第714話 魔法都市の闇

 案内された部屋の中に入ると、そこは一人用のベッドと小さな机、それとクローゼットが置かれているだけの簡素な部屋だった。魔法技術が大きく発達した街と聞いていた為、少し期待したのだが意外と普通の部屋だった。


「……それとも、この屋敷が特別なのかな」


 あるいは僕達の事を考慮して雰囲気の近い場所を用意してくれたのかもしれないが、この屋敷だけは魔法都市にある建物の中で、僕達が暮らしている王都の雰囲気に近かった。おそらく他の部屋も全部似たようなものなのだろう。


「客人の部屋にしては随分と質素なような……?」


 以前住み込みで働いていたメイドや使用人の部屋なのだろうか。部屋の中に私物などは一切置かれておらず、必要最低限の家具しか置かれていない。


 一応、寝具と思われる布の服が綺麗に折りたたまれてベッドの上に置かれていた。


 ライオールさんが用意してくれたのだろう。今の所は他の使用人の姿は無いようだし、彼が言ったようにこの屋敷には本当に少人数しか居ないのかもしれない。


「(……まぁ、それでも泊めてくれるだけマシか)」

 ライオールさんの態度はちょっと気になるけど、僕達はウィンドさんの仕事仲間という扱いだし、流石に追い返されたりはしないだろう。あの人の雰囲気は怖いからあんまり話しかけたくはないけど……。


「とりあえず、皆の様子を見に行こうかな」


 昼食の時間までまだ時間はあるだろう。特にやることもないので、僕は手荷物を置いて他の仲間たちの様子でも見に行くことにする。扉をゆっくり開けて周囲に音が立たないように閉める。


 そして、隣の部屋の扉を軽くノックして声を掛ける。


「……姉さん、いる?」


 僕は落ち着いた声で扉の前で呟くように扉越しに声を掛ける。すると部屋の中からパタパタとスリッパで歩く音が聞こえてきてすぐに扉が開く。


「はーい……あ、レイくん。どうしたの?」


「特に用事は無いんだけど、まだ昼食まで時間があるから話でもしようかなって」


「そっかー……じゃ、部屋の中に入る?」


「うん。お邪魔するよ」


 僕は姉さんの言葉に頷き、部屋の中に入る。部屋の中はやはり僕の部屋と同じ構造で物の置かれていない質素な部屋だった。


  僕と姉さんはベッドに腰掛けてそこで話すことにする。


「想像よりは意外と普通よねぇ……食事には期待できるのかしら?」


「さぁ……用意するのはライオールさんでしょ? 下手とは思わないけど、流石にレストランのようにはいかないんじゃないかな」


「えー? ああいう人ほど実はプロ級とか稀によくある事なのよ」


「どっちだよ……そんな漫画みたいなこと……」


 そんな疑いの言葉を口にしてしまったが、よく考えてみると最近食事をご馳走になったジンガさんの料理が凄く美味しかった。あの人も、ライオールさんみたいに見た目は怖い人だったか。


「姉さん、実は日本のサブカルに詳しいでしょ? 元女神様なのに……」


「当然よ、あなたが住んでいた場所だもん」


「どうやって調べたの……?」


「一日の仕事が終わったら天界から抜け出して、毎日のように地球の日本に顔を出してたからね。日本の流行とかレイくんが好きそうな物はちゃんとチェックしてたのよ。……そうそう、駅前の近くにある居酒屋さんのお料理とお酒が最高よね。労働の後の一杯が格別なの」

 

「前にやたら詳しいと思ってたのはそれが理由か……。っていうか、姉さん、本当に女神様なんだよね? 実は自分が女神だと思ってるだけの一般人とかじゃないよね?」


「女神よ! 女神!」


 姉さんは軽く声を上げて主張する。そんな姉さんを見て僕は何とも言えない表情になってしまう。


「まぁ姉さんと付き合いもいい加減長いから良いけどさ……」


「もう十七年の付き合いだものね……」


「いや、そんなしみじみと言われても……こっちからすれば二年の付き合いなんだけど」


「お姉ちゃんはレイくんが生まれた時の事も、鮮明に覚えてるわよ」


「(自分の身に覚えもない事を当たり前のように言われるって、ある意味恐怖だよね……)」


 変なところで目の前の人物が自分と違う規格外の存在だと認識させられてしまう。見た目ゆるふわ系の超美人のお姉さんなのに。


「……ま、いいや。ところで、姉さんの今の感想はどんな感じ?」


「この魔法都市の感想? ……そうねぇ、お姉さんはこれでも『女神様!』だったから、レイくんたちより色々な異世界を知ってるわけだけど……」


「(なんか妙に女神様を強調するな……さっき疑ったから根に持ってるのかな……)」


「その観点で言えばこの魔法都市は、地上と比べて明らかにオーバースペックよ。地球の基準で言えば、中世から近代の合間ってところかしら。科学が無い分、魔法という独自の技術が発達した結果、魔法と科学が非常に似通った形で発達した、ってところね」


「なるほど……」


「あと二百年は掛かるかもだけど、そのうち地球の近代と同等の生活水準になるかもしれないわね。ただ、科学と違って魔法は人の素質に大きく依存する技術だから、いくら魔道具が一般人に扱えるように工夫を凝らしても格差は出てしまうでしょうね」


