第302話 未遂
僕とエミリアは些細な事で喧嘩をしてしまい、怒って馬車に戻ってしまった。
「……エミリアちゃんにしてはピリピリしてたわね」
「そういえばちょっと様子がおかしかった気がしますね。レイ様に対してだけ少々強引というか、普段の思慮深さが鳴りを潜めていた気がします」
『桜井君、エミリアさんと何かあったの?』
カエデに聞かれて僕は言葉を詰まらせる。
思い当たるのは昨日、二人で霧の塔に登った時の出来事だ。
色々あって僕がエミリアにアレコレしようとしたのが原因なのだと思う。色々あって僕が男に戻れて直後に思わぬ相手と戦うことになったので忘れかけていたけど、今思えば僕はとんでもないことをしようとしてしまった。
「(い、言えない……)」
言ったから間違いなくここに居る全員から責められる。自分が悪いという自覚はあるし、エミリアに対して謝罪もしたつもりだけど、それでも皆から糾弾されるのは怖い。
特に姉さんは普段優しいけど、こういう時はすごく怒る。
カレンさんやレベッカも同じ女性としてエミリアの肩を持つだろう。
皆から絶対零度の視線で見つめられて、
何も言えずにただひたすら謝る事になりそうな予感がする。
それに何より、今までの信頼を全て失ってしまうかもしれない。
「……とりあえず出発しましょう」
カレンさんの一言で、僕は解放され僕以外が馬車に乗り込む。
僕はエミリアと顔を合わすのが少し気まずくて、少し躊躇してしまう。
でも、仕方ないと割り切り、
馬車に入ろうとしたところで何故かレベッカが馬車から降りてきた。
「レベッカ様、どうしたのです? 今から出発の予定ですが……」
突然踵を返したレベッカと、
馬車に乗り込まない僕を見て、御者席のリーサさんが困惑する。
そして、レベッカは言った。
「申し訳ございません、リーサ様。わたくし、花を摘みに行って参ります。
……レイ様、今わたくしは武器を馬車に置いたままです。万一魔物と遭遇した場合、為す術もありません」
「う、うん?」
レベッカが何が言いたいのか分からなかった。
この子は、例え武器が手元になくとも一瞬で引き戻せる能力を有している。例え槍が使えなくても、弓矢や魔法さえあれば単独で強敵と戦うことだって十分可能なはず。
「ですので、わたくしの護衛として付いてきてもらえますか?」
花摘みというのは、隠語だ。その意味は言わずとも察せる。だからこそ、男の僕を護衛にするというのはあり得ない。これはきっと何か言いたい事があるのだろう。
何より、レベッカの大きな赤い瞳が何かを僕に訴えかけてる。
レベッカの言葉に強い意思を感じた僕は断れなかった。
「リーサさん、行ってくるね」
「申し訳ありませんが、少しだけお時間お願いします。……レイ様、行きましょう」
リーサさんの返事を待たずに、
レベッカは僕の手を引っ張ってそのまま少し離れた場所まで走っていく。
◆
僕達は二人で馬車より少し離れた場所まで走って、そこで立ち止まる。
少し大きめな樹の傍にレベッカはちょこんと座り込んだ。
「レイ様もどうぞ、地面も日の光を浴びてとても暖かいですよ」
レベッカはさきほどの真剣な表情と違って、穏やかで愛らしい表情で僕に微笑みかける。その様子からは、先ほどまでの緊張感は全く感じられなかった。僕はそんな彼女につられてしまい、同じように地面に座る。
「…………」
「………♪」
二人して黙り込み、しばらく沈黙の時間が流れる。
レベッカは日の温かさに身体を委ね、まるで眠りに入りそうなくらい表情が緩んでしまっている。そんな彼女を見て、僕は少し戸惑っている。何か、僕に言いたいことがあるのだろうと思っていたからだ。
「……レベッカ、何か話したいことがあるんじゃないの?」
このままだと何も言い出せずに終わってしまいそうなので、僕は恐る恐る聞いてみた。
すると、彼女は眠たげに目を擦る。
「ふぁあ……」
「寝不足?」
レベッカは可愛らしくあくびをしながら言った。
「……いえ、目を瞑っていたら陽気に当てられまして……。今、わたくしがやっていたのは瞑想です。つい気持ちが良くなってウトウトしてしまいました」
「瞑想?」
「はい、
「うん」
以前ウィンドさんに、僕とエミリアは魔法を使う修行が足りてないから、瞑想をしなさいと言われたことがある。それ以降も僕は一度も瞑想をやってなかったのだけど、レベッカは言われた通りに実践していたようだ。
「これほどお日様が気持ち良いと、お昼寝したくなりますね」
「そうだね」
「ですがもう大丈夫です。
こうして太陽の光を全身で浴びてリラックスしたことで、落ち着きました」
そう言って、レベッカは僕の方に向き合う。
