第十章 王都編

第301話 見てない(見た)

 次の日の朝―――


 僕達は馬車に乗って、王都を目指すことになった。

 アリスちゃんとミーシャちゃんはここで一旦お別れとなり、ここからは以前のように僕達5人とお付きのリーサさん。

 それにミニ雷龍のカエデを加えた総勢六人+一匹の旅になる。


 カエデは日に日に魔力が戻っているせいか、今朝になって様子を見に行ったところまた少し大きくなっていた。今は大体三メートル近くの大きさだ。

 元の大きさは今の五倍くらいの巨体だったため、まだ本調子は取り戻せていない。


 王都イディアルシークまではまだ数日掛かるという事で、ペースさえ早ければもしかしたら途中で先行してるサクラちゃん達に追いつくかもしれないけど、飛翔の魔法で飛んでいってた場合はまず追いつけないだろう。

 なので、僕達は自分達のペースでゆっくり陸路を進むことにした。


 サクラタウンを出て数時間――― 


「レイ様、お昼ご飯の準備ができましたよー」

「はーい」

 レベッカが声を掛けてきたので、僕は御者台から降りてみんなが集まるテーブルへと移動する。テーブルは折りたたみ式のもので、僕達がダンジョンであれこれしている間に、みんなが日用品や便利グッズを街で購入していたようだ。

 食事の時だけ組み立てることで馬車で運ぶことも容易だし、その気になれば馬車の横で組み立てて使うことも出来る。


 今日の昼食はレベッカとリーサさんの手料理だ。

 パンにスープ、それに近くで摂れた瑞々しい果物を添えられている。

 簡単な料理ではあるのだけど、馬車内に備え付けられていたパンや鍋を良い感じに温める調理魔道具のおかげでお店で食べられる食事と遜色ない。


 大金をはたいて馬車を新調した甲斐があったというものだ。

 ちなみにお金を出したのは全部カレンさんで僕達は一切支払っていない。

 色々申し訳なさすぎる。

 

「わぁ、美味しい……」

「ふふふ、ありがとうございます。レイ様」

 リーサさんとレベッカは皆が美味しそうに食べてる姿を見ながら微笑み、自身も食事に手を付け始める。思わず感嘆の声が漏れる程、料理はどれも美味しかった。


 僕達は彼女たちの作った手料理を平らげ、

 満足した後に、再び旅を再開する前に後片付けをする。


 シロウサギとクロキツネも疲労管理も行き届いている。

 空も晴天で、天候も崩れることも無さそうだ。

 魔物とも今のところ遭遇していない。

 旅の再開の滑り出しとしては中々に悪くない。


 悪くないんだけど……。


「……それにしても、あまり魔物と出会いませんね。

 カレンお嬢様、この辺りは遭遇率が高いはずなのですけど」

「そうね、リーサ。ここ最近不自然に魔物の出現率が落ちてる気がするわ」

「何かの前兆でしょうか」

「偶然だと思うけど……少し頭に入れておいた方が良いかもね」


 片付けの最中に、リーサさんとカレンさんの会話が聞こえた。


「(……言われてみれば)」

 ここ最近、道中で魔物とあまり出会った覚えがない。平和で良いことなのだけど、魔王の誕生が秒読みの段階になってるはずなのに、出会わないのは不自然だ。 


「どったの、レイくん?」

「いや、何でもない……というか、その喋り方何かおかしいよ。姉さん」

 元女神様である姉さんの変な言葉遣いに思わず苦笑いを浮かべる。


「これ? レベッカちゃんから借りた恋愛小説に、

 特徴的な喋り方をしてるキャラがいて、その口調の真似だよ」


「あー、そうなんだ……」


「そのキャラがすっごいイケメン男性でね。

 作中で夜の街の中でデートしてたヒロインとイケメン男性だったんだけど、

 実はケモノ少女だったヒロインが月の光から放たれるブルーなんとか破っていう光線を浴びてしまって、ヒロインが正気を失って猛獣と化してイケメンに襲い掛かるんだけど、そのイケメン男性は片手で猛獣と化したヒロインを制圧しちゃうの。そして、最後の極め台詞がこれよ」


 姉さんは少し間を置いて、キザな表情を浮かべながらこう言った。


「『どったの、愚かな少女よ』って。

 ちなみに『どったの』の意味は、月が綺麗ですねって意味だよ」


「初めから『月が綺麗ですね』で良いじゃん!

 なんで初見で意味が通らない会話文になってんの!?」

 思わずツッコんでしまった。

 話の展開も滅茶苦茶だし、これ不条理ギャグとかじゃないの?

