第165話 その後
―――数分後
「………やっぱり、駄目か……」
僕は肩を落としながら剣を納める。
放った真空刃の数は二百近く、一度として有効打を与えられなかった。
はっきり言おう、この魔物の強さは明らかに次元が違う。
女神ミリク様ですら、ここまでの強さじゃなかった。
「レイ様……」
「ごめん、僕じゃあ倒せないみたいだ……」
完敗だ。だけどそこまで気落ちもしていない。
というのもこの魔物、戦ってる最中に気付いたが、一切殺気を感じなかった。
つまるところ、僕達は単なる意地で戦ってたに過ぎない。
「……ごめんなさい。あなたの領域を荒らしてしまいました」
僕は一言、目の前の龍に謝罪の意味を込めて頭を下げた。
すると、龍は何も言わずに踵を返し建物の奥へと消えていった。
「あ、あれ?」
予想外の反応だった。
怒って襲い掛かってきてもおかしくない状況だったのに……。
「何だったんだろう、一体……」
しかし、今のでようやく臨戦状態を解除することが出来た。
同時にどっと疲れが来た。さっきまでは必死だったのであまり感じなかったが、今になって疲労感に襲われ始めた。
「うわぁ……流石にしんどいね」
「はい……」
エミリアも相当に消耗しているようだ。
限界まで魔法を使ったせいか、顔色はあまり良くなさそうだ。
この調子だと、今日も宿に一泊した方がいいかなぁ。
「ここが本当の最奥みたいだけど……礼拝堂、だった場所かな?」
「恐らくは……」
僕達が立っている場所は、かつて女神イリスティリアが降臨していたと推測祭壇がある。
部屋の中央にある台座の上には、大きな水晶玉が置かれている。しかし、不思議だ。人が住んでいるような場所には見えないのに、手入れが行き届いている。
「ふぅ……もういいよね、帰ろうか」
とはいえ、流石に今から探索しようという気にはならない。
さっきの龍も僕達を殺す気が無かったけど、もし僕達が帰らなかったらいよいよ全力で仕留めに掛かってくる可能性もある。何より、流石に立っているのも辛い状態だ。帰れるうちに帰った方がいい。
「そうですね」
エミリアは僕の意見に賛成してくれた。
「では、向こうがその気にならないうちに帰りましょう」
「ふぅ、これだけ疲れたなら今日も宿に一泊しないとねー」
「姉さんは温泉にもう一度入りたいだけなんじゃ……?」
「あはー、ばれた?」
そんな会話をしながら僕達は出口に向かって歩き出した。
◆
僕達が礼拝堂を出て、
ダンジョンの入り口に差し掛かろうとする頃――
「………」
礼拝堂には、一匹の龍が佇んでいた。
しかし、その姿はどんどん小さくなっていき、
一人の可愛らしい女性へと姿を変えた。
「……やれやれ、何かと思えば。
さっきの少年はもう
さきほどの龍だった女性はそう呟く。この声色は龍の声と同じものではあったが、同一人物とは思えないほど穏やかな声だった。
「これで、<勇者>が二人……。
いよいよ、魔王の誕生が近いという事でしょうね」
彼女はそういうと、再び礼拝堂の奥へ戻っていった。
◆
その日、僕達は旅の出立をズラしてもう一泊宿に泊まることにした。
「お待たせしました」
食べる前に温泉に浸かってきたエミリアが遅れて部屋に入ってきた。
部屋は別々だけど、夕食は大広間で摂っている。
「いや、料理もさっき来たところだよ」
僕達は宿に戻って夕食を取っていた。
今日のメニューは魚料理がメインとなっている。
「ん~、美味しい!!
それに塩加減が絶妙だわ!!あ、この世界では違う名前なんだっけ?」
「しおではなくてソルトといいます」
日本語から英語読みに変えただけじゃん。
この世界の言葉が分かるのは便利機能だけど、どうやら僕の知ってる言葉で頭の中で翻訳されて聞こえているようだ。便利ではあるけど、実際はもっと違う言葉なんだろうか。
「それにしてもここの料理は本当に美味しゅうございます。
心なしか、レベッカは昨日食べた時よりもずっと美味に感じております」
「あはは、僕もだよ」
多分、死ぬほど疲れてるから体が栄養を要求してるんだと思う。
今日の戦いはそれくらい強烈なものだった。
「あの龍……結局何者だったんでしょう?
私達を襲ってきませんでしたし……」
エミリアが言う通り、あの龍は何故かこちらが負けを認めても攻撃をしてこなかった。敵意が無かったのかもしれないし、あるいは僕達が実力不足で殺すまでもないと思われたのか。
そのみち生き残れたのはあちらが加減してくれたからだろう。
「魔獣でも魔物でも無いと感じたし、
だからといって野生の龍にしてはあまりにも理性的過ぎるわ。
中に人でも入っていたのかしら?」
姉さんの疑問はもっともだ。
あれだけの実力を持ちながら、何故身を隠すような場所に居たのだろう。
雷龍なんて、空を悠々と舞っていたというのに。
「……分からないことだらけですね」
「うん、そうだね……」
エミリアのいうとおり、現状では何も分かっていないに等しい。
「個人的な考えだけど、悪い龍ではないと思う」
剣士は剣を交えれば相手の事が大体わかるとか聞くけど、それに近い感覚だった。最初に仕掛けてきたときもわざと攻撃を外していたように見えたし、その後も手加減しながら戦ってたように感じる。
「と、するなら相手は実は龍では無い何者かだったりとか?」
「無いとも言えないけど……」
それなら、何故あんなところに住んでいたのかと思う。
事情があるのか、たまたま気が向いてあそこに来ていただけなのか。
「……とにかく、今日はもう寝ようか。明日になったら出発しよう」
「分かりました」
「えぇ」
「承知いたしました」
僕達は食事を済ませると、部屋に戻った。今回は一人部屋だ。
久しぶりに一人でゆっくり過ごせるだろう。
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