第716話 大きくなる兵士

【視点:ウィンド】


 それから二時間後――――


「お母様、それでは行ってきます」


「あらあら……もう少しゆっくり出来ると思ったのだけど、お仕事が忙しいの?」


「ええ、これでもそれなりの使命を帯びてここに来ていますから」


「……そう」


 玄関先で、寂しそうな顔をした母を励まして、私は外に出た。


「……お疲れ様でございます」


 屋敷の外には皆が外で待機しており、うち一人、父の従者であるライオールが私に労いの言葉をかけてくる。


「……母をよろしくお願いします」


「……畏まりました。しかし、ウィンド様。母君様が寂しがっております。貴女が屋敷に戻ってくだされば―――」


「―――ライオール」


「……失礼いたしました。馬車と使用人を用意しております」


 ライオールが視線を向けた方向には、既に馬車用意されていた。魔法都市で開発された魔道式の特別なものだ。馬も地上の品種と違っており、エアリアルの人間なら魔力で思いのままに操れるように改造されている。


「では、行ってきます」

「お気をつけて」


 そう言って私は用意された馬車に歩いて行った。


【視点:レイ】


 ライオールさんに用意された馬車の傍で待機していると話を終えたウィンドさんがこちらに戻ってきた。


「皆さん、お待たせしました」


 彼女はそう言って待機している馬車に視線を移す。御者台に座っている男性と彼女が目を合わせると、男性は無言で頭を下げる。


「……貴方は確か、お父様の……」


「はい、ご安心ください。俺は貴女の敵ではありません」


「……信用しましょう、その言葉。……馬車の操作は任せても良いのですか?」


「ええ、【頂】までしっかりと送り届けますよ」


「……ではよろしく」


 そう言って、彼女はこちらを振り向く。


「……では馬車に乗ってください。今から『長老』の元へ向かいます」


「あの、【頂】って何のことですか?」


「長老がこの魔法都市をいつも上から見下ろしている場所のことです」


 そう言いながらウィンドさんは手を伸ばして魔法都市の中央辺りに見える天を貫く塔のような馬車を指で指し示す。


「あの塔に長老様がいらっしゃいます」

「へ~……」


 ルナは間延びした感嘆の声を上げる。


「では、皆さん乗りましたね?」


 ウィンドさんが声をかけると御者の男性は無言で頷いて馬車を出発させる。馬も強化されているのか凄い速さで走っているのだけど揺れは全く感じない。よく見てみると、車輪が僅かに浮いており、この馬も空を飛んでいるようだった。


 速度も非常に早く魔法都市の近代的な建物や中心部の建物が一瞬で過ぎ去っていく。三十分程して僕達は塔の正面まで辿り着いた。


 塔の周辺は他の場所と異なり立ち入り禁止区画となっていた。入口らしき場所には兵士が立哨していて、僕達が近付くと彼等は槍を構える。


「止まれ」

 兵士に声を掛けられて、御者の男性は馬車は止める。僕達は馬車の外に出て兵士の元へ歩いて行くと兵士はより警戒を強めて僕達に槍を突き立てる。


「貴様ら、このエアリアルの住民では無いな。この頂の塔の何用ぞ!?」


 兵士は今にも襲い掛かって来そうなほどに剣呑な雰囲気を纏っていた。


「長老様にお会いしたいだけです。ここを通してくれますか?」


 ウィンドさんは落ち着いた声で兵士を説得しようとするが、兵士は顔を顰めてから何かを思い出したように目を細める。


「お前、ジーニアス家の娘か。地上の国王に媚びを売った裏切り者めっ!!」

「……っ!」


 兵士は槍をウィンドさんに向けて言い放つ。ウィンドさんはそれに対して言い返すわけでも、怯えるわけでもなかった。


 ただ、何かを堪えるかのように唇を強く引き結んでいる。


「……しっかり敵視されてるじゃないのよ」


 カレンさんは呆れながらウィンドさんを庇うように彼女の前に出る。

 そして彼女の代わりに言った。


「私達はあなた方と敵対するつもりはありません。しかし、魔王討伐の為に長老様に力をお借りしたいのです。ここを通してもらえないでしょうか?」


「……貴様も見覚えがあるな。そうか、地上では英雄だの持て囃されてた聖剣使いの女だな? だが、私は誰も通すなと長老様から言われているのだ」


「……」


 兵士の言葉にカレンさんは反論せずに、無言で兵士を見つめ返す。


「どうしてもここを通りたければ力を示すのだな」


「それは力づくで通れと言ってるのかしら?」


 カレンさんはそう言いながら腰に下げた聖剣の柄に手を掛ける。


「ふん、やる気か。良いだろう」


 兵士は自信ありげに顔を歪め、カレンさんから距離を取って槍を構える。


「この国の人間は地上の人間よりも遥かに魔力が高い。地上の英雄如きに、この私が倒せるかな?」


「……貴方こそ、こんな所で見張りなんかしてる身分で、随分と自信満々ね。……ま、力を示せと言うならやるけど……良いのよね、ウィンド」


「……あちらから喧嘩を売ってくるのであれば仕方ありませんね」


 ウィンドさんはそう言って戦いを肯定する。それに対して兵士は鼻で笑った。


「ふん、後悔するなよ……では、行くぞ」


 兵士はそう言って何かしらの魔法の詠唱を始める。すると、その姿が徐々に大きくなっていく。


「な、何アレ……巨大化!?」


「これはまた、なんと面妖な……」


「エミリア、知ってる?」


「知りません……流石、魔法都市、魔法一つとっても地上とは違いますね」


 エミリアはそう言いながら目を少し輝かせている。そうしている間にも、兵士の身体はどんどん大きくなっていき、最終的に元の大きさの三倍ほどになった。彼の持つ槍も同じく巨大化している。