 何にせよ、どうやらレベッカは変なものを読んでいるようだ。


 僕達の会話に気付いたレベッカは、ちょっと申し訳なさそうに言った。


「あ、その本ですが……わたくしもあまり好みでは無かったのです」

「えっ!? わ、私気に入ったんだけど……」

 レベッカのやや辛辣な評価に、姉さんがショックを受けていた。まぁ小説って結構好みが出るからね……。人によって名作も駄作に変わったりすることあるし。


「それで、レイ様。どうされたのですか? なにやら思案されていたようですが」

 片付けを終えて馬車に戻った僕達に、レベッカがそう尋ねてきた。


「うん、なんか最近魔物とあんまり出会ってないなって思ってさ」


「確かに、その通りかもしれませんね。ですがそれは喜ばしいことなのでは?」


「うん……そうだね」

 こっちの世界に来てから魔物と戦うのが日常茶飯事になってたけど、元々は魔物なんかとは無縁の世界にいた僕が戦わないことに違和感を感じてしまっていた。


「サクラタウンの冒険者ギルドの人が言ってたわ。ここ最近、依頼の数が減ったそうよ。冒険者が多く集まる街だから仕事が少なくなって収入が減って問題になってたみたい」


「ギルドの方でもそうなってるんだね」

「やっぱり魔王軍の仕業なのかしら?」

 一概にそうとは言い切れないけど、

 魔物の不審な動きに関わるのはやっぱりそれだろうか。


「ふむ……魔物の出現率の低下に、魔物討伐の依頼の減少……。

 一見平和になったように思えますが、嵐の前の静けさという可能性も、あり得るかもしれませんね」


「警戒はした方が良いかもしれないね。

 いきなり魔物が襲撃してくるかもしれないし」


「そうね。一応、注意だけは払っておきましょう」

 そこまで色々話してこういう会話には参加してくるはずのエミリアが何故かが絡んでこなかった。


「エミリアは? それに、カエデの姿も見かけないね」

 僕は後片付けを終えた周囲を見回し、馬車の中も確認するが二人の姿が無いことに気付いた。


「ああ、エミリア様とカエデ様なら空ですよ」

 レベッカは上空を指差して言った。


「空?」


「えぇ、少しずつ体が大きく戻ってきていたので、そろそろ人を乗せて飛行も出来るのでは? とエミリア様が仰られて、カエデ様も試しにとエミリア様を背に乗せて飛んで行かれましたよ。帰ってこないのが少々気になりますが……」


 今のカエデは小柄ではあるけど、

 小さめのドラゴンキッズくらいの大きさはある。

 やろうと思えば出来るかもしれないけど……。


「ちょっと心配だね」

「そうね、お姉ちゃんが空を飛んで様子を見にいこうか?」

「うん、頼める――」


 頼めるかなって言おうとしたところで、突然僕達の周囲に影が差した。

 上空を見ると、そこには空から降りてきたカエデとそこから飛び降りようとしてるエミリアの姿があった。


「おや、丁度帰ってこられたようですね」

「よかった、心配してたんだよ。エミリア」


 僕はホッとして二人が降りてくるのを空を見上げながら待つ。


 すると、エミリアが飛び降りて短いスカートを翻しながら丁度僕の真上辺りに降りてきて、そこからエミリアの脚と健康的なふとももが順番に目に移り、更にその奥にある黒い布地が視界に入ろうとしたところで―――