「……格差って?」


「才能の格差よ。基本的に魔法は強い適性を持った人物にしか扱うことができないし、そこから生まれた魔道具も同じ。実際、この国は魔法の素質の有無によって扱いに差が出るんでしょ?」


「……うん、そういう話は聞いてる」


「地球の機械は扱いこそ面倒だし手間は掛かるけど、誰が使っても扱えるから誰でも同じ結果が出るわ。

 でも、魔法は進歩すればするほど扱える技術に個人差が生まれてしまうからそこが欠点ね。いずれ、才を持つ者と持たざる者の溝が生まれてしまう」


 魔法の才能による差別が広がってしまう、と言いたいのだろうか。


「でも、才能の格差なんて何処にでもある話じゃないの?」


「それは色々な職業があるからこそ言える話だと思うの。例えば、レイくんがもし異世界に転生しなかったら将来は何になりたかった?」


「そんな事、急に言われても……えーっと……」


 僕が仮に自動車に引かれて死んでしまうことも無く、女神様と異世界転生もしなかった場合……。


 クリエイター、漫画家、小説家、……それとも普通のサラリーマン……?


 少なくとも、特別専門的な技術を学んでいなかった僕は、さほど出世したり特別貢献度の高い仕事に就くことは無かっただろう。


「……じゃあ、サラリーマンだったとして」


「そうね、サラリーマンは、仕事の要領とか、人当たりの良さで上司に気に入られたりして、他の人よりも出世が早くなることもあるでしょうね……。

 現に、私の後輩女神は、よりにもよって私よりも年下なのに、あっという間に上司神と恋愛関係になって結婚したからね」


 目の前の女神様お姉ちゃんは、若干陰を滲ませながら当時の事を無表情で語る。女神様の経験談を聞くなんて普通の人間では滅多にない経験だろう。その経験があまりにも現実的で夢の無い話だとしても、だ。


 過去の女神談を語っていた姉さんは、死んだ魚のような目でため息を吐いて僕の方を向いて言った。


「……でも、そこに特別な才能はあると思う?」


「才能……うーん……」

 上司に気に入られるとか、仕事の要領がいい、とかはある種の才能といえるかもしれない。だけど、本質的な【才能】が意味するのは、もっと別次元の話だろう。


「つまり、何が言いたいのかというと……。職業の選択に幅があるレイくんの世界と、魔法くらいしか選択肢の無いこの世界では、才能の比重に大きな差が生まれるって事よ。

 サラリーマンは特別な才能が無くても生きてはいけるわ。でも、今、私達が地に足を付けているこの世界が、魔法技術ばかり発展していけば、いずれは魔法の素質『のみ』でその人の価値観が決まる……なんて事も起きかねないわね」


 姉さんの言葉に僕は思わず息を吞む。


「きっと、この国は狭い血縁関係で他国と交流せずに国を構築し続けていたのよ。そのせいであまりにも突出して技術が進み過ぎてしまった。

 自身の国以外の価値観や文化を学ばなかった結果……なんだっけ……そうそう……<創世の御柱>っていう、歪んだ差別意識が当然のように根付いてしまったんだと、女神ベルフラウ様は思うのでした……はい、私の考察はこの辺で終了。ご清聴ありがとうございました」


 突然他人事のように話を切った姉さん。


「急に終わるね……」


「だって、正直私達には関係ない事だもの」


 姉さんの考え方、かなり他人事だけど気持ちは分かる。冷たい言い方になってしまうが、仮に僕達がこの異世界に定住したとしても、この国の百年後の事なんてどうでもいいことだ。


「仮にレイくんがこの国に気に入られたとして、私の今の話を聞いても住みたいと思った?」

「全然」


 僕はきっぱりと否定する。


「勿論、今の話は私の予想よ。まぁ文字通り神様視点で、似たような結果を辿った世界を見た事あるから言えたことだけどね」


「そうだとしても、才能一つで差別するような国なんか住みたくないよ」


「やっぱり、そう思うわよねー…」


「……話している間に、結構時間経っちゃったね」


「そろそろお昼かしら? お腹空いたわ……」


 僕達はソファから立ち上がり、部屋から出て廊下に出る。すると、すぐに僕の予想通りの人物が廊下を歩いてやってくるのが見えた。


「(相変わらず怖い見た目だよなぁ……)」


 最初に会った時と相変わらず、威圧感が凄まじく強面の鋭い眼差しだ。もし、恰好が執事風衣装じゃなければ、闇で動く暗殺者などと勘違いされてもおかしくないだろう。


 僕がそんな失礼な事を考えると、僕達の元に歩いてきた人物――ライオールさんが言った。


「レイ様、ベルフラウ様、ご昼食の準備が整いました。他の方々に声を掛けていただけないでしょうか。その後、私がお部屋に案内いたします」


「わ、分かりました……」


 射貫く様な目線と、丁寧な物腰しながら低い声と、有無を言わせない口調のギャップが怖い。


「(本当にマフィアとか殺し屋とかそんな感じに見えちゃう……)」


 僕と姉さんは手分けして、他の仲間達の部屋の扉をノックして、昼食の準備が整ったことを知らせた。

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