第966話 誰も呼んでない

 レベッカのご両親のウィンターさんとラティマーさんを見送った後、僕達は部屋を出て神殿の中の見学を始めた。


「神殿っていうだけあって綺麗な場所だな……」


 周囲の床はどれも石で出来ていて、天井は高く吹き抜けになっている。


 廊下はまるでガラスのような透明な素材でできており、まるで宙に浮かんでいるような錯覚を受ける。


 透明感のあるキラキラとした光が廊下の中に差し込み、幻想的な光景を作り出している。


「夜になると星空と浮島から滝の飛沫が反射して、更に神秘的な光景となります」


「幻想的な感じになるわね。それにしても……とても静かな場所ね……」


「確かに。神殿という話なので神官の姿を見掛けると思っていたのですが……」


 エミリアは周囲に人の姿が見えないことに疑問を持っていた。


「それは皆が一か所に集まっていることが理由でございますね。先程の鐘の音は神官様が集まって話し合いを行う時間を指し示すもので、その鐘の音が聞こえてから各神官様は神殿の中央に集まって会議をしているのございます」


「二人が鐘の音が鳴ってすぐに出ていったのはそれが理由だったんだね……」


「はい。この時間帯は神殿内に人が居なくなるので、レイ様達が見学をなさるのであれば丁度良いタイミングではございますね」


 レベッカはそう言って再び歩き出す。


「実は神殿の奥には、地の女神ミリク様を模った女神像が祭られているのです。本来であれば大司教様の許可を得なければ立ち入ることは出来ないのですが、今回は特別に許可が下りました」


「おお……」

 僕達はレベッカの言葉を聞いて感嘆の声を上げる。しかし、冷静に考えるとそもそも大司教って誰?という疑問が浮かぶ。


「えっと、レベッカちゃんのお母さんのラティマーさんは司祭様よね?」


「はい」


「それで、お父様の方は」


「司教様でございます。大司教というのは、司教様の中でも特に位の高い方を指す言葉になります」


「なるほど……」


「ですがその『大司教』の方が引退しておりまして、今は司教の父上が大司教様の代役をしているのです」


「へぇー」


「引退したって、その人は今何処に?」


 僕はレベッカに尋ねる。


「昨日、レイ様達がお泊りしたお家の家主の方でございます」


「え?」


「ですので、長老様が『元・大司教様』でございます」


 ・・・・・・。


「あ、あ、あ、あ、あの世紀末覇王みたいなレベッカのお爺さんが!?」


「は、はい……世紀末覇王という意味がよく分かりませんが……」


 僕は思わず立ち止まって驚きの声を上げる。レベッカも僕の言葉に戸惑いを見せるが、多分後ろの皆も同じだろう。


「あのお爺さんがここの一番偉い人とは……」


「神官ってガラにはとても見えない……」


「どっちかというと、ジャングルで動物たちと一緒に暮らしてそうな感じよね」


「それか、原始時代にいそうな感じ……?」


 僕に続いてアカメとカレンさんも声を上げる。最後に姉さんがボソッと言ったセリフが妙にしっくりきた。しかし僕達が好き勝手に感想を言ってると、レベッカの頬が膨らんでいた。


「むぅぅー!お爺様を馬鹿にしないでくださいまし!!」


 プンプンと怒った様子のレベッカを見て、僕達はハッとする。そして慌てて皆揃って頭を下げる。


「ご、ごめんね!」


「わ、悪気は無かったんですけど……イメージ的に合わなくてつい‥…」


「皆様、お爺様の事を誤解しております!

 良いですか? お爺様はこのヒストリアの長い歴史において生きた伝説と言われるほどの凄まじい逸話をお持ちの方でして――」


 ……そうして、僕達はレベッカのお爺さんの事であれこれと聞くことになるのだった。


 その後、レベッカの怒りが収まってようやく本題の女神像の見学をさせてもらえることになった。


 レベッカの案内に従って、神殿の奥を進むこと数分。僕達は女神像が祭られている場所に辿り着く。


「うわぁー……大きい……」


 そこには黄金で作られた女神像が祭られていた。

 顔は凛々しく、背には翼が生えている。手には天秤のような棒を持っている。

 その姿はまさに『神様』といったような姿だ。


 ただ……。


「……これ、一応ミリク様なんだよね?」


「……似てない……」


「……な、何分、本物を見たのはわたくしが初めてでございまして……」


 レベッカも自分達が祭る女神像との違いに戸惑っている様子だった。

 姉さんはレベッカに質問する。


「ヒストリアの人達は本物のミリクを見た事が無いの?」


「お恥ずかしながら……そもそもエミリア様に間違いを指摘されるまで、わたくし達の村ではミリク様の名前すら間違えて認識しておりまして……」


「あー、そんな事もありましたね」


 実は最初の方、レベッカは自身が信仰している女神様の名前を『ミリクテリア様』と呼んでいた。


 その名前は間違っており、この世界を司る二柱の女神の名前、『ミリク』と『イリスティリア』という名前を混同させていたようだ。


 とある遺跡を調査している時にエミリアがその事実に気付いて指摘したというわけである。


「指摘されて以降、手紙にもわたくし達が間違えていた事を手紙で伝えておきました」


「もし気付いてなかったらとんでもないことになってたね……」


『うむうむ、ちゃんと間違いを訂正して偉いぞ』


「あ、ありがとうございます、ミリク様! ………って、え?」


 突然僕達の脳内に響いてきた声に思わずレベッカは頭を下げるのだが、途中で顔を上げて周囲を見回す。次の瞬間、全く似ていないミリク様の女神像がポワーっと光を放ち始めた。


「こ、これは……?」

「もしかして本物の声!?」

『うむ』


 僕の想像通りだったようで、脳内に再び声が響いてくる。そして女神像が放つ光はどんどんと強くなっていく。やがて光が収まると、黄金の女神像の前に褐色肌の美しい女性の姿が現れていた。


『真・ミリク様、ここに参上じゃあああああああ!!!!』

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