第216話 病院にて

 

 あの後、魔物達を容赦なく全滅させて、僕達は依頼を完了した。

 ヴァンパイアは結構手ごわかった。他の仲間たちが倒されていく中、日の光で焼かれながらもしぶとく戦い続けた。その戦いぶりに感銘を受けたカレンさんは、浄化の魔法で天へ還してあげた。


 ……ヴァンパイアに浄化ってむしろえげつない気がする。


 それから一度街に戻り、ギルドに大半の依頼を終了したことを報告した。


「す、凄い! たった二日で二十九件の緊急依頼をクリアするなんて……!!」


 受付のお姉さんは、信じられないものを見るような目で僕たちを見ている。


「い、いやぁ……それほどでも」

 真剣に称賛を貰えたので僕はつい照れてしまう。

 今回は同じ場所に依頼が固まっていたのがここまで最速で出来た理由だ。

 ある程度実力があるパーティなら他の人にも出来たと思う。


「いや、私が言うのもなんだけど無理なんじゃないかしら」

 後ろでカレンさんに突っ込まれる。声に出してないのに……。


「それに、緊急の依頼は最難関のものが三件残っていますよ」


 エミリアが、書類を見ながら僕に話しかけてくる。


「エミリア様、最難関というと……」

「レベッカの想像の通りですよ。それと、今まで遭遇してて戦わなかったあの魔物とも戦う羽目になるかもしれませんね」

 遭遇してて、まだ戦ってない魔物?そんなのいたっけ?


