第430話 魔物さん

 ――第九階層にて


【視点:サクライレイ】

 ボクとレベッカは、基地内の吸気口を利用してどうにか敵の囲いを突破出来た。

 レベッカの話によると、エミリア達は先にこの第九階層に辿り着いて、何処かに身を潜めてるって話なのだけど……。


「うーん……」

「ふむ……」

 階段を上がって、背後に敵が来ていない事を確認。

 そこから一本道を進んだ広間に出て、ボク達は頭を悩ませていた。


「ね、レベッカ」

「なんでしょう、レイ様」

「エミリア達は、ここの何処かの部屋に身を隠しているって話だったよね?」

「はい、別れ際にエミリア様がそう仰っておりました」

「そっかー……」


 ボク達はそこまで会話をしてからため息を付く。


 正面の広間をグルリと見渡す。

 そこには似たような扉が、広間の壁際短い通路の先に三〇カ所ほど設置されていた。


「……レベッカは何処にエミリア達が隠れてるか分かる?」

「皆目見当が付きません」

「だよねー」


 ボクは肩を落として、再び大きくため息を吐く。

 この広間、中央に魔道製造機が設置されており、探す手間は省けた。

 しかし、異様な広さの広間が一つだけという異質な場所だった。

 もしかしたら魔物が集会でもする場所だったりするのだろうか。


「魔道製造機は今は置いとくとして……」

 装置に設置するための魔法の弾は姉さんに預けてしまっている。

 まずは、ここの扉の何処かに隠れている彼女達を探さないとどうしようもない。


「……とりあえず、一つ開けてみようか」

「……ですね」

 ボクとレベッカは頷き合い、ひとまず近くの壁際にある扉に手を掛ける。


 ―――ガチャ


 ドアノブを捻り、ボクは扉を静かに開けてみる。するとそこには、ゴブリン達がテーブルを囲んで、変な固形物を頬張りながら会話をしていた。


「ゴブボブッ」

「ゴボボビ」

「ゴブッ!」

「ゴブブブブブ……うぇぇぇぇ!!」

「ご、ゴブッ!!」

「ゴブ、ゴブっ!! ゴブゥゥゥゥ!!」

「……ご、ゴブ……」バタリ

「「「「「「…………」」」」」」


 ボクとレベッカは、無言のまま扉を閉める。


「……ね、レベッカ」

「はい、レイ様」

「……ここ、なんだと思う?」

「……分かりません」


 とんでもなく無駄なものを見たボク達は、気を取り直して別の扉を開けてみる。


 ―――ガチャ


「……って、わけで俺が生まれたってわけ」

「へぇー、死ぬほど下らねぇ理由で生まれたんだな、お前」

「ぶっ殺すぞ」

「なんだぁ……てめぇ……!」


 今度は、下級の悪魔達が雑談をしている部屋を開けてしまったようだ。

 ボクは、そのまま何も言わずに扉を閉めた。


「ね、レベッカ……」

「……申し訳ございません、理解しかねます」

 まだ何も言ってないのに……。


 その後、いくつかの扉を開けてみたのだが全部似たような場所だった。

 どうやら魔物の種族別に部屋が割り当てられているらしい。


 そして一つの結論に辿り着く。


「ここ、多分、魔物の住居区だと思うんだ」

「はい、私もそう思います」


 ボクとレベッカは同時にため息を吐いた。

 この施設は人工的に魔物が製造されている場所だ。仕事に赴いている魔物達が多く働いているようで、このような住居が与えられていてもおかしくない。 


 エミリア達も面倒な場所に隠れちゃったなぁ……。


「本当にエミリア達がいるのかな……?」

「わたくしに聞かれましても……」

 レベッカは困ったように首を傾げる。


 ボク達は腕を組んで考える。

 しかし何も思いつかず、勘で行くしかないという結論を出した。


「……分かんないから、続き探そう?」

「はい」


 ひとまず扉に入る前に<心眼>の技能を使ってみる。

 もし魔物の部屋なら少なからず殺気を感じるはずだ。


「レイ様、この扉はいかがでしょうか?」

「どれどれ……」


 レベッカに言われて、その扉を覗き込んでみると倉庫のような場所だった。

 エミリア達はいなさそうだけど、魔物がいる気配もない。


「……ハズレっぽいけど、一応開けてみて」

「畏まりました」

 レベッカは扉を開けてみる。


 そこは、武器庫のような場所だった。

 ボロボロの剣や大きさの違う盾や鎧などが雑に置かれている。

 ここの魔物達が使用している武具を保管している場所なのかもしれない。


「うーん……外れっぽいなぁ」

「そうですね……特に変わったものは……」


 ボク達がそう話していると、奥から物音が聞こえた気がした。


「あれ? 今なんか音しなかった……?」

「え……あ、本当ですね」

 ボク達はおそるおそる奥まで進んでいく。

 そこには、他の武具とは違い、豪華な装飾の宝箱が置かれていた。


「おおっ!」

「ふむ……」

 ボク達は思わず声を上げる。

 レベッカも、派手な宝箱に目を輝かせている。


「レイ様、これはきっと宝物が入っているかと」

「そう思う!」

 ボクは期待しながら、恐る恐る手を伸ばしてみる。


 ――カタッ


 すると、ボク達が手を出す前に、宝箱の蓋が勝手に開かれる。


「え?」

「???」

 ボク達は、一瞬何が起こったのか理解できなかった。

 しかし、その開かれた宝箱の中身は、まるで人間の口の中のように赤黒い肉に包まれていて、中央には大きな舌とギザギザの牙が生え揃っていた。


「わあぁぁぁ!!」

「きゃっ!!」

 ボクとレベッカは悲鳴を上げながら、慌てて飛び退く。


「ちょっ、こ、これって……!!」

「た、多分、トラップモンスターかと……!!」


 迂闊だった。ダンジョン内には稀に宝箱に擬態した魔物が存在する。ここは敵地なのに、万一の侵入者対策として、モンスターが配置されてる可能性を失念していた。


 ボク達は慌てて武器を取り出して宝箱に向けて構える。その宝箱の魔物は、まるで笑うかのように、宝箱の身体を動かして生き物のように動き出す。


「レベッカ、気を付けて。初見の敵だから何をしてくるか分からない!」

「ええ!!」


 レベッカは、ボクの言葉に返事をしながら槍を魔物目掛けて突き出す。しかし、その攻撃を魔物はジャンプする様に跳ねて軽々と躱し、倉庫内を跳ねまわる。


「くっ! なんて素早い奴っ!?」

 レベッカは、何度も突きを繰り返すが、なかなか当たらない。


「ボクに任せて!」

 レベッカに代わるように前に飛び出し、聖剣で不意打ち気味に斬り掛かる。それでも魔物は軽々と回避を行い、倉庫内を暴れ回りながら、ボク達に距離を詰めて噛みつこうとしてくる。


