第715話 息苦しい場所
仲間達に声を掛けてから、僕達はライオールさんに連れられて広間に通された。そこにはエリアさんとその娘のウィンドさんが中央の大きなテーブルに座っていた。テーブルの上は、白いテーブルクロスが敷かれていて、その上には、とても一人じゃ食べきれない量の豪華な料理が並べられている。
その料理の量に呆気に取られていると、エリアさんが笑顔で言った。
「さぁさぁ、皆様。どうぞご自由に席に着いてください。ライオールと私が腕によりをかけて作りました。冷めない内にお召し上がりください」
「は、はい……」
僕と姉さんが席に着き、エミリア達も席に座る。それから、全員が着席したのを確認してから、エリアさんは両手を合わせた。
「では、ご一緒に……いただきます」
エリアさんの掛け声に合わせて僕達も同じ言葉を口にして昼食が始まった。食事は慎ましく始まり僕達は今後の事を頭に思い浮かべながら目の前の食事に手を付ける。
エリアさんは地上の事に興味心身らしく、食事中も何度も手を止めて質問してくれた。
僕達も彼女が地上の事に興味を持ってくれることは好ましかったので質問に喜んで答えていた。用意してくれた食事も王都の高級レストランで食べられる食事と遜色なく、僕達もお腹が空いていた為、気が付けば料理の半分以上を平らげていた。
「美味しいです、エリアさん」
僕がそう素直に感想を述べると、仲間達も同じ感想を持ったのか和やかに頷く。すると、エリアさんは気品のある笑みを浮かべて言った。
「あらあら、嬉しいわ。今回の食事、久しぶりに私が手料理を振る舞ってみたの。久しぶりだったからライオールに教わりながら挑戦してみたのだけど、娘のお友達に気に入って貰えて何よりだわ」
褒められたことが嬉しかったのか、エリアさんは食事中ずっと笑みを浮かべていた。しかし彼女の娘であるウィンドさんは終始無言で静かに料理を口にしていたのが気になった。
あとこういう時にはしゃいでるサクラちゃんも何故か大人しい。どうやらウィンドさんに口を噤むように言われているようだ。食事を終えて、僕達は一旦自室に戻り、その後、部屋にウィンドさんが訪ねて来て、別の部屋の前に集められた。
「入ってください」
ウィンドさんは有無を言わさない口調で言う。僕達の部屋とは正反対の位置にある扉を開いた。彼女に案内された部屋の中は僕達の部屋と違い、物が置かれており本棚や事務処理を行うための机などが置かれている。
「ここは私の書斎です。ここであるなら監視の目は無いでしょう」
「監視の目?」
ウィンドさんの言葉に、サクラちゃんが眉を寄せる。
「ええ、街の中を歩く際、何か視線を感じませんでしたか?」
「視線……そんなのありましたっけ?」
サクラちゃんはウィンドさんの言葉に困惑する。
「(サクラちゃんは踊りながら歩く奇行で散々注目されていたような……)」
歩くのが楽し過ぎて気付いていなかったのだろうか。そんな彼女の言動に、カレンさんは呆れた目をしていた。
「こほん……で、視線とは一体何のことでしょうか、ウィンド様」
「むしろ、僕達は避けられていた気がするんですが……」
レベッカの言葉に僕は頷き、街の僕達を見た人々の様子を思い返す。
だがエミリアは心当たりがあったようだ。
「いえ、確かに何か見られている不気味な感覚がありました。気配に鋭敏なレベッカやサクラは何故か気付かなかったようですが……」
「え、本当に?」
エミリアの言葉にルナが反応する。確かに、道中、エミリアは『誰かに見られている』的な発言をしていた。僕がその時の事を思い返しているとカレンさんが机の後ろに回って窓から外を見る。
「……この都市はね、所々に不可視の魔道具が設置されてるのよ。エミリアが何か視線を感じたのは多分それが理由よ」
「魔道具……?」
「そう。この都市の人間達を監視するためのシステムよ。この都市は地上に比べて魔法技術が大きく進んでいるけど、その分監視体制も厳しい。特に私達のような部外者はね。エミリアは、魔法力の感知に優れていたから何となく違和感を感じたかもしれないけど、それ以外の人間はまず気付かないわ」
カレンさんは窓の外を睨む付けて不快そうに言った。
「もしかして、貴女や彼女が外であまり言葉を発しなかったのはそれが理由?」
ノルンの鋭い質問にカレンさんは頷く。静かに会話を聞いているウィンドさんも、僅か顎を引いて肯定する。
「ええ、私達が監視されているということは、当然私達の会話も盗聴されている。あまりこの都市に悪印象を持たせないようにあなた達には言及を伏せていたけど……」
カレンさんはそう言いながら椅子に座るウィンドさんに視線を流す。
「……もう隠しても仕方ないということですね」
ウィンドさんは諦めたようにため息を吐いて、カレンさんの言葉を肯定する。
「それと、皆さん、この屋敷に極端に人が少ないことに疑問を持っていたと思いますが……」
「……はい、何故たった三人しかこの屋敷には居ないのでしょうか?」
レベッカはウィンドさんに質問する。
「それは、この屋敷が唯一、外界……つまり地上の人間とコンタクトを取っているのが理由です。要するに、私が持ち帰る情報が誰かの手に渡らないように、他人を極力入れないようにしているのです」
「だから、不自然にこの屋敷には人が少なかったのですね……でも、何故情報を入れられたくないのですか?」
