第217話 お嫁さんごっこしたい

 そして、病院を出て僕達は宿に戻った。

 すると、宿の前でレベッカが甲斐甲斐しく僕達を出迎えてくれた。


「レイ様、お帰りなさいませ。

 お風呂にしますか、あるいは昼食にいたしましょうか、それとも……」

 レベッカは可愛らしく、首を傾けて上目遣いで言った。


「わたくしと、お嫁さんごっこを……」

「お嫁さんごっこお願いします」

 僕は即答した。

「れ、い、く、ん?」

 後ろから姉さんに肩を強く掴まれる。っていうか、爪が食い込んでる!!


「痛い、痛いよ、姉さん」

「だって、レイくんが……」

「いや、あれは違うんだよ。ただ単に、お嫁さんごっこというワードに反応しただけで……」

「何が違うのかな?」

 何も違わないですね、はい。


「レベッカちゃんも、そこでそんな言葉を覚えたの!?」

「リーサ様がお迎えする時は、このように出迎えると喜ばれるとアドバイスを頂きまして」

 あのメイドさん、子供にとんでもないこと教えてる。


「うぅ……、レベッカちゃんまで……」

 姉さんがちょっと泣き出した。


 それにしても、レベッカのさっきの言葉、想像以上に破壊力があった。

 思わず何もかも忘れてお嫁さんごっこに興じるところだったよ。

 ところでお嫁さんごっこって何するんだろ。


「ベルフラウ様もお帰りなさいませ。お元気そうでなによりでございます」

「う、うん、ただいま」

 姉さんは若干涙声だ。

 

「あの、レイ君? お嫁さんごっこは私も参加させてもらってもいい?」


「姉さん、冗談で言ってるんだよ。というか姉さんは姉さんだからお嫁さんじゃないよ」


「うえぇぇぇぇん!! れいくんがいじめるー!!」

 姉さんはマジで泣き出して、宿の中に入っていった。

 ちょっと、からかい過ぎたか……。


「じゃあ僕達も入ろう」


「はい、レイ様」


 ◆


 食堂では既にみんな集まっていて、夕食を食べ始めていた。

 ちなみに、姉さんもさっき泣いてたのに、みんなに混じって普通にご飯を食べている。


「あ、レイくんお先にー」

 姉さんの元気そうな声が食堂に響く。

 さっきの嘘泣きだったのか……。


 僕達は食事を済ませる最中、今日姉さんと病院で話したことを伝えた。


「体のマナが回復しない病気……」


「あまり聞いたことが無い病ですね。

 以前、<黒の剣>によってマナが抜かれるという話と少し似ていますが……」

 やはり、誰もそのような病気は知らないようだ。


「うん、そしてその理由はやっぱり、

 例の呪われたアイテムが原因じゃないかと私は思ってるの」


 姉さんが言ってるのは、今現在封鎖されている遺跡から冒険者が持ち帰った魔道具の話だろう。その持ち帰った冒険者は、感染源になってしまっており、街の何処かに隔離されているという話だ。