「変態!!」

「ぐはっ!」

 思いっきり顔面にエミリアの蹴りを食らってしまった。


「ああっ、レイ様!」

「大丈夫?」

 姉さんとレベッカが心配して倒れた僕を引っ張り上げてくれた。


「ふ、二人ともありがと」

 僕は二人にお礼を言ってエミリアに抗議をする。


「いきなり何するのさ!」

「レイが私の下着をまじまじと覗こうとしたからですよ!」

「見てないよ!」

「絶対嘘です! 思いっきり真下から私のスカート部分を見上げてたじゃないですか!」

 エミリアは僕を足場にして、見事に着地し、短いスカートを抑えながら僕を睨みつける。


「誤解だよ! 大体、僕の真上に落ちてきたエミリアが悪いでしょ!?」


「偶然そうなっただけですよ!! ていうか、やっぱり見たんですね! 私の下着何色だったか言ってみろ!!」


「み、見てないよ。黒い下着なんて……」

「嘘つき!!」


 僕達が言い合っていると、カエデが空から降りてきて、更に騒ぎを聞きつけたカレンさん達も集まってきた。


「ちょっとどうしたの? 喧嘩? 珍しいわね」

「喧嘩するほど仲が良い、という言葉もあるくらいですし、たまには良いかと」

 カレンさんのこちらを心配した言葉に、リーサさんは微笑ましいものを見るような表情をしていた。


「それで、どうしたの二人とも? 揉め事?」

 カレンさんの質問に、エミリアは怒ってるからか顔を真っ赤にして答えた。


「レイが私のスカートの中を覗いたんです!!」


「ち、違うよ! エミリアが空から落ちてきたからたまたま見えちゃったんだよ!!」

 僕とレベッカの言い合いに、カレンさんはちょっと呆れたような表情をした。


「なんだ、そんなことか……」


「そんな事!? カレンも女の子なのに、そんなことで済ませるんですか!?」


「いや、だってそもそもエミリアが空から降りてきて、たまたま見えちゃったって事でしょ? そんなのエミリアが無防備なのが悪いだけじゃない?」


「あー、言いましたね!! じゃあカレンは見られても平気だって言うんですか!?」


「え? 別に……というか、私はほら、ちゃんと足とか太ももにも鎧付けてるし、下履きも穿いてるからスカートが捲れてもそもそも下着が見えないわよ」


 カレンさんはそう言いながら、自身の装備を指差す。

 彼女は脚全体を覆うように金属製の防具を付けているから、普通は見えることはないだろう。それでも、戦闘になるとふわふわ捲れあがる短いスカートのような布を腰に付けているため、実は目の毒だったりもする。何も無いのが分かってるのに見てしまうのは男の性かもしれない。


「くっ……な、ならレベッカはどうですか?」

「わたくしですか?」

 突然話を振られたレベッカは、キョトンとした表情で自分を指差す。


「わたくしも、布地が少ないので気を付けておりますが……。

 一応それなりに動きまわることを想定した装束であるので、酷く捲れ上がるようにはなっておりませんね。

 それでも、全くというわけでは無いので、ふとももで布を挟んで防止したり、角度的に見えないようになどの配慮はしております」


 レベッカの衣装は実はこのメンバーの中では最も薄着で肌色面積が多い。

 腕から腋の辺りはノースリーブだし、下半身はチャイナ服のように下は長いけど、片側は際どいスリットが入っている。


 なので、本人は気付いてないようだが、たまに凄い状態になってたりする。なにより全体的に体のラインがはっきり見えてしまう衣装なので、かなり刺激的な衣装だ。


 レベッカが年齢相応かそれよりも幼い外見なので問題ない(諸説あります)が、もし大人が着たらとんでもないことになっただろう。


「(一度大人になったレベッカの時は凄かったなぁ……)」

 以前にアクシデントでレベッカの身体が急成長した時の事を思い出す。あの時はレベッカの身長も胸もお尻も張り裂けんばかりに大きくなってたので色々刺激が強かった。


 本人には言わない方が良いだろうけど。


「そういうわけでわたくしは大丈夫ですね」

「ぐぬぅ……じゃ、じゃあベルフラウは」

 エミリアはレベッカの言葉を聞いて悔しそうな声を上げて、今度は姉さんに矛先が向く。


「私? 私はもうどんな衣装でも慣れちゃってるから……」

 姉さんの今の衣装は、サクラタウンで新調した若干露出多めのローブだ。

 少しぶかぶかで胸元やお腹周りが開き気味だけど、丈が長いのとゆったりとしてるため、あまり下着が見えることはなさそうだ。


 下着が見えないだけで街の人から注目されてたけどね。

 姉さん可愛いし美人だし女神だし天然だし無自覚だけど大丈夫だろうか。


「そ、そんな……!!」

 エミリアは絶望的な表情をして、地面に膝を付く。


「ど、どうして皆私の味方してくれないんですか……?」

 エミリアは自身に賛同してくれる味方が居ないことに絶望していた。

 そこに、カレンさんの侍女さんのリーサさんがエミリアの肩に触れる。


「エミリア様、ご安心ください」


「り、リーサさん……」


「大丈夫です。このリーサ、エミリア様の心情を察しておりますので」


「ほ、本当ですか!?」


「はい。エミリア様があえて足元を無防備に晒しているのはファッションと、レイ様の気を引くための作戦だということを!!」

「え!?」


「エミリア様、恥ずかしい気持ちを抑えて頑張っていらっしゃいますよね? その健気さには心打たれるものがあります」

「あ、あうう……」

 エミリアは顔を真っ赤にして俯いた。


「リーサ、そっちの心情は察しちゃダメ!

 というか聴こえてるレイ君が困った顔をしてるわ!」


 カレンさんに指摘されて、ハッと我に返ったような表情をした。

 そして慌てて居心地悪そうにしてる僕を見て、それからエミリアに謝罪した。


「も、申し訳ありません、エミリア様。勝手に暴走してしまいました」

「いえ、良いんです」


 エミリアはなんとか冷静さを取り戻そうと立ち上がる。

 そして、僕の方へとズンズン歩いてきて、僕にだけ聞こえる声で言った。


「今、リーサさんが言った事は忘れてください!」

 それだけ言って馬車に入っていった。

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