「分かりやすくいえば、私は他国のスパイだと思われているのです」
「スパイ?」
意外な言葉に、僕は口を挟む。
「考えてみてください。私はこの国出身なのにも関わらずこの国を出て、別の国の王に忠誠を誓って今の地位に居ます。私がいまここに来ているのも国王陛下の命によるものです。……カレン、貴女ならどう思いますか?」
「……そうね。私がこの国の人間だったら、他国との交流を避けているこの国にとっては目につく存在に映るかもしれない」
「その通りです。とはいえ、この国に私を追い出せるような存在は一部の者だけしか居ないのが幸いでしょう……この国は、端的に言えば、魔法の素質の高い人間は重用されて崇められますからね」
ウィンドさんはそう言ってフッと笑う。
「あの、ウィンドさんはそんなに凄いんですか?」
「ええ、私は凄いですよ」
ルナの素朴な質問に、ウィンドさんは屈託のない笑みで答える。
「師匠、傲慢~」
「私が優秀なのは事実なのですから何も問題は無いです」
サクラちゃんの言葉に真顔で返事をする。
「……とはいえ、私が直々に出向いても交渉が上手くいかないのは、やはり疑いを持たれているからです。今回、カレンやレイさんが私の仕事を手伝いたいと挙手してくださったのは正直助かりました」
「……まぁ、それは良いのだけど。流石に三人でこの屋敷を切り盛りするのは大変じゃないの? 使用人を全員解雇して大丈夫なの?」
「この屋敷は私の魔法によって一ヶ月は清潔を保てますから。それに、全く使用人が居ないわけではありません。あのライオールのように、信頼できる数人は立ち入りを許可してします」
あの強面の執事さんは信頼できるんだ。見た目は怖いけど実は良い人なのかな?
「……おや、レイさんはもしや彼を疑っていましたか?」
「え!? えーと……」
顔に出したつもりは無かったのだけど、思考を読まれてしまったらしい。
「ふふ……あの顔立ちでは仕方ないですね。彼はお父様の懐刀です。この屋敷の管理は勿論ですが、場合によっては裏の仕事もこなしてくれる優秀な人間ですよ。雰囲気は怖いかもしれませんが、話してみると意外と人情味のある人です」
「……ちょっと待って、今、見逃せない言葉が聞こえたんだけど」
「う、裏の仕事……」
ノルンがウィンドさんの言葉に突っ込みを入れ、ルナも反応する。
「裏は裏ですよ。表の仕事があるように、人には言えない裏の仕事というのもあるものです」
「……そ、そうですか」
ウィンドさんの言葉には何故か説得力があった。多分、この人も言わないだけで、陛下の命令で裏の仕事もこなしているのだろう。
すると、今まで静かに見守っていた姉さんが口を開く。
「さっきから言ってる『お父様』の話は、私達にはしてくれないの?」
「『お父様』の事ですか……」
質問されて
、ウィンドさんは少し困ったような表情を浮かべる。
「お父様は、その……変わり者なので……」
「(どっかで聞いたな、その雑な返し方……?)」
確か、カレンさんに初めてウィンドさんを紹介された時に、カレンさんが彼女の事をそんな風に言ってたような……?
「つまり、親子揃って変人だと」
「黙りなさい、カレン」
カレンさんがウィンドさんに真顔で睨まれる。
「……とはいえ、お父様は歳の割に端正な顔立ちで、頭も良くて人望もあり、決して悪い人ではありませんよ。実の娘である私が保証します」
「アンタ、お父さんを自分に重ねて自分を持ち上げようとしてない? ってか、アンタ秘密主義もいい加減にしなさいよ」
「五月蠅いですね。別に今、話に関係ない人物なのですから説明などおざなりでも問題ないでしょう。貴女はいちいち隅から隅まで突っ込まないと気が済まないのですか、私はそんな弟子に育てた覚えはありませんよ」
「アンタがそういう性格だから私はこんな真面目になっちゃったのよ」
「……まぁ生意気な弟子に構うのはこの辺にして」
「逃げたわね……」
カレンさんが呟いた言葉は聞かなかったことにしたらしい。ウィンドさんは咳ばらいをして、僕達を見ながら言った。
「私達は、この後、この国の長老に会いに行きます」
「長老?」
「ええ、この国の実質トップです。何せ、この国を創設した最初の賢者ですからね」
その言葉に、僕達は全員彼女の方を見て驚く。
「え、この国って何年前から……?」
「最初の成り立ちは……そうですね、六百年以上前の筈ですが、詳しくは私も知りません」
「ろ、六百年!?」
その途方もない数字に僕は驚くが。
ノルンがボソッと「私の方が年上じゃない」と漏らす。
「……」「……」
ノルンの一言で、その場が凍り付いたように全員の動きが止まった。
「……千年って実は意外と身近なんじゃと思い始めてきた」
「レイ君、ノルンが特別なだけよ」
僕の言葉に正気に戻ったカレンさんが突っ込みを入れてくれた。
「……は、話が脱線してしましたが……」
硬直が解除されたウィンドさんは咳払いをして言う。
「その長老にお会いして、私達に協力をしてもらえるように申し出を行います。その際、あなた達……特に、レイさんとサクラには役に立ってもらうつもりなのでお願いしますね」
「え、僕?」「わたし?」
僕とサクラちゃんは同時に同じように間の抜けた反応をする。僕達二人の反応が面白かったのか、ウィンドさんはクスリと笑った。
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