「呪いを解けば、この事態は解決するという事でしょうか。ベルフラウ様」


「多分ね。でも、どうすればいいのか分からないんだよね……」

 確かに、そのアイテムについて何か情報があれば……とは思うけど。


 そこで、ちょっと思い付いた。

 以前僕達も呪いが掛かったアイテムを見つけたことがあったはず。

 その時は、アイテムこそ持ち帰らなかったけど、呪いの事が書かれた書物だけ持ち帰った。

 もしかしたら、解呪の方法が載っているかもしれない。


「前に入手した魔導書から何か分からないかな?」


「魔導書? 私の所持品のことですか?」


「そうじゃなくて、前に攻略した遺跡から手に入ったやつだよ」

 以前に遺跡から入手したものだと、みんなに説明すると、エミリアは思い出したかのように言った。


「あー、あれですかー。確か、呪いの魔法が書かれていたかも……。

 ただ、かなり古い物ですし、古代文字で書かれてますから解読は難しいですよ」

 僕も見たことあるけど、書いてあることがさっぱり理解できなかった。


「レベッカも覚えがございます。

 遺跡の最奥部にあった棺と、その中にあったミイラと呪われた宝石類などなど……。

 ここで見つかった遺跡というのも似たような物だったのでしょうね」


 そう考えると、あの時僕達は宝石を持ち出さずに良かった。

 あのまま街に帰っていたら、僕達だけじゃなく街の人にも多大な迷惑を掛けていただろう。


「あの巨大ロボットみたいなのが出てきたところだよね。レイくん」

「合ってるよ、姉さん」


 遺跡の最後に出てきた金属で出来たゴーレムを思い浮かべる。

 この世界では自動人形というべきだけど、僕からするとロボットいう例えの方がよりしっくりくる。


「ロボット?」

 カレンさんは首を傾けて言った。


「あ、ロボットってのは、まぁ魔力で動く自動人形の事で……」

 色々説明したいけど、簡易的な説明だけでカレンさんとリーサさんに伝えた。


「……なるほど、似たような遺跡を見つけたのね」

 カレンさんは納得したように言った。


「うん、それでアイテムは恐くて持ってこなかったんだけど、魔導書だけ持ってきたんだ」

 危ないこと書いてあるっぽいから悪用されないように持ってきたけど、僕達も処遇に困って持て余していた。


「レイくん、その本は今何処にあるの?」

「多分、鞄の中の何処かに……」


 僕は慌てて席を立ち、部屋に戻って荷物の中から例の魔導書を引っ張り出した。

 そして食堂に戻ると、姉さんに渡す。

「これだけど」

「ありがとうー」

 受け取った本をパラパラめくると、難しそうな顔をした。


「……正直、文字の方はさっぱりだけど……」

 元々文字が掠れている上に、理解不能の言語ばかりで書かれている。

 簡単な文字ならこの世界の魔法学校で習うらしいけど、エミリアにもそれ以上のものは読めないらしい。

「エミリアちゃん、何とか読めない?」

 姉さんはエミリアに本を手渡して、エミリアはそれを渋々受け取るが……。


「無理言わないでくださいよ……。

 私が習った部分って一部の単語とか、例題の文章くらいなんですからね。

 大体、呪いを記した魔法書に解呪の方法が載ってるとは限らないし……」


 エミリアはため息混じりに言う。


「でも、読めるかもしれないんでしょ?」


「……あんまり期待しないでくださいね。

 えーっとですね……。……記す……書物……古………呪…………」


 エミリアはぶつぶつと呟きながらページをめくり続ける。

 それからエミリアは数分ページをパラパラ捲って、ある場所でエミリアの手が止まった。


「……呪…………解除………? もしかしたらこのページかも?」


「どれどれ~」

 姉さんはエミリアの後ろから覗き込むように本を見る。


「うわっ! 何語!? 全然読めないし!」

「さっきも見たじゃないですか……」

 姉さんが諦めて本を返すと、今度はカレンさんが興味津々に覗きこんだ。


「……えっと、文字は私にも読めないわね。

 ただ、この隣に描かれてる図形……おそらく<結界魔法>の一種ね。

 見たことない形だから<失伝魔法>の一種かもしれないわ」


「本当ですか? カレンさん」

「多分ね……。ただ、供物となる材料が必要っぽいのよね。……エミリア、ここの文字読める?」

 カレンさんはページの一部を指差しながら、エミリアに本を見せる。


「はい?……これは分かります……。

 <消えない炎の欠片>、<蛇の翼>、<魔を払う術者の体液>……かな」


「……最後の、魔を払う術者の体液というのは……」