「ああっもう、うっとおしいなぁ!!」

 ボクは、魔物が腕に噛みつこうとする寸前に、思い切り蹴り飛ばす。


「グギャッ!!」

「よし、当たった!!」


 魔物は、壁に叩きつけられてそのまま地面に落ちる。

 しかし魔物は、すぐに動き出し、今度は扉を突き破って外に出ていく。


「逃がしません!!」

 レベッカは魔物を追ってすぐに外に飛び出して追いかける。

 ボクも続いて外に出るのだが、魔物はこちらから逃げるように中央の魔導製造機の前まで跳ねながら逃げていった。


 そして、魔物はピタリとその場で止まると、振り返るようにこちらを向く。

 何かと思い、ボク達はジリジリと距離を詰める。


 しかし、魔物は突然―――


「ケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケ!!!!!」

 大音量で、まるで笑い袋のような機械的な声で笑い出す。


「う、うるさい!!」

「く………騒がしい魔物ですねっ!」

 レベッカは、耳を抑えながら、自身の槍を魔物目掛けて投擲する。

 投擲した槍は魔物に命中し、擬態した宝箱もろとも砕け散った。


「はぁ……やっと終わりましたね……」

 疲れた表情で、レベッカは魔物を貫いた槍を回収する。


「う、うん……でも、最後の笑いは一体……」

 そう、ボクが口にした瞬間だった。

 周囲の複数の扉が突然開き、さっきまで食事をしていた魔物達が飛び出してくる。


「なんだぁ、今の声は?」

「武器庫のミミックの声だろ、何かあったのか?」

 魔物達は、口々に騒ぎ立てながら武器庫の方へと向かっていく。


 しかし、一部の魔物がボク達の存在に気付いてしまい。


「あ、あいつら!!」

「人間どもが逃げだしてるぞ!!!」

 そう一匹が叫ぶと、魔物達は全てこちらに向かってくる。どうやら、あの宝箱の魔物は、自分達の存在を知らせるためにわざと大きな声を出したようだ。


「やっば、逃げないと!!」

「で、ですが囲まれておりますよ!!」


 ボク達はオロオロしながら、背中合わせに武器を構えて周囲を警戒する。

 でも、どう考えても多勢に無勢。正面だけに魔物の群れがいる状況ならまだ勝ち目があったけど、周囲をぐるりと囲まれていたら勝ち目がない。


「この人間、十階層から逃げてきた実験動物か?」

「いや……こんな奴らじゃなかった気がするんだが……」

「なんでもいいさ、縛り上げて十階の牢獄に閉じ込めるぞ」


 魔物達はサーベルや棍棒を構えながらジワジワこちらに近付いてくる。

 しかし、何か変な事を言っていた。


「……牢獄?」

「十階層に、実験動物……ですか、もしや……」

 魔物達の意味深な言葉に、首を傾げるが今はそれどころじゃない。

 近付かれない様に、剣と槍を突き出すように構えて魔物達をけん制する。


「レベッカ、近づかれたら終わりだよ!」

「分かっております!」


 ボク達はじりじり迫り来る魔物に対して、迎え撃つ態勢をとる。

 その様子を見て、一匹の魔物がニヤニヤと笑いながら言った。


「実験動物にしては随分肝が据わってやがるな。それに、あの剣と槍、あんなの武器庫に置いてあったか?」


「あそこに置いてあるのは、人間を浚った時に村からついでに奪ってきたガラクタ同然のものばっかりだろ。あんな如何にも高級そうな武器は無かったはずだ」


「……ってことは、こいつら、下層で噂になってた侵入者か!?」


「侵入者? ああ、確かにそんなのがいたな」

 魔物達は、それを聞いてこちらに警戒心を強める。


「やば、バレた……」

「どうやら、実験動物やらと勘違いされていたようですね」


 今の会話で実験動物の意味を大体察することが出来た。

