第959話 お布団には勝てなかったよ……

 前回のあらすじ。長老様無双。


 山登りの最中に竜種のワイバーンに襲われるというアクシデントに見舞われたレイ達だったが、レイが仲間に指示を出す前に長老様が岩石を投げつけてワイバーンを撃退した。


「秘境育ちの長老様って凄い。改めてそう思った」


 レイは後にヒストリアの長老の事をこう語ったと言う。


「おーい、レイ。正気に戻ってくださーい」


「さ、サクライくんどうしたの!?」


「……自身の想像を超える出来事を目にして現実逃避してるのだと思う」


 突然呟き始めたレイにエミリア、ルナ、アカメが心配そうに声を掛ける。


「レベッカよ、婿殿が突然ブツブツと語り始めたが何かあったのかのう?」


「お爺様、レイ様はここまでの長い旅路できっとお疲れなのでしょう」


「む、そうか。なれば早く山を越えて吾輩たちの生まれ故郷ヒストリアに招待してやらねばのぅ」


「はい、お爺様♪」


「うむ、ではもう少しペースを上げるとするか!」


 長老様とレベッカは頷き合い、再び歩き出した。


 その10秒後にレイは正気を取り戻して、仲間達と一緒に二人の後を慌てて追いかける。


「……あれ? ワイバーンは?」


 そしてレイは、いつの間にかワイバーンの亡骸が無くなっているのに気が付いた。


「(記憶が無くなるほどショックだったんだね……)」


 ベルフラウは困惑するレイの頭を撫でて励ますのだった。


 ◆◇◆


 それから更に数時間、既に日は暮れて夜空に星々が輝き始めた頃。


「……つ、着いたぁ……」


 レイ達はレベッカの故郷ヒストリアに到着した。


 道中何度も魔物に襲われ、その度に長老が人外的な身体能力を駆使して魔物を撃退。


 レイ達は終始長老特にやることが無くて二人の後を付いて行くだけだった。


「ふむ、客人方は皆お疲れの様なので、村の者への挨拶は後回しにして今日は吾輩の屋敷で休むとしようかのぅ」


 レイ達は疲れ切った様子で地面にしゃがみ込んでいる。


 そんな姿を不憫に思ったのか、長老は提案してきた。


「お爺様の屋敷……懐かしいですね!」


「……ふむ、では皆付いてまいれ」


 レベッカは嬉しそうな表情で頷き、長老様はそう言って村の中へと入っていく。レベッカはレイ達の方に振り向いて満面の笑顔を向けて言った。


「皆様、ようこそわたくしの故郷ヒストリアへ!! 今日は遅いですし、長老様のお屋敷にご案内いたしますね!」


「り、了解……」


 レイは力のない声で返事をし、皆も声を揃えて肯定する。

 こうしてレイ達は長老の屋敷へと足を運んだのだった。



 ◆◇◆


 翌日――


「わぁぁぁ……お布団だぁ……お布団大好きぃ~」


 普段洋式のベッドばかりで就寝していたレイだったが、招かれた長老の屋敷ではお布団が用意されていた。レイは久しぶりの和式に感動して、まるで子供のようにはしゃいでいた。


「レイ君、そんなに布団が好きだったの……?」


「彼が住んでいた日本は、和式文化が盛んだから」


「へー。日本ってそういう国なんですね」


 カレンは布団にはしゃぐレイを見て呆れたような表情をするが、ベルフラウの補足で納得する。


「でもさっきからレイ君がお布団から全然離れようとしないんだけど」


「屋敷の中も日本風だからきっと昔住んでた家に戻った気分なんでしょう。昔によくあったホームシックが再発したのかも」


「最近落ち着いてたのに、ここに来て再発ですか……」


 エミリアが呆れた様子で布団に包まってるレイを眺める。するとレベッカが戸を開いてレイの部屋に入ってくる。


「皆様、ここに集まっておられたのですね。そろそろ食事の支度が整ったので―――と……皆様、どうなされたのですか?」

「実はね……」


 ベルフラウはレベッカにレイが布団から出ようとせずに皆が困ってる事を伝える。


「困りました。お爺様が朝食の準備が出来たのでそろそろ皆様を呼んできてくれと言われたのでございますが……レイ様、そろそろ朝食のお時間でございますよ……」


「うーん、あと30分」


 レイは幸せそうな顔で自身の顔を枕に擦りつけてそう言った。


「……ここは私の出番」


 するとアカメがだらしない自分の兄を見て何らかの使命感に駈られたのか前に出る。


「お兄ちゃん……そろそろ行こう?(布団から出ようとしないレイを無理矢理引きはがそうとしている)」


「やだっ、絶対ヤダ!! もっとお布団のぬくもりを感じていたい!」

「……」


 普段のレイとは打って変わって、布団にしがみついて離れようとしない。

 アカメはそんなレイを見て絶句していた。


「……違う、これは私のお兄ちゃんじゃない」


「アカメちゃん、理想と違うからって現実逃避は良くないよ……」


 唖然として現実を見ないアカメに対してルナは友達として注意する。


「……私はこういうレイも好きだけどね」


 ノルンはそう言いながらレイの布団に潜り込んで彼の背中にぴったりと抱き付く。


 見た目が子供サイズなのでレイの布団の中に入ってもはみ出ないのである意味ジャストフィットと言えるかもしれない。


「ああっ、ノルンちゃんまで!!」


「ノルンは元々寝るのが好きなので……でもレイもちょっと嬉しそうなのがムカつきますね」


「困りました。どうすればレイ様に布団から出てきてもらえるのでしょうか?」


 長老に呼んできてくれと頼まれたレベッカは レイが布団の中で幸せそうにしているのを見て、 どうすれば布団から出てきてもらえるかを必死に考える。


「……そうだ。お布団に入られたままレイ様に移動してもらいましょう!」


 レベッカは名案とばかりに手を叩いてそう言った。そして、皆と相談して女の子総勢で布団に包まったレイごと移動させるという作戦を決行した。


 結果―――


「すみません、僕が悪かったです」


 布団ごと運搬されている最中にレイが正気を取り戻して、 皆に土下座して謝罪するのだった。

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