「皆も離れて、私がやるわ」


 カレンさんは僕達を後ろに下がらせて鞘から剣を抜いて構える。


「ほぅ……この<巨大化>グロースの魔法を見て驚きもしないとは……地上の人間とはいえ、英雄と呼ばれるだけはある」


「随分とこっちを見下しているようだけど、口ばっかり動かしてないで掛かって来なさいな」


「貴様ぁ……どこまでも我を見下した態度を取りおって!」


 カレンさんに挑発されて兵士は激昂し、巨大化した槍を構えて突進してくる。しかし、カレンさんはその攻撃を容易く回避し、すり抜けるように兵士に接近し、横っ腹に蹴りを入れた。


「ぐあっ……!!」


 兵士は横からを抑えながらも倒れることなく、カレンさんを睨みつけながら再び槍を構える。その様子を見てカレンさんは言った。


「見掛け倒しね、大きいだけで大したことないわ」

「な、なんだと……地上の人間如きが私を愚弄するかっ!?」


 カレンさんは容赦なく再び兵士に突っ込んで行き、今度は自分から攻撃を仕掛ける。しかし、巨大化した兵士とカレンさんの大きさは一目瞭然だ。

 

 大きさと比例して力も増しているとするなら、力もリーチもカレンさんが圧倒的に不利。


 相手の兵士も同じ事を考えたのだろう。ニヤリと口元を歪め、カレンさんの一撃を敢えて受け止めようと槍でガードをしようとする。


 だが、それがいけなかった。彼女はガードをすり抜けるように自身を回転させて、槍を潜り抜けるようにして兵士の懐に入り込み腹部に剣を突き刺した。


「ぐっ……ば、馬鹿なっ!?」

 刺された箇所を押さえながら兵士は一歩後退してカレンさんから距離を取る。剣の一撃は兵士の鎧を貫通し、腹部から赤い液体が零れ始める。


 そして戦意を失ったのか、巨大化した兵士の身体はどんどんしぼんでいき元の姿に戻る。


 カレンさんは兵士を睨みつけながら言う。


「……これで終わり?」

「……ぐ……参った、私の負けだ」


 兵士は腹を抑えて悔しそうな表情で吐き捨てた。カレンさんはそんな様子の兵士を一瞥し、血の付いた剣を布で拭ってから鞘に納める。


「わー、さすが先輩♪」


 サクラちゃんはカレンさんの活躍を素直に称えて明るい声を出す。そんなサクラちゃんを見てカレンさんはフッと表情を緩めて言った。


「……さ、行きましょ。兵士さん、大人しく道を開けてくれるそうよ」

「……」


 兵士は恨めしそうにカレンさんを睨みつけるが、これ以上彼女に手出しするつもりは無いようで、何も言わずに後ろに下がり僕達を通してくれた。


「……その前に」

 塔の中に入る前に、僕は兵士の元に近付く。


「……何だ?」

「怪我を治します。傷口を見せてください」


 向こうから仕掛けてきたとはいえけが人を放っておくつもりはない。僕は彼にそう声を掛けて回復魔法を掛けようと手を伸ばすのだが……。


「触るな!」

「……はぁ」


 兵士はそう叫んで僕の手を跳ね除ける。

 僕は少し呆れて後ろを振り向いて姉さんに声を掛ける。


「姉さん」


「何?」


「ちょっとこの人、縛っておいて」


「なっ!?」


「オッケー、<二重束縛>デュアルバインド


 姉さんが魔法を唱えると兵士の身体を魔力の鎖と植物のツタが巻き付いて拘束した。


「くっ!? お、おのれっ!!」


「大人しくしててね。暴れたら余計に痛いから」


「い、一体何を……」


「聖なる光よ、傷付いた彼に癒しを与え給え――<完全回復>フルリカバリー


 僕が魔法を唱えて彼の傷口に触ると、彼の身体の一部が光に包まれてみるみるうちに傷が治っていく。


「……ふぅ、これで良し。姉さん、束縛を解除しても良いよ」


「はーい」


 僕の指示通り姉さんは魔法を解除すると、兵士に巻き付いていた鎖やツタが消えてなくなり自由を取り戻す。しかし、兵士は僕に対してまだ少し警戒しているようだった。


「……な、何故私を癒した……?」


「何故って……怪我人を放置する人なんているんですか?」


「……」


 僕がそう答えると兵士は呆気にとられたような表情で僕を見ている。


「じゃあ僕達は行きますね」


 呆気にとられた表情で固まってる兵士に声を掛けて、僕達は塔の内部に入っていった。

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