普段なら身長差で接近すると視線が合わないのだけど、今は互いに地面に腰を下ろしている状態だ。必然的に僕とレベッカは、超至近距離で目を合わせることになる。
「レイ様、あなたがエミリア様の事で何か悩んでいることに気付いておりました。ですがそれをわたくし達に伝えることを躊躇している。……合っていますでしょうか?」
僕は心の中で「やっぱりか」と呟き、静かに縦に首を振った。
「……ふむ、やはり言いづらいですか?」
「……言ってしまうと、みんなに嫌われてしまいそうだから」
ほんの一部だけでも言ったら楽になれるかもしれない。
でも、それでも僕は皆に拒絶される恐怖から言えなかった。
「……なるほど」
レベッカは、僕の目を見つめながら言った。
「では、レイ様。これからわたくしはレイ様に二つの魔法をお掛けします。
もちろんレイ様に害を及ぼす様な魔法を使用はしません。また、ここで得た情報を他の人に漏らす様なことは誓ってしません。……宜しいでしょうか?」
「う、うん……」
レベッカの瞳には、有無を言わせない迫力があった。彼女が何をしようとしているのか分からないけど、きっと僕にとって悪いことではないと思う。
だから、僕は彼女の提案を受け入れた。
「ありがとうございます。それでは始めますよ」
そう言うと、レベッカは目を閉じて、詠唱を行った。
「―――精霊様、わたくしに力をお貸しください。
「えっ?」
レベッカが魔法を発動した瞬間、僕に銀のオーラが付与される。
この魔法は、<付与強化魔法>と呼ばれるカテゴリの他者の能力を底上げする魔法の上位魔法だ。名前の通り、全ての能力を大きく向上させる、戦闘力を底上げする魔法なのだけど……。
「レベッカ、何故この魔法を?」
「もう一つ魔法を使用しますね。少々お待ちください」
レベッカは僕の質問に答えずに、僕の両手を握ってもう一つの魔法を使用する。
「地の女神ミリク様、わたくしにお力添えを――
レベッカの二つ目の魔法が発動する。
この魔法は二人を対象とした補助魔法だ。効果は、対象二人のMPを共有化させるというもの。簡単に言えば、僕とレベッカは二人のMPを合算させた状態で魔法を使用することが出来る。
だけど、これも言ってみれば戦闘向きの魔法だ。
今の状況で必要な魔法とは思えない。
「では、レイ様。失礼いたしますね」
レベッカの行動の意図が分からず、僕は理解出来ないままレベッカの言葉に頷いた。すると、レベッカは僕の傍に寄り添い、そのまま僕の胸に飛び込んできた。
「ちょっ……」
そのままレベッカを抱き止め、レベッカは僕の胸の中にうずくまる。何故か、僕に付与されていたオーラがレベッカにも付与されてレベッカも銀のオーラを纏っている。魔力共有の影響だろうか。
「れ、レベッカ……何を?」
「………」
レベッカに声を掛けてみるが反応が無い。しかし……。
「すぅ……すぅ……」
僕の胸に顔を埋めたレベッカの寝息が聞こえてきた。
「あ、あれ? レベッカ?」
「すやすや……むにゃ……」
「寝てる……」
どうしよう……。
寝不足だったみたいだし、寝かせてあげたいところだけど……。
「……」
それにしても気持ちよさそうに眠ってるなぁ。
見てたら僕も何だか眠くなってきた……。
「ちょっとだけなら……いいかな」
僕は自分に言い聞かせるように呟いて、そのまま眠りに落ちてしまった。
*****
「ん……」
何か身体の重みを感じて目が覚めた。
瞼を開けると、僕の視界には自分とはまた違う長く薄い銀色の髪が映り込む。
「あ……」
結局、あのまま寝てしまったみたいだ。
気が付くと、レベッカは僕の膝の上に頭を乗せており、僕が今身体を動かしたことでレベッカも目が醒めたようだ。何時の間にか僕に掛かっていた強化魔法も消えていた。
「レイ様……おはようございます♪」
「お、おはよう」
……何だか、レベッカと初めて出会った次の日の朝を思い出す。
あの時は金銭に困っていたレベッカを助けようとした結果、
レベッカと同じ部屋で一夜を共に過ごすことになったんだっけ。
……ただの事実確認なのに、凄く如何わしいことしてたように聞こえる。勿論、ただ一緒に寝ただけで何もしてなかった……はず。
「レイ様、わたくし分かってしまいました」
「え、何を?」
レベッカの言葉に、寝ぼけ眼の僕には見当が付かなかった。
「あの日、レイ様とエミリア様に何があったか、です」
「それって……」
「はい。あの日、エミリア様はレイ様を男に戻すために、勇気を出されたのですね」
レベッカの言葉に、徐々に僕は何のことを言ってるのか気付き始めた。
「そして、エミリア様は見事にレイ様を戻すことに成功したのですが、同時にレイ様が男としての本能に目覚めてしまったと」