「ほら、これです」

 エミリアが、僕と受付嬢さんの間の机に、三つの依頼書を置いた。

 その内容を確認してみる。


 まず一つ目の依頼だ。


『北西の山岳地帯にて、炎を纏った正体不明の魔物が出現

 既に何人もの犠牲者が出ている。おそらく新種の魔物と思われるが、その強さ、正体共に不明。

 そのため、最高難易度のものとして取り扱う。緊急性が高いため、各地の街のギルドに要請を求む』


「炎の魔物……?」

 僕の問いかけに、目の前の受付嬢さんが答える。


「こちらの依頼ですね……。この街の北方にある山、そこに突如現れたらしいのです。

 目撃情報によると体中から火を吹き出しながら暴れまわっているとか。

 その方の情報によると、まともな物理攻撃が通用しない。『まるで実体が存在しないようだ』と仰っています」


「……実体がない?」


「はい……。戦士にとっては天敵のような相手でしょうね。下手をすれば自分だけ炎に撒かれ何も出来ずに焼き殺されてしまうかもしれません」


「な、なるほど……」

 凄くヤバい相手だという事は分かる。

 そんな相手と戦うこっちの身にもなってほしいけど。


 そして次は二つ目の依頼だ。


『東の草原地帯にて、謎の飛行生物が出現した模様。

 目撃者によれば、翼を持つ巨大な蛇の形をした生き物との事だ。

 幸い、まだ被害は出ていないもののこのままではいずれ大惨事になるだろう。

 至急討伐してほしい』


 こちらも正体の分からない魔物のようだ。


「しかし、翼を持った巨大な蛇ねぇ……?」

 カレンさんが腕を組みながら首を傾げる。


「まぁ、蛇型の魔物は色んな種類がいるから不思議じゃないかもしれないわ」


 カレンさんはそう言うが、自分はあまり出会ったことが無い。

 今のところ、希少と言われるドラゴン種の方がよく出会ってるまである。


 そして、最後の三つ目の依頼だ。

『北の山の頂上にて、青い肌の巨大な竜が住み着いたという情報が入った。

 既に何人もの冒険者が返り討ちにあっており、非常に危険な状況だ。早急な対応を要請する』


「……えっ?」

 青い竜というのは見覚えがある。

 僕達がここに来る道中で数回、姿を目撃している<雷龍>だ。


「エミリア、この事を言ってたの?」

「えぇ、最近姿を見せていなかったですが、こんな場所まで来ていたのですね」

 この大陸に来る前に、雷龍とは一度遭遇している。

 その時は戦闘にはならなかったけど、ここにきて戦うことになるとは……。


「雷龍ですって?」

 カレンさんは驚いた顔をしている。


「カレンさん、知ってるんですか?」

「知ってるも何も……私とリゼットが少し前にこの龍を追い払ったからね。

 あの時、逃げられて行方が分からなかったけど……」


「えっ!?」

 予想外の発言に驚く僕達。


「ちょっと待って下さい! そんな報告は受けていませんよ!!」

 受付嬢さんが、慌てた様子で質問をする。


「結果的に依頼失敗になったから情報が伝わってなかったんでしょう。

 それなりに時間が経ってるから、仕方がないと思うけど」


 以前に、リゼットちゃんから聞いた覚えがある。

 ラガナ村で彼女を洞窟の中を探索していた際、彼女は言っていた。


『ちょっと騒ぎがありまして、

 ほら、大型のモンスターが街道で暴れたって話を知りませんか?』


 そして、『ドラゴンさんをどうにかした後の帰りなんですよ』とも。


 その時のリゼットちゃんはカレンさんと行動を共にしていたようだから、カレンさんが知っていても不思議じゃない。


「カレンさんもあの龍の事を知ってたんだね」

「私からすると、レイ君達があいつの事を知っていたのが意外よ。レイ君達はあいつの事をどこまで知ってるの?」


 どこまで、と言われると……。


「見た目は青い鱗で覆われていて、角が生えてるって事ぐらいしか……」


「それだけ?他には何か聞いてないの?」


「以前に<能力透視>で能力を探ったことと……」


 他はとある果実が理由で、急成長したという事くらいだろうか。

 はっきり言って情報は多くない。ただ、カレンさんの言葉から察するに、僕たち以上に何かしらの情報を持っているようだ。


「うーん……そうね、何とかしなきゃいけない問題でもあるし……」

 カレンさんは少し悩んでいった。


「ひとまず、今日はここまでにしましょうか。

 ここからの依頼は危険そうだし、一つ一つ確実にこなしましょう」


 カレンさんの言葉に僕達は頷く。


「それじゃあ皆は先に休んでて。

 僕はちょっと姉さんの様子を見てくるから」

 姉さんは、この街にある病院で病人の治療をしているはずだ。



 一応、僕の<治癒>の能力も試してみたいし、そのついでに見に行ってみることにした。

「それじゃあ、私たちは先にもう一泊宿を取っておくわね」

「うん、お願いします」


 僕はカレンさん、エミリア、レベッカと別れ、病院へと向かうことにした。



 病院は街の北部にあり、この街で最も大きな建物だった。

 僕は病院を入口へ入り受付へ向かう。


「患者様のご家族の方ですか? こちらに名前の記入をお願いします」

「あ、えっと……」


 困ったな。僕は姉さんを探しに来ただけなんだけど……。


 受付の人は名前を書くように促してくる。

 ……仕方がない、とりあえず書いてみるしかないかな。

 僕は渡された用紙に自分の名前を書く。しかし、病院で治療を受けている患者さんの家族では無いため、患者の方の名前を書くことが出来なかった。


「こちら空欄のままですが?」

 案の定、指摘されてしまう。僕は事情を話すことにした。


「すみません、僕は患者さんの家族じゃないんです。ここにベルフラウと名乗る女性が来ていませんか? 僕の姉でして、今この病院で患者さんの治療に当たっている筈なんですけど……」


 事情を話すと、受付さんは思い当たったようで、

 ロビーの奥に引っ込んでいき、一分後に戻ってきた。


「話は伺っています。女神を名乗る女性ですね。

 最初は止めようとしたのですが『どうしても』と言われまして……」

「ありがとうございます!」


 良かった、やっぱり来ていたんだ。

 ていうか怪しまれてるし、女神名乗るの止めてくれないだろうか。


「ベルフラウ様のおかげで、患者様の容態がいくらか緩和されております。

 こちらからベルフラウ様に伝えますので、レイ様はこちらの待合室でお待ちください」


「お願いします」

 どうやら姉さんはちゃんと仕事をしてくれているらしい。

 僕が安堵していると、奥から医者らしき人がやってきた。


「君がレイ君かい?」


「はい、そうですけど」


「君の事はベルフラウさんから聞いている。

 最初、急に患者さんに合わせてくれと懇願されてしまい、困惑したが……いやはや、凄い回復魔法の使い手だね。軽い症状の患者様はあっという間に治してくれたよ。流石に、重い症状の患者さんはすぐにとはいかなかったけどね」


「そうですか……よかったです」


「昨日からずっと患者の治療に当たってくれている。

 しかし、そろそろ彼女も疲労が溜まっているだろう。君の方から、今日は仕事を切り上げて休んでほしいと言ってくれないか?」


「分かりました」

 僕は医者の言葉に従い、受付の人に姉さんへの伝言を頼んだ。

 受付の人も快く引き受けてくれて、すぐに姉さんに連絡を入れてくれるそうだ。

 それから暫く待っていると、ようやく姉さんがやってきた。


「れいくーん!!!」

  姉さんはこちらを見るなり飛びかかってきた。


「姉さ―――」「会いたかったー!!」

 ……って、危ない!!危うく押し倒されるところだった。

 僕はなんとか、姉さんを受け止めることが出来た。


「ちょ、ちょっと姉さん!いきなり何するんだよ!?」


「だってぇ~、レイくんが来てくれてるって……お姉ちゃん、軽く気絶するくらい嬉しかったんだよ?」


「そんな大げさな……」


「レイ君は分かってないよ!

 好きな男の子が家に来てるって分かったら、女の子は誰だって喜ぶものなのよ?

