第713話 人の居ないお屋敷
ライオールという男性に案内され都市の片隅に位置する屋敷の門に辿り着いた。門は周囲の土地をグルりと四角形に囲うような外壁に囲まれており、門自体も大きく堅牢な造りだ。
「皆様、到着しました。こちらの屋敷が本日から皆様がお泊りになる屋敷でございます」
ライオールさんはそう言って、屋敷の向こうに声を掛ける。
「――お嬢様がお帰りになられました」
彼の言葉に反応するように、屋敷の奥で大きな金属音が響き始める。すると、屋敷の門がゆっくりと開いていく。
「どうぞお入りください」
ライオールさんはそう言って僕達を屋敷に案内する。僕達は開いた門をくぐって屋敷の敷地内に入っていく。
屋敷の入り口から見える中庭には手入れの行き届いた芝生や植木などが見える。奥の屋敷もカレンさんの実家よりは一回り狭い程度で、外観こそやや古びた印象を受けてしまうが、それでも十分に立派なお屋敷だ。
だが、この魔法都市にある他の建物と比べると、僕達が住んでいる王都とさほど差を感じられず、この都市の中ではやや異質に感じた。
「良い佇まいのお屋敷でございますね」
「そうね。でも、意外と普通……」
レベッカの言葉にカレンさんは頷くが、出た言葉は端的な意見だった。彼女は貴族の令嬢さんだからこのくらいのお屋敷は見慣れているのだろう。
「どうぞ、お入りください」
ライオールさんが玄関の扉を開けて僕達を屋敷に案内する。
僕達はぞろぞろと屋敷の中に入っていくが……。
「……?」
屋敷の中に入った瞬間、僕は何かの違和感を覚えた。
何か、おかしいような気がする……。
「(……変だな、何がおかしいんだろう)」
屋敷の中は想像した通り綺麗だし、外のゴチャゴチャした街並みと比較して統一感もあってむしろ落ち着いた雰囲気を感じさせる。しかし、何かおかしい。
「……変ね、使用人の一人も出てこないなんて」
「……あ、それだ!」
カレンさんの一言に、僕はようやく違和感に思い当たる。ライオールさんとウィンドさんの会話から察するに、ウィンドさんはこの屋敷の主の血縁の者、おそらく娘さんだ。
そして、そんなお嬢様を出迎えたライオールさんが彼女の執事と思われることからも、この屋敷の使用人が一人も出てこないのはおかしいのだ。
「(何か事情があるのかな……)」
僕は周囲の様子を伺いながらそう考える。すると……。
「……お帰りなさい、ウィンド」
屋敷の奥の方から一人の年老いた女性が現れた。ウィンドさんと同じく緑髪の、やや頬がこけた気品のある女性だ。
「お母様……」
ウィンドさんはその女性に頭を下げる。どうやらこの女性がウィンドさんの母親のようだ。しかし、その割には彼女は歳を取っているように見えた。
「相変わらず貴女は綺麗なままね……私なんてもうこんなに老けちゃってるっていうのに……」
「……」
女性はため息を吐きながらウィンドさんの事を何処か羨ましそうに言う。
「そちらの方々は?」
「今回の私の仕事を手伝ってくれる人達です。一日だけ宿泊してもらうつもりなのですが、構いませんか?」
「構いません……初めまして。私、この子の母のエリアと申します」
エリアと名乗った女性は僕達を見て、丁寧にお辞儀する。すると、真っ先にカレンさんがエリアさんの言葉に反応して返事を返す。
「初めまして、エリア様。カレン・フレイド・ルミナリアです。今回の彼女のお仕事のサポートをさせて頂きます。まさか、彼女のお母様に会えるとは思いませんでした。お会いできて光栄ですわ」
「まぁ、貴女の話はよくこの子から聞いているわ、カレンさん」
エリアさんは優雅に微笑んで差し出されたカレンさんの手を優しく握る。
「こんなおばあさんがウィンドの母親と聞いて驚いたことでしょう。宿泊の準備は整っています。今日はゆるりと私の屋敷でくつろいで行ってください」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えてそうさせて頂きます」
カレンさんはニコッと微笑むと、エリアさんは改めて深々とお辞儀をする。そして、僕達の方を振り返り……。