 だけど、今はこの状況を何としてでも突破しないといけない。


「ふぅ、こうなれば本気で……行くよ、レベッカ!」

 ボクは自分なりに覚悟を決める。

 しかし、レベッカはボクの言葉に返事をせずにハッとした表情を浮かべた。


「……レベッカ?」

 ボクがレベッカに問いかけると、レベッカは小さく正面右に指を差す。

 彼女が指を差した場所は壁際にある扉の一つだった。


 その付近に、こちらを見て手を振ってる女の子二人と、後ろに大きな赤い魔法陣を展開しながらブツブツ呟いているとんがり帽子の女の子の姿があった。


「って、エミリア達じゃん!?」

「レ、レイ様、魔物に聴こえてしまいます!!」


 思わず叫んでしまったボクを、慌てて口を塞いで黙らせるレベッカ。

 その様子を見ながら、魔物達は首を傾げて不思議そうにしている。


「おい、お前ら何コソコソしてんだ!」

 魔物の一人がこちらに向けて怒鳴ってくる。


「あ、えっと……その」


 ―――チラッ


 魔物に向けて話しながらボクは後ろの方にいるエミリア達に視線を移す。すると、エミリアが杖を頭上に構えて、お姉ちゃんが大きく首を上下に動かして頷いていた。


「(レベッカ、大丈夫っぽいよ)」

「(ふむ、では少し後ろに下がりまして……)」


 ボクとレベッカは、寄り添ってピッタリくっつく。

 次の瞬間、突然ボク達の目の前に、ベルフラウ様……お姉ちゃんが現れる。


「おわっ!?」

「な、なんだこいつ!?」

 突然現れた女神様に魔物達が動揺し始める。


「さ、二人とも私の手に掴まってね」

 ボクとレベッカは示し合わせたかのように即座にお姉ちゃんの手を掴む。

 空間転移によってボク達三人はその場から一瞬で消えて、サクラちゃんとエミリアが待機してる場所に移動する。


 魔物達は突然消えた僕達に戸惑ってるようだ。


「エミリア、迷惑かけてごめんね。この後よろしく」

「申し訳ありません、エミリア様」


 ボク達は、今から魔法を発動させようとしているエミリアに声を掛ける。

 エミリアは、振り向きもせずに黙って頷いて、一歩前に出る。


 そして、エミリアは最後の一節を詠唱する。


「―――汝の名は焔、全てを滅ぼす、破壊の炎なり<焔の嵐>ディープレッドノヴァ


 魔法名発動と当時に、エミリアの周囲から天井に向かって、炎の火柱が飛び交う。


 天井に向かった炎は魔物達に一斉に降り注ぎ、中心にあった魔道製造機もろとも高密度の炎と熱量によって溶解していく。


 魔物達は、突然の極大魔法に驚く間もなく、一瞬にして跡形もなく蒸発していった。


「終わった……」

「ふう……」


 ボクとレベッカは、緊張が解けてその場でへたり込む。


「あらあら大丈夫、二人とも?」

「お疲れ様ー、二人ともー。だいじょぶですかー?」

 お姉ちゃんとサクラちゃんは、微笑みながらボク達を労ってくれた。


「助けに来てくれると思いきや、逆に助ける羽目になるとは」

 エミリアは杖を畳んで懐に仕舞い込み、こちらを振り向く。


 その眼は、呆れているように見えたけど、

 すぐに表情を緩めて安堵したような表情で僕達に小さく微笑む。


「ごめんね、一個ずつ扉を確認してる最中にお宝を見つけちゃって……」


「迂闊にも無警戒で宝箱を開けてしまい見事に罠でした……」


「まぁ、そういう事もありますよ。下層の魔物が来ないうちにさっさと先に進みましょう」

 そう言いながら、エミリアは歩き出す。


「ほら、行きますよ二人とも」

「うん!」

 ボク達はエミリア達の後に続いて、次の階層へと向かう。

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