 経験無いから知らないけど、きっとそう!」


「あ、うん、ありがとう」

 いい加減な推測だけど、姉さんが僕の事を好きでいてくれて何よりだ。


「それで、治療の方はどう?」


「うん、症状の軽めな人たちは回復魔法使うだけでかなり良くなったけど、症状の重い人達……は、いくらか緩和はされたんだけど、治るまではいかないかな……」



「そっか……」

「後ね、例の遺跡で呪いのアイテムを持ってきた人たちも搬送されてるはずなんだけど、会わせてもらえなかったよ」


「えっ、どうして?」


「なんかね、強く影響を受けてしまった彼らそのものが、周囲に病気をまき散らしている状態らしくて……。

 もし近づくと、治療に当たってるお医者さんや、ここにいる患者さん全て悪化してしまうから、この施設とは別の場所に隔離されてるみたい」


「うわぁ……」


「だからね、レイくんは多分私の心配をしてくれてたんだけど思うけど、大丈夫。私がここで治療してても他の患者さんから病気を移されるような心配はないから気にしなくてもいいよ?」

 僕の心配事、流石に分かっちゃうか。


「でも、姉さん、疲れてるでしょ? ……」


「えへへ、ばれちゃったか。正直言うと、きついかも。

 本当はもう少しだけ頑張ってから切り上げようと思ってたんだけど、レイ君の顔見たら気が抜けちゃって……」

 と言って、姉さんは僕の肩に頭を預けて、身を寄せてきた。


「……お疲れ様、お医者さんも姉さんに感謝してたよ」


「ふふん、もっと褒めてくれたまえ」


「はいはい……」

 僕は姉さんの頭を撫でながら、しばらく彼女の体温を感じていた。


「それで、そのお医者さんから姉さんを休ませてあげてほしいって言われてる」


「レイくんのお願いなら、聞かないわけにはいかないねぇ……」


「ありがとう。ところで、患者さんたちの病状はどんな感じ?」


「そうだね、症状の軽い人はもう殆ど治っちゃってる人もいるけど、

 重い人は、体がかなり衰弱してて、体のマナがずっと回復しきれない状態なんだよね。常時魔力切れみたいになってる。

 だから中にはまともに動けない人もいて、体を支えてあげないとお手洗いもいけないって人も多かったよ」


 人間のマナを奪う呪いか……。

 自分が居た世界にマナなんてものは無かったけど、

 僕自身もこの世界に来てから『マナ』そのものは体の中に存在してる。

 だから魔力切れでどうなるかも身を以って知っている。


「命に別状は?」


「まだ分からない……。だけど、マナが枯渇した状態だと体の免疫力が落ちて、他の病気と合併症を起こして危険かもしれない」


「そうか……それじゃ、僕も何か手伝えることはないかな?」


「……本当?」


「うん、出来ることがあれば何でもやるよ」


「えっ? レイくんが私に何でもしてくれるって?」


「言ってない」


「冗談だよぉ~、ちょっと言ってみただけだもん♪

 でもね、今のままだと正直私達にはお手上げね。お医者さんの言う通り、このまま私が頑張っても根本的な解決には至らないかもね」


「そうなんだ……。やっぱり、呪いを解く方法はあると思う?」


「うん、あるはずだよ。

 遺跡から持ち帰った呪われたアイテムは、強力な呪術が掛かった物なんだと思う。多分、それをどうにか出来れば……」


 その遺跡は封鎖されていて、今は誰にも入れなくなっている。

 流石に、勝手に侵入するわけにはいかないか……。


「―――分かった。

 その件は後でみんなに相談してみるよ。姉さんは今日はもう休んで」


「うん、了解。ところで、レイくん達はもう終わったの?」


「依頼の事? 殆ど終わったけど、まだ数件残ってるよ」


 残りは明日以降だ。

 流石に今回は姉さんに頼るわけにはいかないだろう。

 そう、思ってたんだけど……。


「じゃあ、お姉ちゃんも行く!」

「……え?」


「お姉ちゃんも一緒に行ってあげるよ!

 レイくんのパーティーメンバーとして、そして真の姉として!!」


 義理の姉なのに真の姉を名乗るのか……。

 思いの外、姉さんは元気だった。


「姉さん、もしかしてカレンさんに対抗意識燃やしてる?」


「えっ!? そ、そんな事ないよ……?」

 分かりやす過ぎる。


「……まぁ、姉さんが元気ならいいけどさ。

 ただ、あんまり無理しちゃダメだよ、姉さんが倒れたら僕が泣くと思うから」


「レイくん……うん、分かった! 明日の私はずっと賑やかしの役割でいるね!」


「いや、少しはヒーラーの役目を……」

 魔物退治の仕事なのに、賑やかしに特化されても困る。


「分かった。それなら緊急時だけ私も参加するね」


「うん、それでいいよ」

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