「皆様、古びた屋敷で面白味の無い場所だと思いますが、今日はゆっくり休んで明日の為の英気でも養ってください」
エリアさんは、優しい口調で僕達に語り掛ける。
「ええ、そうさせて頂きます」
僕は彼女の言葉に頷く。エリアさんは僕達に優しく微笑んでくれて、ウィンドさんの方を見る。
「今日はゆっくりできるんでしょう? 久しぶりに話しましょう?」
「……ええ、そうですね」
エリアさんの言葉に、ウィンドさんはやや強張った顔で頷いた。
「では、私達はこれで……皆様、どうぞゆっくりしていって下さいね」
エリアさんはそう言ってお辞儀をすると、ウィンドさんを連れて奥の廊下の方へと去っていく。僕達がその様子を見ていると……。
「……では、皆様。お部屋の方にご案内します」
いつの間にか、僕達の正面に回り込んでいたライオールさんが、硬い表情で僕達に声を掛ける。
「では、こちらへ……」
ライオールさんは僕達を先導するように歩き始める。しかし、何故か屋敷に入った時よりも空気が重いように感じた。まるで何かを警戒しているような……。
僕は妙な予感を覚えながら、屋敷の中を歩いていくのだった。
人の気配を感じられない薄暗い屋敷の廊下を歩く。
建物が古いせいか、ギシギシと歩く度に床が軋むような音がする。
「(……やっぱり、何だか妙に静かだな……)」
僕は辺りの様子を窺いながら、ライオールさんに先導されて歩く。ルナとエミリアは僕の隣を歩いている。
「……ね、さっきから誰も居ないみたいだけど……?」
「……もしかして、使用人はこの屋敷には誰も居ないんでしょうか?」
疑問に感じたのか、二人は前を歩くライオールさんに聴こえない程度の声で僕達に話す。
「こんな大きな屋敷に、使用人が一人も居ないなんてあり得るのかしら?」
カレンさんがそう疑問を口にする。
しかし、先程からこの屋敷には僕達以外の人の気配が全くせず、物音も僕達が歩く度に軋む床の音以外、何も聞こえてこない。まるで、無人の廃墟を歩いているかのような気分になる。
「ライオールさん、他の使用人の方たちはどちらにいらっしゃるのですか?」
姉さんは前を歩くライオールさんにそう質問する。すると……。
「……皆、出払っております」
彼は僕を振り返らずにそう答える。
表情は見えないが、その声は何かを押し殺しているような印象を受けた。何故彼がこういう態度なのか理由は分からないが、彼が話すとこの場の雰囲気が非常に重くなってしまう。
「そ、そうでしたか……。普段はどれくらい人がいらっしゃるのでしょうか?」
「……古びた屋敷でございますから……。現在、屋敷に居るのはウィンド様のとその母君であるエリア様、そして私達です。他の者は、ウィンド様のお父上と、あと数人と言ったところでしょうか」
「……たったそれだけの人数で、このお屋敷をこんな綺麗に管理できるんですね」
「……」
エミリアの言葉に、ライオールさんは無言で立ち止まる。先導する彼が立ち止まると自然と僕達も足を止めて、ライオールさんの様子を窺う。床の軋む音も無くなり、無言の居心地の悪い空間が僕達を支配する。
「……皆様」
ライオールさんは低い声でそう一言と呟くと、僕達の方を振り返る。
「……っ」
ライオールさんは特にこちらを威圧しているわけではないのだが、その雰囲気に押されてルナやノルンは軽く後ずさりする。
「こちらが皆様が宿泊する個室となります。お好きな部屋をお選びください」
「……え?」
その言葉を聞いて、僕達は周囲を見渡す。確かに、僕達の目の前には部屋の扉が八つ、綺麗に横一列に並んでいた。
「ご昼食の準備が整いましたらお呼びいたしますので、それまでお部屋でおくつろぎください」
ライオールさんはそう言ってお辞儀をすると、何処かへ立ち去って行った。
「……とりあえず、部屋に入ろうか?」
「……そうね」
僕の言葉に皆が頷き、それぞれ部屋を選んで中に入って行く。僕も全員が部屋に入ったことを確認すると、残る部屋から一つを選んで入っていった。
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