 エミリアが読み上げた素材の名前を聞いて、リーサさんが興味深そうにエミリアに問いかけた。


「……魔を払うと言われるのは、<浄化>の魔法を指すことが多いですね。

 体液は、汗とか別の物を指すことはありますけど大体血液を使います。つまり、<浄化>の魔法を使用できる魔法使いの血液が必要ってことです」


 となると……。

 僕とエミリアとレベッカが姉さんの顔を見る。


「え、何?」

 きょとんとした顔をして姉さんは首を傾げたけど、僕達は順番に言った。


「姉さんの」

「血でございますね」

「まぁ、二人の言う通りです」

「……うっ」


 僕達の勢いに押されるように姉さんは後ずさる。


「その血ってどれくらい?」

「……えーと、描いた魔法陣の円と呪われたアイテムに垂らすことになります。致死量ではありませんが、血を抜いた後はフラフラになってしまうかもしれません」


「えぇ!? 嫌だよ! お姉ちゃんってば結構疲れてるんだよ!?」

 姉さんは僕達から逃げるように椅子ごと後ろに下がった。

 それを見ていたカレンさんが、ちょっと呆れながら言った。


「……浄化の魔法が使用できるって条件なら、私も使えるわよ。

 ベルフラウさんが嫌だって言うなら、私の血を使う?」


「いいの? カレンさん」

 僕が尋ねると、こくりとカレンさんはうなづいた。


「もちろん。……まぁ、こんなことになるなんて思ってなかったけどね」

 苦笑するカレンさん。


「うっ……流石にそれは悪いかも……。

 ねえ、カレンさん。それならお姉ちゃんとカレンさんで半々にしましょ?

 そんな感じでも大丈夫でしょ? エミリアちゃん」


「えーっと、多分……大丈夫だと思います。あ、でも、その前に……」


「ん、どうしたの?」


「<消えない炎の欠片>、<蛇の翼>……これに当てはまるものを探さないと」

 僕達は必死で連想するものを頭の中で巡らせるが……。


「……消えない炎、ですか」

「蛇の翼ってのも色々おかしいわよ。蛇に翼なんて無いわ」


 リーサさんとカレンさんの言葉だ。

 カレンさんの言う通り、存在するのか怪しい物品である。

 何かの魔道具だろうか。


「エミリア様、何かの暗喩という可能性は」

 レベッカは書かれてる文字が何らかの隠された意味ではないかと思考を巡らす。


「……レベッカの言う可能性もありそうですけど」

 推理しようにも、情報が足りなさ過ぎて結論が出せずにいる。僕も何かしら、意見を出そうとして必死に頭を巡らそうとしたところで、ちょっと思い当たるものがあった。


「リーサさん、残った依頼書見せてくれませんか?」

「あ、はい。どうぞレイ様」

 僕はリーサさんに預かってもらっていた残った三件の依頼書を手渡された。


「何ですか? そこにヒントがあるとか?」

「分かんないけど、もしかしてと思ってさ……」

 そして、全員でその依頼を見てみる。


 残った依頼書は3つ、うち1つはドラゴン討伐の依頼書だ。

 しかし、僕が気になったのは、残り二つの、突然現れた正体不明の魔物討伐の依頼書だ。

 それぞれの依頼書の一文にこのような記載があった。


『北西の山岳地帯にて、炎を纏った正体不明の魔物が出現』

『翼を持つ巨大な蛇の形をした生き物』


 ……これって、もしかしたら……?


「翼を持った巨大な蛇……」

「それに、炎の魔物ですか……言われてみると、少し似てるような……」

 エミリアは顎に手を当て考え込む。


「しかし、都合が良過ぎるような……。

 何故、呪いが蔓延してからこのような魔物が突然現れたのか」


 レベッカは眉間にしわを寄せて呟く。それでも可愛い。

 確かに、レベッカの言う通りだ。このタイミングで、しかも僕達が依頼に向かう場所に、呪いの解呪が出来るかもしれない魔物が現れるなんて出来過ぎている。


「……分かんないけど、言ってみるしかないよね」

 ひとまず、封鎖された遺跡の方は後回しだ。

 まずはこの二つの依頼を先に済ませて、可能ならこの魔物の一部を採取しよう。

 もしそれが本当に呪いの解呪に使えるものであれば、一石二鳥だ。


「じゃあ、明日行こう」

「それは良いんですけど、ベルフラウも来るんですか?

 病院で疲れてるんじゃないですか?」


「大丈夫、ちょっと色々消耗してるけど健康そのものだから!」

 姉さんは胸を張って元気いっぱいといった様子でそう言った。


「うん、じゃあ明日朝出発ってことで」

 僕の言葉にみんなが頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る