レベッカは、顔を赤らめて「あぁ……わたくし事ではないのに、胸がどきどきいたしますぅ……」と呟いていた。
「な、何でそれを!?」
いくらレベッカが勘が良いといっても、見ていたかのように語るのはおかしい。
僕は驚きながら、レベッカに問い質した。
「ふふっ、簡単なことです。
さっきまでわたくしは夢という形でレイ様の心象に潜り込んでいたのです。通常なら不可能なのですが、眠る前に使った二つの魔法でレイ様と繋がりを深めることが出来たので、失礼ながら何があったのかを見せていただきました」
「ぜ、全部見てきたの……?」
まさか幼いレベッカは、あの時僕がやったことを全部見てきたというのだろうか。それは色んな意味で危ない。僕個人のやらかしもそうだけど、今のレベッカには刺激が強すぎる。
「全部とまでは言いませんが、
わたくしが見たのは、霧の塔内部でエミリア様が自ら服を脱ぎ始め、レイ様の服を脱がし始めた場面と、そこからレイ様が男の姿を取り戻してからエミリア様を押し倒して―――」
「わ、分かった……もう、許して」
それ以上は自分自身で経験してる。
何ならその場面を頭の中で回想することだって出来てしまう。
「……と、それを踏まえて、レイ様に言わせていただきますね」
レベッカの顔は、先ほどまでの恥ずかしそうな表情から一変して真剣なものになっていた。
「レイ様、気に病むことはないと思われます」
「え?」
それは意外で、しかも簡潔な回答だった。
「まず、エミリア様の心情を推測しながらの意見ではあるのですが、
あの場面では、エミリア様は自らの身体を使ってでもレイ様を元の男性に戻そうとしたのではないかと推察しております」
「あ……」
レベッカの言葉を聞いて、僕も思い当たる節がある。
僕自身がやらかしたことで頭がいっぱいだったから忘れてた。
「そして、レイ様に強引に迫られたとしても、エミリア様は受け入れていたように思いました。結果的にはエミリア様自身が一線を越える覚悟が出来ておらず、あのような形で中断することとなりましたが、元より、お二人は恋仲でございましたし……」
「えっと……」
「つまりです。……レイ様はエミリア様と傷付けてしまったと感じているのかもしれませんが、今回の出来事でエミリア様はレイ様との関係の距離感が分からなくなってしまっただけかと思います。
今は少し心の整理が出来ていないだけですよ。少し時間が経てば、以前のような関係に戻れるはず」
「そっか……」
レベッカの言葉に僕は安心すると同時に、自分の馬鹿さを痛感した。
そうだよ……。僕達はずっと一緒だったんだ。
少し考えれば本気で怒ってるかどうかなんてすぐ分かったのに……。
「今回の事は、わたくしとレイ様の秘密という事で、誰にも言いません。勿論、当のエミリア様にも」
「うん……お願い」
僕は素直に感謝した。おかげで少し心のつかえが取れたかもしれない。
「それでは、レイ様。もう結構時間を経ってしまいましたので、急いで馬車に戻りましょう」
「うん、行こう」
僕達はそうして、場所に戻ることにした。
帰るのが少々遅かったため、みんなに心配されていて、特にエミリアは不安そうな表情をしていたが、僕達の姿を見た瞬間に安堵し、次の瞬間にはすぐに頬を膨らませてプイッと横を向いて視線を合わせようとしなかったのがちょっと可愛かった。
――余談。
馬車に戻る最中、レベッカと話をしながら帰っていた。
その時の話である。
「あ、あのですね、レイ様」
さっきとは打って変わって、レベッカは歳相応の幼さとどこか大人びた雰囲気を兼ね備えた表情をしていた。
「わたくしも、もう少し成長したら……その……いつか、ああいったことをすることになるのでしょうか……?」
「………た、たぶん……」
「そ、そうですか……」
レベッカはそれだけ言うと、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「(なんて声を掛ければいいんだ、これ……)」
冷静に考えると、レベッカに秘め事をモロに見られてしまったことと同義で、今更ながら恥ずかしくなってきた。
「では、その時はお願いしますね」
「うん…………え?」
「わたくしも、レイ様と……その……いずれは……ですから」
………。
……………。
色んな意味でやらかしてしまったことを後悔した日だった。
「しばらくは煩悩を捨てて生きよう………」
女の子になれば多少は収まるみたいだし、ヤバくなったら指輪使おうそうしよう。
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