って、図書館地下にて。

 聖剣の魔力が完全に充填しきるまでいないとダメと言われてしまった。


 でも、もう闘技大会の時間が迫っている。

 なんとか、ならないかと僕はウィンドさんに頼んだのだけど―――


「では、こうしましょう」

 彼女はそう言うと、懐から何かを取り出した。


 それは―――


「……えっと、薬?」

 ウィンドさんが取り出したのは、ビーカーに入った液体だった。

 それを見て、以前の事を思い出す。


「そうです。この薬を使うことで、離れていてもレイさんの魔力をこの魔法陣に流すことが出来るようになります」


 そう言って、ウィンドさんはニッコリと笑った。

 ウィンドさんの笑顔に、嫌な予感がした。


「え、えと………その薬、副作用とか、無いですよね?」

 恐る恐る聞くと、彼女は表情を緩めて言った。


「大丈夫ですよ。命に別状はありませんし、一日経てば元に戻りますよ」


「戻りますよってどういう事!?」


「言葉通りの意味ですよ。ほら、早く飲んで下さい」


「ま、待って! 本当にそれを飲むの!? ねぇ、ちょっと!」


 結局、ボクはその薬を飲み干してしまった。


 すると身体が熱くなり、一瞬で変化が始まった。

 胸が膨らんでいき、身長が縮んで身体がほっそりして、

 髪が伸びて、そして―――――


 ◆


「で、こうなったの」

 ボクはエミリアに今の姿になった経緯を話した。


「まったく……貴方という人は……。

 少し前に私が身体張って男に戻したのに、こんな簡単に戻ってしまうなんて……!」


「ご、ごめんね、エミリア……」


「謝らなくてもいいですけど……というか、なんか……」

 エミリアはジト目でボクをジロジロ見回す。


「な……な、なに?」

「いえ、なんというか……その……」


 エミリアはそこで一旦区切って言った。


「……前に見た時より、余計女っぽくなってませんか?

 具体的には、以前に女になった時よりも更に体格が小さくなって口調も女々しくなっているような……」


「えっ……? そう、かな?」

 自分としては、全然違和感を感じないんだけど……。


「それに、その衣装はどうしたんです?」

「これはウィンドさんに、今回の闘技場に出るならこれが良いって薦められて……」


 ボクが今着ているのは、普段の旅鎧姿じゃない。


 白を基調とした胸当てと腰や太ももの鎧の上に、白い布地が付けられた鎧だ。

 肩や太ももの下に殆ど防具が付いておらず、生足に白い太もも足先から太もも手前まである白いブーツの衣装で、スカートのような感じの衣装になっている。


 胸の谷間が控えめに押し出され、肩と太ももの露出が多めで結構色っぽい感じの衣装だ。だけど、全体的に可愛い感じで、なんか旅するお姫様みたいな衣装でボクは気に入っている。


「に、似合うかな……」

 ボクはエミリアの前でくるっと回ってみる。


「似合いますけど……可愛いし」

「良かった……」

 エミリアにそう言われて、ボクは安堵する。


 しかし、エミリアはボクの反応を見て驚き、


「な、何ですか、そのごく自然な反応。

 普通の女の子っぽい反応になってるじゃないですか!?」

 と、あり得ないことを言った。


「うぇっ? そ、そうなの?」


「以前なら『こんな恰好、僕には無理!』って強く否定していたところでしょう!?

 今、完全に受け入れちゃってませんか!?」


「そ、そんなことはないとおもうんだけどなぁ……」


 僕は自分の身体をくるくるさせて見回す。確かに、以前よりも女の子っぽい衣装だし、身体つきも細目になったように見える。喋り方も前に比べると、ちょっと違ってるかも?


 でも、


「むぅ…………なんか、態度がやたら可愛らしいし、妙に庇護欲を掻き立てられるというか、守ってあげたくなるような雰囲気を感じるのですけど……」


「そう?」


「……これはやはり、薬の副作用が関係しているのでしょうか?」


「そうかも……」


 正直、自分でもよく分かんなくなってる。

 男だった時の態度と確かに今は違うのは自覚出来てるけど、

 今それに違和感を感じていない。


 ボクとエミリアがあーだこーだ話していると、

 こちらに向かってくる二人に気が付いた。


「エミリア様ー、レイ様ー」

「あー! いたー!」

 やってきたのは、レベッカと姉さんだった。


「二人とも、遅かったですね」

 エミリアが二人に向けて言った。


「すみません。周囲が他の参加者の方々ばかりでエミリア様の姿を見失ってしまいまして……」


 レベッカはエミリアと一緒に会場に向かっていたけど、途中で見失ってしまったらしい。これだけ人が多くて男ばかりなら身長の低いレベッカやエミリアだと仕方ないかもしれない。


 あ、訂正。エミリアとレベッカだけじゃなくて今のボクも同じだ。


「わ、わたしも……急いで……走って追ったんだけど、レイくん………足早いよ……!!」

 姉さんは息を切らしていた。

 確かに、急いでたから全力で飛ばしたけど……。


「それにしても……レイ様、また女性に戻っておりませんか?」

 レベッカが不思議そうな、そして複雑そうな表情をする。


「かくかくしかじからしいですよ」

 エミリアがボクに変わって説明してくれた。


「そうだったのですか……」

「レベッカは姉さんと一緒に行動してたのに、ボクが薬で女の子になったこと聞いてないの?」


 姉さんも、ボクが薬を飲んで変化したのを見てたはずなのに。


 すると、レベッカが困った顔をしながら微笑んだ。

「実はベルフラウ様は会場に入る手前で、息を切らしてバテておりましたので……」

 なるほど……。


「それより、レイ様。お身体に異変はないですか?」

「うん。大丈夫だよ。特に問題ないよ」

「そうですか……。では、闘技大会、大丈夫そうですか……?」


 ………実は、問題があったりする。


「実は、使える武器が無くて………」

 今、魔力を蓄えている聖剣は当然置いてきたから使えないけど、もう一つ持ってる龍殺しの剣はボク自身の腕力が落ちてるせいで扱えなくなってる。


「れ、れいくん……その件だけど……はぁ……はぁ……」

「姉さん、大丈夫? 話は後で大丈夫だよ、今は休もう?」

「う、うん……」


 ボクは姉さんの汗をタオルで拭いてあげる。

 そして、少し呼吸が収まってからボクは続きを話す。


「それで、今からどっかに良い感じの剣売ってないかなぁ?」


 あと少ししたから開会式だけど、

 すぐにボクの試合が始まるわけじゃないと思う。

 それまでに武器をどうにか工面しないと。


「今から買いに行くのは難しいでしょうね。

 流石に時間が迫って―――って、どうやらもう始まるみたいです」


 エミリアの言葉に、ボク達は闘技場のコロシアムに視線を移す。

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